西久保利彦さんは現在,医療・福祉関連事業を営む株式会社 ソラストで管理職を務める。西久保さんがKCG情報科学科に入学したのは1978年のこと。西久保さんは奈良県の出身。「コンピュータはこれからきっと必要になる」と考え,コンピュータを勉強できる学校を探していて,家族から京都コンピュータ学院を教えられたという。
「当時の校舎は今の立派な校舎とは比べものになりません。バラックと言いますか,工事現場のような印象でした」と西久保さんは印象を語る。浄土寺にあった校舎には,現在京都駅前校1階に展示されているTOSBAC-3400が置かれていた。
「COBOL,FORTRAN,アセンブラーなど様々な言語を学んで頭の中がぐちゃぐちゃになってしまいました」。勉強は大変だったと語る西久保さんだが,学院の活気のある雰囲気にはなじみ,クラスメートら友人との交友もおおいに楽しんだ。「当時は体育の授業を公園でやっていました。そんなことも印象深く覚えています」。
卒業後,株式会社 日本医療事務センター(現株式会社 ソラスト)に入社した西久保さんは,医療事務事業の畑を歩いた。医療事務は専門性が高いため,公立病院などでも,2~3年で異動する通常の公務員の人事では,対応が難しい。そのため1970年代末から専門業者に一括して委託する制度が始まり,今では,ほとんどの公立病院に広まっている。日本医療事務センターは最も古い医療事務専門業者で,医療事務員の養成・教育から事務員の派遣を含む医療事務の一括請負までを手掛けてきた。在宅介護サービスなど福祉分野や医療・福祉人材教育の分野への事業拡大を受け,2012年10月に株式会社 ソラストに改名。西久保さんも今では施設介護事業の先頭に立っている。
「せっかくコンピュータを学んだのですが,入社当初はあまりコンピュータと縁のない仕事でした。実際,当時の仕事は電卓とペンでしたから」と笑う西久保さんだが,入社後数年にして,職場にコンピュータの導入が始まった。
「コンピュータが導入されてきたら,私は学生時代に勉強していたから抵抗がない。タッチもスムーズにできますしね」。医療事務教育のシステムを修正する業務にも就き,学んだことを存分に生かすことができたという。
西久保さんはその後,直接コンピュータに携わる業務からは離れたが,会社の業務におけるコンピュータの比重は高まっているという。母校に連絡して学生を採用することもあり,今でもKCGとの縁は深まるばかりだ。
「同窓会は年に2~3回やっています。卒業から30年経ってもみんな面影が残っていて,すぐに学生時代の気持ちに戻れます。若いころの友人というのは本当にいいものですね」と笑顔の西久保さん。「今は普通の大学を出ても就職しにくい時代。専門的な知識を身につけられるKCGのネームバリューはますます上がっています。50年も続くというのは,やはりそれだけ需要があるということ。本当にうれしいことだと思います」。50周年の記念行事にも参加を予定している西久保さん。母校との縁はまだまだ続きそうだ。