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Accumu Vol.5

はくちょう座の星々-臨終の星が蘇る

京都コンピュータ学院鴨川校校長

京都大学理学博士

京都大学講師

作花 一志

栄枯盛衰・諸行無常は星の世界にも当てはまり,今ギラギラに輝いている星もいつかは死に絶え,宇宙の闇の中に消えていく。

しかし,瀕死の淵にある星が生き返り華々しく輝くことも少なくない。

白鳥と双子

晴れた夏の夜は,天の川を挟んで輝く夏の大三角形を捜してみよう。そのうちの二つは七夕の主役である織女(こと座α星)と牽牛(わし座α星)で,一番目立たないデネブがはくちょう座のα星である。星座名からその姿を想像することは一般には無理だが,十字型のはくちょう座は比較的素直に白鳥の姿を思い浮かべられる。ギリシア神話によれば,この白鳥は,実はオリンポス山の主神ゼウスがスパルタの王妃レダのもとに通ったときの姿という。ゼウスは「妃」にも拘らず,この美女を誘惑して大きな卵を二個産ましめ,一方の卵から双子の兄弟カストルとポルックスが,もう一方からは双子の姉妹クリュタイメストラとヘレネが生まれる。カストルは乗馬の,ポルックスはボクシングの名手となり,一緒に様々な冒険をする。ある日人間の血を引くカストルは仲間の裏切りから命を落とすが,神の血を引き,死ぬことのできないポルックスは「一緒に死にたいので命を断ってほしい」と父ゼウスに願い出る。そこでゼウスは二人を共に天に昇らせ,ふたご座の二つの星としたという。またヘレネは長じて絶世の美女となるが,彼女の争奪のため起こったギリシア連合軍とトロイとの間のトロイ戦争(紀元前13世紀頃)は10年間も空しく続き,オデッセウスの木馬の策略でトロイは落城する。白鳥と言えば美しくまた悲しい渡り鳥を想いがちだが,ゼウスの白鳥はこのように凄惨な事件を引き起こしている。白鳥の息子達から成るふたご座は,北極星を挟んで,はくちょう座と反対側に見える冬から早春にかけての星座である。共に天の川の中にあり,明るい星,連星,変光星,散開星団,散光星雲,暗黒星雲,新星,超新星残骸,X線星,さらにはブラックホールまで,多種多様の天体が博物館の陳列のように並んでいる。何の変哲もないおとなしくてまともな星々の中に,とんでもない暴れん坊の星が多数見つかっている。

互いに互いの周りを回る星

はくちょう座

白鳥のくちばしにあたる双星はアルビレオという名の二重星で,オレンジとブルーのペアが美しい。ところが,この二つの星はたまたま同じ方向に見えるだけで,互いに他人同士である。左の翼辺りに見えるはくちょう座61番星は望遠鏡で眺めると,オレンジの二つの星から成っている。この二星は現在約20''離れてほぼ東西に並んでいるが,長期間の観測によるとその離角や向きが変わり,633年周期でその重心の周りを回っていることがわかる。互いに相手の星から万有引力を受けているのだから,この二星は太陽の周りを回る惑星と同じく,ケプラーの法則に従って運動している。これを逆に使うと二星の質量が求まり,共に太陽の半分位の普通の星であることがわかる。このように実際に二つの星が重力で結び付けられ,互いに互いの周りを回転している星を連星という。

私達になじみの深い星シリウス,プロキオン,アンタレス,カペラ,スピカ,レグルス,アルデバランなどは皆連星であり,北極星,リゲル,アルゴル,ケンタウルス座α星(太陽に最も近い星)は三重連星である。また北斗七星の柄の辺りにあるミザールは四重連星である(ミザールとそのそばに見えるアルコルとは単に見かけの二重星だが,アルコルもまた連星である)。ふたご座の兄星カストルは望遠鏡で見ると三重連星だが,それぞれがまた連星なので,実に六重連星である。一等星は21個のうち10個が連星であり,また太陽の近くの30個の星のうち,連星は13個ある(うち3個は不可視伴星をもつ星)。遠くの星では暗い伴星は発見されにくくなることを考慮すると,連星の割合は銀河系中の星で半分もしくはそれ以上にも達するはずだ。夜空に輝く星はほとんど連星と思ってまず間違いなく,太陽のような単独星はむしろ少数派なのだ。はくちょう座61番星の二星は太陽・冥王星の距離の倍位離れているので,互いに干渉し合うことはまずない。ところが数日・数時間で忙しく公転する連星は,二星間の距離が星のサイズの2~3倍程度で,「近接連星」と呼ばれ,互いにガスを交換したり,共通の殻に包まれたり,以下に述べるような星の爆発を起こしたり,激しく活動するものが少なくない。

新星は新しく生まれた星ではない

1975年8月末,はくちょう座に見慣れぬ二等星が現れた。前日まで何もなかった空間に出た新たな星を見て,筆者も「こんなところに明るい星があるはずがない!」とわが目を疑ったものだ。この星は約一週間輝いていたが,やがて減光し,今はもとの16等星にまで暗くなっている。このように急に明るく輝き出す星は新星と言われているが,決して新しい星が生まれたわけではない。新星は毎年2~3個発見されており,肉眼で見える明るいものは,数年に一度は現れている。ではどんな星が新星になるのだろう?「元新星」を詳しく調べてみると,その正体は「白色矮星」と言われる文字どおり白くて小さい星である。どの位小さいかというと,太陽などまともな星の約百分の一,つまり地球程度しかない。ところが密度は非常に高く,約1トン/cm2,すなわち人間10人を角砂糖の大きさに圧縮した位である。白色矮星は太陽などの星が長い一生を終えた終末の姿で,財産を使い果たし静かに死を待っているはずの星だ。ところがこの白色矮星が最後に大暴れするのである。新星となる白色矮星は赤い小さな主系列星とのペアで連星系を成している。相手の主系列星から流れ込んだ水素ガスが白色矮星の上に降り積もり,水素の層は次第に厚くなる。高温高圧に耐え切れなくなった水素はついに核爆発を起こして,この水素層は吹っ飛んでしまう。このとき太陽の約1000年分のエネルギーが一挙に解放され,星は一夜にして10等級(=1万倍)以上も明るくなる。20世紀の4.0等より明るい新星は表1のとおりで,そろそろ次の新星が出現してもよい頃だ。最後の欄の数値,白色矮星と赤い主系列星との公転周期が数時間ということは,ケプラーの第三法則からして,両星はほとんど接触せんばかりであることがわかる。二つの星は顔をくっつけ合って次回の新星爆発の相談をしているのだろうか。

表1

超新星爆発では星全体が破壊される

新星よりずっとずっと大規模なのが超新星だ。超新星にはI型とII型の二種類があり,I型超新星は連星系の赤色星より白色矮星の表面へ流れ込んだガスによって引き起こされる。このガスの蓄積の結果,温度は数億度にも達し白色矮星内部からの核反応暴走を促す。白色矮星の内部はコチコチに固まった炭素と酸素でできているので,これはいわば炭素爆弾の大爆発だ。炭素が燃えた結果,ネオン・シリコン・マグネシウム,そして大量の鉄などが瞬間的に製造され宇宙空間にばらまかれる。そして白色矮星は跡形もなく粉々に砕かれ,太陽の数十億年分のエネルギーが一挙に放出される。肉眼で見えた超新星爆発の記録は表2のとおり,歴史上8回しかない。最も有名な超新星は1054年,おうし座に現れたもので,その残骸は「かに星雲」と呼ばれ,現在なお1500km/秒で膨張する姿が観測される。この時の記録は中国(宋)及び日本にあり,小倉百人一首の撰者である藤原定家の「明月記」に載っている。しかし西洋では故意に削られたのか,紙がまだ伝わっておらず,書き記すものがなかったせいか,昼間でも見えたというこの超新星出現の記録がない。1006年におおかみ座に現れた超新星は南の地平線すれすれだったが,明るさが半月程もあったと言われ,人類の記録に残る史上最輝の星である。「この世をば・・・」と歌って月を眺めた人も,「星はすばる」をいとをかしがった人もこの時代を生きていたので,この大超新星を見たはずだ。はくちょう座の網状星雲は天使のベールにもなぞらえる淡い美しい星雲だが,約2万年前,マンモス狩りの旧石器人は上弦の月程の明るさで輝いた超新星爆発を見たであろう。その残骸ガスは今なお電波やX線を発しながら膨張している。またふたご座の星雲IC443も記録はないが,やはりかつての超新星爆発の残骸である。1987年2月23日に待望の超新星が大マゼラン雲に出現した。400年ぶりのビッグイベントに世界中の天文学者・物理学者は興奮し,この新天体のもたらす情報に注目している。新たな観測結果により,超新星爆発のメカニズムが解明される日も遠くないだろう。なお,超新星現象について詳しくは160頁の伊藤裕博士の記事を参照されたい。

表2

小型の新星,そしてブラックホール

新星より規模は小さいが,やはり連星系の赤色星より白色矮星ヘガスが流れ込み,急激に明るくなることを繰り返す星を矮新星という。この場合は白色矮星の周りに「降着円盤」と言われるガスの円盤,及び「ホットスポット」と言われ,ガスが数万度にも熱せられる箇所がある。はくちょう座SS星やふたご座U星はこのような矮新星である。これはいわばストレスを小刻みに,しかし頻繁に発散している星だ。

白鳥の首にあたるη星の近くにブラックホールの最有力候補として有名なX線星はくちょう座X-1がある。このX線源近くに見えるのは普通の青色超巨星で,これだけではX線を発するための千万度以上の高温ガスは到底作れそうもない。ところがこの青色超巨星の運動を詳しく調べてみると,光では見えない小さな星と連れ添って連星系を成していることがわかる。実はこの「不可視伴星」こそブラックホールなのだ!光でさえ吸い込まれる程重力が強く,見えるはずのないブラックホールが発見されるには,《X線》かつ《不可視伴星》というキーワードが必要である。青色超巨星から引き込まれたガスはブラックホールの周りに降着円盤を形成し,巨大な渦となって回転しながらこの「地獄」に向かって落下していく。そしてお互いの摩擦により数千万度まで加熱されX線を発する。最近わが国のX線天文観測人工衛星「ぎんが」によって,はくちょう座X-1の近くに新たなX線星が発見され,ブラックホールと認定された。V404というかつて新星として輝いた星である。はくちょう座にはこの他にも強いX線星が二つあるが,それらの不可視伴星の質量を算定すると,ブラックホール程重くはないので,その正体は中性子星と考えられている。中性子星とは大質量星の最期の姿であり,II型超新星爆発の後に残された超小型(~10km),超高密度(~10億トン/cm2)かつ超高速自転(周期:千分の一秒~数十秒)の天体で,星というより巨大な中性子である。いわば太陽を比叡・比良山位にぎゅうぎゅうに押し込めたものに相当する。このような天体の存在はすでに1930年代に予言されていたが,1968年に発見されることでこの世に実在することがようやく確認された。主なX線星は表3に載っているが,その正体は超巨星と中性子星,またはブラックホールとの連星系である。中性子星やブラックホールは小さくて暗い(あるいは見えない)ので,連星系を成していない場合には発見されにくいが,宇宙の闇の中に潜んでいるものは多数あるだろう。

表3

死にかけの星が今蘇る

星は生まれた時の目方によって最期の姿が運命づけられており,太陽程度の星は白色矮星として死ぬが,太陽の10倍の重さの星はかに星雲のような超新星爆発を経て中性子星として一生を終わり,また太陽より30倍も重い星は自らの重さに耐え兼ねてブラックホールになることがわかっている。白色矮星,中性子星,ブラックホール,これらはすべて星の終末の姿で,単独ならばこのまま誰にも気づかれず死んでいくはずだった。ところが連星系の相手の星から降り注いでくるガスによってこれら臨終の星は蘇り,再び激動の場に躍り出て,若い星に負けず暴れ回る。今日もまた,広い銀河のどこかの連星系で,老いた星が死の床から復活して星の爆発を企てていることだろう。

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作花 一志
Kazuyuki Sakka
  • 京都情報大学院大学教授
  • 京都大学大学院理学研究科宇宙物理学専攻博士課程修了(宇宙物理学専攻)
  • 京都大学理学博士
    専門分野は古典文学,統計解析学。
  • 元京都大学理学部・総合人間学部講師,元京都コンピュータ学院鴨川校校長,元天文教育普及研究会編集委員長。

上記の肩書・経歴等はアキューム25号発刊当時のものです。