1995年1月17日,本研究者らは阪神・淡路大震災を経験した。その復興の中で,医療機関の壊滅や火災による紙カルテの消失や焼失を経験し,「自らのデータは自ら守る」ことの重要性と,大規模災害時などにそれを支えるためのセーフティネットの必要性を痛感した。この経験から,「患者中心の医療」を実現すべく構築したものが個人向け健康・医療・福祉・介護情報履歴管理サービスポケットカルテ®1である。
個々の住民が自らに最適化された医療を享受するためには,当該個人の詳細な病歴や成長発達記録などが必要となるが,個々の住民がその情報を保持していることは極めて稀で,医療機関の診療記録のみが頼りとなっている。この医療機関ごとに管理されている住民の医療履歴を自ら時系列に集約管理できる仕組みづくりとして,本稿著者が考案・開発し,特定非営利活動法人日本サスティナブル・コミュニティ・センター(京都府京都市,以下,NPO法人SCCJ)が運営主体となって,ポケットカルテ®を広く日本全国に無償でサービス提供している。
ポケットカルテ®はクラウド型PHR(Personal Health Records)あるいはPLR(Personal Life-log Records)サービス,すなわち,利用者自身の生涯にわたる健康・医療・福祉・介護履歴情報を預けることのできる「情報銀行」であり,携帯電話やPHSあるいはインターネットに接続可能なPCがあれば全国何処でも無料で利用可能である。
さらに,個々の住民が自らの健康・医療・福祉・介護履歴を簡単に入手し,ポケットカルテ®に登録できるよう,医療機関が受診時に発行する領収書や明細書にQRコードを印字し(医療機関領収書のデジタル化),それを携帯電話等で読み取ることにより簡単にポケットカルテ®に登録できるインフラを確立し,地域住民に広く無償で公開した。
また,ポケットカルテ®利用者の経済的なインセンティブとして,「医療費控除申告」による医療費の還付を考え,「医療機関領収書のデジタル化」を医療機関以外のドラッグストアやコンビニエンスストアの領収書にも拡大する実証実験を行った。
その結果,個々の住民は,保健医療費のみならず,保険外医療費も含めた自身のヘルスケア関連支出をポケットカルテ®で時系列に一元管理することが可能となり,ポケットカルテ®に集積された個々の住民の健康・医療・福祉・介護履歴情報は,当該個人にとって個人の生活史(Life-Log)といえることが明らかとなった。
この事実は,現在の医療経済施策立案において基盤となっている国民医療費(診療報酬明細情報等から厚生労働省が年次推計している)だけでなく,医療機関を受診する以前のいわゆる「未病」時点で購入される一般用医薬品(市販薬)の使用状況や,「未病」に至らないよう,フィットネスクラブで運動したり,サプリメントや特定保健用食品,漢方薬,養命酒等を健康維持のために服用している状況までデータ集積できることを意味している。
一方,昨年9月13日に公表された厚生労働省統計「『平成27年度 医療費の動向』について~概算医療費の年度集計結果~」によれば国民医療費は41兆5千億円で,前年度の40兆円に比べ1兆5千億円,3.8%の増加となっている2。厚生労働省はその適正化(=削減?)を行うために,平成12年度より介護保険制度を施行し,入院患者を早期退院や在宅看護・介護へと誘導しているが,急速な高齢化社会への移行も伴って,介護や高齢者福祉にかかる費用が高騰し,例えば,平成26年度の介護保険の総費用は9.7兆円とこの15年間に約2.7倍になっている3。にもかかわらず,国民医療費の増加は抑制されておらず,前年比3.8%と増加の一途である2。
ポケットカルテ®では,この介護や高齢者福祉にかかる費用も含めて,個々の住民単位で時系列に一元管理することが可能となったため,ポケットカルテ®に集積された自分自身の健康・医療・福祉・介護履歴情報により,生涯にわたって健康を維持・増進するために支出している費用の総和を可視化できることが判明した。
そこで本稿著者は,この個々の住民単位の「健康維持のためにかかる総支出」を「健康費」,日本国民全体の「健康費」総和を「国民健康費」という新たな指標として定義し,現在の医療経済施策において基盤となっている国民医療費の上位概念としての概念を形成することを研究し論文発表した3。
「健康費」と「国民健康費」の最適化を行うことで,個々の住民のクオリティ・オブ・ライフ(quality of life,以下QOL)向上と,医療経済施策の最適化という,ともすれば相反する最適化を,車軸の両輪として検討できるような全体最適化基盤を構築することが可能であることを示唆したい。
地方創生促進の鍵として,生活環境,特に医療や福祉にかかる環境整備が謳われている。また,昨今の医療の高度化や患者ニーズの個別化・多様化により,医療機関への負担が増加しているにも関わらず,全国各地で医療機関の減少が続いている。
地域には病院・診療所・保険調剤薬局など多数の医療機関が存在するが,その設立母体は民間(個人・法人)や公的・公立(国・府・市町村・日赤他)など様々であり,地域住民の医療履歴は個々の医療機関ごとに個別管理されている。このため,普段はかかりつけ医に受診する地域住民が,総合病院で専門医を受診することになった場合,既往歴や家族歴・アレルギー情報などのいわゆる「予診・問診情報」の連携が不十分な事態が多々見受けられ,診察での説明や検査・投薬が重複して行われたり,医療機器や設備の予約に時間がかかったりなど,費用や時間の無駄に加えて,投薬の重複や飲み合わせの問題などでは危険なこともあった。これらの課題を解決し,地域の医療資源(医療従事者・医療機器・設備)を有効利活用するためには,地域住民が自らの健康医療福祉履歴を自ら時系列に集約管理できる仕組みづくりが望まれていた。
このような医療機関数の減少,負担増という全国各地域共有の課題に対処するため,NPO法人SCCJのポケットカルテ®プロジェクト(以下,本事業)では,地域共通診察券発行や健康医療福祉履歴管理・医療圏リソース管理を統合的に提供することにより,地域医療に関わる医療をひとつの仮想巨大医療機関とみなして有効活用することを可能とし,質の高い安心・安全な地域医療提供体制を確立するための情報基盤整備を目的とした。その結果,ポケットカルテ®の登録者数は5万4千名超に拡大(平成29年3月3日現在)し,安心・安全な地域医療提供体制の確立に寄与している。
本事業には2つの大きな柱(特徴)がある。まず,ポケットカルテ®は本稿著者が考案・開発し,NPO法人SCCJが運営する個人向け健康・医療・福祉・介護情報履歴管理(PHR)サービスで,自分自身の「健診履歴や受診履歴」などを生涯にわたり無料で管理できる。
病院や診療所,調剤薬局から,地域住民のポケットカルテ®へ医療履歴情報を送信し,履歴情報の所有者は地域住民自身であるという原則の下,地域住民は自身の履歴情報を自ら管理し,普段の生活の中や,緊急・災害発生時など,必要な時に利活用できる。
また,地域共通診察券「すこやか安心カード®」は,自分自身が受診歴のある対応医療機関の医療機関番号と,その医療機関における自分の患者番号をそれぞれ30医療機関分まで登録可能なICカードで,考案・開発者はポケットカルテ®同様,本稿著者である。このカード一枚で,自分の患者番号登録済の医療機関を,個々の医療機関が発行している診察券無しで受診でき,常時,複数の医療機関を受診している高齢者などは,何枚もの診察券を持ち歩く必要がなくなる。
ポケットカルテ®へアクセスする認証キーとして利用可能で,PCやスマートフォン,バーコードリーダーなどを使いこなせない小児や高齢者などでも,簡単かつ安全にポケットカルテ®を利用可能としている。
現在,京都や名古屋など,5万枚以上を住民へ発行し,平成29年3月15日時点で22.443名(発行総数の約45%)の住民が日々の医療機関受診に利用している。
これらは,医療機関同士の診療情報共有を行うタイプ(EHR:Electronic Health Records)など他の情報基盤に対し以下の点において唯一無二である。
ポケットカルテ®のサービスはいわゆる「情報銀行」であり,自分自身の健康・医療・福祉・介護履歴情報を生涯にわたり無料で管理できるサービスである。そのサービスは金融機関としての「銀行」に例えると,理解が容易である。金融機関としての「銀行」へは「お金」を預けるが,「情報銀行」であるポケットカルテ®には自分自身の健康・医療・福祉・介護履歴情報(検査結果や処方内容・手術歴や入退院履歴など)を預ける。「銀行」窓口で,預貯金・出金することに,病院診察室や窓口での情報授受(多くは紙ベース)が相当する。いわゆる「インターネットバンキング」が,ポケットカルテ®の基本サービスに相当し,「銀行」のキャッシュカードをATMで預貯金・出金することにポケットカルテ®の地域共通診察券「すこやか安心カード」の利用が相当する。
さらに金融機関としての「銀行」には無い便利なサービスとして,ポケットカルテ®は自宅のテレビでも自分自身の登録情報を24時間閲覧できるようにしている(後述・ケーブルテレビ経由のみ)。
本事業のサービスは,実際の利用者である地域住民は無償で利用可能だが,対応する医療機関や団体は下記のメリットの対価として僅かずつ費用を負担している。このような運営により,本事業は自立的・継続的に運営が可能となっている。加えて,医療機関や団体にとっては,一から情報システムを構築・運用しなくてもポケットカルテ®を利活用することで必要なツールを限られた予算内で調達可能となる。
実施運営体制としては,毎月第3木曜日に,ポケットカルテ®地域共通診察券「すこやか安心カード」運営協議会を開催している(本年3月16日までに79回を開催済)。構成員は京都府・京都市・宇治市・城陽市・久御山町・奈良県生駒市の各首長,ITコンソーシアム京都(旧京都高度情報化推進協議会及び旧京都情報基盤協議会),地域医師会,医療機関,患者団体,地域住民の会,ICTベンダーなどで,毎回オープン開催としており,NPO法人SCCJの個人会員は誰でもオブザーバー参加できる。
ポケットカルテ®は平成20年6月より試験サービス,同年10月より正式無料サービスを開始し,わずか4か月で利用者は1万人を突破したが,その後の登録者数増加が緩やかとなったため,利用者などに調査を行ったところ,「医療機関やドラッグストアなどでデジタルデータをもらえないため,いちいちデータを手入力しなければならず,面倒」という意見が多数であった。
そこで,医療機関やドラッグストアなどでの領収書にQRコードを印刷し,利用者がそのQRコードをカメラ付き携帯電話やPHS・スマートフォンなどで読み取ることによりデータ入力できる仕組みを考案した。このQRコード付き領収書を「デジタル領収書」と呼称することとした。
医療機関やドラッグストアなどの領収書に「デジタル領収書」システムを実装するには,医事会計システムやPOSレジシステムの改修が必要となり,医療機関やドラッグストアなどに負担が発生する。この課題を解決するためには,「デジタル領収書」には,その実装時に発生する負担を上回る,何らかのインセンティブも必要である。医療機関やドラッグストアなどにとってのインセンティブは何か?それは言うまでもなく,患者や利用者の増加である。
では次に,患者や利用者が「デジタル領収書」を実装した医療機関やドラッグストアなどを選択して訪れるインセンティブは何か?保険診療においては,保険薬局及び保険薬剤師療養担当規則(昭和三十二年厚生省令第十六号)第四条第一項などにおいて,保険薬局は健康保険法第七十四条の規定による一部負担金などの支払を受けるものとされ,その減額(ディスカウント)は許されない。そこで,「医療費控除」制度に着目した。
平成19年度の総務省の統計によれば,二人以上の世帯における保健医療費の年間総額は平均で10万円を超えた。この事実は,二人以上の世帯において,50%の確率で医療費控除が受けられる可能性を示唆している。にもかかわらず,二人以上の世帯の50%が,実際に医療費控除の恩恵を受けているわけではない。なぜなら,それは医療費控除の手続きが煩雑(世帯全員の医療費の領収書を1年にわたって収集し,帳簿化することが必要)だからである。加えて,「領収した者のその領収を証する書類」を確定申告時に添付または提示しなければならない。しかしながら,平成20年からはe-Taxを用いて医療費控除を電子申請する場合,原則,領収書の添付が不要となった。これを利用し,医療機関の領収書や様々なヘルスケア関連の支出に関する領収書をデジタル化し,それをカメラ付き携帯電話などで読み取ることにより,世帯全員の医療費の領収書を簡単に収集・管理できるサービスを考案した。
これを実用化するために,総務省の平成21年度「ICT経済・地域活性化基盤確立事業(ユビキタス特区事業)」に『医療機関のデジタル領収書プラットフォーム構築とヘルスケア家計簿との連携による地域住民への付加価値サービスの実現』として公募申請し,平成21年11月に採択され,平成22年2月より正式に無料サービスを開始した。
医療費には病院や診療所などで保険医療を受けた際に支払う保険医療費と,購入した物品などのうち,医療費として認められる保険外医療費(例えば大人用オムツ,通院の際のタクシー代など)とがある。後者については「認められるかどうか」の仕分け作業が必要なため,著者らは「ヘルスケア家計簿」というシステムとのサービス連携により,医療費控除にかかる情報収集→帳簿化→e-Taxフォームへの自動整形を自動化した。サービスの概要を成果ビデオとしてYouTubeに公開しているので,ご覧いただければ幸甚である。
また,構築した「デジタル領収書」プラットフォームを普及させ,利用者のデータ(予防接種や罹患傷病,受けた診療行為,健診結果,健康食品・嗜好品情報,市販薬やサポーターなどの健康保険適用外品の購買情報など)を全てポケットカルテ®に簡単に「記録」としてデータ転送できる環境構築を目指し,京都市・宇治市・城陽市・久御山町の推薦をうけたプロジェクト「地域共通診察券(仮称:すこやか安心カード)発行による安心・安全な健康医療福祉情報基盤整備事業」を,総務省の「平成22年度地域ICT 利活用広域連携事業」公募に申請し,採択された。これを受け,本総務省事業に参加する地方公共団体および及び京都府,各位各層の有識者とともに運営協議会を発足し,2011年1月より京都医療センター(京都市伏見区)を中心に3市1町の対象地域(約79万世帯)を対象に,本プロジェクトの実証サービスを開始した。
本総務省事業では,前年度の成果物である「デジタル領収書」プラットフォームによるポケットカルテ®へのデータ転送の仕組みの対象を,前年度の「医療費控除」の対象となる領収書・明細書の金額情報に加えて,①処方内容,②検査内容とその結果,③処置内容,などに拡げた。特に①については,従来の紙ベースのお薬手帳のように,シールを貼ったり,手書き転記したりという手間の無い,全自動記録化された「電子版お薬手帳」サービスとして提供しており,利用者に好評をいただいている。
なお,ポケットカルテ®の利用には,カメラ付き携帯電話やPHS・スマートフォン,バーコードリーダーやPCといった情報端末を使いこなす必要がある。しかしながら,医療機関・ドラッグストアなどの受診者・利用者の全てがこれらを使いこなせる訳ではない。その対応として,前述の地域共通診察券というICカード発行につながった。対象地域の5病院と久御山町役場で始めたサービス概要の成果は,以下をご覧いただければ幸甚である。
「健康費」のデータソースであるポケットカルテ®の登録データは,国民医療費や介護保険給付費などのように,診療報酬明細情報等の各種の基礎的な統計資料等から厚生労働省が年次推計している加工統計ではなく,実在する個々のポケットカルテ®利用者の,時間的にも空間的にも連続した消費(購買)データであり,医療費控除金額を少しでも多く計上するために,事細かな日常の消費(購買)データが,当該個人の生涯にわたって登録されてくる可能性が想定される。また,現時点で直接,健康維持や健康増進に関わるかどうか不明な消費(購買)データも登録されるため,例えばA食品とB飲料を同時期にCヶ月以上消費(購買)していた個人は,メタボになりにくいなど,データマイニングなどの自動分析や人工知能による解析により,有意義な解析結果が出た場合,加工統計では,個々のデータソースである個人にたどり着けることは出来ず,確認や追加データの提供依頼あるいは予防医学的・治療医学的・医療経済学的アプローチは出来ないが,ポケットカルテ®ではユーザーIDと登録メールアドレスにより,当該個人と連絡を取り,確認や追加データの提供依頼あるいは予防医学的・治療医学的・医療経済学的アプローチや介入するための連絡基盤が整備されている。
本項では,「健康費」の最適化が政策立案の根拠となり得ることを,具体的な「健康費」の最適化事例を提示することにより明らかにする。
社団法人日本透析医学会の統計調査委員会が公開している「図説 わが国の慢性透析療法の現況(2011年12月31日現在)」によれば,従来は慢性透析療法新規導入理由の第一位は慢性糸球体腎炎による慢性腎不全であったが,1998年以降,生活習慣病である糖尿病性腎症が慢性透析療法新規導入理由の第一位となり,近年は慢性透析療法新規導入患者の2人に1人が糖尿病性腎症となっている4。
透析治療の年間医療費は,患者一人につき外来血液透析で約480万円,腹膜透析(CAPD)で420~840万円かかる。透析患者一人の年間医療費の平均を600万円と仮定すると,2011年の年間透析医療費は約1兆8276億円となり,国民総医療費の約5%を占めていることが分かる。
年間の新規透析導入患者が約7000人として,その2人に1人が糖尿病性腎症とすれば,年間約210億円の透析医療費が糖尿病性腎症患者に対して新規に必要となる4。
例えば,2008年の厚生労働省国民健康・栄養調査5によれば「糖尿病が強く疑われる人」が890万人,「糖尿病の可能性が否定できない人」が1320万人で,合計で全国に2210万人の潜在的な糖尿病患者の存在が疑われている。
この「糖尿病が強く疑われる人」890万人うち,ほとんど治療を受けたことのない約4割(約350万人)の人に対して,国が一人当たり約10万円の糖尿病教育入院(保健医療対象外の14日コース)の自己負担分を負担すると,3500億円の支出となる。
しかしながら,糖尿病教育入院を受けることで,年間の新規透析導入患者約7000人のうち,糖尿病性腎症が原因とされる約3500人の50%が透析不要となったとすると,初年度は年間約105億円の透析医療費が不要となる。次年度は,初年度の透析医療不要額年間約105億円に加えて,次年度に新たに年間約105億円の透析医療費が不要となり,初年度からの累計では約210億円の透析医療費が不要となる。
これを繰り返して計算すると,8年目で投資回収でき,それ以降は単年度1000億円以上の「健康費」が不要となり,最適化できる。
別途,既に慢性透析療法導入済みの患者を対象に,予想される南海トラフなどの災害時・緊急時の透析環境確保に向けて,ポケットカルテ「電子版透析手帳」の評価版を公開し,京都・大阪・兵庫の透析患者会の方々17000名にテストしていただいている。
特に地元京都の患者会である「京都腎臓病患者協議会」との連携は密であり,毎月開催している「ポケットカルテ®『地域共通診察券(すこやか安心カード®)』運営協議会」にも委員として協議会役員が参加している。
ポケットカルテ®「電子版透析手帳」には,慢性透析療法導入済みの患者データが,当該個人のLife-Logと共に蓄積開始しており,今後,慢性透析療法導入済み患者特有の合併症や病態の可視化や分析,およびそれに基づく「健康費」の可視化や最適化に役立つものを期待されている。
4千年の豊富な経験に基づく中国の医薬学の理論大系のなかで,疾病の予防が重要であることを記述した「未病思想」がある。黄帝内径では”聖人は既病を治さずして,未病を治す“と疾病の一次予防を重視する思想がみられる。未病対策としての侵襲の防御だけでなく,身体自身の生きる力を賦活させることがさらに重要であり,現在に翻訳すれば食養生,運動療法,禁煙などの健康維持増進の重要性が認識されていた6。
本節で示した最適化事例から,現時点での「健康費」概念を評価すると,①「国民医療費」や「介護給付費」は,疾病が発生してからの対応にかかる費用であり,発生した疾病に対する「受け身の対応にかかる費用」であるのに対して,②「健康費」の概念による最適化事例では,主として疾病が発症する前のいわゆる「未病」段階,あるいは「未病」に至らぬように行う健康管理,すなわち予防医療などの「健康寿命伸延のための積極的介入にかかる費用」の「小さな」支出により,医療費や介護に要する「大きな」支出が抑えられるという事実を可視化している。
換言すれば,ポケットカルテ®という情報銀行に住民がLife-Logを預けるようになったことから,「国民医療費」や「介護給付費」といった加工統計では可視化できなかった健康管理や未病対策・予防医療等にかかる支出が,「健康費」の概念により可視化可能となったため,「健康費」を最適化することで,結果的に「国民医療費」や「介護給付費」が最適化できることが示されたと考えられる。
現在国民の4人に1人が65歳以上という超高齢社会を迎えているが,今後もさらに高齢化率の上昇傾向が続くことが見込まれている7。このように高齢者が急増する中で,加齢に伴い増加する疾病を予防し,高齢者の生活の質(QOL)を保ち,健康長寿を全うさせることが重要な課題となっている。
心血管病や認知症は加齢と密接に関連し死亡リスクの高い疾患であるが,ひとたび発症すると死を免れても後遺症により日常生活動作(ADL)を障害して寝たきりを増やしQOLを著しく低下させるため,健康長寿を損なう大きな要因となっている。近年の食生活の欧米化や運動不足の蔓延など日本人の生活習慣が大きく変貌し,それが心血管病や認知症およびその危険因子にも大きく影響を与えている可能性が高い。したがって,地域高齢者におけるこれら疾患の現状を把握しそれを予防につなぐことは,わが国における疾病対策上の重要な課題といえる。
九州大学医学部は,福岡県久山町の一般住民を対象に長年にわたり継続している生活習慣病の疫学調査(久山町研究)の成績をもとに,心血管病および認知症とその危険因子の動向について調査しているが,経時的に肥満や高コレステロール血症や耐糖能異常が増え,高血圧や喫煙者が減る傾向を示した8。
また,糖尿病の医療費はもっとも伸びが著しく,大石ら9によると糖尿病の医療費の伸び率は94年度は8739億円で79年度の4.4倍と他の疾患の伸び率と比べもっとも高い。これは糖尿病性腎症から腎不全になって透析に入る患者が多いのも一因で,糖尿病の合併症のないものでは1人年間23万円に対し,合併症があれば44万と約1.9倍になっていた。
さらに,澤田ら10の試算では国立循環器病センターに入院した3000人余の脳卒中発症者の急性期,慢性期の治療費,介護費などで,平均5年間に要した諸経費は個人あたり1000万円以上で,その70%は介護費用であった。
「介護の前に未病対策あり」で,高齢者が早期に医療機関で治療が受けられ,高齢者の疾病予防のための自立施設やリハビリ施設の拡充が求められているが,ポケットカルテに集積された高齢地域住民のLife-Logデータを対象に,高齢者の「健康費」の最適化シミュレーション事例を多数創造し,高齢者にとっての「安心安全なまちづくり」を通じて,「国民医療費」や「介護給付費」の最適化に貢献したいと考えている。
新たな指標「健康費」の概念など,創出された「根拠」に基づき,個々の住民単位の最良最適な医療を実現することは,「医療の質を向上しつつ,国民総医療費を適正化し,国民皆保険を維持する」ことに大きく寄与すると考えられる。
ポケットカルテ®は,総務省が昨年12月に公表した「地域IoT実装推進ロードマップ」1120頁に『(参考)導入事例②「ポケットカルテ」及び地域共通診察券「すこやか安心カード」』として掲載されており,日本で運用中のPHRの先進事例として位置づけられ,既に公共政策において活用されている。
また,平成27年3月には,総務省「地域情報化大賞」大賞/総務大臣賞を受賞,同年11月には厚生労働省「第4回健康寿命をのばそう!アワード」生活習慣病予防分野において厚生労働省健康局長優良賞(団体部門)を受賞するなどの評価も戴くようになった。
しかしながら,現時点でのポケットカルテ®登録者数がまだ5万4千人程度で,その解析結果は日本国民全体を反映しているとは言いがたい。よって,現時点では,利用者数拡大を最大の課題とし,その対応が,「健康費」が真に公共政策において活用されるために必須であると思われる。
母集団(=ポケットカルテ®利用者)を100万人規模にし,統計結果を全国統計レベルにするには,さらに相当な工夫が必要であるが,これについては,第2章第9節で記載したケーブルテレビ上での展開が有効ではないかと考えており,J:COM社のみならず,広く全国のケーブルテレビ局でポケットカルテ®が利用できるよう,日本ケーブルテレビ連盟や総務省担当局にも協力要請済みである。
ポケットカルテ®や「地域共通診察券(すこやか安心カード)」を通じて,医療の情報化・地域住民の健康増進への貢献・電子行政サービスの普及を推進し,更に利用者の統計データの活用により,関わる全ての人々にとってメリットの大きい新しい公共サービスを創造することを継続して目指し,ポケットカルテ®が医療費適正化の切り札となるよう読者の皆様と共に普及展開出来れば幸甚である。
特定非営利活動法人 日本サスティナブル・コミュニティ・センター
TEL : 0120-988-617(平日9:00~17:00)
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