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Accumu Vol.13

創立40周年記念式典 学院長式辞 時代を拓く情報処理技術者育成をめざして

京都コンピュータ学院学院長 長谷川 靖子

京都コンピュータ学院学院長 長谷川 靖子

―パイオニア精神40年の軌跡とKCGアイデンティティの熟成―

京都コンピュータ学院は今年で創立40周年を迎えました。 この時にあたり,過去40年間を振り返り,各時代に発揚されたパイオニア精神に思いを馳せ,その過程で熟成されてきた京都コンピュータ学院のアイデンティティを確認してみようと思います。

KDC-1 (京都大学)
KDC-1 (京都大学)

1963年,今から40年前,コンピュータの草分け時代,当時,京都大学で宇宙物理学専攻の大学院生であった私が,コンピュータ利用の研究会を立ち上げ,他分野の先駆者とともに,京都大学のコンピュータ応用学者を対象に,講習会活動を始めました。これが今日の京都コンピュータ学院の源です。まだ,全国の大学に情報系の学科が設置されていなかった時代,また,どの書店にも,コンピュータ利用関連の参考書が見当たらなかった時代です。数年後,国産大型機が登場し,大学共同利用センターがオープンすると,この講習会には関西一円の各大学,また民間企業からも研究者が続々参加して,一大センセーションを巻き起こしました。一般学術研究者に開放された全国初のコンピュータ利用講習会は,コンピュータ黎明期の第一ステージを担ったものであり,私達のコンピュータ教育にかけるパイオニア精神はこの時に点火されたのです。

HITAC 10 1969年
HITAC 10 1969年

初代学院長 長谷川繁雄は,文明論的見地から,コンピュータを認識し,情報化時代の到来とソフトウェア技術者に対する社会の膨大なニーズを予見しました。

そして,その洞察の中で,従来のカテゴリーとは別の教育機関の必要性を痛感し,大学へ進学しない高卒者を対象に,大量のソフトウェア技術者を育成する全日制 京都コンピュータ学院を創立しました。当時は,行政においても,大学においても,コンピュータをスペシャルな道具と考え,その利用は一握りの専門家で充分だという認識が支配的でした。したがって,私達の開学は,いわば情報化時代の幕開けに伴う,教育の革命であり,コンピュータ黎明期の第二ステージの活動が,自ら進んで時代を拓こうというパイオニアの情熱においてスタートしたのです。

電子計算機プログラミング講習会 1966年
電子計算機プログラミング講習会 1966年

コンピュータの特性から見て,コンピュータの技術教育には,理論と技術の一体化教育が必要であると考え,業界に役立つ人材育成のため,「実用と実践のための学問」に価値を置くプラグマティズム教育哲学を原則としました。そのため教育モデルをプラグマティズム土壌のアメリカに求めました。


1970年当時の洛北校舎
1970年当時の洛北校舎

本学院が目指したのは,他の専修学校・職業技術訓練校が目指す,訓練によって身につく技術でなく,理論学習の結果として得られる「技術能力」でした。

「理論と技術の一体化教育」の実践は,その後に到来した急速なコンピュータの進化に適応できる本物の技術力の養成となりました。

学院のモットーとする本物志向の教育精神は,その後, 40年の歴史を通して脈々と生き続けるのです。


TOSBAC 3400 1972年
TOSBAC 3400 1972年

1972年,TOSBAC 3400を導入しました。

土地は借地で,校舎はバラック建て,しかし計算機室に堂々と高性能,トップクラスの TOSBAC 3400を設置したのです。それは,教育における本物志向精神の現れでした。どの大学でも,コンピュータは研究用に使用限定されていた時代に,学院では計算センターを真夜中まで開放し,学生に自由に実習使用させました。ソフトウェア開発・システム構築は創造作業であることを考え,自由実習を通しての創造性育成を最重要視したのです。


超大型コンピュータ UNIVAC 1106 TSSシステム 1979年
超大型コンピュータ UNIVAC 1106 TSSシステム 1979年

さらに,他大学に先駆けて,また専修学校のトップを切って,1979年,教育実習用として,本学院は超大型機UNIVAC TSSを設置,稼働させたのです。  超大型機にはその時代のソフトウェア・ハードウェアの技術の粋が結集されています。

この機械は時代の最高レベルのものであり,学生の高度技術力養成に使用されましたが,同時に,学生達に夢と刺激,時代センスと誇りを与え,それらはすべて明日の力を創造する潜在エネルギーとなって学生の内部に蓄えられていったのです。


IBM3031-A08マルチプロセッサシステム 1986年
IBM3031-A08マルチプロセッサシステム 1986年

1983年,パソコンブーム到来の夜明け以前に,東芝のパソコン3000台を導入し,学生に一人一台所有させました。この実施は世界のトップを切って行われたのです。

パソコンの開発はコンピュータ民主化時代の幕開けを告げるものでした。コンピュータ・リテラシー教育の必要性がようやく社会的に認識されるようになりましたが,私達はコンピュータ・リテラシー教育の必要性を当時から遡って 10数年前から叫んでいたのです。

1980年代に入って,企業内管理職に次々と技術系の人間が登用され,人間としての幅広い教養が技術者にも求められるようになりました。この時代に対応して日本の文化・芸術を代表する人々による文化講演会・音楽会・芸術展を開催し,学生の知性・感性の涵養を図ろうという企画が学院のカリキュラムの中に取り入れられました。

1980年代後半より,国際化の波が日本に押し寄せます。日本の技術の飛躍的進歩とともに日本企業の国際進出も著しく,国際摩擦も深刻化します。本学院はこの情勢に対応して,1988年,京都コンピュータ学院ボストン校を設立,同時に新設した国際情報処理科の海外研修の場として使用し始めましたが,これは情報関係の海外分校第1号でした。ボストン校における研修の目的を,異文化体験を通しての国際性涵養においたところに,本学院の人間教育における時代即応性が見られます。

ボストン校は,学院の研修の場であると同時に,次年度以降展開する,海外コンピュータ教育支援活動(IDCE)の拠点として機能しました。

私達は,コンピュータのもつ特性から,コンピュータを研究用・ビジネス用のスペシャルな道具としてではなく,「文化」として早くから捉えていましたが,パソコン時代に入り,それは確信となり,“コンピュータ・リテラシーの普及”活動を通して,コンピュータ文化創造に貢献することをパイオニアとしての使命と考えました。さらに,当時の日本は「技術立国」,「経済大国」として世界に名を馳せていた頃であり,日本最初のコンピュータ教育機関として,微小なりとも国際貢献をすることに時代責任を感じたのです。

既にモデル・チェンジして本学院では不使用になったパソコン,当初2000台,その後追加し3000台を利用した,海外コンピュータ教育支援活動はこうして始まりました。

海外コンピュータ教育支援活動
海外コンピュータ教育支援活動

このプロジェクトは,パソコンの大量寄贈と,現地教員養成を一体化した教育支援であり,現地,各対象国において画期的な教育革命を促しました。本学院の使用済みのパソコン約3000台が,発展途上国や東欧圏のコンピュータ教育振興で甦り,初めて対象国のコンピュータ教育のレールが,広域にわたって敷かれたのです。明日の時代に向けての有意義なプロジェクトの結実でした。

本学院の創立以来継承されてきたパイオニア精神が,世界をフィールドに発揚されたのです。このボランティア活動は,コンピュータ平和利用推進の国際貢献として国際社会で高く評価されました。

タイを皮切りに始まった海外支援活動は,その後アフリカ5ヶ国,ポーランド,スリランカ,ペルー,中国,モンゴルの 11ヶ国へ及び,これに教育支援のみを実施したメキシコ,サウジアラビア,ブルネイを加えると, 14ヶ国に拡張されます。  そして,今年,タンザニア,ウガンダへの支援が始まります。

この活動は,京都を発信地とする情報文化の伝播という歴史的役割を担って実践され,現地へ赴く教職員には,情報教育普及に関する熱い使命感があふれていました。この情熱があればこそ,海外活動も結実しえたのです。

JICAの要請による各国コンピュータ技術研修員受け入れ
JICAの要請による各国コンピュータ技術研修員受け入れ

このボランティア活動の実績もあって,本学院の独自のコンピュータ実践教育が海外で高く評価され,独立行政法人 国際協力機構(JICA)が招く海外研修員に対する研修コースも 10年来定例化されています。また,英国文部大臣,ポーランド副大臣,タイ,ガーナ,その他の発展途上国教育省高官や,ドイツの市長,企業視察団など,各国の政府・企業からの視察が相次いでいます。


1990年代前半,マルチメディアの急速な発展の流れに対し,本学院は教育上の新しい対応に迫られました。

1993年,米国ロチェスター工科大学(RIT)と協力体制を組み,アート系,マルチメディア系の学科を設立,1996年3月,RITとの姉妹校提携が調印されました。専修学校とアメリカ一流大学との姉妹校提携は日本初です。

この頃,ITという言葉はマスコミに殆ど登場せず,日本のどの大学にもIT学科は存在していませんでした。1998年2月,本学院は,いち早く,IT革命時代の到来を先見し,RIT大学院IT学科とベンチャー・プログラムを作成しました。これは, RIT大学院IT学科の前期課程を本学院で履修するものであり,日本初の企画としてマスコミに大きく取り上げられました。私達は,海外校提携によって,デジタル社会のニーズに即応した教育の充実を図ったのですが,日本の多くの大学は,急速に変わるデジタル時代の潮流に即応できず,メディア系, IT系の教育は著しく立ち遅れました。

京都駅前校6階ホール
京都駅前校6階ホール

さて,現在,本学院ではeラーニングの導入など,新しい教育環境の整備に努めています。ブロードバンド・インターネット利用で,講義のIT化,学習のIT化のみならず,生活情報のIT化により効率のよい学生生活が展開されています。

また,ニューヨークオフィス,北京オフィスを拠点に,eラーニングの実施を含めて,よりボーダレスに国際間相互教育の充実を図っています。

40年の歴史の概観の中で,社会のニーズ,時代のビジョンにおいて構築されてきた教育の「先駆性」「革新性」「本物志向性」の足どりが際立ちます。

これらは教育構築上の学院アイデンティティとして,本学院の教育基盤を固めました。さらに人間教育における時代即応性も歴史の中に検証されます。また,情報技術普及の使命感も学院アイデンティティです。そして,歴史の表層の奥に一貫して流れるのはパイオニア精神であり,これこそ生命に満ちた学院ダイナミズムの源泉なのです。 40年の間に,これら学院アイデンティティをベースに,ユニークな学院の知的基盤が確固たるものになりました。無形ながら,その基盤の上に,学校文化が熟成されております。

現在までに学院を巣立って行った約 36000人の卒業生達は,時代先取りの知識・技術を習得しつつ,この学校文化を吸収し,日本情報化社会推進のパイオニアとなり,日本情報化社会の繁栄を支えました。

さて,今年,2003年4月,実務家養成を目的とした専門職大学院大学が法制化されました。

京都の数多くの企業の声援をバックに,私達は,京都情報大学院大学の名の下に専門職大学院の認可申請をいたしました。

現在,業界ではIT関連の人材不足が深刻であり,e‐Japan構想でも中小企業の IT人材育成を謳っているにも拘らず,その 人材育成を目的としたIT関連・専門職大学院の申請は,本校一校のみという結果でした。

この結果に,IT実務家育成に関して,いかに日本の大学が時代・社会の要請に応えることができていなかったかを見ることができます。

私達は, 40年のコンピュータ教育創造の経験,伝統と実績において,IT専門職大学院としての教育創造にチャレンジし,再びパイオニアの魂を燃焼させつつ,最初でしかもただ一校という責任の下に,社会的使命を全うすることができると信じます。

創立以来今日まで,本学院は郊外へキャンパスを移すことなく,京都という「都市」との共生に意義を見出し,発展してきました。「都市」と「大学」との共生による相互発展は,ドイツのハイデルベルク大学,フランスのパリ大学にその先例を見ることができます。

京都は日本伝統文化育成の地であり,その過程で培われた本物志向精神が根づいています。さらに,日本の歴史改革,数々のノーベル賞受賞者,世界的ベンチャー諸企業を生んだ創造の土壌です。私達は従来以上に京都の持つ風土的特性とエネルギーを内在させつつ,IT人材育成の大学院を成功させ,日本経済再生の一翼を担う所存でおります。さらに千年以上も日本文化を発信しつづけた京都の伝統を受け継いで,世界に向かって情報文化を発信し,地球サイズの情報文化創造に貢献していく所存でおります。

2004年4月,新しい教育創造へ向かう学院の歴史が始まるでしょう。「創造」への無限,不断の努力があってこそ人類の文明は築かれていくのです。

私達創造者の道が,たとえどんなに細い道であったとしても,ロイヤル・ロードとなることを,一同確信しております。

卒業生の皆さん, 40年の間に巣立っていった36000人の活躍に,私達は何物にも替えがたい喜びと励ましを与えられました。本学院への高い業界の評価は皆さん卒業生の活躍により定着したのです。より一層の活躍をお祈りいたします。

在学生の皆さん,先輩に続き,パイオニア精神をもって高度情報化社会を築いていってください。学院の教職員,卒業生,在学生の一体化の力が,学院ならびに皆さん一人ひとりの未来を築くのです。

40年の長い道程の中で,私達は常に大勢の皆様の心温まるご支援,ご激励をいただきました。最後になりましたが,ここに心から御礼申しあげるとともに,京都コンピュータ学院ならびに新設予定の京都情報大学院大学の輝かしい発展に,今後とも変わらぬご支援ご協力を賜わりますよう,教職員一同心からお願い申しあげます。


この著者の他の記事を読む
長谷川 靖子
Yasuko Hasegawa
  • 京都大学理学部宇宙物理学科卒業(女性第1号)
  • 京都大学大学院理学研究科博士課程所定単位修得
  • 宇宙物理学研究におけるコンピュータ利用の第一人者
  • 東京大学大型計算機センター設立時に,テストランに参加
  • 東京大学大型計算機センタープログラム指導員
  • 京都大学工学部計算機センタープログラム指導員
  • 京都ソフトウェア研究会会長
  • 京都学園大学助教授
  • 米国ペンシルバニア州立大学客員科学者
  • タイ・ガーナ・スリランカ・ペルー各国教育省より表彰
  • 2006年,財団法人日本ITU協会より国際協力特別賞受賞
  • 2011年 一般社団法人情報処理学会より感謝状受領。
  • 京都コンピュータ学院学院長

上記の肩書・経歴等はアキューム22-23号発刊当時のものです。