オユギス……時間のない町。それは,遥なる昔から探し求めていたような,何か,なつかしい安らぎを与えてくれる町だ。寝ころんで空を見上げる牛飼いの男達,湖で歌を口ずさみながら洗濯をする女達,その周りで泳いで遊ぶ子供達,そしてそれらを静かに待つ数匹のロバ達。ここでは,あのギラギラとした太陽でさえ,ふんわりとやさしく空に浮かぶ。
車から降り,かわききったその赤い土の上に立つと,たちまち好奇心の強い子供達に囲まれる。こちらから手を延ばせば笑いながらすぐに逃げていくのに,ただ何もせず微笑みながら坐っていると,私たちの腕や髪の毛に,そおっと手を延ばしてくる。
講師の一人であるオウマはこのオユギスで生まれ育ち,そしてMITに来た。肌の色の違う訪問者は,君たちが初めてだろうと,彼は言う。粘土で作られた彼の実家の「台所」は外にあり,そこで彼のお母さんが,肉料理とウガリを作ってくれた。ウガリはケニアでの主食で,白いトウモロコシの粉で作ったおもちのような物だ。私たちのために牛を一頭料理してくれたと後で聞いた。二人の叔母さんがオウマの叔父さんをさして,「私たちは彼をシェアしているのよ」と言って,微笑んだ。ここでは,一夫多妻が許される。
* * *
果てしなく広がるサバンナ。
永遠の草原。
ここでは,あの象の群れのざわめきさえ全く大地に吸収され,かえってそれが一層の静けさをもたらす。禁断の実を食べてしまったアダムとイブが,何万年もして,そして帰ってくるだろうこの悠久の地。そこで,私は,あまりにも力強い静けさに抱きしめられ言葉を失っていた。文明という不可解なもので作られた白く冷たい車の中で。
どこまでも透明な空。
寛容の大地。
ここでは,どんな悲しみも放散され,どんなつらい出来事も,静穏な過去となる。何か語りたそうな,しかし無言の空の下で,平穏という香に包まれながら,私はただ一心に,(もう見えているはずの)南十字星を探していた。