日本におけるコンサートホールの建設は,昭和40年代,文化センターなる多目的ホールが各地で数多く建設されたことから始まり,それが現在の専用ホール(コンサートホール,演劇ホール等)の建設ラッシュに至っている。
コンサートホールの場合,人々の関心はその響きのよしあしに向けられ,音響効果が,ホールの評価にかかわる最も重要な性能という概念が少しずつ固定してきた。
室の音響効果は室の容積,形状,内装という三つの建築条件に関係する。
我々建築音響家は,心地よい音場の条件を設定し,それを実現するための建築条件を明らかにする作業を行うが,「響きのよしあし」,「音響効果とは何か?」といわれると,その内容を説明するのは容易ではない。しかし我々は,次の事項を念頭においてコンサートホールの音響設計を実施している。
①じゃまな騒音が無いこと
②音楽が美しく豊かに響くこと
③室全体に音場の分布がよいこと
④エコー等の音響障害が無いこと
現在は,これらの項目を実現するため,残響時間の検討,室内騒音の低減,客席での反射音構造の検討,音圧分布の検討などを行い,それを建築計画に反映させている。
各検討は,次の理由から,計算機によるシミュレーションが中心であった。
①室の形状,および内装材料が容易に変更できる。
②計算機があれば,費用が安価である。
③縮尺模型による音響実験は,費用と時間がかかる。
④縮尺模型による音響実験は,形状の変更などが難しい。
しかしながら,計算機によるシミュレーションは,
①壁面などの音響特性の設定が難しい。
②計算に際し,壁面をどの程度まで小さい要素に分割するか,また何次反射音まで計算するかによって,計算結果が大きく変わってくる。
③現状の技術で,音の波動性を考慮して室のインパルスレスポンスを計算することが可能となったが,それには膨大な時間と費用が必要である。
以上のような欠点があるため,その欠点を補う意味で,近年のコンサートホールの音響設計は,おおまかな形状や,初期の内装仕様計画を計算機シミュレーションによって行い,最終に近い形状で,音の波動性や,内装材の音響性能を比較的精度よく考慮できる縮尺模型による音響実験を行い,最終形状を決定することが多くなっている。
こうしてできたコンサートホールだが,そこでの音は,音響設計者の頭の中にイメージがあるだけで,コンサートホールが完成するまで,だれも経験できない。
コンサートホールの響きを,音響設計段階で経験し,実際に耳で聴いて設計したいという欲求を全ての建築音響家は持ち続け,それを実現する方法を試行錯誤してきた。
その理論は古くから提案され,縮尺模型の中で,縮尺に応じたテープスピードで音楽を再生し,客席位置に置いたマイクロホンで受音し,通常のテープスピードで再生し試聴するという方法がとられていた。
しかし,この方法はS/Nが悪く,試聴には耐えないものであった。
近年,計算機などが進歩し,信号処理技術がめざましい発達を遂げたため,これまでのように,直接縮尺模型内で再生した音をひろう必要はなくなり,室の音響に関する情報を全て含むインパルスレスポンスを測定し,それに各音源信号をたたみ込むという方法が,ほぼリアルタイムで可能になり,ノイズの無い音で試聴ができるようになった。
その技術に併せて,模型の縮尺と同じ縮尺のダミーヘッド(疑似頭)を用いて室のインパルスレスポンスを測定し,パイノーラルによる試聴を行いながら,神戸大学名誉教授 環境音響研究所主宰前川純一氏の音響設計監修によって,京都駅前校舎の大講堂は設計された。
京都駅前校舎の講堂は,大きさ的にフルオーケストラによるコンサートは無理であるが,ピアノや,バイオリンなどのコンサート,小編成の室内楽に対してよい響きを持ち,かつ本来の講堂としての機能も充分果たせるよう計画されており,残響時間は,1.1~1.5秒(使用時500Hz)の間で用途に応じて変化でき,室内騒音は,NC-25を確保している。
京都駅前校舎の講堂の計画に参加したものとして,京都駅前校舎大講堂が人々に愛され,長く大切に使われることを心から望んでいる。