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Accumu Vol.3

京都の自然 海岸の松の緑を守るために幻のきのこ松露を育てる

元京都府林業試験場次長

伊藤 武

はじめに


「白砂青松」古来わが国の海岸地帯には見事な黒松林が存在し青い海と白い砂に調和した特有の景観を作り出していたもとよりこれらの森林は自然に出来上がったものではなくその地域に生活する人々が海岸地域固有の自然災害である飛砂流砂塩害風害などから集落を守り抜くために作り上げた血と汗の結晶なのである

苛酷な環境条件下にある海岸砂地に黒松を導入し生育させしかも生態的に長期間にわたって安定させた先人の技術にはただただ恐れ入る次第である

そして技術の背景には生活の知恵が正しく活かされそれが教訓として黒松林の保育作業として慣行技術的に伝承されている例えば落葉落枝は冬季に掻き取る除伐間伐は早春に行うこの言葉の意味するところは実に奥深く表面的には樹木生理と病害虫防除に適合した合理的な技術であることを示しているがその一方では採取の季節を限定することによって貴重な燃料源である黒松林が乱獲されない程度に適切に管理しようとする意志も伺い知ることができるのである

このような地域の生活と密着していた森林は過去のわが国において数多くありいずれも美しく健全に育っていたのである人と森の共生関係の産物として存在していたとも言えよう

ところが今やこのような見事な黒松林は目にすることができないほどにまで少なくなってしまった僅かに残された日本海岸沿いの黒松林も手厚い保護のもとに辛うじて生き延びているのが現状である

黒松林はなぜかくも激しく減ってしまったのであろうか

その原因を明らかにするための一つのキーワード「松露(ショウロ)」について話を進めたい

黒松林ときのこ

「ショウロ」という言葉を聞いて「ああ懐かしい」と思われた方は少なくとも40才以上しかも少なくともかつての美しい松林を知っている人である

「松林は知らないが…」と言う人はおそらく山陰地方の菓子の名前を連想された方でこれは失格である

それはさておききのこの話を進めたい

海岸黒松林には実にいろいろなきのこが発生する注意深く長期間にわたって観察を続けると黒松林の年齢や林の中の植物の茂り具合落葉の溜り方などによって発生してくるきのこの種類が大きく変わることがわかった

手入れが滞り林の中に落葉や枯枝がたくさん溜ってくるとこれらを餌とする落葉分解性のきのこ例えばモリノカレバタケホウライタケマツカサキノコモドキハリガネオチバタケなどが多く見られるようになる腐植質が多くなるので松の根は腐植の中へ入り込みその根に付着し菌根を作って生活する大型のきのこ例えばイロガワリベニタケクロハツなどベニタケの仲間ツチカブリキチチタケなどチチタケの仲間クロハリタケマツバハリタケなどハリタケの仲間も見られるようになるこのようなきのこが発生している黒松林の地表は例外なく厚い絨毯のように落葉腐植層が堆積しているのが常である腐植の中の松の根は何の苦労もなくどんどん栄養を吸収しその結果松の生長も異常に速まる肥満児のような抵抗力の弱い松が増え病害虫や気象害が多発してくる最近の松林の松は少し雪が積もっただけで容易に折れ風が少し吹けば倒れるものが多いマツクイムシに対してもあっけないほど簡単に枯れる

このようなきのこが出始めた黒松林は既に赤信号が点滅している不健康な林分であると考えることができる同じように健全な黒松林にはそれに対応したきのこが出てくるから面白い

健全な黒松林とは生長の旺盛な林のことではない黒松本来の適地-自然分布地-で逞しく生育している林のことを意味する昔は砂地に松のみ生育している林があったいわゆる「白砂青松」であるもちろん地表には林齢の進行にともなって薄く松葉が堆積するのが常であるが人々がその松葉を焚付にするためなどに採取していたため決して一定量以上には堆積しなかった砂中の根は栄養を求めて細い根を多量に形成するそれでも十分な栄養を取ることはできない根に特殊な菌根(菌が根に代わって栄養などを吸収する植物組織)を作ってきのこと共生生活をすることによって初めて健康的に暮らすことができるのである

コツブタケツチグリハツタケアミタケキシメジそしてキーワード「松露」これらのきのこは健康な黒松林の指標きのことして発生してくる

松露は減っている注意深く探してもなかなか採れない統計的な資料はないが「むかしは砂がきれいでなーものの小1時間も歩けばバケツに1杯ぐらい簡単に採れたんだがのー」と松露採りの老婆の嘆きを聞くとその減り方は異常なくらいである

ちなみに私達の管理している4ヘクタールの試験地で採取の最高記録は男3名が大汗をかいて捜し回り3時間で1083個バケツ約2分の1であった

松露が減れば松林も減る松露を増やせば松林も甦える

「松露(ショウロ)」とは

学名Rhizopogon rubescens松の露と書いて「松露」まことに優雅なきのことは思えないような名前が付けられている

きのこの中でも特殊な形態をしている腹菌類に属するしたがって傘もなければ足もないおよそきのこらしくない小さなジャガイモのような形のきのこである

砂の中に松露はできる直径1~3センチ表面はほぼ平滑砂中にあるときには白いが地上にさらされると淡黄褐色になり傷つけると紅変する俗に白いのを「こめ松露」茶色いのを「むぎ松露」と言う

早春に発生する数少ないきのこであるが晩秋にも発生する海岸黒松林の有機物のほとんどない砂中の黒松の細い根に菌根を作って根に沿って不規則に広がる性質を持っている

松露採りは楽しいきのこ狩りである小さな熊手でここぞと思われるところを掻きおこすコロコロコロと砂にまみれた松露がころがり出てくる当り外れも多いがそれがなんとも言い難い醍醐味である不思議と松の枝の先端付近の下松の露が落ちる辺りに多くみつかる食味はまさに珍味である吸物に12個微かに松葉の薫りが漂い肉質の何とも言い難い歯切れのいい口当りは他に類をみない色も格別野生味あふれた紫黒色に食指がそそられる串焼きに素醤油ゆで松露のゆば巻松葉をあしらった玉子とじなどなぜか京料理にその名を多く残している

数年前までは京都東京大阪市場にごく少量入荷されていたが今ではほとんど無いと言われている庶民の口にはもちろん入ることはなく高級料亭の季節料理でしかも予約をしておかないと食べられないというまさに幻のきのことなってしまった


「松露」の栽培試験-方法と結果-

私達は数年前から松露栽培にチャレンジしているその生態を見極めるため日本海の砂浜を這いずり回り穴を掘り他人が見ればかなり異常だと思われる行動を続けた結果ようやく彼等はその正体を見せてくれるようになった

見てしまえばこちらのもの早速まねをすればそれに釣られて動き出すこれは世の常であるが松露の栽培もそのようなきっかけで成功しているのである

事例1

松露の発生している場所の前方に深さ40センチ幅30センチ程度の穴を松の根を傷つけないようにして掘りその穴を別の場所から持ってきた有機物の含まれていないきれいな砂で埋め戻したなおその砂には1パーセント程度の木炭粉を混ぜておいた

1年後の春埋め戻した砂の上に大量の見事な松露が群生した

これは松露が比較的好気的な環境を好み特に新鮮な砂地を好むという性質と微量の炭粉に強い反応を示すという室内実験の結果から得た特性を現地で適応させたものである

事例2

松露の発生していない不健康な若い黒松林の手入れを最初の年に行った手入れの内容は①枯れ松弱った松の除去 ②雑木や雑草の刈り取り ③地表の枯れ枝落葉堆積している腐植の持ち出し ④下の砂地が見えるほどの強度な掻き取り作業などであるこれで林の中はずいぶん明るく清潔になった

次の年の春事例1と同じ方法で溝掘り埋め戻しを行いその場所に胞子液を散布した胞子液は良く熟したショウロ子実体400グラムに水1000ccを加えミキサーにて粉砕液化したものを10リットルの水で薄めたものを使用した 3年目の春その埋め戻しを行い胞子を蒔いた同じ場所から数個の松露が発生した人工接種の成功である4年目以降発生量は増えている松の木も健康で逞しくなってきた

これは強度な環境改善によって松林の土壌条件が激しく変わり松林が健全なきのこが育ついわば健康きのこ型になり始めたことそこにタイミング良く大量の新鮮な胞子が供給された結果であろう

また砂を用土とした植木鉢に黒松苗を植え1年後胞子を播種したところ翌年鉢の中から小さな松露2個が発生したという圃場実験結果が現地で実証化されたものと考えられるなおこの実験結果は病める黒松林を健全化するための基本的な処方箋となるものと考えられる

事例3

松露の自然発生地に黒松2年生の苗木を秋季群状に植え付けた次の年の春植え付けた苗木の中にも松露の発生が認められたので苗木を掘り取ってみたところ苗木の根一面に松露菌根が見事に形成されているではないか松茸で有名になった「感染苗木(菌付き苗木)」と同じ性質のものである「松露感染苗木(ショウロ菌付き苗木)」の成功である

早速二次感染を期待して環境改善を行った若い黒松林に今春移殖した必ず来春には発生するものと確信している

これは松露が常に若い健全な黒松の根を求めるという性質をさらけ出したようなものでたまたま植え付けられた苗木が丁度「撒き餌」のように強力な誘引効果をもたらしたものと考えられる

この結果「松露感染苗木」は自然発生地の若返り活性剤としてまた松露人工接種用種菌として利用することが可能と考えられる


都市海岸に松露の発生を そして黒松林を

「白砂青松」の海岸は既に幻の存在である今更早急に求めてもそれは無理難題と言うものそれでは都市海岸にせめて松露を人間の力で発生させることができないものであろうか栽培すればいくら儲かるかなどと俗っぽい考え方はここでは触れたくない幻のきのこを育て作りそして密かにその美味なる甘露を味わうという豊かな現代人の夢ロマンとでも考えていただきたいさらに次の世代のための黒松林を

松の緑を守るためにそして緑の自然を守るために

わが国の松の木は泣いている海辺の松も山の松も人間から見離されて枯れていく確かに自然生態系のサクセッションから言えば当然の成り行きであるなんとか生かし続けたいささやかな実証ではあるが我々は高等菌類つまりきのこという微生物を通して松の木との対話を続けてきた

ここでは海岸の松を中心に話を進めてきたがその何百倍もの資源規模を持っている山の赤松林をいかにして守るかという問題も既に社会的な話題として議論されその実行のため多額が投入され続けているのであるしかしその効果はあまり見られず反対に赤松林の減少という皮肉な結果を招いていることも事実かと思われる

赤松林の生態系は黒松林のそれに比べてはるかに複雑であるしかし20年間以上にわたるきのこを通しての我々の語りかけに対して明解なキーワード「マツタケ」を示してくれた

適地適齢の赤松林に対して雑木の間引きや堆積腐植の強度な掻き取りを行うと数年後に松茸が発生するこの事実は京都府下の600ヘクタール近い赤松林で事業的に取り組まれ施業後5年以上経過した林では48パーセントの山で松茸の発生を確認するという見事な成果を上げるまでに至っているもちろん松茸の出始めた赤松林は逞しく健全に育っているということは言うまでもない

森林を守るということは理屈でもなく計算できるものでもないいかに森を知っているか理解しているかということではなかろうかその巨大な生態エネルギーを人が巧みに時間をかけて操りその目的とするところに誘導してやるそれが古くて新しい森林管理技術である

山のきのこを媒介に緑の自然を守るため情熱的な挑戦を続けていきたいものである


松露の玉じめ


材料(4人分)

松露 約40粒 卵 4個 出し汁 2カップ  砂糖 大さじ1/2杯 塩 小さじ1/3杯 うすくち醤油 大さじ1/2杯

作り方

(1)松露をぬるま湯の中につけ薄皮をむく

(2)鍋に出し汁と調味料を入れ松露を炊く

(3)卵を入れかき混ぜ蓋をし弱火で少し炊き器に盛り供する


松露のすまし汁


材料(4人分)

松露 約20粒 すり身 150グラム かいわれ菜 1/3パック  出し汁 3カップ 塩 小さじ1/2杯 うすくち醤油 大さじ1/2杯

作り方

(1)松露をぬるま湯の中につけ薄皮をむく

(2)すり身は別の出し汁少々でのばしゆでておきかいわれ菜もゆでておく

(3)塩うすくち醤油で調味した出し汁で松露を炊いておく

(4)器に(2)と松露を盛り付け(3)の澄まし汁をはり供する


松露のお浸し


材料(4人分)

松露 約40粒 菜の花 150グラム 出し汁 1カップ半 塩 少々 うすくち醤油 大さじ1/2杯

作り方

(1)松露をぬるま湯の中につけ薄皮をむく

(2)菜の花は熱湯に塩を加えゆでておく

(3)鍋に調味料を入れ松露を加えて炊き冷ましておく

(4)(2)と(3)を混ぜ器に盛り供する

(調理/京都料理専修学校)