最近,TVなどでよく紹介される多くの脚を持った滑稽な形態のマングローブと総称される植物は,塩生の木本種子植物で部分的に遮蔽された海岸,河口汽水域の潮間帯に群生し,そこにきわめてユニークな環境を構成している。
マングローブそれ自体が高い生産性をもつことは言うまでもないが,つくり出された環境は魚介類の育成場,野生動物の隠れ場としても格好のもので,総体系として生態的にきわめて高い価値をもっている。
世界中のマングローブは90種にものぼると言われ,そのうちの63種はアジア・太平洋地域でみられる。マングローブ林域は世界全体で約2400万haに達し,この3分の1がアジア・太平洋地域に現存する。なかでも,インドネシアでは300万haに及び世界最大の面積で,オーストラリアがこれに次ぎ,120万haに達している。バングラディシュのベンガル湾に面した潮間帯森林域は一つにまとまった林域としては世界最大の規模であると言われている。多くの種によって構成されるマングローブ沼沢地としてはマレーシア,タイにその代表をみる。
マングローブ林域はそこに生息するえび・かにや他の魚介類にとって餌飼料供給の場であり,育成の場でもある。そしてまた,マングローブ植生は,海岸地帯を浸食から防ぎ,洪水,津波,台風に対する緩衝役をも果たしている。
いくつかの種の樹皮は皮なめし剤,接着剤等の原料に,材は家庭用建材・燃料に,そして家畜飼料としてもその需要を満たしている。葉,芽,実,種子がそこに生活する人々の食料として利用されることがある。種子油が医薬用途の種もあれば,燃料・調髪剤として使用される種もある。
ニッパやしのなかには食用酢,アルコール,とくに広く使われているように,発酵飲料の原料を提供するものもある。この発酵飲料は,フィリピンで「TUBA」,インドネシアで「DRAK」,バングラディシュ,インド,マレーシアでは「TODDY」と呼ばれ,珍重されていることはよく知られている。マングローブは生活に根付いている。
マングローブは環境の変化にかなり強い植生である。しかし,過度の沈泥,塩分変化,地表水の停滞,油汚染などにきわめて敏感である。
そして,人口増加にともなってマングローブ植生への需要が伸び,これがアジア・太平洋地域のマングローブ生態系を急速に圧迫している。
マングローブ林は家畜飼料,木材,まき,木炭の生産,農業栽培,土地造成等々のために伐採されている。タイではタイ湾東海岸,内奥域のマングローブ林域は天日塩田,えび養殖池,ココナッツ農園,水田,工業用地につぎつぎと姿を変えている。アンダマン海に面するマレー半島西海岸のマングローブ林域は,すず鉱業のために伐採・掘削され,不毛地化の道をたどっている。インドネシアでもマングローブは広範囲に渡って建築用材,まきに利用され,またその域に養殖池,水田が造成されている。このため50万ha以上のマングローブ林域が失われたという。ニボンやしの幹は感潮河川堤防敷内に建つ家屋の材として使われてきたが,この種は現在管理下におかれ,早急の保護を必要としている。
このように,熱帯地方にあっては,マングローブがもっとも貴重な沿岸資源の一つを構成することは明らかで,それの保全を可能とするレベルに,沿岸開発をコントロールしなければならない。
マングローブ林域を有する多くの国々が,その林域の浸食を防ぎ,種子の供給源として役立つように,海岸や水路沿いにマングローブ保護ベルトを造っている。代表的なものとして,インドネシア,タイにおける縞帯状保全がある。縞帯に自然再植を期待する。もちろん,人工的植林も試みられている。しかし,保全への努力は弱く,進んでいない。
国立公園,あるいは野生動物保護区として護られているマングローブ林域は数例に過ぎない。バングラディシュの潮間帯森林では3.2万haにおよぶ3つの保護区が野生動物,とくに虎の保護に留保されている。インドの潮間帯森林にも野生動物保護区があり,そのうちの13.3万haが国立公園に指定されている。マレーシアのサラワクのクチングに近くバコ―国立公園があり,広域のマングローブ林域をとり込み,また0.5万haをそこに生息するテングザルの保護区としている。西マレーシアのぺラック州にあるマングローブ林域に鳥類保護区を設けている。また,オーストラリアのクィーンズランドでは,漁業保護区として保留されているマングローブ林域がある。通常の漁業が営まれている限り,これらの地域の環境を変えるべきでない。
さらに積極的な保全策が望まれる。