10年以上も昔から,新聞やテレビは,やがて到来する「マルチメディア」時代が,いかにバラ色に包まれたものであり,これに乗り遅れた国や企業は衰亡の憂き目にあうに違いないと言い立ててきた。しかし,マルチメディアという言葉は,時により場所により千差万別に使われており,いまだにその定義の決定版はない。広辞苑(第5版)によると,マルチメディアとは「情報を伝達するメディア(媒体・手段―筆者注―)が多様になる状態」と最も広義に説明している。しかし,マルチメディアは無限の発展可能性を秘めているので,無理に定義をするより,まず,マルチメディアの先進国といわれるアメリカの例を具体的に見ながら,それを理解することにしよう。
アメリカ政府は,冷戦時代には,核兵器の余りにも巨大な破壊力の故に,その制御と相手方に対する探査,早期警戒態勢が不可欠になり,膨大な制御通信システムを発達させてきた。軍事行動にとって最も重要なことがC3Iと呼ばれる体系である。すなわちCommand(命令),Control(管理),Communication(通信)とIntelligence(情報)の頭文字であり,これらの相乗効果が軍事力を決定的に左右するというのである(1)。そして,冷戦の終わりによって,核兵器は解体に向かう一方,核兵器制御体系としての全世界同時大量通信システムが残された。アメリカ政府が,過去の軍事投資を正当化する意味でも,この冷戦の遺産を徹底的に生かし,情報通信技術を最大に活用する近未来社会を描こうとしたのがマルチメディア時代である。まず,ケーブル法を改正し,電話会社とケーブルテレビ会社の垣根が取り払われ,電話会社は映像の配送が可能になり,ケーブルテレビ会社は同軸ケーブルを使って電話業務が可能になった。
アメリカでは,これを利用して全土に情報スーパーハイウェイと呼ばれる大容量の光通信網を張りめぐらせ,これにあらゆる企業の大型コンピュータや個人のパソコン,ゲーム機やテレビが接続されている。この通信網の中をすべてデジタル信号に変換された映画,スポーツ等の映像ソフトや,買物,航空券,株式投資などの取引情報が往き来する。個人はパソコンを操作して企業のコンピュータに要求して映像や必要な情報を送ってもらい,利用料金は登録した銀行口座から引き落としてもらえるのである。これを利用する新しい産業の勃興は必然的である。
マルチメディアに関連する業界の裾野は極めて広く,コンピュータ業界,家電業界,通信業界,出版業界,ゲーム・映画・音楽などのエンターテイメント業界,放送業界,広告業界,商社,保険,証券業界の他,あらゆる業界が直接,間接に何らかの関係を有している。これによるビジネススタイル,ライフスタイルの変化は革命的であり,電子商取引の非関税化に見られるように,国境の概念さえも越えさせた。
以上のような実態を踏まえて,マルチメディアとは広辞苑のそれより限定的に,「文字,音,静止画,動画等の多様な表現形態を,デジタル技術を用いて統合した伝達媒体またはその利用手段で,インターラクティヴ(双方向的あるいは対話的)に操作できる環境」(2)と考える。マルチメディアの特性を考えると,特定の機器や媒体,ソフトに着目するよりも,それらの機器,媒体,ソフトから構成される環境として把握するのが妥当と考えられるからである。
マルチメディア・ネットワークを可能にするのは,コンピュータ技術やソフトウェアの発達を基礎にしていることは当然であるが,二つの基本的な技術的支柱があることを忘れてはならない。光ファイバーの発明と画像圧縮技術である。光ファイバーの発明(3)は,髪の毛より細いガラス線の中を,光が劣化することなく長距離光ファイバーの先端まで届く技術である。文字情報や音声,映像もデジタル信号に変え,それを更に光の断続に変えて送れば,あらゆる情報を光ファイバーで大量に遠くまで送ることが可能になる。
画像圧縮技術は,一枚の画像を30万個もの点に分解して,その一個一個について濃度をデジタルな数値に変えて,通信線で送り,受けた方が,約束通りに組立てれば,元の画像になって現れる。分解する点の数を増やし,濃度の段階を細かく刻めば,画像はより鮮明になり,カラー送信も可能になる。しかし動く画像になると,点信号は更に増え,それを送る回線の容量が追いつかない。そこで,一枚の画像から次の画像に変わるとき,両者を比較して,動いているのがわかる部分の信号だけを処理し,動かない部分は「前に同じ」というプログラムを作れば,点の全部を処理しなくて済むので,コンピュータの能力が小さくても画像の復元が可能になる。こうした間引きの技術を圧縮技術といい,この発達が映像伝送に革命をもたらした(4)。
コンピュータは一台ずつバラバラで使う(これをスタンド・アローンという)より,情報を共有し合う方がはるかに効果的な働きをする。そこでコンピュータ間の通信が始まり,みどりの窓口や銀行のオンラインサービスのように今では我々の生活に深く定着している。その後,技術の発達により,コンピュータは次第に高機能だが小さく使いやすい物になってきた。そこで,小さな企業や学校などでも,その構内だけに閉ざされた比較的狭いエリアでのコンピュータ・ネットワークが登場した。これが,LAN(ローカル・エリア・ネットワーク)である。核になる大型コンピュータに小さな端末がぶら下がるのではなく,小さいが高性能のパソコンが,それぞれ自主性を保ちながら,ネットワーク化している分散型のシステムである(エンド・エンド型)。このLAN同士を更に結合すれば,情報の共有化が図られるが,異なるネットワークを接続しても,コンピュータ間にあらかじめ約束をしておかないと,同じ電気信号でも表す意味が異なってしまう。わが国では,この約束がなかったのである。
一方,アメリカでは,冷戦下,コンピュータの集中処理に対する不安が高まった。拠点の大型コンピュータが核攻撃で破壊されれば,諸機能が全土にわたり停止するからである。そこで分散処理を指向して始められたのがインターネットである。最初は,ARPAネット(Advanced Research Project Agency=先端技術研究計画局ネットワーク)という国防総省のネットワークが端緒となり,軍,研究所,大学等が情報を共同利用するようになったが,後に全米に散在するいろいろな機種の大きくないコンピュータが,共通言語の利用により,ネットワーク上でコンピュータ・コミュニケーションを簡単にできるようになったのである。LAN同士を接続していくので,「ネットワークのネットワーク」と呼ばれている。このように,異機種の無数の小さなコンピュータが共通言語を用いてネットワーク化されたのが,インターネットである。
インターネットは,ネットワークのスケール・メリットを生かして,爆発的に伸びているが,パソコンの情報処理性能や操作性が格段に向上したこと,WWW(ワールド・ワイド・ウェブ)により情報や知識を蓄積している世界中の情報機器に簡便にアクセス可能となったことによるものである(5)。
わが国は,まだまだインターネットの普及率は低いが,マルチメディアの伝送手段として中心的地位を占めつつあることは事実である。
前に述べたように,マルチメディアの成立は,コンピュータ技術及びソフトウェア,光ファイバーとデジタル技術といった高度な科学技術の発達に基づくものである。このような,人の頭脳が創作した技術を保護する法律を総称して,知的財産権法といっている。知的財産権については,ACCUMU Vol.3(1991年)48頁以下の「知的財産権とコンピュータプログラム」で詳細に説明しているので,それを参照して頂きたい。しかし,当時から約10年が経過し,目覚ましい技術の発展にともない,法律の改正も著しく,マルチメディアに関しては,特許権と著作権が最も深い関係があるので,改めて簡単に触れておきたい。
特許権は,発明を保護するため特許庁に出願して,審査を受けた後に与えられる絶対的排他的独占権である。これは,他に同じ発明をした者がいても,特許権者のみが独占的にその発明を実施(生産,使用,販売等をいう)することができる強い権利である。特許権の存続期間は出願から20年である。コンピュータのような物の発明や,コンピュータのソフトも特許の対象となる。従来はソフトが記録された媒体(CD-ROMなど)自体を物の特許として扱ってきたが,最近はソフト自体を物とみなして特許を付与することになった。したがってインターネットに掲載された特許ソフトを勝手にダウンロードして使用すれば特許侵害となる。
1985年の著作権法改正で,コンピュータプログラムは著作物(著10条1項9号)として,著作権の保護を受けることとなった。プログラムとは,電子計算機を機能させて一つの結果を得ることができるように,これに対する指令を組み合わせたものとして表現したものをいう(著2条1項10の2号)。このようなプログラムの表現を創作したとき著作権が発生し,他に何らの方式も要求されない。
特許権が発明というアイディアを保護するのと異なり,著作権は著作物(例,プログラム)の表現の模倣を禁止する。したがって,他人の創作したプログラムを自己のROMに収納する行為は無断複製として著作権侵害となる。だが,リバースエンジニァリングにより,プログラムのアルゴリズム(解法=アイディア)を解明し,そのアルゴリズムに従って新しいプログラムを作ることは,プログラムの複製には当たらず,著作権侵害にはならない。著作権の保護期間は,著作者の創作から始まり著作者の死後50年間まで続く。
著作権法は,もともと文芸,学術,音楽,絵画のような文化の発展を保護することを目的としている。文化は,模倣によって一般に普及し,社会全般の文化を向上,発展させる。したがって,著作権が著作物の模倣・複製を禁止する権利といっても,完全に禁止してしまっては,逆に文化の発展を阻害することになる。このため,著作権法は公正な利用が確保できる途も用意している(著30~50条)。例えば,私的使用のため,著作物を自分でコピーすることは自由にできる。ただし,文書のコピーを除いて,公衆の使用のため設置された自動複製機器によるコピーは違法である(著30条①,附則5条の2)。例えば,映画・音楽やゲームソフトのCD-ROMをレンタル・ヴィデオ店に設置され誰でも使用できる自動複製機でコピーすることは違法であり,一定の使用料を支払わねばならない。
私的使用のためのコピーでも,デジタル方式のAudio Taperecorder. CompactDisk.MiniDiskによる録音の場合は,著作権者に対し補償金を支払う義務がある(著30条2項)。現実には,このような機器を購入する者が,購入費にコピー代が上乗せられて一括して補償金を管理組合に支払うことになっている(著104条の2)。このように,最近,デジタル技術の普及は,情報の蓄積,頒布または送信の規模を一段と大きくし,また,原本と同質のコピーが可能になった。しかし,伝統的なアナログ著作物(例,出版物)の需要がなくなるわけではない。アナログ技術とデジタル技術の混在状態にある現状を,著作権法がどのように調整して行くかが当面する問題である。
①プログラムの複製物の所有者(個人,法人)は,バックアップ・コピーをし,またこのプログラムを利用目的や機械に合わせ,バージョンアップ(翻案)する権利が認められている(著47条の2①)。これにより,プログラムの円滑な使用,流通を妨げないように配慮したものである。したがって,他人から貸与された者にはこのような権利は認められない。また,海賊版であることを知ってプログラムを取得した場合には,それを業務上コンピュータに使用する行為は著作権侵害となるので(著113条②),そのような場合にも,このような権利は認められない。
②前記の複製物を他人に譲渡,贈与した場合は,残りの複製物(バックアップ・コピーも含め)を廃棄しなければならない(著47条の2②)。そうしなければ,一旦複製物を手にいれれば,何倍にも利用できることになり,著作権者の利益を不当に害することになるからである。最近のコンピュータは,ディスクをインストールすると,ハードディスクにソフトが記憶されて,スイッチをオフにしてもソフトが消えないようになっている。したがって,ソフトの複製物を他人に譲渡した場合には,ハードディスクから当該ソフトをアンインストール(消去)しなければならない。もし,廃棄・消去をせずにソフトを保有すれば,無断複製者として著作権侵害の責任を負うことになる(著49①Ⅳ号)。
③次の行為は著作権侵害とみなされる(著113)。
これは,プログラムに特有の問題ではないが,著作物の輸入についての基本的知識であるので,理解しておいてほしい。
(a)販売目的で,輸入時に国内で作成すれば海賊版となる物の輸入は著作権侵害になる(著113①Ⅰ号)。著作権法は各国ごとに異なるので,外国で日本著作権法に違反する行為が行われても,それにはわが国著作権法の効力は及ばない。しかし,わが国の著作権侵害となる複製物が国内に入ってこないように水際で(税関で)取り締まろうとするものである。本号は「物の輸入」に関する規定であるが,頒布または送信の目的をもって,インターネットを介して国外より著作物やソフトをダウンロードする場合にも類推適用される可能性がある(6)。
(b)権利侵害行為によって作成された物及び(a)の輸入物を,事情を知って販売したり販売目的で所持する行為は,著作権侵害行為とみなされる。
市販のプログラムを買ってきて,そのプラスチック皮膜を破ると,中に「使用許諾契約書」が入っていることがある。この契約書はどのような効力を持つのだろうか。その契約書には次のような項目がある場合が多い。
(1)パッケージに使用条件を記載し,開封と同時に契約が成立すると記載しているもの。
(2)1本のプログラムは,1台または2台のパソコンにしかインストールしてはならない。
(3)2台のパソコンに使用することができる場合でも,使用する人が同じであり,2台を同時に使用してはならない(貸すことの禁止)。
(4)ユーザー登録の「はがき」の返送で契約が成立するとするもの。
このような,プラスチック皮膜で商品をピシッと包装し,購入後に包装をはがすと中から契約書が出てくるのを,シュリンクラップ(Shrink-Wrap)契約という。本来,契約とは,物を購入する前によくその内容を理解してから購入するかどうかを判断するものである。購入してから,契約書が出てくるのは,まったくの不意打ちで,これで有効に契約が成立しているというのは,どうもおかしい。
このような契約は,当事者の自由な意思に基づくものではなく無効であるとの見解が学界・弁護士には多いのであるが,コンピュータソフトウェア著作権協会等は有効説を採っている。学者側が,著作権法30条では,私的使用のための複製は自由であると主張すると,著作権協会側は,あの規定はデジタル方式のものには適用がないのだと反論する。この問題は,早く法的決着をつけなければならない問題である。ただ,著作権侵害になるような条項は,(契約の有無にかかわらず)遵守しなければならないことは当然である。
これに対して,アメリカでは,シュリンクラップ契約は有効であると考えられている。したがって,アメリカへ留学される場合には,契約内容を注意深く読んで,違反行為をしないように慎重に行動しなくてはならない。ただ,契約条項の内容が違法である場合には,契約の無効を主張し,または解除等を申し入れることができる。
著作権には,著作物を有線放送や放送,インターネットのホームページに掲載するなど,公衆に送信する権利が含まれる(著23)。
企業などの同一構内で,電気通信配線設備を設け,レコード音楽が有線で流され,各部署に受信機を設けて聞くことは,著作権の一つである公衆送信権の範囲外とされてきた(著2①ⅧのⅡ「括弧書」)。ただ,最近では,企業の同一構内で,いわゆる構内LAN(Local Area Network)が張りめぐらされ,構内LANの端末機器の間や,端末機器とホストコンピュータの間でデータのやりとりが行われることが増えてきた。そのため,同号「括弧書」に「プログラム著作物の送信を除く」との規定を附加し,上記構内LANは公衆送信権を侵害することを明らかにした。というのも,コンピュータプログラムの複製物を同一事業所において一つだけ購入して,その事業所のホスト・コンピュータからそれぞれの端末機器に送信して,そこに一時的に蓄積する(著作権法上の「複製」には該当しないと解されている)という利用形態が近年ふえたため,著作権者に著しい経済的不利益を与える事態が生じたからである。
それから最後に,インターネットのホームページに著作物を書き込んで流す場合,普通のユーザーが直接公衆に流すことはなく,まずプロバイダーに提供して,プロバイダーが公衆に送信するわけである。この場合,送信の前段階にある著作物を公衆送信し得る状態に置く段階から,「送信可能化権」として著作者の権利が働くこととしている(著23①)。聞き慣れない権利であるが,インターネットの場合,公衆送信権と送信可能化権をセットで理解しておく必要がある。つまり,他人の著作物をインターネットのホームページに書き込んで,アップロードすれば送信可能な状態にした段階で著作権侵害になるのである。このような著作権侵害の情報であることを知りながらプロバイダーが公衆送信すれば,プロバイダーも著作権侵害となる。
本稿では紙面の関係上,著作権法の体系的な説明はACCUMU Vol.3(1991年)48頁以下の「知的財産権とコンピュータプログラム」に譲らせて頂いた。分かりやすく書いているので,興味のある方は是非御覧頂きたい。
著作権はコピーライト(Copyright)と言うように,コピーを禁止する権利であるということをよく知ってもらいたい。しかし,単にコピーというとすぐゼロックスを思い出すが,そうではなく,録音すること,口述すること,放送すること等全部を含めてコピーというのである。コピーの概念が非常に広くなってきたことを理解して頂きたい。それは,科学技術の発達によって,コピーする手段が多様化した結果である。デジタル時代を迎えて,コンピュータプログラムやインターネットの諸技術がどのように著作権法で取り扱われるか,激動の時代を迎えていると言って過言ではない。
京都コンピュータ学院は,日本で一番古い伝統のある学校であるので,コンピュータの技術の教育のみならず,それが著作権法でどのように保護されているかについても十分な研究を重ねている。そして学園自身が非常にコンピュータの著作権保護を尊重していることに,私は感動をおぼえる。
学生は,単に利用する側に立ってコンピュータプログラムを勉学するのではなく,その著作権法上の保護を十分理解する必要がある。やがてそれを創作する立場に立ち,権利保護を求める側にも立つのだからである。人の権利を守らない者が,どうして自分の権利だけを主張することができようか。京都コンピュータ学院で管理されている著作権のあり方を十分理解し,将来の糧にして頂きたい。
(1)相田洋 新・電子立国 第6巻(NHK出版 1997) 208頁。
(2)文化庁 著作権審議会マルチメディア小委員会第一次報告書(1991)。
(3)光ファイバー特許の訴訟として,Corning Glass Works v.Sumitomo Electric USA Inc.5 USPQ2d 1545(1987)が有名である。
基本特許を持つCorning社が均等理論を適用して勝訴したが,控訴後に和解した。
(4)相田洋 前掲書 11~14頁。
(5)吉崎正弘 マルチメディア社会と法制度(ダイヤモンド社 1997) 8~10頁。
(6)斉藤博 著作権法(有斐閣 2000) 333頁。