携帯電話の普及と通信速度の高速化及び機能やサービスの拡大の例にも見られるように,社会のパラダイムは大きな変化を遂げている。ブロードバンド化が進み,通信コストが安価になったこともあり,あらゆるモノがネットによって繋がる時代となった。ITは,より安全で人や環境に優しい便利なものとなり,ユビキタス社会は急速に発展している。そして,我々の生活の利便性は,ますます高まる様相を呈している。
一方,高等教育機関,とりわけ私立大学においては,いわゆる「大学全入時代」の到来により,過度な学生争奪戦が繰り広げられている。特に大手大学はマーケットを偏差値下位層へと拡大しており,中堅以下の小規模大学にとっては非常に厳しい状況となっている。そのような中,廃校,募集停止に踏み切る大学が増加している。
本稿では,小規模大学が連合して合理的にIT化することにより,教育の質のより一層の向上と,経営のさらなる効率化,人件費など固定費の削減の実現を図る一例として,「ネットワークマルチバーシティ」構想を提案したい。ネットワークマルチバーシティは,苦戦の続く小規模大学が大規模大学に対抗するための将来像の一形態である。
18歳人口の減少は,出生率の低下を見れば,少なくとも18年前には明らかであった。しかしながら,高等教育機関への進学率の向上を見込んで大学・短大の数は増え続け,また,既存の大学は学部を新設し,定員を増やし続けてきた。
少子化による「大学全入時代」が現実のものとなり,昨今の大学における学生募集は過当競争を極めている。国立大学は独立法人化され合併や規模拡大が相次ぎ,私立大学は大手,即ちマルチバーシティ[※1](多元的複合大学)ばかりが台頭しており,多くの小規模大学は苦戦を強いられている。受験生の興味をひくように,十数年前には見当たらなかった名称の学部・学科が次々と新設され,また,名称変更も相次いでいる。流行に沿う形でほぼ名称だけを変更し,数年間は受験生が増加したとしても,その後はまた同様の事態となることも多い。個性的な教育内容をアピールする大学も多いが,飛躍的に成功させるのは難しいようである。
さらに,昨今の景気低迷も影響し,大学の淘汰が進んでいる。日本私立学校振興・共済事業団の報告によると,2009年度の定員割れ私立大学は46.5%にのぼる。定員割れ大学は,1998年度は全体の8%であったが,その後10年間で率にして6倍となった。入学者が定員の半分にも満たない大学も,2009年度は31大学にのぼる。2009年は,年間としては最多の5校の私立大学が,定員割れによる経営悪化を理由に2010年度からの学生募集を停止した。この傾向は,今後ますます加速することが予測される。
最近の特徴として,大学の募集停止の決断が早まっているという傾向が見られる。学生数はピーク時からすれば半分以下,あるいは数分の一になっており,定員に満たない状態が続いているものの,数百人の学生が在籍しており,それなりの資産を有しているので,現在の在学生を全員卒業させるまでの体力を残し,募集停止の措置をとる学校もある。これは,学校が突然廃校となり,卒業すらできずに転学を余儀なくされることに比べれば,一見すると学生にとってはよいことではあるともいえるだろう。しかし,まだ資産があるにも関わらず,経営側がそれ以上のリスクを負うことを恐れて経営再建の道をあきらめ,卒業生への責任を放棄するものであるともいえるのではなかろうか。上述のような措置においては,自らが卒業した後に母校を失ってしまうことになる当の学生の心中はいかなるものであろうか。学校には,一度卒業生を輩出した以上,その卒業生が社会に存在する限り,存続する義務があるのではないか。
2008年度決算において,赤字(帰属収支差額)となった大学は39%に達しており,特に学生数2000人未満の地方大学の半分以上が赤字決算であった。このような大学では,概して,収入に対し人件費などの固定費の割合が多い。中には,人件費だけで当該年度の収入を上回り,過去に蓄積してきた資産を食い潰している学校もある。これらの固定費を削減することは,経営再建のためには,必要不可欠である。
[※1]Kerr,Clark,TheUsesoftheUniversity,5thedition.1963;HarvardUniversityPress,2001
文部科学省では,「大学教育充実のための戦略的大学連携支援プログラム」[※2]を実施している。このプログラムは,2008年度より実施されている「戦略的大学連携支援事業」から継続するもので,2008年度においては30億円,2009年度においては60億円の予算が組まれている。これは,「国公私立大学間の積極的な連携を推進し,各大学における教育研究資源を有効活用することにより,当該地域の知の拠点として,教育研究水準のさらなる高度化,教育活動の質保証,個性・特色の明確化に伴う機能別分化の促進と相互補完,大学運営基盤の強化等とともに,地域と一体となった人材育成の推進を図ること」[※3]を目的としたものである。2009年度(平成21年度)においては,54件(263大学,64短期大学,17高等専門校)が同プログラムの対象として採択されている。採択例を見ると,大学間の連携による教育効果の強化や学生へのサービス向上につながるものが多く,本稿で後述する内容の一部と関連する事項も見受けられる。しかし,本稿においては,文部科学省が推進するそのような支援プログラムの着眼点に関連することもさることながら,大学の経営の効率化を促進することに関しても,より一層の重点を置き,論を進めたい。
前述したように,18歳人口が減少し続ける中,社会・経済情勢の変化に伴う大学等の高等教育機関を取り巻く経営環境は厳しさを増している。このような状況において,多様化する学習者の需要に対応するため,各機関が独自の個性・特色を一層明確にし,教育の質を向上させながら,自らの経営努力を行うことは不可欠であろう。
[※2]http://www.mext.go.jp/b_menu/boshu/detail/1251852.htm参照。
[※3]同上
過去10年ほどの間に,外資の参入なども増え,各業界における再編が至る所で見られるようになった。 金融業界では10年ほど前の金融ビッグバンの後,国内の銀行は整理統合されて大手3行に集約された。製造業などのメーカーは,さらなるシェア拡大,相互補完のために,M&Aを繰り返し,管理部門,営業部門や製造部門などの共有化を行い経費の削減を進めてきた。スーパーマーケット,コンビニ,薬局,電化製品,飲料などの流通業界を例にとると,全国チェーン店による大手寡占が進み,ITで高度に管理する業務システムが普及した。小規模小売店はよほどの独自性を打ち出さない限り,生き残りが非常に厳しい状況になっている。現時点においては,大規模ネットワーク化は資本主義社会,高度情報化社会の摂理であろう。
ところが,大学を含む私立学校においては,昭和の戦後の頃からさほど変わらない経営形態が当然のように継承されている。私立学校では,古くから継続する文部省(現在の文部科学省)の厳しい規制の下で,公益法人として民主的な経営・運営がなされているように体裁上見えていても,実のところは水面下の政治が組織構成を決定するなど,およそ民主化には程遠いと思われる例も散見される。そのような政治構造をもった巨大で官僚的な組織が,大学間競争においては強みを持つとしても,合理的かつ効果的な教育と経営が実現されているかというと,教育には別の評価尺度がある。そして,現代の社会構造に対応するような経営形態を有しているといえる私立学校は実に少ないのも実情である。少子化を受け学校・大学が過当競争化している中で,私立学校の支出における広告費は増大する一方であり,教育費は当然のことながら相対的に削られている。これは国全体としての教育力が低下してしまう原因のひとつとなりえる。
大学はじめ高校から小学校まで,日本の私立学校には学校経営を専門とする者は極めて少なく,学問や研究,教育に邁進してきた者がその長となる例が多い。企業経験者など経営の経験者が学校経営に取り組む例も見られるが,企業と学校とではその組織構造も目的も大きく異なっている。企業などでは導入が進んでいるIT化も,学校では部分的な導入にとどまっていることが多い。大学・学校とは本質的には巷の喧騒から遊離し,研究・教育を行う場であるので,どうしても時代変化に追従できなくなる傾向にある。例えIT関連企業が,それを補うためのコンピュータ化やIT化に貢献したとしても,それらは基本的には営利目的で携わるため,利益を上げるためには努力を惜しまないが,教育効果を上げることについては,専門外ということもあり「二の次」になってしまう。また,同じく専門外であるからという理由で,教育機関側がIT関連企業に業務・商品を発注する際,信頼性の観点から大手企業を優先することが多く,当然のことながら支出も高額で,教育効果に対するコストパフォーマンスに疑義あるものも多い。
近年では多くの処理がコンピュータ化され, 大中小の各社から教育機関向けのアプリケーションソフトが発売されており,各ソフト会社が顧客学校独自のシステムを作成したりしているが,無駄と思われるものが多いのは,「コンピュータ業界には教育アドミニストレーションの専門家はおらず, 教育機関には時流に追従し続けているITの実務家がいない」ということが主な原因である。
一方,アメリカ(米国)で文部行政を司る人々は,何れかの分野で教育学(とりわけ教育行政学,高等教育学,学校経営学など)を学び,学位や資格を得て,その業務に従事している。ヨーロッパにおいては,eラーニングで成功を収めたイギリスなどのように,多くの国で教育改革が進んでおり,伝統的なユニバーシティの制度が上手く新時代の新制度と融合している例がいくつか見られるが,それらをリードしている人々には,教育学の実践の有資格者や当該分野の学位取得者が多い。
対して我が国では,初等教育・中等教育の学力の低下など問題視される事柄が多くあり,最近では教育大学院が設置され,教職課程の6年制移行が議論されたりするものの,全般的に見て,教育改革に関してはまだまだこれからである。教育や教育行政・学校管理に携わるためには,いわゆる教員免許以外に国家資格もなければ,職務と連動した学位も極めて少ない。その理由のひとつは,文部科学省(文部省)という官庁が戦後も教育行政の中心となって来たことが挙げられる。 我が国では,「教育の専門家」とは,「関連官庁の公務員」であり,「長年その仕事に従事してきた実績がある人」ということであり,「専門の学術的研究をした,あるいは専門学位を取得した」,「最低限度の知識とスキルを備えている」ことを意味するものではない。我が国の教育行政学や教育アドミニストレーション学とその応用・実用の分野,すなわち現在文部科学省や中央教育審議会,教育委員会などが担当している分野は,世界標準で言うところの教育行政や学校経営の専門家が殆ど不在であるという点において,欧米は無論,世界他国に比すると,かなり後れを取っている。近年,漸く大学アドミニストレーションの修士レベルでの専門学科や,学校経営学に関する科目の開講が求められるようになってきたが,未だ黎明期であるといえよう。
そこで,世界標準での教育学的常識をおさえた上で,多くの企業の経営形態から,少なくとも現時点ではベターであると思われるところをいくつか導入し,ネットワーク型の分社経営を行う学校法人のグループ化を行うビジネスモデルを提唱したい。我が国の旧態然とした大学界・教育界の慣習慣例に囚われることなく,官僚制度化した大規模大学ばかりが台頭する現状に対抗し,伝統的私学(私塾)教育の新たな発展を期したいところである。
マルチバーシティ化した大手大規模大学は,依然として単一学校法人の経営であり,経営責任を伴う意思決定機関が単一である。他方,戦前の財閥はもとより,現代でも一部上場の大手企業は,持ち株会社から各分野の関連会社,あるいはその子会社など,独立する別々の法人でグループが構成されている事例が殆どである。大企業が現代の一般の大学のような単一法人経営ではないことは,税務対策の為だけではなく,様々な理由がある。古くは財閥の規制強化に始まり,商法や会社法の改正,そして関連官庁の規制の結果であることもあれば,同時にまた,それらの組織の経営の効率化や組織の自立と自律などといった組織文化の改革の為,あるいは,変化する現代社会への適応などの為の,様々な工夫の結果でもある。いずれにしても,大手企業は,ほぼすべてが複数の経営主体・法人組織の複合体となっているのは事実であるから,私立学校法人もこの経営形態に習うところが多いのは当然であろうという仮説に基づいて,以下に論を進める。
インターネットが社会を変革し,ITが文明をトランスフォームして,IT・コンピュータは現代社会に完全に浸透している。その現代に合うような大学のビジネスモデルとして,クラーク・カーのマルチバーシティ[※4]の概念をさらに拡張する。複数の小規模大学がグループを構成し,各法人はそれぞれ単体で経営を維持しながら,グループ内で共通するコンピュータ処理を一元化して資源の共有化を図るのが前提となる。さらに,教育とサービスの質および効果の向上と効率化を目指す。本稿では,これに参加する大学/学校を「グループ校」とし,全体として構成される大学/学校群を「ネットワークマルチバーシティ」とする。ネットワークマルチバーシティ(図1)の基本ポリシーは以下の三点である。
これにより,学生数1000名~2000名規模の大学が5~10校集まりネットワーク化されると,ITで結ばれた分社型経営により,経営・運営の大幅な合理化が実現し,教育効果も飛躍的に向上する。
早稲田や慶応,日大,関関同立などの大手マルチバーシティの学生数は一校につき数万人である。一般に,大学は学生数5000名を超えるとスケールメリットが出てくると言われる。これに対抗して小規模校がネットワーク化して,グループ全体でそれら大手とほぼ同規模になれば,スケールメリットの点で十分競合できるようになるばかりか,高度な分社経営を実現することにより,単一法人経営よりも合理性が増すこと必定であろう。
各種統計[※5]によると,1000名~2000名規模の大学では,人件費比率が7割内外であり,大規模大学ではこれが6割もしくはそれ以下になっている。本モデル「ネットワークマルチバーシティ」においては,経営・運営事務と教育,そしてサービスすべての高度なIT化を実現することにより,グループ全体で人件費比率5割を当面の目標値として設定する。全体の学部構成にも左右されるが,最終的には4割にまで削減したい。
[※4]Kerr,Clark,,op.cit.
[※5]「平成20年版文部科学大臣所轄学校法人一覧」及び「平成20年度全国大学一覧」より,収容定員の規模(2000人,3000人,5000人,10000人)に応じて大学を抽出の上,収容定員に対する平均教員数と平均職員数,収容定員に対する教員と職員の比率,収容定員に対する人件費率を検証した。
コンピュータ処理のネットワークを稼働させるには,それなりの設備と専門部署が必要となる。一般の大学/学校では,教育機関特有の事象を理解しかつITに長けた人材が求められることから,この要員を確保するのが極めて難しい。コンピュータと関連技術の進化発展は速く,IT関連の技術・知識は,わずか数年で古くなってしまう。従い,担当者が大学などの社会から遊離した教育・研究組織内に長期間在勤している場合,相当努力して最新の技術・知識を導入しようとしない限り,どうしても時代遅れになってしまうことが多い。最近では,クラウドコンピューティング[※6]の時代が到来し, コンピュータ処理はネット上で行うのが常識化しはじめている。 まずはグループ内に共有のメインのサーバ機能を確保して各処理を一元管理し,ユビキタス化を図る必要がある。 メインサーバの機能もクラウドコンピューティングで対応すれば,さらに高度にIT化することが可能である。
インターネットのブロードバンド化が進み,各種機能が安価になったことにより, データを学内で管理しなくても十分な性能を確保できるようになった。その結果,学籍・ 授業関連のアプリケーションを集中管理することも可能となった。大学/学校においてそれぞれ個別の管理が不要となるため,人件費などの運用コストは最小に抑えることができる。さらに, サーバやストレージ,アプリケーションの管理をネット上で行うため,グループ校からはシステムを意識することなく利用することができる。自前でシステムを一から構築するのは,専門的知識が必要となり,人員面や費用面で非常に大きい負担が発生する。しかし,グループで導入すれば,この負担を大幅に節減することが可能となり,システム側も柔軟かつ俊敏に対応することができるようになる。学校管理の技術面で遅れを取ることのないような組織体制を維持し,大学/学校内のIT関連を常に最新のものに保つにはそれなりの工夫と努力,抜本的な改革が必要である。ネットワークマルチバーシティは,各グループ校の負担を最小限に抑えた上で,これを実現することができる。
[※6]cloud computing ユーザーがコンピュータのハードウェア,ソフトウェア,
データなどを各自で保有・管理する従来のコンピュータ利用に対し,インターネットをベースとした複数ユーザーによるコンピュータの利用形態のこと。各ユーザーはコンピュータ処理をネットワーク経由のサービスとして利活用する。
このネットワークマルチバーシティのグループ校として,大学だけではなく,専修学校を組み入れることにより,その効果は飛躍的に増大する。
近年,大学・短大の『専修学校化』が言われる。これは,これまで大学は学問・研究を行う場であるために取り組みにくいと考えられ,専修学校(専門学校)の教育範疇であった分野に,大学が参入し始めたということである。大学は,学生募集に苦慮し,これまでは専修学校のマーケットであった層にも,マーケットを拡大しているのである。しかし,ゲーム,マンガ・アニメ,理美容等,表層的には専修学校の教育分野に参入したとしても,大学という制度下にある以上,本質的な変化はない。専修学校は,文部科学省の直轄ではなく,各都道府県の認可の下にあるため,時代の変化に柔軟に対応できる制度になっている。一方,大学は,カリキュラムを変更したり,新しい設備を導入したりするためには,いくつものステップを踏む必要があり,即時対応力に欠ける。例えば,本学京都コンピュータ学院の情報教育においては,常に最先端の技術を取り入れ,カリキュラムに即時反映してきたが,これは,本学がもし大学であった場合困難であったことは明らかである。時代の変化に即応していくことが必要な情報教育分野におけるソフトウェア教育については,制度的に硬直化した旧来の大学では不可能であることは,もはや定説となっている。時流に敏感で,制度上も柔軟に対応できる専修学校でこそ,情報系の教育は可能なのである。2005年以降,一定の要件[※7]を満たす専修学校専門課程の4年制学科卒業者に新たに「高度専門士」の称号が付与されることになった。これは,高度な専門性を有することを示す称号であり,学歴としても,給与などの待遇面においても,4年制大学卒の「学士」と同等のものである。また,実務能力においては,「学士」よりも上であるとさえ評価されている。そして現在,専修学校での取得単位を大学での単位として認めることも可能になっている。
また,専門職業教育や資格取得に強い,というのも専修学校の特色のひとつである。それゆえ, モチベーションの高い学生の中には,大学で学びながら夜間に専修学校に通うなど,いわゆるダブルスクールで学ぶことも一般的となっている。
専門に特化した学習が主となる専修学校に対比すると,他方,大学では,幅広い知識・教養を身につけるという側面こそ,まさに担うべきところであろう。
大学,専修学校の学生は,大半が卒業後は就職する。実社会で活躍し,ひいてはこれからの日本を支えていくためには,確かな専門技術,幅広い知識・教養,高度な実務能力のすべてが必要である。大学と専修学校がそれぞれの特色を活かしながらネットワーク化することにより,より高い教育効果,すなわち有用な人材の育成が見込まれる。
ダブルスクールで学ぶことは,学生にとって,学費面,時間面において負担が大きい。 ネットワーク化することにより,他大学・専修学校の授業を受講し,単位互換できるようになれば,学生の負担も軽くなり,より多くの学生が知識の幅を広げ,さらなる技術の習得に挑めるであろう。授業の共有化や単位互換に伴う事務等については,後述するように,システムを共有化して一元管理することにより,容易に行えるようになる。
[※7]専修学校における高度専門士号付与の要件は次のとおりである。(1)修業年限が4年以上であること。(2)課程の修了に必要な総授業時間数が3400時間以上であること。(3)体系的に教育課程が編成されていること。(4)試験等により成績評価を行い,その評価に基づいて課程修了の認定を行っていること。
学校法人には,理事会の運営関係から,年間を通じて行う文部科学省提出書類の作成,決算期における各種書類の作成,さらには設備の更新・管理など,多種多様な事務処理が存在する。これらの事務処理については各法人で独自に行われている。しかし,私立学校法と学校法人会計関連法規に関する事務は,法人間で共通の方法で処理できるものも多い。基幹業務システムを共有化し,ネットワーク上で一元管理することで,事務機能の強化と効率化を図る。担当部署も可能な限り共有化する。所轄官庁だけではなく,日本私立学校振興・共済事業団など外部関連組織から要求されるデータの整理と提供,各種経費の算出などは,共通のデータベースをしっかり設計しておくと,必要なときに必要な情報だけを取り出せるようになる。各大学で書類作成の必要性が生じたときに担当者がその都度手で入力し,それぞれ関係各所に提出しているような手間は,この方式により,ほぼ「“参加大学・学校数(n)”分の一『 1/n』」になる。
学籍管理や成績管理など,学校単位で行われる事務処理には多大な経費がかかる。それらについても先に述べたように,基幹業務システムを統一し,一元管理することで,例えば証明書の発行や出席管理,学生への連絡等の日常的な事務処理に関しては,効率的な処理が可能になる。
共通のデータベースに各種データが一元管理されることで,各校の事務員やシステム担当人員の削減につながるだけではなく,必要情報が容易に抽出できるようになり,各校の事務担当者の負担を減ずることができる。
また,就職情報のシステムに関しても,求人情報を共有化することによりグループ内の求人数が増加し, 学生の選択肢も広がる。Uターン就職を希望する学生にとっても,グループ校の就職情報を活用することにより,郷里での求人情報は増えるであろう。
初等教育から高等教育まで,学力低下や教育崩壊の諸問題は,社会のIT化によって,児童・生徒,学生らが学校外で受信する情報の量が飛躍的に増大していることも大きな要因の一つとなっている。相対的に見れば,学校内で受信する情報量が激減しているということがいえよう。教育を成立せしめるには,学校教育がより一層IT化して,発信情報量を増大し,対抗するのもひとつの方策である。
子供たちや若者たちにとっては,古から続く形態である教室の中での「チョーク・アンド・トーク」の授業よりも,ポケットに入るゲーム機の方が魅力的であるのは否定できない。 情報過多の時代にあって,そのような伝統的な授業形態だけでは,現代の生徒・学生の心を掴むことはほぼ不可能である。
従い,グループ校内では,すべての授業のコンテンツをデジタルデータ化し,それを統合プラットフォームに載せて一元管理する。授業や研究の内容がいかにすばらしくても,それだけで「魅力ある授業」にはならないこともあるので,教育コンテンツについては,生徒・学生の興味をひきつけられるよう工夫し,内容の理解を助けるための音声や,図表,絵,アニメーション等も積極的に取り入れて,ビジュアルに訴えるものにするべきだ。しかし,これらについてすべて一人の教員で実践しようとするのは,いくら経験豊かな教員であっても困難なことである。そこで,組織的にこれをブラッシュアップする体制を取り,教育の質の向上を図る。「魅力ある授業」は,すでに一人の教師の力だけでできるものではなく,チームの力が必要である。グループ校間で教育コンテンツを共有し,教員による水平型分散による分業体制を整え,協働作業に取り組むようにする。関連する科目内容のコンテンツに同一のスライドや図,絵などの共有のイメージを盛り込むことにより,学生は各科目内容に共通する要素や思想があることを理解し,各知識を関連付けてより深く理解できるようになる。有能な教員が一名で授業を行うよりも,有能な教員が複数集まった方がさらに良い授業になるであろう。
かつては,授業というものは教室という閉鎖空間での出来事であり,これを経営側が監視しようとすると教育の侵害であるというような,過度な議論にまで発展するのが常であった。学校が提供する教育の品質管理の必要性が唱えられ始めてから,さすがに過激な意見は減少した。しかしながら,実情はさほど変化は無く,実に多くの教育機関で,今なお閉鎖空間における授業が行われており,経営側の視点での品質管理や客観的評価のシステムで効果を上げている例は極めて少ない。
教育をIT化し,授業における教育コンテンツをデジタル化して,教員間,受講学生間で公開するようにすれば,教員間での授業品質の競争を促すことになる。撮影機材を備えた教室でのレクチャーも,教員間での自由閲覧を可能とすることにより,講話の方法に至るまで,自助努力が客観的に評価されるようになる。これらは,およそ学生の納付金を糧として生きる限りは,すべての教育者が努力をしなくてはいけないところであろう。そして,同一科目であるならば,グループ内で自由に履修登録ができるようにすると,教員間で教育の質による競争と選別が起こる。当然のことながら,教育の質的向上に資することになる。
また,デジタルコンテンツを統合プラットフォームに載せて一元管理すれば,学生は,24時間いつでもどこからでも閲覧が可能となる。これにより,授業の予習・復習や課題の提出にも,利便性が高まる。閲覧情報の適切な管理が必要となるが,グループ内の科目(各校のコアとなる科目やゼミ等を除く)をグループ内のすべての学生に開放することにより,学生は,履修科目以外の科目の授業コンテンツを閲覧し,独学で学ぶことも可能となる。これは,意欲のある学生にとっては学習の幅を広げることになり,新たな興味を喚起したり,自らの専門性を補強したりするものにもなる。教育のIT化は『学ぶ側中心の教育』の実現にとって,必要不可欠である。
eラーニングは対面授業(face to face)の対立概念と捉えられることが多いが,京都コンピュータ学院・京都情報大学院大学では,eラーニングはあくまでも「授業の一形態,あるいは教育を補完する技術」として捉えている。したがって,ことさら対面授業と区別しているわけではない。本学内では,対面のレクチャーが主の講義であっても, すべての授業コンテンツはデジタルデータ化されており,それらが学内の統合プラットフォームにアップロードされていて,上述のような受講学生がいつでもどこでもダウンロードして閲覧できるシステムが確立している。これを実現したことにより,課題の回収,採点などにかかる時間の削減,授業資料,アセスメントなどの再利用など,授業における効率化を始め,教員にも数々のメリットが生じた。
従い,ネットワークマルチバーシティの樹立のためには,本学の実績のように,すべての授業のデジタルコンテンツを統合プラットフォームにアップロードする[※8]とともに, 撮影機材のある教室でレクチャーを行って,授業をただちにeラーニング化する[※9]というシステムを確立させる必要がある。また, 同期型の遠隔講義配信システムを備え, 学生が各グループ校からリアルタイムに他校の授業を受講し,質疑応答も可能となるよう整備することも必要である。これは各教員の作業を伴うので,完成には数年を要するだろうが, 最終的にはグループ内各校間で相互にeラーニングを配信することになるので,人件費始め諸経費が大幅に削減される。専任教員も最低限度数で済むようになる。
[※8]授業において教員が黒板に書くこと,配布するプリント,練習問題などを,ホームページから自分のパソコンにコピーできるということである。
[※9]学生は自宅のパソコンで授業を聴講し,eメールやインターネットテレビ電話で教員に質問もできるようになる。
FD(ファカルティ・デベロップメント)の必要性が叫ばれており, 文部科学省からも指導されている[※10]が, 実際のところ,特に大学では教科教育法はもとより,発声方法さえ,多くの教員は学んでいない。 グループ化しネットワーク化することにより,グループ全体としての教員数は増えるので,教師としてのスキルアップのシステムは作り易くなる。
前述のようにグループ内で授業を共有化し,教員間で公開することにより,教員間での比較・競争が生まれる。グループ内の教員が相互に授業評価を行うことで,教員相互のネットワーク上での情報交換や共有した情報の他の科目への反映・展開なども含めて,グループ全体における質的向上が可能となるため,FDにもつながる。FDは,相互に比較し合う切磋琢磨があってこそ成功するものである。
[※10]大学設置基準第25条の2「大学は,当該大学の授業の内容及び方法の改善を図るための組織的な研修及び研究の実施に努めなければならない。」の改定に伴い,FDが義務化されるようになった(2008年4月施行)。
大学の重要な資産のひとつに図書がある。これまでは,蔵書の質を誇り,量も相当数揃え,当該大学の関係者でなくては閲覧も難しくするなどして,図書館の蔵書は競争力の一手段とされていた。しかし,ITの進化発展に伴い,図書や各種情報の電子化と共有が可能となってきた。そこで,グループ内では図書館と所蔵情報のすべてを共有化し,学生・研究者への利便性を向上させるとともに知的向上に資するように,データベースの一元管理を行えばよい。図書データベースで検索した書籍が,グループ内のどの大学の図書館にあろうと, 郵送で借り出すことを可能にするなど,各種の利便性・合理性を向上させることができよう。
これにより,各校独自の蔵書の質と量での競争力は維持しながら,同時に,図書貸し出しや情報提供でのグループ内競争を促すことになる。 グループ全体としての蔵書数・総情報量はグループ校の数だけ倍増する。図書館が活性化すること必定である。国立情報学研究所(NII)が行っているサービス(Webcat, Webcat Plus など)[※11]と同様のことをグループ校間規模で行うことで,利便性・合理性がより向上する。
[※11]国立情報学研究所(NII) では,1998年より,目録所在情報データベースを基に,全国の大学図書館等が所蔵する図書・雑誌の総合目録データベース及びRECON ファイルを検索できるWebcat サービスを行っている。この総合目録データベースは,国立情報学研究所(NII)がサービスしている目録システム (NACSIS-CAT) を通じて,参加図書館が共同作成しているものである。また,検索機能・性能を大幅に強化したサービスとして,Webcat Plus が開発されている。
http://webcat.nii.ac.jp/help2.html
実習設備や教材,各種設備などは,各校において年間を通じて必要なものも多いが,1年のうちの特定の時期だけあればそれで事足りるものもある。例えば,大学学部4年間で課せられる体育については,一週間程度の合宿授業で通年の授業に換えることができるものもある。特殊な体育設備を保有している大学が,グループ内の他大学の学生を受け入れるならば,学生側の体育科目の選択肢も増して,設備が有効に活用されることになる。体育科目の魅力によってグループ間での競争が起こり,それが全体での質的向上にもつながる。
また,グループ校が持っている合宿所などを共有することも可能である。例えば,各グループ校単独での研修を,それぞれ時期をずらして行うことにより,年間を通じた有効活用が可能となる。また,共同の研修・セミナーを合宿形式で行えば,学生間の交流も生まれるとともに,教育的な効果も見込まれる。運動系クラブの合宿を合同で行うことにより, 各チーム間での切磋琢磨がおこり,クラブ活動全体の活性化にもつながる。クラブ活動は,参加する側にとっても,単に試合等を応援する側にとっても愛校心を育てるうえでの重要な要素となる。
それらの設備等は,グループ内で共有化することによって経費節減を図るとともに,グループ間での設備の貸与や,他大学の受講生の受け入れに関して,使用料・受講費の授受・交換を伴うようにする。 これらの事務処理に関しても,グループウェアなどを用い一元管理を行う。
授業がeラーニング化を含んでIT化されることにより,グループ内で他大学/ 学校の講義を受講できるようになる。 例えば,グループ校Aに所属する専任教員は,グループ校B,C,D,Eにおいて,兼任教員を務めることになる。その他のグループ校に所属する専任教員においても同様である。兼任教員の授業についても,グループ校間で共有できる科目については,すべてのグループ校において受講できるようにする。このように,効率的な教員の配置を行うことにより,必要教員数は減少し,人件費削減につながる。 また,教員の人件費だけではなく,各グループ校が主催して開講する授業総数が減じるので,授業サポートに入っている大学院生へのアルバイト料や助手の費用なども削減することができるであろう。さらに,授業・講義に伴う消耗品費,光熱費,事務コストなども減らすことができるのは言うまでもない。もちろん,各グループ校の在学生は,履修可能科目が増大する。これらを実行するには設置基準を遵守して取り組む必要があるので,高度で専門的な対策を要するが,全体としては経費削減に資すること必定である。
少子化の影響で,各教育機関における学生獲得の競争は激しさを増している。それに伴い,各学校の広告費はかなり増大している。例えば,若者の3割程度しか読まないと言われる新聞にも過大な広告を掲載したり,広告会社の進学情報誌にも莫大な費用を投じたりしているところも多くある。
広告の露出度は,投入する広告費の大小に比例するが,小規模校が,学生数数万人規模の大規模校と広告露出度(広告費)を競ったとしても,収入に大きな開きがあるため勝ち目はない。グループとして広告出稿を一元化することにより,広告費は大幅に削減できるとともに,相互協力することで広告効果も増大する。
例えば,グループ全体で広告を出稿することにより,それぞれの学校の個性をアピールするとともに,教育の質や研究内容,教員や学生同士の交流を含む学生生活の魅力などもアピールすることが可能である。大学は,信頼性の高さなどから新聞広告を利用することも多いが,新聞などの印刷メディアは,年間を通じての出稿数で単価が決まることも多い。これを一元化にすることにより,総出稿数が増え,単価を下げることが可能である。合同で出稿することにより,目につきやすい全面広告や頁半面の広告なども可能となる。また,昨今活用がすすむウェブ広告なども,例えばバナーをローテーションさせることにより,より安価に出稿することが可能となる。一元的に広告出稿を行うことで,露出を増やしながら,広告費の削減をすることが可能である。
また,グループ校が多地域に点在すれば,それぞれの地域でのPRも可能となる。単独では,地方での説明会などの開催は,費用面や集客の面からも困難であるが,会場をグループ校内に設け,合同で説明会を行うことにより,費用を抑えた上でより集客を望むこともできる。当然,グループ校内での競争も生まれるが,グループの利点を活かしつつ,各校のより魅力的な学校作りを促すことになる。
各種設備の営繕については,週に一度,月に一度の営繕業務のためにフルタイムで職員を雇用している場合も散見される。営繕などについてはグループ内で共有できるところを共有すれば,管理経費も削減できる。
消耗品などの購入についても,一括して大量に発注することにより,購入コストを下げることができる。また,各グループ校の物品等の在庫管理を一元化することで全体のコストも軽減することができる。
食堂や売店などにおいても,同様に,できる限り大量に発注すればより安く仕入れることが可能になる。さらに,大学/学校の立地条件にもよるが,街の一般市民に対するカウンターと学内向けカウンターの両方を持ったチェーン店を導入する。ガソリンスタンドに併設されるカフェや街のコンビニを思い浮かべればよい。独自で食堂や売店を経営しているところはさすがに少なくなってきたが,合理化の余地はまだまだあると思われる。
また,ネットワークマルチバーシティが実現すれば,開講授業が効率化されるため,1大学あたりの開講科目数が減じるので,教室や研究室の利用に伴う光熱費等も減少する。
このようにネットワークマルチバーシティにより,小規模大学が連合を組み協力し合うことでさまざまなメリットが生じる。
学校教育法の改正により,2004年4月から,大学の教育の質の保証やその教育研究水準の向上を目的として,全ての大学に,文部科学省の認証を受けた評価機関の評価を受ける義務が課されている。評価には2種類あり,一つは,大学等の総合的な状況の評価(機関別認証評価)である。これは,7年以内ごとに大学等の教育研究,組織運営及び施設設備の総合的な状況について評価するものである。もう一つは,専門職大学院の評価(専門分野別認証評価)で,5年以内ごとに,専門職大学院の教育課程,教員組織その他教育研究活動の状況についての評価を行うものである。 各認証評価機関主催のセミナーなどが頻繁に行われており,各校はその対応に追われている。しかしながら,担当組織の認識の相違や様々な思惑により,元来の狙いであるアメリカのアクレディテーションシステムとは異なるものとなっており,本来の意味でのアクレディテーションは,我が国にはまだ実現していないといえるだろう。
このような面においても, ネットワークマルチバーシティ化されたグループ校が相互にピアレビューを行うことにより,真の意味でのアクレディテーションの実現に近づくことができるであろう。異なるグループ間でそれを行うことも可能である。アクレディテーションについては,各専門分野によって異なるので一概には論じることは難しく,本稿においては,長くもなるのでこの件の論述は別の機会に譲るが,大学間で協力体制があった方が良いのは言うまでもない。
ここまで,小規模大学がその将来において発展するための一つの方法として,ITを用いた合理性の追求を中心に論じてきた。言うまでもなく,すべての私立学校法人は,それぞれ独自の思想哲学を有しており,また,組織文化も異なる。さらには業務処理の方法から果ては関連業者の利権構造まで,多種多様な諸事情がある。このネットワークマルチバーシティ構想は,それら各大学/学校独自の個性や組織特性を尊重し,共有化できるところを共有化し質的向上を期するとともに,グループ校相互の協調と競合を同時に発生させることで,教育の質的向上や学生募集力の向上を期待するものである。経営はそれぞれ独立させ,各法人の経営権を互いに侵害することなく,合理性を追求しながら,教育の質的向上を目指そうというのが,分社型経営でのネットワーク化である。それによって出現するのが,ネットワークマルチバーシティである。これは単一学校法人への合併や吸収を意味するものではない。
複数の大学/学校がネットワークマルチバーシティとして,連合を組んだとしても,グループ間の各学校法人は,あくまでも対等で並列のグループであり,学則など各種規程や労働条件は各校により異なる個別のものとなる。各校の運営については,それぞれの経営責任に帰するものである。よって,経営的に独立した他校が不必要な影響を受けることはなく,効率性を実現するときのみ互いに協力体制をとることになる。学校法人の分社型経営は,学生募集や教育効果の上でも,人材マネジメントの見地からも合理性が高いといえよう。そして何よりも,グループ内での教育やサービスの競争が生じることが, 組織文化の活性化のためには,一番効果的な要因となろう。
このように,ネットワークマルチバーシティを構成し,経費の削減だけではなく,相乗的に派生する種々のメリットを活かすことにより,単一法人経営の巨大大学に勝る強力な小規模大学連合が誕生することになる。