白石陽介さん。2005年,ネットワーク学科卒業。卒業式で別れてから,ほぼ2年ぶりの再会だ。約束の場所である東京,お台場の交差点に,彼は愛車のGSXR750で現れた。真っ黒な革ツナギに身を包み,顔は少し精悍さを増していた。彼は今,日本を代表する通信事業関連の企業でエンジニアとして活躍している。彼がバイクに乗り始めたのは,入社してからだという。
「社会人になってから,大型二輪の免許を取得し,最初のボーナスを頭金にして,まずは Ducati Monster 1000Sie を購入しました。その頃は嬉しくて毎日乗り回してましたね。バイクを手に入れた事をきっかけに,mixiなどを活用して,ネット上でバイク好きの仲間を増やしていきました。そこで有名なライダーと知り合いになって,ライディングを教えてもらうようになり,どんどんバイクの世界にはまっていきました。その後,サーキットを走るようになるとDucatiに不満を感じるようになりました。それで仲間からGSX-Rを譲ってもらい,乗り換えました。」
就職をしてしまうと自由が無くなるのではないか,そんな不安にかられる若者が多いのではないだろうか。しかし白石さんを見ていると決してそんなことはないことがよくわかる。彼はいわゆる一流企業への就職を実現し,社会的にも影響力の大きいプロジェクトに関わっているが,アグレッシブな姿勢に変わりはなかった。むしろGSX-R750という飛びきりの翼を得て,学生時代よりも自由を獲得している。移動するタクシーの窓から,並走する彼のバイクの走りを3秒間ほど見た。3秒後には,彼は遥か彼方にカッ飛んでいってしまった。
2006年のゴールデンウィークに,彼はサーキットで転倒し大怪我をした。コーナーで激しく転倒し,空中に投げ出され,火花を散らしながら自分の真下を愛車が滑っていくのを見た。その時のことを側にいた会社の同僚から聞いた。
「大変だ!と思って近寄ると,彼はその場で立ち上がりました。地面にたたきつけられ骨折などのダメージがあるに違いないのに,その場で立ち上がったんです。大丈夫かと尋ねると,倒れている愛車の様子を見て,自走して帰ると言い張るんです。」
自宅に帰ってからも痛みがおさまらず,病院に行ってみると,やはり何箇所か骨折をしていた。それにもかかわらず彼は翌日にはバイクの修理を始めた。バイクをばらし,必要なパーツを発注した。そしてゴールデンウィーク明け,事故の翌々日にもかかわらず,彼は当たり前の顔をして出社した。
ギブスを嵌めた白石さんの様子を見て,上司や先輩からは,「君,どうしたんだ? 改造中か?」と言われたそうだ。彼は,すかさず,「ええ,ギブスがとれたら,マシンガンが出るようになります」と軽口で応えた。
白石さんが就職した会社は,株式会社インターネットイニシアティブ(IIJ)。
日本のインターネットの黎明期から強力なリーダーシップを発揮し,最高のネットワーク環境実現に取り組んできた日本を代表する企業。光ファイバーなど回線そのものを独自に保有せず,保有している通信事業者(いわゆるキャリア,電話会社など)から回線を調達し,バックボーンネットワーク(いわゆるIP網)を構築し,世界のインターネットの一部として提供している通信事業者である。その活動は,インターネット接続事業のみならず,様々なネットワーク利用を支えるアプリケーションの開発,さらにネットワーク・インテグレーション事業まで多岐にわたる。
IIJほど,その事業規模や影響力に比して一般的な知名度が低い企業は,そう多くはない。
顧客の中心が大企業というIIJのビジネスの特徴から,消費者向けのTV‐CMなどを行う必要性がなく,一般的な知名度は低くなってしまうのだ。
ある業界に注目した場合,売上高上位10社を見ると半数以上がIIJの顧客であるという例が多い。一方で急成長中の新興企業としてよく知られている二次プロバイダやCATV事業者,大規模ポータルサイト,オンライントレーディングなどのネットビジネス系企業もIIJの顧客リストに名を連ねている。
白石さんに現在の仕事の内容などについてインタビューをした。
―IIJでは「ソリューション本部 ソリューションサービス部」に所属されていますね。現在,携わっている業務はどのようなものですか。
「企業のネットワーク(WAN/LAN)のインテグレーションを行っています。インテグレーションを日本語で言うと,統合という意味になりますが,実際には設計・構築ということになると思います。IIJで扱っているのは大手企業のプロジェクトが主となります。私が今担当しているのは,石油関連企業のプロジェクトなどです。入社して間もない自分が,大きなプロジェクトを担当できるのは喜びですね。そもそも大規模な案件は数が限られていますし,それを受注してやり遂げる能力がある会社もそう多くはないですから。」
―職種でいえば,ネットワーク・エンジニアですか。
「そうです。ネットワーク・エンジニアですね。ただネットワーク・エンジニアと一口に言っても幅が広くて,ネットワークの運用・監視を主な業務とするエンジニアも含まれ,数で言えば,そちらのほうが圧倒的に多いですね。ネットワークの設計・構築を行うエンジニアは,不足しているのが現状です。大規模なネットワーク関連のプロジェクトが少ないこととも関係するのですが,優秀なエンジニアが,まだまだ少ないという印象です。OSPF(Open Shortest Path First)やBGP(Border Gateway Protocol)を理解している人は少ないし,きちんと設計できる人も少ない。」
―なるほど,まだまだ人材が不足している最先端の職種なのですね。プロジェクトというと具体的にどのようなものですか。
「プロジェクトと一口に言っても様々なものがあります。技術の進歩発展にあわせて,ネットワーク・システムの更新を図らなければならない場合があります。例えば,無線LANが実用化された段階で,社内のネットワークを無線LANに対応したものにする場合などを考えていただければいいかと思います。それから,ある企業が新規事業を展開するにあたり,一からネットワーク構築を行うプロジェクトもあります。その他には,コストカット,即ち,合理化を図るためのプロジェクトもありますね。」
―一つのプロジェクトに要する期間はどのくらいでしょうか。
「プロジェクトの期間は,ケースによりますが,2~3カ月程度,大規模なものになりますと半年,数年というものもあります。」
―プロジェクトの期間中は,客先(顧客企業)に赴いて業務を行うのですか。
「僕の場合は,客先に赴いて業務を行うことは基本的にはありません。プロジェクトの進め方ですが,設計フェーズ以後は,①IIJの社内でミニマムなモデルを作成し,それに基づいてテストを行います。その後,②お客様の環境にあわせて,試験展開を行い,③最終的にお客様の全店舗に展開するという段取りです。試験展開までは,IIJが担当しますが,全店舗への展開となるとパートナー会社に手伝ってもらう場合が多いですね。現在,私が担当しているのは,設計フェーズとミニマムモデルでのテスト及び試験展開です。全店舗へ展開するフェーズは別の部署の担当になります。」
―かなり忙しそうなイメージがあるのですが,いかがですか。
「そうですね,でも土日はしっかり休めます。休まないと怒られちゃいます(笑)。普段は,9:00から17:30がコアタイムとなっています。20:00頃までは残っている人が結構いますが,定時に帰るか残業するかは,自分で判断し,自己管理することになっています。もっともっと働きたいと思う時もありますよ。」
―かなり自由なのですね。
「ええ。IIJの社風は,とても自由ですね。自由ということは,即ち,社員一人一人の責任が重いということで,自己責任が常に問われます。その代わり,裁量の範囲も広くなるということです。ビジネスマンとしての自己マネジメントが必要です。裁量と言いましたが,IIJの場合,新規事業の提案もボトムアップで,若手であっても,どんどん出せるカルチャーになっています。常にアンテナを立てて,今何が技術面でトレンドなのかなどキャッチするように心がけています。」
―最近の技術面でのトレンドは。
「例えば,最近では,ウイルスを送り込んで,コンピュータをコントロールしてしまう例が見られます。ゾンビ化したコンピュータは様々な弊害を招いており,代表例で言えば大規模なSPAM送信を行っていたりします。」そういった大規模なAbuseは国レベルでの対策が求められています。そのため,やはり情報セキュリティ確保のための技術は重要ですね。
『検疫ネットワーク』はご存知ですか。検疫ネットワークを構成する機能の一つにNACやUAC等と呼ばれる機能があります。PCが一定のセキュリティ基準を満たしているかどうかをチェックして,承認されない場合はネットワークに入れないようにします。例えば,このユーザは最低限のポリシーしか満たしていないから,インターネットはできるけれど,LANには行かせない,というようにユーザごとにアクセス可能な範囲をコントロールするわけです。本格的なシステムとなると,まだコストがかかるので末端にまで普及するには少し時間がかかるでしょうね。」
―ネット分野は技術進歩の速度が速いだろうと思いますが,その中でビジネスを展開するのは難しいことでしょうね。
「技術の進歩の速度,それは凄いですよ。例えば,通信速度は10ギガ,40ギガ,とだんだん速くなっています。実用化にはしばらく時間がかかるでしょうが1テラのものも現在,NTTで研究されているそうです。企業においては,そういった技術の進歩をキャッチアップしていかなくてはならない。ある技術に詳しい人が企業内にいるというのは普通だと思うのですが,IIJの場合は,その技術の策定自体に関わった人がいます。ITU-TやIEEEなどのメンバーなどが社内にいるのです。その点で,かなり恵まれた環境と言えますね。
ただ欧米と比べると,日本はインターネットの接続料が1/20程度と非常に安いので,個人向けの接続事業は,ビジネスにしにくいわけです。その分,企業間の競争も熾烈です。
IIJは株式会社ですから,利潤の追求は当然のことですが,それだけではなく,業務上,公共性の観点も求められます。IIJのネットワークがダウンしたら,日本のインターネットにも大きな影響が出るでしょう。だから,社員には自分たちが日本のインターネットを支えているという自負があります。」
―インターネットを支えているという自負は素敵ですね。今後の抱負をお聞かせください。
「実際にプロジェクトに関わりながら思うのは,エンジニアリングとビジネス的なセンスのバランスをとることの重要性ですね。幅広い知識が必要になります。日々勉強です。
2007年1月からは,コンサルティングの部署に異動します。IIJにおいて,コンサルタントという肩書を持つ人は,クライアントにコンサルティングをして,その提案がプロジェクト化された場合はプロジェクト・マネージャーを務める場合が多いですね。プロジェクト・マネージャーとは,さきほど申し上げたプロジェクトの全体管理を行う業務です。プロジェクト・マネージャーになることは一つの目標でしたから,折角のチャンスですので,がんばります。」
白石さんは,小学校卒業後,京都市内の中高一貫校に進学した。いわゆる進学校で周りも四年制大学に進学するのを当然と考える雰囲気があったという。その雰囲気には最初からなじめず,高校在学中にWebデザインの仕事を始めた。だんだんと仕事のほうが面白くなってきて,結局,高校を中退してしまう。その後,働きながら,単位制高校を卒業。
「高校を卒業して,さてどうしようかと思ったのですが,その時点では大学進学を考えました。コンピュータに興味があったので,情報系の学部のある大学の情報を集めました。自分の場合,数学はそんなに得意ではなかったので,高度な数学が要求される理工学部は,ちょっと無理だなあと思いました。仕組み自体よりも,もっとビジネス寄りにコンピュータを勉強したかったわけです。それで,関西の有名私大の情報系学部なども調べてみましたが,カリキュラム内容が全然,実践的ではないように思えました。ある大学など,『情報』の教員免許が取得できることを謳っていて,これは自分の望んでいるのと全く違うなと思いました。そうした時に出会ったのがKCGだったのです。」
白石さんが選んだのはKCGのネットワーク学科(三年課程)。彼はKCG在学中に,KCSというサークルを結成する。資格取得のための勉強を行うサークルである。そのサークルで彼は多くの仲間と知り合う。
「KCG在学中には,社会人経験者や,大学を卒業してから入学した人たちがいたのですが,そういう人たちは,学ぶ姿勢が違いましたよね。何事に対しても貪欲に学ぼうという姿勢があった。そういう姿に接して,自分もそうあろうとしました。仲間からはいい刺激をもらいましたね。KCSは自分たちで勉強していこうという集団だったわけですが,仲間内でどうしてもわからない点などがあれば,先生に教えてもらいにいったりしました。KCGのいいところは,自分で何かやろうと思った時に,場を与えてくれるところです。教職員がしっかりサポートしてくれる印象があります。」
彼は在学中に,CompTIA A+,MCA,CCNAなどの資格を次々に取得した。
「最初は国家資格を取得しようと思ったんです。自分の場合は,ネットワーク関連の仕事に就きたいと思っていましたので,テクニカルエンジニア(ネットワーク)を目指してがんばろうかと思ったのですが,試験内容を調べてみたら,当時,内容がちょっと古くて,産業界の実状に即していなかったのですね。そこで,どうせやるなら,実践的で身につく資格のほうがいいと思いまして,ベンダー資格を目指すことにしたわけです。
それから私の取得したComPTIA A+というのは,日本ではあまりメジャーではないと思います。日本では,基本情報技術者試験というのが,情報系の国家資格のスタンダードとなっていますが,CompTIA A+というのは,言ってみれば,アメリカ版の基本情報技術者試験のようなもので。アメリカ版のほうがカッコイイと思ってこれを目指すことにしました(笑)。合格した時には,シンプルな達成感がありました。」
また彼は,勉強の傍ら,KCGで学んだことをベースにしながら,仕事も行った。
「NTTの下請会社で,現場調査や小規模なネットワークの設計などのアルバイトに従事しました。技術的なことに関して,意見を言いたくても,設計を担当している元請会社のエンジニアとは,直接話せる機会はなかったですね。このアルバイトを通じて,ネットワーク関連の仕事の現場を知ることができました。言ってみれば,末端で仕事をしていたわけですが,この時の現場での経験が,今,活きていると思います。」
KCG卒業を前にして,いよいよ就職活動が始まる。彼はあえて大手企業ばかり狙って就職活動を行う。それなりの苦労もあったようだ。
「大手企業の中には,古い考え方で四年制大学卒業者しか採用しないという企業もあって,応募はできないけれど,説明会には出たりもしました。自分は三年課程の学生だったわけですが,通常の大学生よりは,よほど実力を身につけているという自信がありました。そのため,どんな人たちが受験しているのか,見てやろうと思ったのです。質疑応答の際に,自分から見ていて,どうでもいい質問ばかりだったので,かねがね疑問に思っていた技術的なことを質問したら,応対する人が答えられなくて,後でその人の上司が出てきました。専修学校卒だというと,『本当は,現場はあなたみたいな実力のある人を採用したい』と悔しそうにしておられました。ただこのような企業ばかりではなく,きちんと実力を評価してくれる企業ももちろん多いです。自分の場合は,最終的に第一希望の会社に採用していただいたので満足しています。」
「どうかKCGの後輩の皆さんも,就職活動では,ひるまないでください。自分の可能性は最終的には自分しか切り拓くことはできません。まだまだ古い考えにしがみついている企業もあるようですが自分のスキルと人間性に自信を持っていれば大丈夫です。KCG在学中に,自信を持てるだけのスキルと人間性を磨いてください。そのための環境がKCGには整っていると思います。今,大きく時代が変化しています。こういう乱世の時代は,規格から多少はみだした者が活躍できると思います。自分としては,今の会社でプロジェクト・マネージャーとして大成したいですね。社会に対して新しい価値を提供できるようなプロジェクトを手がけてみたいです。」。
白石さんの言うとおり,時代は大きく変化しつつある。大切なのは,自らの人生を支えるだけのしっかりとしたスキルを身につけること。実践によって身をもって証明している白石さんの言葉は説得力がある。
実は教育制度も変化し,専門学校の四年課程の卒業者には「高度専門士」の称号が付与されることとなった。「高度専門士」は給与面での待遇などで「学士」と同等とみなされ,大学院の入学資格も付与される。つまり,これまでのように「学士」号を取得するためだけに四年制大学に進学する意味は無くなったわけである。これは大きな変化と言える。進路選択にあたっては,こうした社会の変化を敏感に察知して,自分にとって何が最善かを考えなければいけない。胸を張って自分にはこのスキルがあると言えるようになることが大切である。白石さんは,正にそのことを実践し,自分の可能性を自分で切り拓いてきた。そして白石さんのような先輩のいるKCGの学生は幸せである。彼が入社後,KCGの学生は毎年IIJグループに採用されている。彼が自分のために切り拓いた道は,後輩のために切り拓かれた道でもあったわけである。