VOCALOID(ボーカロイド)「初音ミク」を産み育てたクリプトン・フューチャー・メディア株式会社(本社:札幌市,創立:1995年)代表取締役の伊藤博之京都情報大学院大学(KCGI)教授による京都での特別講義が2016年11月18日,京都コンピュータ学院(KCG)京都駅前校6階大ホールで開かれました。「初音ミクの過去・現在・未来」と題されたこの講義で,伊藤教授は「初音ミク」開発の経緯,世界中のクリエイターが「初音ミク」から新たなアートを創作する「創作の連鎖」,それに2016年に世界各地で開催された「初音ミク」の3DCGコンサート「MIKU EXPO」について,KCGIとKCGの学生たちに向けて熱く語りました。またこの講義では,KCGIで年々増えていく留学生に対応するために,KCGI教員による英語への同時通訳を無線レシーバーに流す試みも初めて行われました。
「初音ミク」は身長158センチ,体重42キロ,16歳という設定のヴァーチャル・アイドルで2007年に誕生しました。楽曲は10万曲,日本語のSNSのユーザーが100万人,英語のFacebookユーザーが250万人,中国語の微博(Weibo)ユーザーが80万人と,世界中にファンを抱え,毎年世界各地で開催される3DCGコンサートには大勢のファンがつめかけます。この世界的なアイドル「初音ミク」の開発と成功について,伊藤教授は,音声合成技術とコンピュータ・ミュージックという二つの既存技術をかけ合わせることで,歌声合成技術を生み出し,そこにキャラクターという要素を付加したことが成功につながったと話しました。またリリース前年の2006年に「ニコニコ動画」が始まり,動画投稿が一般に定着したことも,「初音ミク」成功の背景にあったと指摘しました。
伊藤教授は,このキャラクターの付加価値が世界のクリエイターの「創作欲」を刺激して,「初音ミク」から二次,三次のアートが連鎖して生まれる「創作の連鎖」を引き起こしたと説明し,特に著作権の問題をクリアしたことが,それを後押ししたことを強調しました。「初音ミク」からの二次創作を第三者が三次創作に利用する場合,クリプトン・フューチャー・メディア株式会社と二次創作者から許諾をいちいち受けていたのでは負担が大きいので,伊藤教授はコンテンツ投稿サイト“piapro”(ピアプロ)を立ち上げて,ここに「ファンアート」(二次的著作物)を投稿すれば,他のユーザーはそれを自由に創作に使ってよいとしました。守るべきは,創作者に感謝の意を伝えること,広告などには使わないこと,「初音ミク」の価値を下げるような創作は行わないことなど,いくつかのルールのみで,この権利の開放が積極的な創作につながったと述べました。このようにして創作された作品の商品化も,クリプトン・フューチャー・メディア株式会社では積極的に行ってきていて,これまで8000曲以上の音楽を世界中に配信してきたそうです。
2016年度の「初音ミク」のコンサートはこれまでに,日本では福岡・大阪・名古屋・札幌・東京の5都市,北米ではメキシコシティを含めた10都市ですでに開催され,いずれも大盛況で,12月には中国ツアーも開催されました。特に北米ツアーでは,アメリカのテレビ局NBCが同サイトで取り上げたこともあって一段と盛り上がりを見せ,6月のシカゴでのコンサートでは,会場に入れなかったファンのために,市内の書店に集まって「初音ミク」の絵を描くイベントも行い,その様子を写した動画も紹介しました。ほかにも,歌手の安室奈美恵やBUMP OF CHICKEN,それに作曲家の冨田勲とのコラボレーションの様子なども紹介し,「初音ミク」の活動の多様さと幅の広さを印象付けました。
最後に,2016年2月に札幌で開催したイベント「SNOW MIKU 2016」(雪ミク)について触れ,ウインター・スポーツをテーマに「初音ミク」のコスチュームを公募し,スノーボードに乗る「初音ミク」のデザインを発表したほか,「初音ミク」の雪像の制作,札幌の路面電車へのラッピング,新千歳空港内に「初音ミク」専用のブースを設置するなど,地元の北海道に密着した活動についても紹介しました。2017年度の「SNOWMIKU」では「冬の星空」をテーマにコスチュームを公募して,すでにデザインも決定しているそうです。伊藤教授は,「初音ミクは,クリエイターがいなければ,それ自身では何もできない存在なので,クリエイターの皆さんにどんどん創作してもらいたい。皆さんが参加しやすいように環境を整えるのが,私たちの仕事です」と話し,若い人たちによる意欲的な創作活動に高い期待を表明しました。
伊藤氏は2013年4月にKCGI教授に就任しました。国際的な活動と技術革新が認められ,2013年には秋の藍綬褒章,2016年にはFIT船井業績賞を受章されています。伊藤教授の活躍や先進的な取り組みは,KCGIでIT(ICT)やコンテンツについて学ぶ学生に,大きなビジョンを提供しているほか,KCGIと相互に授業の聴講ができるKCGの学生,特にアート・デザイン学系,デジタルゲーム学系,コンピュータサイエンス学系情報処理科IT声優コースなど,コンテンツ関連を学ぶ学生にとっても大きな刺激になっています。