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Accumu Vol.2

悪徳商法雑感

弁護士 青木 一雄

今から20年前の私の学生時代のことです。私が大学に入学して間もないころ,渋谷駅の前を歩いていると1人の男の人に呼びとめられました。その男は私に「あるアンケート調査をしているので協力をお願いできませんか」と言ってきました。私は特に急ぐ用事もなかったのでそのアンケート調査に協力することにし,その男の質問に答えていきました。しばらく質問が続いたあと,その男は私に「学生に必要なものが安く買えたらいいと思いませんか」と言ってきました。私はそのとおりだと思いましたのでそう答えると,次にその男は「学生が必要なものを安く買える会員を募集しているのですがその会員になりませんか,会費は1000円と安くたいへんお得ですよ。」と言ってきたのです。私は会費も安いしそんなものがあればいいと思い,その男の言うことを信用し,その場で会費を払ってその会員になりました。そして,家に帰ってからその会のパンフレットを見ましたが,確かにものが安く買える店は書いてあるものの,その店舗数は少なく,また場所が遠かったりしてほとんど使いものになりませんでした。私はそのときはじめて騙されたことを知りました。そして,その会社に抗議の手紙を書きましたが,その会社からは何の返事もありませんでした。

この話をみなさんは聞いて自分だったらそんな馬鹿なことに騙されるはずはないと思う方も多いでしょう。今はアンケート調査に名を借りて路上で会員権やものを売りつけるいわゆるキャッチセールスが悪徳商法の1つであることは多くの人が知っています。しかし,今から20年前は私が若く世間知らずであったせいかもしれませんが,まさか人を騙して価値のないものを売りつける商売があるということを知りませんでした。本来商売というのは,客が必要なもの客に価値のあるものを適正な価格で販売して正当な利益を得るものです。ところが,利益をあげるためには手段を選ばない,客に必要のないもの価値のないものを,嘘を言って騙して売りつけるという風潮がでてきたのです。こういう世の中では誰でもが悪徳商法に狙われているといっても過言ではないでしょう。

私が消費者事件を手がけた5,6年前ころは悪徳商法の花ざかりでした。一人暮らしの老人を狙い,騙して長年貯えた大切な老後の預金を強引にとりあげた有名な金のペーパー商法の豊田商事事件,親になって子供の会員をたくさん作ると手数料が入るというベルギーダイヤモンド,リトグラフ,羽毛フトンなどの商品を扱ったネズミ講式のマルチ商法事件など多くの悪徳商法がありました。そして,それらが一段落すると抵当証券事件,次には,先祖の霊のたたりをタネに人の不安に乗じて価値の低いつぼを原価の数100倍の値段で売りつける霊感商法事件がありました。最近では若はげで悩んでいる人に必要のないカツラを10数個も売りつける某有名カツラメーカーの事件,無料体験と称して若い女性をキャッチセールスでつかまえ,営業所に連れて行って美容コースの契約をしないと,化粧をなおさせずハンドバッグを返さないようにして強引に契約をとり,ときには美容コースの中で怪我をさせるエステティックサロンの事件などが発生しています。私は豊田商事事件が終わったとき,巨大な悪は滅んだ,これでしばらくは社会も平和になるだろうと思いました。ところが予想もしない新手の悪徳商法が雨後のタケノコのように生じてきたのです。その後の経過は今お話ししたとおりですし,これをみましても今後どのような悪徳商法があらわれるかは予想できないのです。

ところで,みなさんは恋人商法というのをご存知でしょうか。本来男女の交際は自由であるはずですが中には相手をデートに誘い恋人のようなふりをして商品を売りつけるケースがあります。呉服の販売員が看護婦寮に電話をかけて地方から出てきた見習い看護婦に交際を求めてデートに誘い,親しくなってから着物の展示場に連れて行き,着物の好みを聞き出して成人式や結婚のためには1着位着物を持っていてもいいし毎月1万円位の支払いですむなどといって1着100万円もする着物を売りつけるのです。交際を求められた女性はまさか相手の男が着物を売りつけるために自分に近づいてきたとは思いもよりませんし,地方から1人で出てきたさびしさからつい相手を信用して着物を買ってしまうことになるのです。これとは逆に,女性の販売員がその色香を利用して男性に商品を売りつけるケースがあります。これは英語教材の販売に関するものですが,女性の販売員が電話でアポイントをとったり路上で勧誘するなどして男性を喫茶店などに誘い,はじめはその男性に気のあるような素ぶりをみせて,海外旅行や趣味の話などをします。そして,さりげなく割引のある安い費用で海外旅行に行ける方法があることを話し,ある会員になればその特典が受けられることを説明して,自分もその会員になっているので一緒に会員になるよう誘います。男性の方もその女性の販売員が自分に気があると思って,その女性の差し出した契約書に署名することになります。そしてしばらくすると,英語教材が送られてきてはじめてその男性が英語教材を買わされたことがわかるのです。みなさんはそんな馬鹿なと思われるかもしれませんが現実にはこのようなことが行われているのです。

男女の問題がからむ詐欺事件でもっともおもしろいのは結婚詐欺です。結婚詐欺というと加害者になるのは美男美女と思われるかもしれませんが,実際はその逆で男女とも風采のあがらない場合が多いのです。ただ,いずれも非常にやさしい雰囲気があり,わりあいまめに相手の世話をする点が共通しています。結婚詐欺師の場合はそれを職業にしているわけですから,財産を騙しとったあとは行方をくらまし,別の場所でまた結婚詐欺をはたらきます。これを続けて生活するのですが,被害者の多くは加害者のことを悪くいいません。あの人はそんな悪い人ではないといって加害者が詐欺師であることを信用しないのです。ここが結婚詐欺の不思議なところです。

悪徳商法の多くは詐欺といえますが,この詐欺にあった人はあとで振り返って,なんであんなつまらない嘘に騙されたのだろうと後悔するのが多くのケースです。そして,その話を聞いた人は,相手はワルかもしれないが馬鹿だから隔されたので,自分だったら騙されなかったと思うかもしれません。しかし,私から言わせれば自分は騙されないと思っている人が一番危いのです。ありふれた手口の悪徳商法であれば確かに騙されませんが,本物の詐欺師はすぐに嘘とばれるようなことは話しません。まず相手に自分を信用させることからはじめるのです。平素のつきあいの中で信用ある態度を示し,相手が自分を信用したころを見はからって嘘を言い騙すのです。相手は詐欺師の言うことを頭から信用し目が曇っていますので,おかしい言動があっても善意に解釈してその嘘を見破ることができず結局騙されてしまうのです。つまり,自分が現在普段と違った状態にいないかと自分を疑うことを知っている人間は,案外詐欺師の嘘を見破ることができるのですが,自分に自信のありすぎる人は自分を疑うことを知らないため詐欺師の手口に乗せられてしまう傾向があるのです。

では,悪徳商法やその他の詐欺にあわないためにはどうしたらよいでしょうか。悪徳商法にかからないためには,まず世の中にどのような悪徳商法があるのか,早い時期にそれに関する多くの情報をキャッチすることです。悪徳商法の手口を知っていれば事前にそれを見破ることができます。また,勧誘のしつこいケースでは商品を買ったり契約をすることを避けるべきでしょう。勧誘がしつようであるとつい負けて契約してしまいがちですが,勧誘のしつこさは商品の悪質さの裏がえしなのです。しつこい訪間販売やキャッチセールス,電話勧誘には気をつけるべきでしょう。それから詐欺一般についていいますと,一見その人が信頼できそうに見えても,詐欺の場合は,普通の人だったらこんな言動はしないだろうと思われることが必ずあります。それは小さな事実かもしれませんが,そのおかしな言動がいくつか重なれば要注意です。騙す人間になるよりは騙される人間になる方がよい,それはそのとおりかもしれませんが編されないにこしたことはありません。

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青木 一雄
Kazuo Aoki
  • 昭和48年慶応義塾大学法学部法律学科卒業
  • 昭和55年から東京,鹿児鳥,神戸,各地方検案庁検事
  • 昭和59年から京都で弁護士登録

上記の肩書・経歴等はアキューム2号発刊当時のものです。