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Accumu Vol.2

東南アジアの環境変化の一断面

村井 俊治,越智 士郎,オケー・ローゼンクウィスト

はじめに

発展途上国,とりわけアジアにおける熱帯雨林の破壊や砂漠化など地球環境問題がグローバルチェンジの総称のもとに騒がれ出した。残念なことに多くの人が口に出して言う割に,現場を見たことがない人が殆どである。予算を申請する側の建設省や環境庁においても,それを審査する側の大蔵省も熱帯林や砂漠を見たこともない者が駆け引きしているようである。著者らは人工衛星から取得された画像を用いて地球環境を解析するいわゆるリモートセンシングを研究対象としている。信頼度の高い解析をするには宇宙からみたリモートセンシング画像の解析技術のみならず現地の情報を入力するのが不可欠である。そこで最近では頻繁に東南アジアに調査に行っている。

東南アジアはマングローブ林の破壊,洪水とかんばつのくりかえし,大気汚染に水汚染など,いずれも先進国のエゴと発展途上国のキャッシュメーキングの利害が絡み合い環境が犠牲となる例が多いのである。ここでは,1988年11月に南部タイで生じた山地の斜面崩壊と土石流の被害により100人以上の犠牲者を出した災害を事例として取り上げる。この災害は東南アジアの環境変化の一断面を如実に示しているからである。

もちろんのこと著者は被災地に駆けつけ現地を視察した。その後,数人の学生を約1週間泊まり込みで調査におくりこんだ。一方で人工衛星の画像を処理し,地形データ等と組み合わせて災害の原因を調べた。

南部タイ洪水の状況と原因

図1図2

1988年11月22日と23日に,南部タイのナコンシタマラート県を中心に800ミリを越える豪雨があり,山岳部では信じられないほど多くの箇所で斜面崩壊が生じ,これが土石流あるいは泥流となって,平地部の家屋および水田を埋めつくした。特に図1に示すピプン村の被害は甚大であった。図1の衛星画像は洪水から3ヶ月後の1989年2月にフランスのSPOT衛星から撮影されたもので写真の中の小さい点々が山地での斜面崩壊を示しており,平野部で白あるいはうす青色が土石流が部落,水田を埋めた状況を示している。なんと水田は3~5メートルの土石の堆積で埋められた(図2)。日本流に言えば,典型的な鉄砲水による被害なのである。

図1および図2を見れば,山地は森林に覆われているのにどうしてこんなに大量に斜面崩壊が生じたのであろうと疑問がわく。原因の第一は雨の強度と量が異常に大きかったことがあげられる。しかし記録によれば1975年にもこの降雨とほぽ同様の豪雨があったのに被害は皆無であった。一方で,現地調査に参加した地質学者は頑強に,これは地質が原因だと主張した。立場上人災であると言えないこともある。この地域は花崗岩と砂岩が卓越したところで,特に風化花崗岩はわが国でも斜面災害が起きやすく,山をいじくってはいけないところとなっている。ところがよく調べてみると,必ずしも被害は地質要因がオールマイティーとは言えない。風化花崗岩のところでも斜面災害がほとんど生じていない事例があるのである。

次に疑われるのは土地利用の変化である。タイの友人から南部タイでは今「ゴムブーム」でゴム林が大量に造林されていると聞いた。現地に行ってみると,果たせるかな,山にある木は見渡す限りゴムの樹木であった。何故こんなにゴム林をつくるのかと言えば,エイズが騒がれてからゴム製品の需要が異常に高まったからなのである。そこで麓の部落に近い山から見境なくどんどんと自然林を伐採してゴム林にしてしまったのである。したがって麓からみれば山全体がゴム林に見える。

図3

図3は斜面崩壊地におけるゴムの木の根を写したものである。人間の背の高さから推定して,根はせいぜい2~3メートルしかない。これに対して自然林の根は5~7メートルの深さであり,風化花崗岩の堆積もしっかり締めつけられる。著者らは自然林からゴム林への急激な土地利用の変化が,異常豪雨,地質要因と複合して今回の山地災害を起こしたと考えた。

お金が稼げるとなるとストレートにそのために突っ走るケースが東南アジアでは多くみられる。エビが輸出できるとなると,マングローブ林を一夜にしてエビ養殖場にしてしまう。木材が売れるとなると,生態系の変化など考えずに売るものがなくなるまで熱帯林を切ってしまう。買いたい,売りたいの両者が利害を共にする限り,これを止めることはできない。これが地球環境問題の根源なのである。途上国のみの現象ではなく,日本でも同様である。どんどんよい車を買いたいし,一方ではどんどん売りたい。これでは排気ガスは地球に充満する。

災害原因の科学的根拠

ゴムの木の根の写真を見せて,ゴム林への転換が災害の原因だと言っても相手にしてくれない。自然林を守らないとひどい目にあうぞと警告したい著者らはいわゆる科学的根拠を示さなくてはならない。そこで次のことを調べてみた。

図4

(1)1984年と1988年のLANDSAT画像を用いて,山岳部でどの位土地利用が変化したかを調べる。図4の画像は上記の4年間に植生(自然林)から非植生(裸地)に変化した場所を示している。この図から4年間にいかに多くの自然林が伐採されたかがわかる。

図5

(2)地形図から数値地形モデル(DTM)を作成し,斜面崩壊地の土地利用(熱帯自然林,ゴム林,疎林,裸地)によって,斜面傾斜が異なるとどのような頻度で斜面崩壊が生じたかを調べた(図5)。この図から斜面傾斜が急になると裸地および疎林の土地利用のところでは自然林に比べて2倍以上の頻度で崩壊がおきたことがわかる。

図6表1

(3)ピプン地区を地形,地質土地利用等を考慮して6つの地区に分割して,斜面崩壊の発生がどう異なっているかを調べた。図6は6地区への分割を示しており,表1は6つの地区の土地利用分布および斜面崩壊の頻度を示している。この表を見ると第1,第2地区のように裸地,疎林,ゴム林の多い地区で頻度が高いことがわかる。

以上の結果を要約すると,明らかに自然林が少ないほど,そして裸地が多いほどそして斜面傾斜が大きいほど斜面崩壊の頻度が高いと言える。図7はピプン地区の鳥かん図を示しており,斜面崩壊がどんな斜面で起きたかがわかる。

図7

斜面崩壊の危険度の予測

発生した災害を解析することも大切であるが,災害発生の予測をすることはなお大切である。予測には次の要因を考慮することが大切である。

(1)土地被覆:自然林,人工林,およびその疎密,裸地,草地,農地など上地被覆の状態を調べる。

(2)地形:地形図から地形の傾斜あるいは勾配を求め急傾斜地に留意する。

(3)地質:いわゆる基岩を示した地質図より,表層地質の方が重要である。リニアメントの密度の高いところでは地形がもめており,崩壊が起きやすい。

(4)水系:土石流が生じたときの被害を予測するのに有効である。

図8

現在著者らは上記の要因から斜面崩壊の危険度を予測するモデルの開発を行っているところである。人工衛星画像によって特に山岳部の植生の変化について逐次追跡を行い,植生の被覆状態から表面の流出率を近似的に求め,洪水流量が土地利用の変化によってどのくらい増加するかのシュミレーションを行うモデルを開発した。図8は著者らが開発した山岳地の洪水流出モデルによって作られたハイドログラフを示しており,森林を伐採したらどのくらいの流出が増加するかを示している。もし森林を全て伐採すれば,森林で全て覆われているときに比べて1.6倍もの洪水流量が増えることが推定される。図9はタイ・チェンマイの山岳地帯での上記のシュミレーションの結果を示しており,白い線の太さが洪水流量の大小を示している。

図9

このようにして,山岳部の森林を伐採することが斜面崩壊を誘発し,洪水流量を飛躍的に増大させることを警告することができる。

おわりに

タイ東北部では熱帯雨林の伐採後農地に転換したが,地下の岩塩層のために塩害が生じ,作物が育たず農民は苦しい生活を強いられている。チャオピア川流域では工業開発および都市開発のため水田が減少しており,洪水の危険が高まっている。

こうした発展途上国での問題の多くは何らかの意味で日本にも遠因がある。交通の発達している現代では,その気になればこれらの地域に行くことは経済的にも時間的にも大した負担ではなくなった。実際の目で問題の現状をとらえ,身近な問題として真剣に考えることが何よりも大切である。これから多くの若い日本の技術者および科学者が東南アジアの問題に直接関与して,その解決に力を貸してくれることを望む次第である。

●村井 俊治

東京大学工学博士・東京大学生産技術研究所助教授を経て現在東京大学教授

専門分野-国土情報処理工学

●オーケー・ローゼンウィスト(Ake Rosengvist)

スウェーデン市立技術研究所にて学位取得

同研究所研究員を経て現在Swedish Space Corporationに勤務

1988年10月から1990年4月まで東京大学生産技術研究所に留学

専門分野-写真測量とリモートセンシング

●越智 士郎

東京大学農学部卒

現在東京大学生産技術研究所研究生