日本科学教育学会研究会が1995年5月11日に京都駅前校で開催された。テーマは「マルチメディアによる教育/マルチメディアの教育」というものであり,京都を中心に,大阪,奈良,兵庫,岡山,神奈川,千葉の各府県から25名の参加があった。一般研究発表件数は7件であり,プログラムの最後に「コンピュータ教育における国際協力」というテーマで討論セッションが持たれた。日本科学教育学会は科学教育一般を研究対象とする学会であるが,筆者が第4部会(科学教育とコンピュータ/情報教育研究)の部会長を務めている関係もあり,今年度は本学院で行うこととなった。そういうわけで本学院教職員の発表も活発で,7件のうち4件の発表となった(松本哲氏・筆者,小西薫氏,植田浩司氏,作花一志氏)。
プログラムの前半はマルチメディア指向のコンピュータ教育の実際について,京都コンピュータ学院から3件の事例報告がなされた。松本氏,および筆者はマルチメディア指向の入門科目の実施例を報告した。GUIシステム用の汎用オフィス・パッケージ(Microsoft社のWORKS)をベースにして基本的なワープロ技術から始まって,描画技術,画像の取込みと編集,音声の取込みと編集,スプレッドシート,ネットワーク活用法などを短期間に修得させることが出来ることを示した。小西氏は,最近の三次元グラフィック技術の発展に注目しつつも,市販の開発ツールの使い方のみを指導するのではなく,その原理を理解させるために,基礎科目を修了した専門コースの学生を対象として汎用プログラミング言語による3次元CGの製作実習について報告した。植田氏は,非コンピュータ専門(芸術・デザイン系)の学生を対象としたマルチメディア技術(コンピュータ・アート)の教育について報告した。最近の高性能ハードウェア/ソフトウェアの普及により,限られた技術知識のみでも,創造性と意欲を持っておれば,学生達は優れたマルチメディア作品を制作することが出来ることを示した。
次に,天花寺博司氏(八幡市立男山東中学校)は,京都府の中学校教員についてマルチメディアに対する意識調査を行った結果について報告した。「用語の入手先」,「意味理解」,「教育的利用に対する意見」,「教育的利用の課題」,「教育的利用のイメージ」,などの項目に対する回答を分析した結果,かってのパソコン導入期のような意識状況であることが判った。宮地功氏(岡山理科大学)は小学校の毛筆書写教育における到達度の自動評価システムの開発進行状況について報告し,特にAHP(階層化意志決定法)を応用して各種の評価項目についての重みを求めるシステム・モジュールの内容について述べた。杉本和隆氏(市川市立大洲中学校),杉本雅彦氏(明星大学),石原学氏(職業能力開発大学校)は中学校の情報基礎における,模擬コンピュータ・ネットワークの利用の試みについて報告した。予算上の理由からスタンドアローンのコンピュータ数台を用いて各種のフォーラムを設定し,ネットワークにおけるのと同じ形式・規則で読み書き,コミュニケーションが出来るようなシステムを作り,教室で利用することにより,ネットワーク環境における情報教育を部分的に実施することができ,ある程度の成果をあげることができた。京都コンピュータ学院の作花氏は,コンピュータによる天文教育の一例を紹介した。約1,600個の恒星の座標・明るさ・色を入力して,地球上のある地点から見た場合の高度と方位に変換し,スクリーン上に星座早見盤を作成する,などのプログラミング課題をゼミナールの学生にやらせるというものである。このような課題を課すことにより,数値計算,グラフィック表示,データファイルの操作に関し実用レベルの演習が効果的に行えることが報告された。
討論セッションは,「コンピュータ教育における国際協力」というテーマで,林徳治氏(京都教育大学),石原学氏(職業能力開発大学校),植田浩司氏(京都コンピュータ学院)がパネリストとなって,主として開発途上国を対象としたコンピュータ教育の現状と問題点について討論が行われた(司会は筆者が担当)。まず林氏は,タイの教育系大学における情報教育分野の教員養成・カリキュラム開発のために現地で指導した経験に基づき,他国語による授業・学習に伴う困難について言及し,それを解決するための手法について論じた。また,同国の教育系学生の質,意欲についての問題点に触れた。次に,石原氏は職業能力開発大学校における技術分野での国際協力について紹介した。同校では正規の留学生の他にリカレント教育のための特別クラスがあり,更にいくつか開発途上国における学校を立ちあげるために現地での協力事業も行われているという,はば広い国際協力活動について述べた。このような活動の成果について,国によっては政治的・経済的に不安定であるため落ちついて勉強できなかったり,帰国してから身につけた知識や技術が必ずしも活用できない場合があるなど,問題が多いとの指摘があった。植田氏は,京都コンピュータ学院における海外コンピュータ教育支援活動(タイ,ポーランド,ガーナ,その他の開発途上国や東欧圏に対する中古コンピュータの寄贈事業とそれに伴う現地と日本での研修事業),国際協力事業団のための研修事業(タイ,メキシコ,サウジアラビア,アフリカ諸国)の現状について報告した。日本で行う研修事業については,グループ内のまちまちなレベル差が研修の効率を下げているという問題点を指摘した。その後のフロアを交えた討論においては,この種の教育におけるコミュニケーション手法やプレゼンテーション手法を開発することの重要性がとり上げられた。それに関連して,手を実際に動かしてものを作る研修内容が喜ばれるのだという経験談が述べられた。また,情報教育の基本理念を明確にし,それに基づいた指導が大切であるとの指摘があった。
上記の肩書・経歴等はアキューム15号発刊当時のものです。