まず「全国ソフトウェア協同組合連合会」(Japan Software Party Association:JASPA)について簡単にご説明しましょう。JASPAは,「協同組合連合会」です。「協同組合」とは,共通の目的を有する中小企業等が集まって出資し,経済的地位の改善・向上を図るため,共同で事業を行う非営利の組織です。協同組合の精神を表す言葉があります。「一人は万人のために,万人は一人のために」というもので,協同組合の父といわれるドイツのライファイゼンの言葉です。相互扶助が協同組合の精神といえます。会員は出資をするわけですが,出資といっても株式会社のように配当を得ることが目的ではありません。出資金は共同事業を行う元手となります。
情報産業界でも,ソフトウェア開発会社が集まって設立された協同組合が全国に幾つもあります。JASPAは,全国にあるソフトウェア関連の協同組合が集まって,設立された協同組合の連合会です。中小企業等協同組合法第27条の2の第4項に基づき,1996年2月20日に設立され,現在,全国16の協同組合が加盟をしています。各協同組合には,多くのベンチャー企業や個人事業主が参加しています。
中小規模のベンチャー企業や個人事業主には,単独ではできないことがあります。事業を行う上で限界があるわけですね。しかし,それぞれの持てる力を結集すれば,スケールメリットを活かすことができます。会員企業が,そうしたスケールメリットを活かし,事業を円滑に発展させること,これがJASPAの目的です。JASPAの事業内容も,その目的に沿ったものです。
例えば,共同購買,共同販売,共同受注などの事業があります。共同購買事業とは,会員が事業で必要とするパッケージソフトウェア製品や事務機器及び消耗品の共同購買を行うものです。共同販売事業とは,会員が開発したパッケージソフトウェア製品等を共同販売するものです。中小企業が,単独で販売・流通経路を確保することは難しいことで,販売活動を共同で行えば,コスト削減にもつながります。そして,共同受注事業とは,会員がソフトウェア開発の仕事を共同で受注するものです。単独では受注できないような規模の大きなプロジェクトでも,数社が協力しあえば,受注することが可能です。ほかにも調査・研究や福利厚生に関する共同事業などもあります。
経済のグローバル化が進む中で,IT業界では国境を越えた厳しい競争に晒されています。JASPA会員企業がこの風雪に耐えられるように,経営の効率化を図り,さらに大手企業と対等に競争できる力を得ることができるよう,事業を展開しているわけです。
JASPAの会員企業には,中小のベンチャー企業が多いと言いましたが,ITの本場アメリカでは,中小規模の企業がこれまで,新技術のフロンティアを切り拓いてきました。中小規模の会社が最先端技術の開発をしたり,社会的に影響力の大きい仕事をしていることが多いのです。典型的な知識産業といってもいいIT業界においては,不動産に代表される資産は重要ではありません。そうした資産は,当然,大手企業のほうが豊潤なわけですが,IT分野は極論すれば,アイデアや技術さえあれば,かなり面白いことができます。
コンピュータ業界も,メインフレームの時代には,IBMのような巨人企業が圧倒的な力を持っていました。しかしソフトウェア開発の手法も大きく変化しました。構造化プログラミングの考え方に基づいて,システムを分割して開発を行う「モジュール化」が当たり前になりました。設計者(アーキテクト)が大枠となるデザイン・ルールを定めて,適切なモジュールに全体を分割し,モジュールごとに独立並行して開発を進めるということです。この変化にあわせて,産業構造も大きく変わり,一つのシステムを最初から最後まで,一社が手がけることも少なくなっています。システム全体のアーキテクチャを定義する企業と,モジュールを開発する企業が分化しており,モジュールを開発する企業の多くは少人数のベンチャー企業であるわけです。アメリカのシリコンバレーも,そうした流れのなかで,IBMのような大手企業からスピンアウトした人たちが,数名でベンチャー起業した小さな会社が集積して生まれたと言われています。あのマイクロソフトもアップルも,もとはと言えば,数人の仲間がガレージで始めた事業なわけです。それから,ネットワーク関連の世界最大手のシスコシステムズは,自社では研究開発を行わないことで有名です。代わりに優秀なベンチャー企業を開発チームごと買収して,新規事業を行うわけです。R&Dではなく,買収すなわちAcquisition によって開発を行うので,その手法はA&Dと言われています。こうした例からもわかるように,IT分野は,元来,少人数のベンチャー企業がフロンティアを切り拓くという特性を持っています。
日本のIT業界の発展の鍵は,中小規模のベンチャー企業が握っていると言っても過言ではありません。JASPAの会員企業も,大きな可能性を持っています。
大手企業の場合は,大組織であるが故に融通がきかず,時代の変化に即応できないことも多いようです。その点,中小のベンチャー企業は,身軽に新しいことにチャレンジできます。この点に優位性があります。また,これだけ世の中の変化が激しいと,大手企業でも安泰とは言い難いです。ある日突然,経営破綻したり人員整理を行うこともあり得ます。こういう乱世といってもいい時代には,身軽な中小企業が力を発揮するチャンスがあると言ってもいいと思います。
JASPAの会員企業には,例えばJava専門の会社ですとか,特定の技術分野に特化し,それを強みとしている企業も多くあります。また個人の力を最大限に発揮できることがIT分野の特質です。そのため,会社組織をあえてとらず,自分一人で事業を行うフリーのエンジニアが,とても多く存在します。JASPAの会員企業のなかには,ITエンジニアの地位向上という理念を掲げて,個人事業主であるフリーのエンジニアをパートナーとし,システム開発の共同受注や,税務・福利厚生・スキルアップなどの支援を行う新しいタイプの株式会社もあります。こうした会社は,協同組合の理念を活かした株式会社といえるでしょうね。
JASPAの会員企業にとっての大きな課題はIT人材の確保です。ビジネスのIT化の加速,e-ガバメントの流れもあり,IT業界ではビジネスチャンスが他の業界と比べても多くあるわけですが,そのチャンスを掴んで,事業展開するためには,IT人材の確保が必須となります。しかし,それが難しいわけです。IT業界では,慢性的な人材不足に悩まされているといえます。仕事の需要が高いのに対して,人材が不足しているので,結果的に,限られた人員で多くの仕事をこなさないといけない悪循環に陥る企業もあるようです。
ただ,ここ数ヵ月は,状況が変わりました。米国のサブプライムローン問題に端を発する百年に一度といわれる金融危機の影響で,あらゆる業種が大なり小なり影響を受けていますがIT業界も例外ではありません。その結果,短期的に見れば,人材の不足感は緩やかになっています。しかし長期的に見れば,人材不足の状況に変わりはありません。
スポーツ選手やタレントになりたがる若い人たちは多いでしょうが,IT分野で活躍しようという志を持った金の卵は少ないようです。どうも世間にはIT関連の職種に関して誤ったイメージが,ひろがっているようですね。7Kとか言われているのはご存知ですか。「きつい」「帰れない」「給料が安い」「休暇が取れない」「規則が厳しい」「化粧がのらない」「結婚できない」だそうです。実際にはそんなことはありません。もともとIT業界は,他の業界と比べても労働環境も悪くはないし,将来性もあります。世間の誤ったイメージによって,残念なことに,若い人たちが進路先としてIT分野を敬遠する傾向もあるようですね。
このようにIT分野を志す若者の絶対数が少ないうえに,よい人材は大手企業にとられてしまい,JASPAの会員企業は技術力も高く将来性もありながら,よい人材がなかなか確保できない状況にあります。
国内でIT人材の確保を目指しても困難ということで,その解決策として,海外からも人材を受け入れる企業や,海外に業務の一部をアウトソーシングすることで賄おうとする企業もあります。グローバル化の流れのなかで,会員企業の多くは,中国,韓国,ベトナム,タイなどの国との協業関係づくりを進めています。しかし,実際には,かなり難しい面もあり,失敗するケースもあるようです。自社のノウハウや技術だけを持っていかれたり,人件費は安いがスキルも低いということも多いようですね。やはり現時点ではリスクが高いといえるでしょう。そうなると困難であっても,やはり国内でIT人材を確保しようということになります。
JASPAでは,さきほど触れた世間の誤ったイメージの払拭に努めるとともに,会員企業が,自助努力によって,さらによい労働環境を実現するよう,申し合わせも行い,人材が集まりやすい魅力的な環境づくりに努めています。
私は,JASPAではIT人材確保委員長を務めさせていただいておりますが,対策の一つとして,IT人材を輩出している高等教育機関と直接的で密接な関係の構築に努めています。例えば,京都コンピュータ学院と連携しながら,京都コンピュータ学院の校舎内でJASPA会員企業による企業説明会を実施させていただいたりしています。1回の説明会につき10社以上の企業が参加します。しかも人事採用担当者ではなく各社とも社長が参加します。社長が学生さんと直接,懇談するわけです。東京から参加する企業も多いのですよ。どれだけIT関連企業が,優秀な人材を渇望しているか,おわかりいただけるかと思います。社長と直接話ができるということで,学生さんにも好評のようです。
JASPAの会員企業がどのような人材を求めているかという点ですが,まずは勉学意欲に富み,向上心に溢れていること。ITの分野は技術の進歩が著しいです。その変化に対応するには,常に学ぶ姿勢が求められます。中小のベンチャー企業が多いJASPAの会員企業の場合,新分野に果敢にチャレンジするアグレッシブな姿勢のある人材を求める傾向が強いです。
その反面,多くの企業では,入社時点では,さほど高いスキルは求めていないようです。システム開発のスキルは実際の開発経験を積みながら身につけていくべきものであって,新卒の若者にそれを求めても無理があります。新卒者を採用して,実際の開発現場で経験を積ませることで実践的なスキルを身につけさせるという方針の企業がJASPAでも多いですね。それから,どの会社も言うのが,組織内で生きていける人材であることですね。ソフトウェア開発はチームワークが必要とされる分野ですので,この点の資質は求められます。
この先,ITが消えることはありません。産業界全体の需要もさらに高くなるでしょう。その意味で将来性があるといえます。今,多くの業種において,これまでのビジネスのやり方では,時代の変化に対応できない事態となっています。そうした事態は,ITの進歩によってもたらされている部分も多いです。つまりIT業界は,時代の変化を創り出す側にいるといえます。多くの分野で閉塞状況がみられますが,ITには未知のフロンティアがあります。JASPAに参加しているIT企業には,大きな可能性があります。
未知のフロンティアがあるからこそ,IT分野はベンチャー企業が生まれやすい。私から,若い人にメッセージとして伝えたいのは,もっと冒険をしてほしいということです。独立心の強い人はぜひ,IT分野を目指していただきたい。ITは,一国一城の主になりやすい分野といえます。将来,独立を考えている若者には,ぜひこの分野に参入してほしいと思っています。
「全国ソフトウェア協同組合連合会」(Japan Software Party Association:JASPA) は,全国各地で活動する16のソフトウェア関連の協同組合が加盟している連合会です。中小企業等協同組合法第27条の2の第4項に基づき,平成8年1月25日に通商産業大臣より設立認可を得て,平成8年2月20日に設立され,全国各地で活動する協同組合の地域間連携をはかるとともに,直接,行政府との情報交換や提言,ソフトウェア業界の発展を目指したビジョン作りなどに当たっています。また,各地の組合企業が保有する優秀なソフトウェア・プロダクトなどの発掘や育成,紹介などの機会を提供し,共同受注・共同研究・共同購買・教育研修などの共同事業を活発に行って,各協同組合やメンバー企業の事業活動を支援してきています。