ユビキタス環境を目前に,自動車・携帯電話・デジタル家電の分野で,日本が世界の市場をリードしているが,これは日本が得意とする組込みソフトの技術に支えられているからである。ユビキタス社会は,日本経済再興の絶好のチャンスといえるが,激しい国際競争の中で,いつ,どのような地殻変動が起きるか予測できない。例えば,自動車は日本経済の中核産業であるが,「自動車王国日本」の不動の地位に保証はない。
現在,自動車に組み込まれているソフトは,過去5年間で5倍以上の膨張を見せ,2005年には500万行のソフトが組み込まれた。このソフトは駆動・運転・安全など,車の本体に使われているが,より高性能化を求めて,今後もソフト量は膨張しつづけるだろう。
従来の組込みソフトの開発は,メーカーと部品(約2万~3万点)を提供する多数の部品会社との協力でなされてきたが,部品会社にとってソフト開発は常に新しい技術力を問われる戦場となっており,各社はその人材確保に頭を痛めている。ハードとソフト両方を見ながらシステムとしての性能を向上させることが求められるため,近年のソフト開発には,車の詳しい知識・技術が不可欠とされる。そのため,“車に特化したソフト開発技術者”が,時給8千円の呼び声で要請されているのである。
自動車産業は現在200兆円,2010年には300兆円と予想される巨大市場である。アップルコンピュータは,携帯用デジタル音楽プレーヤーiPodにより,車載情報器市場へ参入した。長年,組込みソフトOSでITRONの牙城をくずせなかったマイクロソフトは,カーナビをフォーカスし,日本法人によってカーナビOS最新版「ウィンドウズ・オートモーティブ5.0」を開発,これを商品として自動車ソフト分野へ食い込んでいる。すでに,これを採用する方針のカーナビ大手も現れている。その他,これまでの車になかった領域で,世界のデファクト・スタンダードを取ろうと異業種の企業も虎視眈々である。車の性能向上,サービス向上の国際競争に打ち勝つためには,外資系,また異業種の参入も受け入れざるを得ないであろう。車は限りなく進化し,常に競争にさらされているのだ。
従来,日本の自動車メーカーは,国内の部品会社との協力体制で組込みソフトの開発を進めてきたのであるが,人材不足を要因として,このきずなが今揺らいでいる。自動車産業首位を維持するため,本体部分のソフト領域は,日本の優秀な技術力で守らねばならない。
“車はソフト力で勝敗が決まる”。自動車分野における国際競争力をより強化するため,車に特化したソフト開発人材の育成こそが目下の急務であろう。
このような背景と危機感において,日本経済の中核である自動車産業の世界王座を支える「CAR IT人材」育成のため,竣工した京都駅前校新館に自動車制御学科を開設した。類似学科は日本国内に見当たらない。次世代を担う技術者の誕生を祈願するものである。
2005年12月
上記の肩書・経歴等はアキューム22-23号発刊当時のものです。