暑い夏も過ぎ,京都が最も色彩豊かになる季節になった。2017年12月23日10時26分宇宙航空研究開発機構(JAXA)種子島宇宙センターから「しきさい」という愛称で呼ばれる気候変動観測衛星がHⅡA37号機ロケットで無事打ち上げられ衛星軌道に投入されました。正式にはJAXA/GCOM-C(The Japan Aerospace Exploration Agency/Global Change Observation Mission –Climate)と名付けられ,多波長光学放射計SGLI(The Second-Generation Global Imager)を搭載する。色を見分けるには最低3つの色フィルター(波長)が要る。SGLIは19もの多波長観測帯を持つ光学センサである。これらの波長を組み合わせれば,青い空や海,白い雲や雪,緑の森や草原,広大な大地等々色彩豊かな地球を観る事ができる。まさに「しきさい」と呼ばれる所以である。それだけではない,「しきさい」衛星は他では出来ない詳細なデータを観測し,精密な画像を地球規模(グローバル・スケール)で取得する。250mという高い解像度(空間分解能とも呼ぶ)を持ち,高度800㎞から1画素250mが見分けられる。800㎞の高みから美しい紅葉狩りや花見ができる日も近い。
2000年から長きにわたって地球観測に貢献している優れものと言えば,誰もがアメリカNASA/MODISセンサを挙げる。Terra,Aquaという2台の衛星に搭載され,朝な夕なに1日に(ほぼ)2回,同じ地点を観測し続けている。もちろん長寿命衛星というと,ランドサット衛星の右に出るものはない。1972年に1号機が打ち上げられ現在8号機が稼働している。40年以上に渡って地球を見守り続けている伝説の衛星である。ここでは先ず,MODISデータを使って衛星色彩画像を紹介しよう。
図1はMODISの観測波長帯(簡単にバンド(Band:B)と呼ぶ。表1参照)を組み合わせたもので,R,G,B(赤,緑,青)にB1(赤色バンド), B4(緑色バンド), B3(青色バンド)を割り当てた色合成画像に,森林火災や焼畑等の草木の燃焼(バイオマス・バーニング)を表すホットスポットを赤点で重ねたものである。毎年8,9月に大規模なバイオマス・バーニングの起こるアフリカ南部モザンビークから南アフリカ国境周辺域を選んだ。海は群青に,草木は緑,雲は白く,大地は土の色に見え,人間の色彩認識に近いのでツルーカラー(true color)と呼ばれる。8月18日に起こった大規模火災(大量の赤点)により植物が燃えてできた煤煙性エアロゾルが3日後の20日には一帯を覆っている様子が明らかである。
(Aqua/MODIS) | (AHI-8) | |||
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バンド(Band) | 波長呼称 | 中心波長(μm) | 波長呼称 | 中心波長(μm) |
1 | 赤 | 0.65 | 青 | 0.47 |
2 | 近赤外 | 0.86 | 緑 | 0.51 |
3 | 青 | 0.47 | 赤 | 0.64 |
4 | 緑 | 0.56 | 近赤外 | 0.86 |
図2に日本の気象衛星ひまわり8号(JMA/AHI8)から観た2017年10月11日午前10時の西日本上空画像を載せる。ひまわり8号は2014年10月,種子島宇宙センターから打ち上げられた気象衛星であるが,従来のひまわりより観測バンド数が多く,気象だけではなく地球観測にも役立っているので,「静止地球観測衛星」とも呼ばれる。表1から明らかなように,衛星(センサ)により観測波長やバンド・ナンバーが異なる。図2左には通常のツルーカラー画像を,右則には(R,G,B)色空間のG(緑)に,緑色バンド(0.51)と近赤外バンド(0.86)の平均値を割り当てている。この色合成は(人の目には見えないが)近赤外波長(0.86㎛近傍)で植物の反射率が非常に高くなる事を利用して,緑にこの近赤外データを加えたもので,植生強調画像とかナチュラルカラーと呼ばれる。市街地は灰色に植生は緑に見える。更に,図2の下段は,上段の図にレーリー補正(Rayleigh correction)を施したもので,明らかにくっきりした鮮明な画像になっている事がわかる。大気中の分子による散乱光(レーリー散乱に従う)を除去処理したもので,衛星データ解析において重要な処理である「大気補正」の第1段階終了画像である。この辺は私共の専門分野になり話が長くなりそうなので割愛する。
勿論,衛星データはカラー写真を鑑賞するためだけのものではない。様々な科学的,社会的用途がある。バンド数が多い(波長分解能が高い)程得られる情報は多くなる。19チャンネルの観測バンドを持つ「しきさい」衛星が,色彩り豊かな地球を隈なく見せてくれる事は間違いない。
わざわざ宇宙からカラー写真を撮るためだけに人工衛星を打ち上げる訳ではない事は既に述べたが,宇宙から地球を観る感動が人類に与えた衝撃は大きい。たかが写真されど写真である。図3に月の地(月)平線の向こうに昇る地球の出「アースライジング」の写真を載せる。上の図は「月に人を送るアメリカのアポロ計画」の中で1968年アポロ8号が捉えたものである。地球も惑星の一つである事をはっきりと知らしめた。私共はこの画像に感銘を受け,小さなかけがえのない惑星・地球を大切にしなければと地球環境研究を始めた。それがREESIT(Remote sensing for Earth Environment based on Science and Information Technology)グループの始まりである。翌年の1969年アポロ11号が月面着陸に成功した。「地球の出」写真としては,2008年日本の月探査衛星「かぐや:JAXA/SELENE」がNHKハイビジョンカメラで捉えた鮮明な映像(図3下図)がある。この映像は,科学技術の進歩をまざまざと見せてくれる。図3の2枚の画像を較べれば判るように,色だけではなく観測の精密さ(空間分解能)も衛星画像の良し悪しに影響を与える。図1のMODISセンサの空間分解能は1㎞だが,これが「しきさい」衛星の250mになると,もっときめこまやかな画像になるのはいうまでもない。
現段階(2017年10月)では,「しきさい」衛星は打ち上げられていないので,残念ながら成果は未だない。せめて「しきさい」衛星の模式図や目的を紹介したい。
「しきさい」衛星は観測装置として図4に示す多波長光学放射計(SGLI)を搭載する。SGLIはADEOS-IIに搭載されたグローバルイメージャ(GLI)の後継センサ(The second-generation GLI)で,近紫外から熱赤外域(380nm~12㎛)においてマルチバンド観測を行う。図からもわかるように可視・近赤外放射計部(SGLI-VNR)及び赤外走査放射計部(SGLI-IRS)の2つの放射計部から成り,SGLI-VNRは非偏光観測機能と偏光観測機能を持つ。偏光観測が雲や大気微粒子(エアロゾル)解明に果たす役割の重要さは,既にフランスのPOLDERセンサで実証されている。「しきさい」衛星は,雲,エアロゾル,海色(海の生産性を表す植物プランクトン等),植生,雪氷などを高度約800㎞の上空から250m~1㎞の解像度で,全地球を2~3日に1回程度の頻度で観測する。「エアロゾル–雲の長期変動をモニタリングして炭素循環過程を解明し温暖化予測精度を上げる」事を第一目標として掲げている。「しきさい」衛星は,大気中に浮遊して日傘(パラソル)のように日射を和らげているエアロゾルや雲,二酸化炭素を吸収する陸上植物や海洋プランクトンなどの分布を長期間にわたり観測する。得られるデータから地球の熱の出入りや生態系の分布がどのように変化するのかを把握し,気候変動を予測する数値モデルの改良に貢献する事が期待される。実利用面でも,植物プランクトンやエアロゾルの分布情報は,漁場の推定,黄砂や森林火災煤煙の飛来による大気汚染監視等に役立つ。
長年「しきさい:GCOM-C/SGLIプロジェクトチーム」の末席に加わり,ドキドキしたりガッカリしたりしながら,打ち上げの日を今か今かと待ち続けて来た者として,此の度,晴れの日を迎え心躍る喜びをアキュームの紙面を借りて紹介させていただいた。図や説明の多くはJAXAの御好意やHPから引用した。また,MODIS,APOLOデータはNASAから,SELENE,GOSATデータはJAXAから引用した。最後に,「しきさい-偏光情報を用いたエアロゾル解析チーム」のコアメンバーを記す:
他にも多くの方々から研究協力や励ましを受けた。心から感謝の意を表したい。