太陽系の脇役だった小惑星が近年脚光を浴びている。私達の気づかないうちにニアミスは毎年のように起こっている。天が降ってくるというのはもはや杞憂ではないようだ。
今年の夏私達は前代未聞にして空前絶後の天文事件に遭遇した。7月17日から22日まで連日TV新聞で報道されたそのビッグイベントとは,シューメイカー・レビー第9号彗星(SL9)が木星に墜落したというショッキングな事件のことだ。
彗星は明るいコマ(頭部)と長い尾より成っているのが普通だが,この彗星は昨年3月発見されたときから10個ものコマが数珠つなぎになって飛んでいた。しかも太陽ではなく木星の周りを回っている。一昨年7月に木星に近づき過ぎたため潮汐力によって分裂したものらしく,21個のコマが直線状に並び,まさに空飛ぶSLである。落下の可能性は発見後間もないころからささやかれていたが予報は的中した。天体の落下する瞬間なんてもちろん今まで誰も見た人はいない。まさに千載一遇の観測チャンスだと世界中の天文学者,天文ファンは興奮した。衝突の時どんな現象が起こるのか,木星はどんな影響を受けるか様々なモデルが提唱された。衝突のエネルギーは広島原爆の数億倍にも達し,これからすると落下の瞬間には昼間でも見えるはずだが,SL9は木星の背後から近づいてくるので落下は地球から見て木星の裏側で起こり,残念ながらその瞬間を直接見ることはできない。ところが約一時間後木星の自転のため墜落地点が地球の方を向いた時,おおかたの予想をはるかに上回る大きな痛々しい傷を負ったジュピターの姿が観測された。ハッブル宇宙望遠鏡は地球の外から,小さな個人の望遠鏡はマンションの屋上から様々な望遠鏡が活躍し,画像が世界中を飛び回った。図1は7月20日19時49分に美星天文台(岡山県美星町)の101m望遠鏡に冷却CCDカメラをつけて撮影された写真で,墜落の痕跡がはっきりとわかる。木星の直径は約14万km,地球の約10倍だからこの黒い傷跡は地球よりも大きい。高々4kmの大きさの氷の塊がその数千倍も大きな傷跡を作ったのだ。
もう他人事のように対岸の火事を眺めている場合ではない。わが地球にもいつこのような危険な日が訪れるかもしれないのだ。
1989年3月23日にあなたは何をしていたか覚えていますか。実はこの日は地球が小惑星(仮符号1989FC)とニアミスを起こした日だった。直径わずか1km足らずの塊が地球から75万kmのところを通り過ぎた。75万kmというとずいぶん遠方と思いがちだが,月までの距離(38万km)のわずか2倍だ。それまで知られているうちで最も地球に近づいた天体だったが,この記録はわずか2年足らずで1991BAに破られてしまう。さらに昨年の5月に記録は更新され,地球への最接近距離はついに15万kmとなった。今年の3月,またもや16万kmのニアミスが起こった。小惑星は月の軌道の内側に入り込み,わが地球の敷地内まで闖入してきているのだ。幸いなことに3天体とも無事だったが,もしも・・・と思うと背筋が寒くなる。15万kmとは地球がわずか1時間半で運動できる距離なのだから。私達は何も知らずにこれらの日々を暮らしていたのが不思議である。
「2000年9月26日に小惑星トータチスが地球に大接近する」という記事がフランスの科学雑誌に掲載され,これぞノストラダムスの言う世紀末の大惨事かと新聞紙上で騒がれたのは1992年の秋だった。実はこの小惑星はほぼ4年毎に地球に近づいており,その年12月8日に無事地球より360万kmの所を通り過ぎた。幸いにも今後しばらくはこれ以上に地球に近づくことはなく,2000年にも2004年にも墜落ニアミスというような大事件はなさそうである。
地球に100万kmまで近づいた小惑星が表1にまとめてある。データが不完全な未確認観測記録はもっとたくさんあるはずだ。ニアミス事件は決して珍しいことではなく,過去にも誰にも気づかれず通り過ぎていった小惑星はいくつもあったことだろう。
近年,宇宙までも危なくなってきた。小惑星との衝突なんて一昔前までは専門家は本気で考えていなかった。小さな隕石は頻繁に落下しているが,「天体の墜落」の記録は世界中どこにもない。月や水星の表面は太古の小天体の落下の跡であるクレーター(凹地)が多数見られ,火星やその衛星にもあばた姿が見つかっている。それに比べてわが地球には傷跡は確かに少ないが,これは決して小惑星が地球には落下しなかったということではなく,原因はその後の地球にある。地球は非常に活動的な惑星で,大気あり水あり火山あり生物ありで,そのため高い山は削られ深い谷は埋められてクレーターの地形は壊されてしまったのだ。しかしどこかにかっての落下の跡が残ってはいないものだろうか? 有名な傷跡はアメリカのアリゾナ州のメテオクレーターで,直径が1kmもあり約5万年前の小惑星の落下によって作られたと言われている。近年人工衛星から得られた画像によるとクレーターは思いのほか多く,カナダや南アフリカには100kmクラスの太古の隕石孔らしき大クレーターがあるそうだ。1908年シベリアの森林で空からの大爆音と共に多数の樹木がなぎ倒された事件があった。幸い死者はなかったが,衝突のエネルギーは広島原爆の約1000倍と推定されている。ところが懸命の調査にもかかわらず,そこには窪みも隕石のかけらも見つかっていない。ということは落下してきた天体は上空で分解し,地上に墜落したのは衝撃波だけと考えられている。
今から6500万年前に地球をわがもの顔で闊歩していた恐竜が突如として滅びたのは,小惑星が落下して,その結果地球の温度が急に下がったためだという説が有力だ。1億年以上もの間地球上至る所で陸上で水中で大空で栄えていた恐竜を滅ぼし,中生代の幕を閉じた小惑星は高々10kmサイズのものといわれている。その時の落下の跡がついに1992年,中央アメリカのユカタン半島のチクシュループで見つかった。直径が200kmというから近畿地方がすっぽり入るくらいの巨大なクレーターだ。もしもあの日,小惑星の軌道がわずかに反れて落下が起こらなかったら,恐竜時代は今も続いていて私達人類は万物の霊長になり得なかっただろう。
小惑星は現在6000個近く登録されていて,最近は毎年数十個発見されている。最大の小惑星ケレスでさえ直径約1800kmしかなく月(直径2500km)よりも小さい。大部分は100km以下,すなわち滋賀県くらいなものだ。しかもこれまで知られているのはほんの氷山の一角で,未登録のものが数万個にも達し,暗くて小さくて発見されていないものはそれこそ無数にあることだろう。そのほとんどは火星と木星の間にあり太陽の周りをほぼ円軌道を描いて回っているが,一昨年海王星・冥工星の彼方にも発見され,また地球の軌道近くまでやって来るものは250個あまり見つかっている。後者はアポロ・アモール型小惑星と呼ばれていて,水星軌道の内側まで入り込むものや表1の天体のように地球に接近するものなどがある。そのサイズは1km以下,中にはほんの10m程度のものもあり,地球に近づいたときしか見つからない。表1の最初の天体1989FCは1.03403年周期で公転していて,その軌道は金星軌道の内側から火星軌道近くにまで及んでいる。その軌道面は地球軌道面と約五度傾いているが,両軌道面が交わる時太陽・小惑星間の距離がほぼ太陽・地球の距離なので,地球と異常接近する危険性がある。ではこの小惑星は次回はいつ接近するのだろうか?
1.03403に近い既約分数を探すと,簡単な整数計算の演習問題を解いて30/29が見つかる。これはこの小惑星が29回公転する間に地球は30回公転するということだから,30年後の2019年に再会することになる。また30年前の1959年にも接近していたはずだが,その観測記録はない。その次は60年後のはずだが,実は61年後の方がより接近する。というのは60/58よりももっといい近似の既約分数に61/59があるからである。2019年の軌道を,筆者の天文シミュレーションソフト「ASTRON」によって眺めてみよう。図2は2018年11月1日から2019年4月30日までの惑星の動きを地球の軌道面に投影して描いたものである。中心は太陽で,すべての惑星は反時計周りに公転している。前年11月までは金星の外を運動していたのに12月中旬には金星軌道の内側に入り込む。2019年1月には太陽に最も近づき,地球を追いかけてくる。そして3月中旬地球に最接近し,その後は地球の外側を公転する。最接近の起こるのは3月の何日なのか,何kmまで近づくのか,落下するのかしないのか詳しい計算結果を知りたいところだが,これ以上のデータは不足している。小惑星の軌道は不安定で惑星(主として木星)からの引力により軌道要素は容易に変化してしまうため,地球に接近する時期が大幅にずれること,ニアミス自体が起こらないこともあり得る。
この小惑星以外にアポロ・アモール型小惑星の中にまだ16個もニアミス候補がいるし,新規の危ない小惑星はまだまだ無数にある。杞憂が杞憂でなくなる日は何千万年も先のことかもしれないし,それとも今年突然やって来るかもしれない。発見されたときはすでに至近距離,今更どこかへ逃げ隠れするのはやめて天文屋らしく最期の瞬間を見届けよう。
D. Morrison Sky a Telescope 1990 March p361
作花一志「ASTRON」1991 東海大学出版会
作花一志「美星天文台シンポジウム」1993 P91
香西洋樹「科学朝日」1993 3月号 p44 朝日新聞社
吉川 真「数理科学」1993 6月号 p36 サイエンス社
渡部潤一「AstroGuide」1994 p6 アスキー出版局