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Accumu Vol.7-8

情報処理教育に求められるもの 4年制情報工学科の発足にあたって

萩原 宏

情報工学の分野とその発展

コンピュータが生まれてから約50年,ハードウェアとソフトウェアの進歩と応用面の広がりとが相呼応して目覚ましい発展を続けている。

これを情報工学の立場からその分野を分類してみると

(1)情報工学基礎

(2)ハードウェア

(3)ソフトウェア

(4)コンピュータネットワーク

(5)データベース

(6)データ/パターン処理

(7)人工知能

(8)応用システム

のように分けられるであろう。

(1)の基礎分野は省くとして,ハードウェアの面を見れば,半導体技術の進歩に伴って,小型のパーソナルコンピュータの高性能化が進み,10年前の大型計算機を凌駕するまでになり,低価格化と共に,個人使用の道具として普及するようになり,コンピュータネットワークの発展に伴って,広く活用されるようになった。また,メインフレームの進歩も着実に進み,それぞれの分野で広く利用されており,一部の特に高速の計算を要する応用のためには,スーパーコンピュータが開発され,需要の拡大,高速化の要求と共に高性能化が進んでいる。さらに,技術の進歩と応用面からの要求によって並列コンピュータも開発が進み,応用に合致した並列コンピュータ,さらに超並列マシンが生まれている。

次に,ソフトウェアの面をみると,コンピュータを効率よく使うためのシステムとして生まれたオペレーティングシステム(OS)は大規模な汎用のOSをはじめ,利用対象に応じてそれぞれに見合ったOSが開発されている。コンピュータはごく限られた応用を除いてすべてOSを介して利用されるようになってしまった。また,1950年代後半のFORTRANに始まるプログラミング言語とその処理系は,言語理論の発展と相まって,その技術はほぼ確立され,目的に合った様々の言語系が開発され,使用されている。その他,種々の大規模なシステムのソフトウェアの開発の経験から,ソフトウェア開発のための各種手法が進歩し,ソフトウェア工学として体系づけられている。これによって,ソフトウェアの設計製作が系統的に行われるようになり,大規模なソフトウェアの開発の効率化が図られるようになった。

第三に,コンピュータと通信回線との結合によって,遠隔地の間の情報の交換や処理が行われるようになった。1960年代の後半にTSSが生まれて,通信回線を介してコンピュータが使用されるようになり,1970年代になって小型のコンピュータの出現に伴って,その相互接続によるネットワークが生まれ,LANなどのコンピュータネットワークが登場するようになった。本格的な大規模コンピュータネットワークとしては米国で1969年に実験サービスが開始されたARPANETであろう。これによってコンピュータネットワークの様々な技術が開発され,種々のネットワークが構成されるようになり,ついに地球規模の国際的なインターネットにまで発展した。

さらに,マルチメディアの諸技術の進歩発展とコンピュータネットワークの結び付きによる今後の社会の変革は予想できない状況になってきた。

第四に,いろいろな情報の集合をコンピュータによって蓄積し,検索することができるように構成した,いわゆるデータベースは,ハードウェア並びにソフトウェアの技術の進歩と共に,様々な大規模なデータベースが構築されるようになった。これらがネットワークを介してオンラインで利用できるようになっている。

第五に,コンピュータで取り扱われる情報として,数値的なデータ以外の非数値的な情報の処理が進んできた。これらの情報処理は普通,パターン処理と呼ばれている。そのパターンは音声や文字列のような一次元のもの,画像や図形のような二次元のものから,動画像や立体モデルのような三次元のものに分類される。また処理の手法技術としては,コンピュータグラフィックスやCAD/CAMのようなパターンを生成・合成するものと,パターン認識,音声処理,画像処理のようなパターンを解析・認識するものとがある。

このパターン処理の技術は,バーチャルリアリティやマルチメディアの技術に発展し,また,感性情報処理,立体視,音声インターフェースあるいはロボットなどの分野に大きく影響を与えるであろう。これらは何れも人間の感性や知能に密接に関連するものである。

人工知能はコンピュータで知能を実現するためにはどうしたらよいかという考えに出発している。人工知能という言葉は1950年代後半から使われはじめたが,1960年代に入ってから,ゲームや定理の証明などにコンピュータを利用する試みがスタートし,問題解決や自然言語処理などの研究が進められた。1970年代に入ると知識ベースシステムが注目されるようになった。これでは単純な推論エンジンと定形的な知識表現法(いわゆるプロダクションルール)を用いて,医療診断や故障診断というような特定の分野で一定の成果をあげた。これらの成果によって人工知能の分野は広く世の中に知られるようになった。1980年代に入って,知識ベースシステムの適用範囲をいろいろの分野に広げようとする努力がなされているが,人工知能も実用面では限られた分野を除いては,必ずしも満足すべき状況にはなく,コンピュータシステムの一層の発達と研究のさらなる進展が望まれている。

上記の諸分野の進歩,発展に伴って,応用面におけるコンピュータ利用は拡大し,高度化しており,発展する基礎技術の全貌についての知識なくしては,先端的な応用システムの構築はできないと思われる。

このような日々進歩発展を続けるコンピュータを活用しなければならない情報処理技術者には,広く深い不断の研鑽が望まれるのである。

情報処理教育のあり方

情報処理に関する教育は欧米においては様々な形態でスタートしているが,やがて学校教育におけるモデルカリキュラムの研究が行われ,1968年にACMからCurriculum68として発表され,その後の学問技術の進歩発展に対応して,随時ACMやIEEE Computer Societyからモデルカリキュラムが発表されている。

わが国では,大学の正規の授業科目としては,1961年に筆者が京大工学部の数理工学科で始めたものが最初であろう。ここでは論理設計,プログラミングの科目でハードウェアの論理構成およびプログラミングの実際を体得し,さらにアーキテクチャの理解に進み,一方,具体的な応用を目指して数値計算法についての講義を行い,大学院では計算機システム,データ構造,プログラム言語などを講じた。しかし,コンピュータのハードウェア,ソフトウェアの発展と基礎理論の進歩,応用分野の拡大に伴い,一人でコンピュータ関係の充実した教育は不可能となったため,情報工学科の創設を計画し,1970年に京都大学をはじめとする国立五大学および私立二大学に情報関係学科が設立され,これに続いて全国の国公私立の大学に相次いで情報関係の学科が設立された。

専修学校としては,京都コンピュータ学院の前身が1963年に発足し,プログラミング教育を始め,これが発展して今日の京都コンピュータ学院として国内のみならず国際的にも名を馳せていることは周知の通りである。

さて,学校教育における情報処理教育のあり方は如何にあるべきかについては様々の考え方があるが,ここでは多様な意見をふまえて,私見を述べてみよう。

まず,専門に関係なく,数理的,論理的な考え方を養成するという面で数学をできるだけ深く学んでおくことが望ましい。これは数学が直接役立つか否かに関係なく,頭脳のトレーニングという観点から必要であると考える。次に国語である。日本人であれば,当然コミュニケーションの媒体であり,日本人の文化を支えている日本語を正確に理解し使うことができるべきであるが,これが必ずしも充分ではないように思われる。特に表現力,記述力の面で問題があるのではないか。また,言語は思考の中心になるとも考えられるので,国語力の養成につとめるべきである。数学,国語共に初等中等教育において,もっと重視してもらいたいものである。

次に情報処理の専門科目であるが,これについては先に述べた米国のACMやIEEEのモデルカリキュラムの提案があるが,わが国ではこれらを参考にして情報処理学会でまとめたものがある。そのコアカリキュラムは次の7科目である。

1.プログラミング序論

2.プログラムの設計と実現

3.計算機システム序論

4.計算機ハードウェア基礎

5.情報構造とアルゴリズム解析

6.オペレーティングシステムとアーキテクチャⅠ

7.プログラミング言語の構造

さらに,専門性がやや強く,この中から選択的に履修すべきものとして,次の8科目があげられている。

8.オペレーティングシステムとアーキテクチャⅡ

9.ファイルとデータベースシステム

10.人工知能

11.ヒューマンインタフェース

12.計算のモデルとアルゴリズム

13.ソフトウェアの設計と開発

14.プログラミング言語の理論と実際

15.数値計算の理論と実際

これらの科目は大学等の情報系専門学科のカリキュラムのモデルであるので,その詳細は情報処理学会の報告を参照して頂くこととして,ここには省略する。

以上は大学等の専門学科における情報処理教育についての考え方であるが,専修学校においてはどう考えたらよいのであろうか。私は基本的には大学等におけるカリキュラムに準ずるのが望ましいと考えるが,学科の目的と修業年限や学生の資質などを勘案しなければならないであろう。

時間的制約があるので,学科毎に特色のある特定分野を専攻することになるのはやむを得ないが,

①時代の進歩変化に対応できるように,基礎的実力を習得すること。

②専修学校の出身者に対して社会が期待しているのは,大学卒とは違って実践性であろう。したがって,実験や実習によって,頭を使うだけでなく,手足を使って経験を積むことが望ましい。

③情報処理技術によって生まれてくるものは,規模の大小を問わずシステムとしてとらえることができる。したがって,システム的な考え方が重要である。システムの場合には使われるものであるので,その効用性の評価を常に念頭におくよう心がけるべきである。

④ソフトウェアの世界は自然科学よりもむしろ芸術・アートに近いという議論がある。アーキテクチャでは美的感覚が重要である。これに対しては,感性の育成が望まれる。絵画などの美術品や音楽の鑑賞,あるいは文芸作品の理解などが有効であろう。また,これによって前述の評価力も養われる。

⑤情報は瞬時にして世界を駆けめぐるものである。現在ではラジオやTVだけでなく,インターネットなどによって,居ながらにして世界中の情報に接することができる。したがって,国際的感覚を磨いておくことも重要になる。

以上のような様々の観点から,情報処理教育のあり方を考えるべきである。

4年制情報工学科の発足

本学院には修業年限1~3年の各種学科があり,分野を特定した教育,あるいは広い能力を身につけるような教育が行われて,卒業生は社会のそれぞれの分野で活躍しているが,今年度より4年制の学科がスタートした。ここでは,上に述べた大学の専門学科に準ずるような,場合によってはそれを凌駕するような教育が行われるものと考えている。

すなわち,基本的な考え方を養成するために,数学の科目を充実し,その考え方を発展させ,実用の基礎となる電磁気学,電気回路,電子回路などの科目をおき,その上に,情報処理学会の提案になるコアカリキュラム7科目が,形と名称は異なるがすべて含まれており,専門性の強い選択的に履修すべしとされた8科目もほとんどが何らかの形で取り入れられている。

さらに,選択科目として用意されている各種の教養的な科目を履修することによって,感性の豊かな,幅広い深い専門的知識と技能を身につけた,素晴らしい情報処理技術者が育つものと期待している。

将来の展望

コンピュータが誕生してから半世紀,この間の進歩は目覚ましいものがある。特に近年のハードウェアの多様化,高性能化,低価格化とこれに対応する基本ソフトウェアの充実があり,一方,応用技術,すなわちネットワークあるいはマルチメディアなどの技術の発展があり,これに伴って応用分野も広汎な展開をみせている。この傾向は当分衰えることはないだろうと思われる。

これらに対応する情報処理技術者,情報利用技術者の需要は衰えることはないであろう。これらの人材の育成を如何にすべきか,今後の情報教育は如何にあるべきかということは真剣に考えねばならない問題である。

専修学校では,時間的制約の中で専門家を養成する必要があるので,大学の課程のように画一的な教育ではなく,それぞれの専門分野に特化した教育をせざるを得ないであろう。これに対する教育システムとしては,教育内容だけでなく学生の学習に適した教育手法,魅力ある学習を促進する教育環境の整備が必要である。

幸い本学院ではこの方向への取り組みが進んでおり,その成果が期待されるところである。

一方,この変化の激しい社会にあって,時代に遅れないようにするためには,各人が必要に応じて,自分に適した手段,方法によって,自己研鑽につとめなければならない。いわゆる生涯学習が求められる。この生涯学習のために,専修学校は適切な貢献をすべきなのではなかろうか。

こうして,今後の情報化社会の豊かな発展を望みたい。

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萩原 宏
Hiroshi Hagiwara
  • 京都情報大学院大学初代学長(~2008年3月),学事顧問,名誉学長
  • 京都大学工学部卒
  • 工学博士
  • 元龍谷大学理工学部教授
  • 元社団法人情報処理学会会長
  • 元日本学術会議会員
  • 京都大学名誉教授
  • 瑞宝中綬章受章

上記の肩書・経歴等はアキューム18号発刊当時のものです。