トップ » バックナンバー » Vol.16 » 詩を創る,唐詩を教わる

Accumu Vol.16

詩を創る,唐詩を教わる

長谷川 亘

複数の文字や言葉のセットを用いて表現される文章は概念範疇が拡大し,多くの言葉が重なるほど,総体として表現される大概念は拡散する。逆に,複数の言葉のセットを上手く使えば,概念が収束することもある。論文などの論理構成はまさに後者であろう。

起源が絵の表意文字である漢字は,その根幹の意味は確固としている。しかし,一文字が持つ概念範疇が広いため,前後の文脈や他の文字との関係性によって意味が様々に変化する。また,元来絵であった漢字はビジュアル的な訴求力も備えており,加えて,日本語にはない平仄や音韻という音楽性を伴って,重なれば意味の荘厳を形成し,表音文字によってなる凡百の文章を遥か引き離す。プログラミングなどの単純明快を目指すロジックには向かない文字と言われるが,含蓄と深奥を饒舌に表現し得るものである。表音文字で論理体系を成し森羅万象を表現する方法に対して,森羅万象を表意する文字で単純に表現する方法は,アプローチの異なる知性の結晶であろう。

その漢字によって,五言や七言という限られた文字数で,平仄・音韻・対句(韻律という)を満たして論理構築する定型詩は,形式美を追求する実に面白い知的ゲームである。コンピュータのプログラムは形式美を理解して書くと,効率性やメンテナンス性が大幅に向上するのだが,ここに,京都コンピュータ学院並びに京都情報大学院大学と,漢詩がクロスオーバーする論理的根拠が存する。即ち,漢詩はプログラミングであり,ソフトウェアである。

昨年,出張で古都西安を初めて訪れた。美しい街と近郊の遺跡に衝撃を受けたことを機に,KCGの漢詩の御大,大先輩,先達の方々の下で極めて恐縮だが,久しぶりに漢詩に挑戦しようと思うに至った。帰国して学生時代の旧い教科書や漢和辞典を引っ張り出し,とりあえず詩一篇をでっち上げて,中国の友人を介して唐詩の先生に添削を依頼することにした。

設計図たる元原稿と,それを基に書いた漢詩(と言うよりも漢字の羅列)を提出したところ,当初の「漢字の羅列」は,華麗な「唐詩」になって返されてきた。同先生によって余分な形容や修飾が徹底排除された最終作品は,当初日本語で意味したところの深奥を押さえながらも,別聯(別の行)で修飾が加味されて壮大になり,遠大悠久と矮小瞬間の対比がリズムを成して美しい。また,センスや方法論や文法,そして形式の違いを超えて到達する全体のイメージに共通点が残存することが,極めて興味深い。元原稿と比べると細目は異なるのだが,表現しようと目指していた意味に確実にミートしていた。想いは言語・文化の違いを超えるのであった。

当初自分で書いた「漢字の羅列」は誤った語法も多く,混乱を招くこと必定で恥かしいことこの上ないので伏せるが,以下に,①日本語で書いた元原稿,②それの現代中国語訳,③最終作品,の順に掲載する。順に読み比べると漢詩創りの面白さを感じてもらえると思う。個の観念は国を超えて概念を成す。概念は,唐詩で表現すると,かくも壮大に美しくなるという一例である。

漂亮西安

 

日本語で書いた元原稿はいわば,自分なりの「漢詩の設計図」のようなものである。漢詩を創作するときは,各語彙や表現方法を吟味し平仄を合わせて推敲していくと,当初考えていた漢字の組み合わせから大きく変わってくる。筆者はネイティブスピーカーではないので音韻から入ることも叶わず,日本人的な漢字のセンスに基づいて,書き下し文になったときの美を希求し,対比を意識しながら,とりあえず日本語での「設計図」を創り,それを規則的な漢字の並びに変換していくようにしていた。この手順は勿論,邪道のそしりを逃れ得ない若い頃からの自我流である。

「漂亮」とは「美しい」という意味だが,最近の若者の流行語では「美人・美男子」のことなので,文中の楊貴妃や擬人化した街が美しいということと掛けたつもりであった。日本語であるが,元より悠久と一瞬を対句で対比する四聯の七言律詩の三部構成を意識している。

中国人の友人による現代の簡体字での翻訳は,意味も文脈もほぼ踏襲されている。

漂亮西安

 

日本人がいくら漢和辞典で調べて平仄を合わせても,実際の音のセンスに欠けるので,徹底して添削される。中国の詩人が,日本人の書いた「唐詩を目指した漢詩まがいの音痴な文字の羅列」を,「日本語で書いた元原稿」の「現代中国語訳」を基にして,唐詩に直してくださったものを次ページに掲載する。設計段階では,兵馬俑,楊貴妃の別荘,三蔵法師ゆかりの塔,そして長安に至るというルートは現代の観光の定番であるから,強く顕わになる楊貴妃を除いて,後続の句と聯を文頭で各々象徴し引喩したつもりであった。しかし,エキスパートからすると無用の説明や蛇足の形容なのであろう,異邦人の立場で場所を描写したが故に多くなった固有名詞は削除されてしまった。唐詩においては自明の理で,塔,長安,貴妃の三語ですべて事足りるのである。同意語反復も整理されて,虚飾が排除された後にさらに追加された新旧遠近の対比と韻律に注目されたい。元原稿では朧だった八句四聯の七言律詩の三部構成が高度な対句のアレンジを伴い完成して,見事に唐詩形式美の極致となる。

漂亮西安

 

漂亮西安

 
城牆=城壁,城郭
縦覧=自由気ままに見て回る
舊莽=旧莽。古くから生い茂る草。莽は,草深いさま。
唐皇=言うまでも無く,楊貴妃の相手である玄宗皇帝。
阡陌=東西(阡)と南北(陌)に走る碁盤の目のような縦横の道路
風生=風が起こる。たちまちに。すぐに。
穹蒼=大空。青い天空。
芙蓉山=日本では富士山のことだが,「美人」の意味。
璀燦=璀は鮮やかに光る,飾りが多い。燦はきらきら輝く。
依稀=よく似ている。ぼんやりとして明らかでない。

この著者の他の記事を読む
長谷川 亘
Wataru Hasegawa
  • 京都コンピュータ学院白河校出身
  • 早稲田大学文学士,(米国)コロンビア大学文学修士(M.A.)・教育学修士(M.Ed.)
  • 京都コンピュータ学院校友会会長
  • 京都情報大学院大学教授
  • 京都コンピュータ学院・ 京都情報大学院大学 統括理事長
  • (中国)天津科技大学客員教授
  • 一般社団法人全国地域情報産業団体連合会(ANIA)会長
  • 一般社団法人京都府情報産業協会会長
  • 情報システム学会日本支部(NAIS)理事
  • 韓国国土海洋部傘下公企業 済州国際自由都市開発センター政策諮問委員
  • 専門は教育行政・大学経営,テクノロジー援用教育

上記の肩書・経歴等はアキューム22・23号発刊当時のものです。