1996年8月17日に宇宙開発事業団(NASDA)はH-IIロケット4号機により,地球観測プラットフォーム技術衛星ADEOS (ADvanced Earth Observing Satellite)の打ち上げに成功した。このADEOS衛星は打ち上げ成功後,慣例により和名が付けられ,「みどり」と命名された。このADEOS衛星プロジェクトに多少とも関係してきた者の1人として,打ち上げ成功は大変嬉しいニュースであった。衛星による地球のリモートセンシングにあまりなじみのない人々へ,宣伝を兼ねてADEOS衛星と私たちの関係するPOLDERセンサについて紹介をしておきたいと考える。ADEOS衛星は重さが約3.5トンあり,衛星本体の大きさは縦,横,高さが,それぞれ4m,4m,7m,太陽電池パドルを展開すると横幅は29mにもなる,日本がこれまでに開発したなかで最大の衛星である(図1)。と同時に世界でも最大級の地球観測衛星でもある。
ADEOS衛星に搭載されているセンサは,宇宙開発事業団の開発したAVNIR,OCTS,環境庁が開発したIRAS,RIS,通産省が開発したIMG,米国航空宇宙局(NASA)が開発したNSCAT,TOMS,およびフランス国立宇宙センター(CNES)が開発したPOLDERの8種類がある。これらのセンサは地球環境を総合的に観測し,各種の地球問題解決のための基礎データを提供する目的でADEOSに搭載されている。ADEOSプロジェクトは国内,国外の異なる機関との研究協力により実施されている点に特徴がある。これら各センサの概要と主要観測目的は以下の通りである。
(1)AVNIR(高性能可視近赤外放射計):陸域,沿岸域を対象にして,衛星直下の約80km幅を観測するセンサである。センサの地上分解能は可視近赤外波長域の四つのマルチバンドモードでは約16m,パンクロバンドモードでは約8mと高く,現在宇宙から最も高精度で地上を観測できるセンサの一つである。地域環境のモニタリングに有効な情報の取得が可能である。
(2)OCTS(海色海温走査放射計):グロバールな海洋の水色,海面水温を観測することを目的に,可視近赤外波長域を8バンド,赤外波長域を4バンドで分光観測するセンサである。衛星直下の地上分解能は約1kmであり,全球的な海洋の水色観測データを解析することにより,クロロフィル濃度分布,海洋の基礎生産量などが把握でき,OCTSによる観測データは海洋における炭素循環の解明に役立つことが期待される。
(3)IRAS(改良型大気周縁赤外分光計):北極,南極における太陽の大気透過光を分光観測するセンサである。このデータの解析により,極域大気粒子の吸収量や成層圏オゾンの高度分布などが抽出可能である。IRASはフロンガスによる極域オゾンホールなどの現象解明や地球環境問題解決のための基礎データを提供する。
(4)RIS(地上・衛星間レーザー長光路吸収測定用リトロリフレクター):地上発射のレーザー光を反射する装置で,この往復光路における大気吸収データを解析することにより,上空のオゾン,二酸化炭素量などを推定可能である。
(5) IMG(温室効果気体センサ):温室効果に寄与する大気ガス粒子(二酸化炭素,水蒸気,オゾン,メタンなど)の垂直分布を調べるために,中間赤外から赤外波長域における大気ガス粒子の吸収量を精密に観測するので,地球環境問題解決のための基礎データを提供するものと して期待されている。
(6) NSCAT(NASA散乱計):NASAのJPL(ジェット推進研究所)開発のマイクロ波散乱計で,海上の風波を観測することにより,海上風速と風向を抽出することができる。マイクロ波は天候に左右されずに観測できるので,このデータは全球の気象予測やエルニーニョ現象の解明に有効である。
(7) TOMS(オゾン全量分光計):NASAのGSFC(ゴダード宇宙飛行センター)が開発した全球のオゾン総量分布を観測するセンサであり,これまでにニンバス7,METEOR-3などの衛星に搭載されて観測を行ってきた実績のあるセンサである。
(8) POLDER(地上反射・偏光観測装置):フランス国立宇宙センターが開発したセンサで,異なる観測角で同一のターゲットからの反射光と反射偏光を観測できるという,これまでの衛星搭載センサには無かった特徴をもっている。これらのデータを解析することにより,偏光データからは全球の大気エーロゾル分布,反射光データからは全球の植生,土壌分布などの正確な抽出が期待される。
これらのセンサのうち私が主として関係しているのはPOLDERである。POLDERの観測原理について少し詳しく述べると,POLDERは広角レンズで集光し,回転式光学フィルタ及び偏光フィルタ盤をレンズ系の後に配置し,その透過光を244×274個の2次元CCD素子により検出するセンサ・システムである。従って,POLDERによって観測される1シーンはフレーム画像として撮影される。その観測角の範囲は飛行方向に±43度,クロス・トラック方向に±51度である。その観測幅は約2400kmで,衛星直下の地上分解能は約6×7kmである。POLDERはシーンをオーバーラップしながら観測をするので,同一ターゲットからの反射光と反射偏光度を複数の異なる観測角度で測定できる。この反射の方向依存特性はBRDF(二方向反射分布関数)と呼ばれ,陸域植生の種別推定に有効であるが,これまでの衛星センサでは直下方向の反射データしか観測できなかった。我々が衛星POLDERに大いに期待するのはこの点にある。また,POLDERは反射偏光度も観測するので,反射光観測データだけでは推定するのが困難であった大気エーロゾルの複素屈折率や粒経分布の同定に対して大きな期待を持っている。衛星POLDERの初画像は1996年9月16日に撮影され,フランス及び地中海のシーンがCNESよりIPSWT(国際POLDERサイエンスチーム)の研究者に配送された。私もチームメンバーの1人なので,先月その初画像を入手したところである(図2と図3)。しかし,これらは単なる写真であり,解析はできない。計算機によって解析可能なPOLDERデータの配布はあと2,3ヵ月かかるものと思われる。私の所でも,データを入手し次第,すぐに解析に着手できるように,解析ソフトの開発など現在いろいろ準備中である。CNESが組織するIPSWTとは別に宇宙開発事業団の組織するPOLDERセンサチームがあり,高島勉博士(宇宙開発事業団),増田一彦博士(気象研究所),安田嘉純教授(千葉大学),日下迢教授(金沢工業大学),向井苑生教授(近畿大学)が主要メンバーである。元々は高島勉博士がチームの主査としてチームの活動をリードしてきたが,OCTSセンサチーム主査になったので,その代わりとして現在は私がこのチームの主査をしている。このチームはPOLDERデータの校正,検証を目的とする研究を実施することになっているが,まだ,実際のPOLDERデータは配布されていないので,現在までの活動は主として校正検証に必要な大気偏光度データを分光偏光放射計や偏光スペクトルメーターなどを用いて地上及び船上観測によって取得し,日本近海や西太平洋上空での大気エーロゾル粒子による偏光データを蓄積している。また,衛星搭載型のPOLDERを開発する前にCNESではそのシミュレータとして航空機搭載型POLDERを開発しており,この航空機搭載型POLDER(地上分解能は約30×30m)によって観測されたデータの解析も実施してきている。
航空機搭載型POLDERによる陸域観測は,フランスのPOLDER開発チームによって,1990年6月17日,南フランスLa Crau地域上空で実施されたもので,飛行高度はおよそ6000mであった。観測は,三つの波長帯(550nm,650nm,および850nm)で実施され,各波長に対し反射輝度と偏光度が観測されているが,陸域の偏光観測はノイズが多かったので解析せず,反射輝度データの解析のみを実施している。航空機搭載型 POLDERデータは画像の90%がオーバーラップしており,ほぼ主平面(太陽光の入射方向,ターゲット,センサ方向を含む平面)に存在する地表対象物(川の水面,水田,および森など)に対してBRDFの推定を実施した。ここでは航空機搭載型POLDERデータから推定した森のBRDF (波長850nm)を図4に示す。ランベルト的な等方反射ではなく,後方散乱方向に高い反射パターンがあることが分かる。対象物が川の場合はその反射はほぼランベルト的であり,水田の場合は森と似た後方散乱パターンを示すことを得ている。次に,1991年春,フランスの地中海沿岸(リヨン湾Angles-sur-Mar近傍 )で行われた海洋観測データの解析結果を示す。図5は観測偏光画像とあるエーロゾルモデルを仮定した時の偏光シミュレーション画像である。両者は完全に一致していないものの,理論的シミュレーションは観測とある程度良く似た偏光パターンを再現していることが分かる。両者の比較により,大気エーロゾルモデルを推定することが可能と思われる。航空機POLDER画像データの解析を通じて衛星POLDERデータの解析をどのようにしていけば良いのかについてのある程度の知見を得ることができたが,地上分解能(6×7km)の大きい衛星POLDERデータの解析結果をどのように具体的に地上観測結果を用いて検証していったら良いのか,今後の課題は残っている。
衛星POLDER画像データの解析をまだ実施していないので,それから具体的に何がわかるか,はっきり述べることは今の段階では難しい。初画像を手にしての感想は航空機搭載型POLDER画像に比べてサイズが圧倒的に大きいことである。しかし,図2,3を見る限り,陸域シーンの同一地域からの反射光は観測角により変化が認められるので,BRDFの抽出は可能と思われる。また,反射光画像と偏光画像は大きな相違が認められ,偏光画像では陸域からの偏光がほとんど見当たらないが,海洋上や雲域の詳細が顕著でありエーロゾルなどの大気光学パラメータを推定する情報を豊富に含んでいることが伺える。衛星POLDER画像データの1日でも早い入手とそのデータ解析ができることを期待して,この解説を終えたい。