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Accumu Vol.3

こんにちは星の赤ちゃん

吉田 重臣

赤ちゃんのふるさと-暗黒星雲

筆者が住む長野県木曽地方は豊かな自然に恵まれた土地である。その恵みのひとつがけばけばしい人工光に全く汚されていない美しい星空である。天空に散らばる無数の星。夜空をくっきりと横切る天の川。ところがこの天の川をよく見ると,ところどころ虫が食ったような星のない場所がある。このような虫食いは,肉眼で夜空を見上げるだけで気がつくような大きなものから望遠鏡で写真を撮ってみて初めてわかるような小さなものまで色々とある。実はこれは実際にその方向に星がないのではなく,塵の塊がその後方の星の光を隠して見えなくしているもので,暗黒星雲と呼ばれている。この一見星の全くない場所が,実は星の誕生の場となっている。

塵の塊と書いたが,塵だけではなく周囲に比べて密度の濃い分子ガスも一緒に塊になっている。普通の宇宙空間にもガスはあるが,密度は原子が1cm3当たりに0.1個から1個と低い。また,温度も絶対温度で千度から1万度と高いので物質は原子またはイオンの形で存在する。それに対し,暗黒星雲ではガスの密度が1cm3当たり百個から10万個と高く温度は絶対温度で10度以下と低いため,分子や固体の塵の形になっているのである。ちなみにこの密度は宇宙空間の中では非常に高いのだが,地上では最もすぐれた真空ポンプを使っても絶対に実現できない低い値である。これらの分子は波長が1mmから数mm程度の電波で輝線スペクトルを放射しており,電波望遠鏡により観測することができる。色々な分子が観測されていて,水素分子H2,一酸化炭素COといった単純な2原子分子から,一部読者には関心が深いであろうエタノールC2H5OHのような比較的複雑なものまで確認されている。

地球上ではガスというとふわふわとしたもので,それこそ風が吹けば飛んで行ってしまう。ところが,暗黒星雲は非常に大量のガスの集まりで,その質量は小さなものでも太陽の百倍,大きなものでは10万倍に達するものもある。これだけの質量があると自分自身の重力で塊になっている。この状態で何かのはずみで密度がある一定の値を越えると,重力による収縮を始める。ガスが収縮すると中心部の質量が増え,さらに重力が強くなり,より収縮が進む。この収縮が無限に続くとブラックホールの誕生,ということになるが,そうはならない。

収縮が続いて中心部の密度が高くなると,圧力も高くなる。すると,水素原子同士が四つくっついてヘリウムになり,エネルギーを放出する現象,いわゆる核融合反応が始まる。これによって中心部のガスの温度は格段に上昇し,圧力も高くなって重力と釣合い,収縮は止まる。これ以降は中心部の核融合反応によるエネルギー発生が続き,星として輝き続けることとなる。これが星の誕生である。

このように,星は暗黒星雲のガスが収縮して誕生する。しかし,輝き始めたばかりの誕生間もない星は,最初は暗黒星雲の奥深くにいるため,周囲の厚い塵にその光を吸収されてしまい普通の光では我々には見えない。では星の赤ちゃんを見る方法はないのか。ある。星からの光を隠している塵そのものを見ればよい。塵は星の光を吸収している。ということは光のエネルギーをもらっていることになる。ではそのエネルギーはどうなるのか。日差しの中に何か物を置いておくと温まるのと同じで,星の回りの塵は星の光を吸収することにより温められ温度が上がる。すると,赤外線で強い放射を出すようになる。普通の光とは違い,赤外線は塵による吸収を受けにくい。そのため,暗黒星雲の奥深い場所にあってもその放射は我々の目に届く。といっても赤外線は肉眼で見えるものではないので,特別な赤外線用の観測装置が必要ではあるが。とにかく,暗黒星雲を赤外線で観測して強く輝いている場所があれば,そこが星の赤ちゃんの居場所に他ならないのである。

写真
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隠れた赤ちゃんの姿-双極分子流

図1

このような暗黒星雲中の星の赤ちゃん,原始星は多数見つかっているが,その現場に非常に不思議な現象が発見されている。前述のようにガスの収縮により星ができるのならば,中心部でガスの収縮が止まった後でも星の外側では収縮は続いているはずである。それならば,そのような運動が観測されると誰もが思う。収縮していくガスは密度が濃く温度が低いので分子になっている。そこで電波望遠鏡で生まれたばかりの星の回りの分子ガスの運動が観測された。すると驚いたことにガスが星に落ち込む収縮ではなく星からのガスの放出が観測された。さらに驚いたことには,このガスの放出が星を中心とした二つの反対方向に集中したジェット状になっていたことである。これを分子双極流と呼ぶ。

図2

図1はNGC2071という反射星雲のそばにある暗黒星雲にある分子双極流の様子である。実線はドップラー効果によって波長が赤い方にずれているガスの成分,すなわち我々から遠ざかっているガスの分布を示す。一方,点線は波長が青い方にずれているガスあるいは我々に近づいているガスの分布を示す。きれいに反対方向に向かう二つのジェットがわかると思う。図2には,筆者らが観測したMWC1080という誕生間もない星からの分子双極流を示す。この場合,ジェットの軸の向きがちょうど我々の方を向いていて,双極性はあまりはっきりとはしていないが,波長が赤い方にずれたガスの成分がジェット状になっていることから,等方的なガスの流れではないことがわかる。

分子双極流が初めて発見されたのは今から約10年前のことだった。最初は2,3の天体だけ見られる特別な現象だろうと思われていた。ところが,多数の原始星についてまわりの分子ガスの運動が調べられると,続々と双極分子流が見つかったのである。現在では,新しく誕生する星は,必ず双極分子流を一度は発生させると考えられている。

この分子双極流がどのようにガスを放出しているのか,どのようにガスの流れを二つの狭い方向に制限しているのか,は今もって定説はない。

赤ちゃんのお披露目-HⅡ領域,反射星雲,輝線星

さて,星が輝き始めても,最初は暗黒星雲の奥深いところにて塵でその光を吸収されてしまい普通の光では我々からは見えない。しかし,そのうち強い光で周囲の分子ガスを電離させ,塵を吹き飛ばして我々から見えるようになる。重い,温度の高い星からの光はエネルギーも高く,周囲の分子ガスを広い範囲に渡って電離させ輝かせる。これがHⅡ領域と呼ばれる天体である。また,もう少し軽いけれど太陽よりは重いような星は周囲の分子ガスを電離させることはないが,広い範囲の塵を照らして輝かせる。これを反射星雲という。これらの星雲は誕生間もない星があることの指標である。

ところで,質量が太陽と同じくらいの誕生間もない星はどのようにして探せば良いか。様々な方法があるが,筆者らは,シュミット望遠鏡を使い探査観測をしている。これらの若い星のごく近くには,電離したガスがとりまいている。この電離したガスは,輝線スペクトルを放射している。シュミット望遠鏡の先に大きなプリズムを付け,星の光をスペクトルにして写真を撮影すると星に輝線があるかどうかが簡単にわかる。このようにして筆者らがオリオン座で見つけた輝線星の分布を図3に示す。

我々が探査している太陽と同じくらいの質量を持つ原始星はT Tau型星と呼ばれている。T Tau型星の分布と暗黒星雲や重い原始星との関係を調べて,例えば1年間にどれだけの星ができるのか,重い星と軽い星の割合はどのくらいか,といったことを明らかにすることを目指している。最近,我が国の出生率の低下が将来に及ぼす影響が問題になっているが,我々の研究は,ちょうど星の出生率を求めるようなもので,銀河系の生い立ちや将来の予測につながる話なのである。

以上見てきたように,星は暗黒星雲で生まれ我々の前に姿を現すというのが,現在の星の誕生についての理解の基本であるが,文中でちらっと触れたような謎の他にもわからないことはまだまだあり,今後さらに研究を発展させていかなければならないと思っている。

図3

追記

この記事で使用したカラー写真は,木曽観測所で作成した天体スライド集「遥かなる宇宙へ」から選んだものです。「遥かなる宇宙へ」は,木曽観測所で撮影した70枚の天体カラースライドのセットです。社団法人日本天文学会から1セット16,000円で販売されています。

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吉田 重臣
Shigeomi Yoshida
  • 京都大学理学研究科修了/理学修士
  • 元京都コンピュータ学院講師
  • 東京大学理学部天文学教育研究センター/木曽観測所研究員

上記の肩書・経歴等はアキューム3号発刊当時のものです。