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Accumu Vol.4

星間物質の化学と生命の起源

ウィリアム・M・アービン

五大学電波天文台長

マサチューセッツ大学教授

翻訳 川田 剛之

金沢工業大学情報科学研究所長

全地球的見地からみると生命は基本的には一つの化学反応であり,有機生物体は複雑な有機体分子と水とからできている。これらの有機体分子は主として水素,炭素,酸素,窒素,硫黄,燐素といった元素から構成されている。宇宙のどこかに存在する生命体も同様に,大部分はこれらの元素によって構成されている可能性が高いと思われる。なぜなら,これらの元素(燐素を除く)は宇宙に存在する元素の中で最も豊富にあり,その化学反応も生物を特徴づける複雑な構造と機能を持つ有機生命体へ進化するのに特に適しているからである。このように,生命はその基本的な構造を形成するのに珍しい変わった化学元素を探し求めずに,宇宙の造りだすごく普通の『原子の構成ブロック』を利用したということは大変重要である。

我々の太陽系は100億年から200億年の歴史を持つ宇宙においてたかだか40億年から50億年の歴史しか持たないので,『生命形成要素』は地球上に生命を誕生させる以前に長い複雑な化学反応の歴史を経ていることは明らかである。この解説は原始地球の形成に先立つこの化学反応のいくつかの状況について簡単に議論するものである。現在のところ,この先立つ化学反応の歴史が生命の起源に直接的役割を果たしたかどうか明らかになっていない。しかしながら,太陽系の初期の化学状態や我々の銀河系,あるいは他の銀河系のどこかで生命誕生の種々の条件が存在する頻度などを解明する為には,まず宇宙で起きている化学反応の複雑さの本質や進化の過程を理解する必要があるということは否定できない。

すべての根源元素である水素(現在の仮説によれば,宇宙進化の最初の100万分の1秒で生まれたとされる)を除き,化学元素は主として星の内部における核融合により形成される。これらの元素は質量の重い星の進化の最終段階における爆発(超新星の爆発)とか老年期の質量の軽い星からの静かな質量放出(こちらのほうが爆発による物質放出より多量の物質を放出する)などにより,星間ガスに戻される。重元素の組成比は多少異なっているが,たいていの銀河系は全体として同じような化学組成を持っている。こうして,観測可能な宇宙の至るところで複雑な有機体分子を形成するのに必要な基本的『構成ブロック』が太陽系近傍と同様に存在すると期待できることになる。

これまでの現代天文学では天体物理学者はその研究上の関心を銀河系内の個々の星,あるいは集団としての星に向けていた。星の内部物質は電子と核子から成る個々の原子のガスで構成されている。これに対して,化学結合によって二つ以上の原子から形成されている分子は天文学ではつまらない小さな特色しか持たないと考えられてきた。いくつかの簡単な2原子分子が星間に発見されていたが,理論家達はそれ以上複雑な化学物質は星間空間の過酷な紫外線放射に耐えることができないと信じ込んでいた。20年ほど前に,非常に精密な電子工学機器を装備した電波望遠鏡を天文学者は天球上の暗い領域(そこは星間塵が存在するため遠方の星からの光が遮られ,暗くなる)に向けることを開始した。なぜなら,多くの場合,星間塵やそれに付随するガスは明るい若い星に関連があり,そのような星が誕生する環境を与える場所として,一番に観測する価値があると思われたからである。可視光線では透過できない星間塵の領域でも電波は簡単に透過できること,また分子はそれ自身を特徴づける電波放射をしていることなどにより,高周波の電波技術の使用が決定的な要因となることが分かった。例えば,水の分子について考えるとすると,宇宙空間を分子が動き廻ると正負の電荷も高速で回転することになる。この電荷のパターンの変化は,ちょうどラジオのアンテナの中を交流が流れてあなたの好きなFM局の周波数で電波を発生させるのと同様に,分子の構造特徴に従って電波を発生させる。

図1.星間分子の観測に用いられている五大学電波天文台の直径14mの電波望遠鏡。日本の野辺山電波天文台(国立天文台)でも同様な研究が行われている 訳者注:五大学電波天文台とはマサチューセッツ大学,アーマスト大学,スミス大学,マウントホリヨーク大学,ハンプシャー大学の五大学で共同運営している電波天文台である
図1.星間分子の観測に用いられている五大学電波天文台の直径14mの電波望遠鏡。
日本の野辺山電波天文台(国立天文台)でも同様な研究が行われている
訳者注:五大学電波天文台とはマサチューセッツ大学,アーマスト大学,スミス大学,
マウントホリヨーク大学,ハンプシャー大学の五大学で共同運営している電波天文台である

電波天文学者にとってこれは大きな驚きであったが,彼らは星と星との宇宙空間に大量の分子が存在していることを発見した。この星間物質は塊状(この塊形状は分子雲と呼ばれる)の分布をしており,これらの分子雲の最大のものは太陽の100万倍もの質量を持っており宇宙において最も質量の大きい天体と言える。これらの分子雲の中には,比較的近くにあり,数百光年しか離れていないものもあれば,我々の銀河系やその他の銀河系の外縁部に存在しているものもある。ある分子雲は暗く無活動状態に見えるが,そこでは絶対温度にして10~20度の極めて低温の雲の中でガスと塵とが混合し続けている。また分子雲の中には,明らかに若い星々(雲の一部での重力収縮によりできる)を誕生させている活発な場所となっているものもある。そのような誕生したばかりの星の少なくともいくつかは,否,かなりのものは,太陽・惑星系が形成されたとされる『太陽系星雲』と同様の平たい円盤状の物質を伴っている。

これらの分子雲における化学反応は20年前に天文学者が想像したものよりはるかに複雑である。現在検出されている星間分子のリストは表1に与えるが,これらは氷山の一角に過ぎない。最近の燐素を含む分子(PNとCP)の発見により,生命の主要な構成物質は表1の分子の目録に全て存在する。エチルアルコールのような親しみ深い分子が発見されたので,天文学者は我々の銀河系の中心部のある特定の分子雲の中に存在する人類にとっての贈物(あるいは毒物かも)の量を計算したくなるかもしれない。その結果は純粋のアルコール量は1兆の10000兆倍リットルとなるが,そのアルコールの度数としてはかなり低く,アルコールを含まないビールよりも低い度数となる。そして,さらに万人の舌には合わないような風味もある。即ち,アンモニア,シアン化水素なども含まれているからである。この本題にもっと関係することについて言うと,シアン化水素,蟻酸アルデヒト,アンモニア,水といった分子は科学者が核酸,プロチン,脂質など生物細胞の構成物をつくる物質を合成する基本的な単位部品の一部である。

星間分子雲において複雑な化学物質を製造する反応は複雑でまだよく解明されていないが,進化した星の外縁部における塵の集積と集積した厚い雲の中での個々のガス分子相互間での化学反応及びガスと塵の相互反応などが複雑な化学物質の合成に関係していると考えられる。これらの反応は究極的には星間における放射と宇宙線(宇宙線は高エネルギーを持つ粒子であり,超新星の爆発などに起源を持つと考えられ,宇宙のどこにでも存在している)によって加速,進行される。

成分としての分子は個体母岩に凍った状態で入っているので,個々の気体ガス分子の回転を調べるのに使われている電波技術は塵粒子の成分分析に使えない。これまでの光学的観測と紫外線観測に加えて赤外線天文学で新しく開発された技術により,塵粒子はシリケートの砂(H2Oの氷やCOやCH3OHの氷などにコーティングされている場合もある)や複雑な有機高分子に至る広い範囲の構成物質でできていることが示唆されている。

図2.もし目が波長2.6mmの電波放射に敏感であれば,星間雲はこのように見える。これは一角獣座のR2領域を五大学電波天文台で地図化したものである
図2.もし目が波長2.6mmの電波放射に敏感であれば,星間雲はこのように見える。
これは一角獣座のR2領域を五大学電波天文台で地図化したものである

星間雲の中で合成される複雑な分子は単に知的な好奇心だけでなく,これらの化合物の物理的,化学的性質は星(そして多分惑星も)の形成においても鍵となる重大な役割を果たしている。雲の一部が収縮して星の誕生が始まるには,その場所は冷却されている必要がある。冷却はエネルギーの放出により可能となる。そして,そのエネルギーの主要な放出源は我々が議論している分子である。この放射冷却は収縮しているガスを加熱し,再び膨張させようとするので星の形成を妨げる働きをする。分子の成分はまた星を形成している領域の物理的そして化学的状態を解明する重大な手段を提供する。というのは,密度とか温度といった物理量は電波や赤外線観測による分子放射の強度に反映されるからである。

星間雲の中のこれら複雑な分子は太陽系星雲(その後太陽や惑星系に進化する)の形成過程を生き残れるだろうか。つい最近まで,惑星学者はそのような物質は破壊され,原子に戻され,新たに太陽系星雲内で分子の再合成が始まると考えていた。しかし,色々な証拠が出てきて,今はそのようなシナリオだけではないと考えられている。同じ元素であるが質量の異なるアイソトープについての研究から証拠が出てきている。例として,質量の一番軽い水素は質量の異なる3種類のものがある。それぞれ1個ずつの陽子と電子からできている普通の水素(H),核内に陽子と中性子を1個もつ重水素(D),核内に1個の陽子と2個の中性子をもつ三重水素(T),しかし,これは滅多にないので,ここの話には関係ない。太陽のスペクトル,木星や土星の大気,拡散的な星間雲から得られる証拠は,重水素は10万個の水素の原子核につき約1個の割合でしか存在していないということを示している。この『宇宙比』に比べて,星間分子に含まれる重水素(D)の普通の水素に対する組成比の方がはるかに大きいことが発見され,電波天文学者を大いに驚かせた。例えば,シアン化水素でのDCNとHCNの組成比はDとHの組成比から予想されるものに比べて1000倍以上高い。この現象は極低温の星間雲で起きる化学合成過程が水素分子を使って多原子分子の中に重水素を組み込ませていると考えることにより説明される。このような進展の中で地球科学者は隕石の一部分に著しく多量に重水素が含まれていることを発見している。これらの隕石は太陽系形成時の化学組成を最もよく残しているものと考えられる。さらに,重水素に富んだ隕石は実際元々の星間物質の化学組成を保存していると考えるのが自然な説明である。このことを示唆する別の証拠は探査船による接近観測を含めたハレー彗星に関する集中的な研究によって与えられた。即ち,彗星の核より噴出された塵粒子の多くは有機物質に非常に富んでいたこと,また彗星は星間ガスと塵の塊状凝縮体であるという予測通りに,これらの彗星粒子は星間塵粒子のいくつかのモデルに大変よく一致していたことなどの状況証拠が得られたわけである。

表1
表1

これまでの議論よりもさらに推測的になるが,地球はどのようにして,生物化学過程の原料として絶対に不可欠な水,炭酸ガス,メタン,アンモニア,窒素分子及びその他の化合物などの揮発性成分を受け取ったのかという疑問を取り上げて,この惑星化学反応過程の前史を結論づけたいと思う。ひとつの解くことのできない疑問点は地球は太陽に近過ぎるため,現在の地球に含まれているだけの量の揮発性物質を集めることは難しいことである。その解答のひとつは地球がほぼ形成された後で,彗星や原始隕石などから揮発性に富んだ物質を受け取ったという説である。これらの天体は巨大惑星の形成により,摂動を受け太陽系の内側まで迷い込んだものである。このシナリオは元々は星間雲で凝縮した物質を地球上に濃縮させることができる。多分原始地球に到達したこれらの分子が化学進化過程を助け,最終的には生命を発生させたのであろう。

いずれにしても,隕石や彗星に星間分子物質が存在している,いないに拘らず,これらの天体には明らかに複雑な有機物質が存在することは間違いない。炭素を含む隕石の有機成分の精密な化学分析はプロチンの構成ブロックであるアミノ酸,DNAやRNAの構成ブロックである核酸基,さらに生化学者にとってよく知られているものから知られていないものを含めて多種類の有機分子が存在することを示した。この分析結果を受けて,実際,短期間ではあったが,一部の研究者の間でこれらの分子の生物学的起源について議論さえも行われた程である。しかし,現在はこれは以下の二つの理由により正しくないものとされている。即ち,地球上の生化学過程の成分では存在しない多くのアミノ酸が存在することと有機生物体の有機分子に特徴的な『光学的活性』が欠けていることの2点による。『光学的活性』とは溶液に光を当てると偏光特性に変化が起きる性質のことをいい,この場合,生物化学反応に用いられる分子の対称性に依存する。それはちょうど,地球上の有機生物体は右利きと左利きの両方の分子を使わず,左利きの分子しか使用していないというようなものである。これらの複雑な分子は隕石の内部で合成されたのか,それともそれ以前から存在していた星間物質で合成され,その後に隕石に持ち込まれたのか,あるいはその両方で合成されたのかは不明である。それにも拘らず,宇宙に多量に存在する元素同志を反応させる化学過程が高度な化学構造を創り出したことは明白である。少なくとも,このことはそれと同様な有機化学反応(有機生物体においてははるかに複雑になるが)が宇宙のどこででも起きているに違いないことを示唆している。

天文学的見地から見た生命の起源の探究の次のステップとしてはどんなものが考えられるだろうか。言うまでもなく,地上望遠鏡に関してはより精密な天文機器の使用であり,もう一つはそれを宇宙へ打ち上げることである。地球大気は主要な星間雲分子からの放射が観測できる遠赤外からサブ・ミリ波の波長を吸収するので,観測機器を地球大気圏外へ打ち上げることは極めて重要問題である。例として,地球大気にも水分子や酸素分子が存在するので,大気を通して望遠鏡で観測しても,星間水分子や酸素分子の量の推定は殆ど不可能である。日本は1994年に宇宙赤外望遠鏡(IRTS)の打ち上げを予定しており,この種の研究の第一歩を踏み出すことになる。この宇宙科学研究所(ISAS)のプロジュクトは星間塵粒子の成分の決定に大いに貢献するだろう。1995年には米国は星間雲の中の水分子と酸素分子の量を初めて測定することを目的としてサブ・ミリ波天文衛星(SWAS)の打ち上げを予定している。もっと大規模で複雑なミッションを持つ赤外宇宙天文台(ISO)や遠赤外宇宙望遠鏡(FIRST)などがヨーロッパ宇宙局で計画されている。その外補助的な観測は安い費用で高々度の気球に取り付けてできるので,日本や旧ソ連などで実施されつつある。

この著者の他の記事を読む
川田 剛之
Hiroyuki Kawata
  • 昭和21年1月7日生まれ
  • 昭和43年京都大学理学部卒
  • 昭和49年マサチューセッツ大学大学院博士課程修了Ph.D.
  • 昭和53年京都大学理学博士
  • 昭和49年~51年NASAゴダード研究所研究員
  • 昭和51年金沢工業大学情報科学研究所助教授
  • 昭和56年同教授
  • 昭和62年同大学情報科学研究所長
  • IEEE会員,IAU会員、計測自動制御学会,日本リモートセンシング学会会員など

上記の肩書・経歴等はアキューム2号発刊当時のものです。

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ウィリアム・M・アービン
William M.Irvine
  • 五大学電波天文台長
  • マサチューセッツ大学教授

上記の肩書・経歴等はアキューム4号発刊当時のものです。