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Accumu ANIA京都大会・京都府情報産業協会 10周年記念大会

田原総一朗氏 講演「時代を読む」

京情協創立10周年,おめでとうございます。

野田総理が先日,環太平洋経済協定(TPP)交渉への参加を表明しました。TPPは反対の声が強く,もめにもめていました。自民党・公明党などはほとんど反対ですが,これは民主党がやると言っているから反対しているだけですね。自民党の幹部は「反対じゃない。でも自民党の中で,賛成なんてとても言えない」などと言っていました。自民党は野党になって,何だか共産党に似てきた。野党には野党の必要性がありまして,共産党は監査役みたいなものですね。監査役がしっかりしないとオリンパスみたいになる。

TPPとはいったい何か。先日私は札幌で開かれた北海道の町村会,町長さんと村長さんの集まりで四百数十人の方々を前に講演をしてきました。あちらでは道知事を含めて,町村会もほとんどの方が反対をしていらっしゃる。そこで私はTPPに賛成する講演をしてきて,「朝まで生テレビ」よりもすさまじい大討論会になったんですが,ただ,皆さん私の言うことに反発してらっしゃったかというとそうではなかった。怒ってもいない。面白いことですが,「こういう話は初めて」とおっしゃっていました。北海道選出の国会議員も,北海道へ行くと反対の話ばかりしています。北海道で「なぜTPPをやらなきゃいけないのか」という話をする人がいませんでした。私が初めてだと言われました。

要するに,賛成とか反対とか言いますが,実はどなたも,内容がよくわかっていらっしゃらない。農協は反対だと決まっている。でも実は農業関係者は恰好だけ反対しているんです。TPPは関税障壁がなくなるわけですね。日本から輸出しやすくなる。一方で輸入もしやすくなる。日本への輸入は主に農産物と資源ですね。農業関係者は安い農産物が入ってくるから日本の農業がダメになると言って反対しています。しかし,反対を言っている人は,内心は実は賛成なんですよ。要するに「TPPに反対だ」というのは「補助金をくれ」ということです。実は政府は補助金を出すことを決定しています。第三次補正予算は東日本大震災復興の予算ですね。その後に,おそらく今年(2011年)中に第四次補正をやると思います。これが,TPPのための農業の補助金で,1兆円を超えるかどうかが問題になると言われている。TPPを巡って賛成・反対というのは,この補正を巡る攻防なんです。

TPPの問題は,実は関税がなくなることではないんです。非関税障壁が本当の焦点です。TPPはアメリカのイデオロギー,アメリカ流の押し付けだと。日本がこれまで築いたものががたがたになるんだと言われて,ビル・トッテンさんも反対しています。その最大の理由は著作権なんですね。日本は著者の死後50年,アメリカは死後70年です。だからもしTPPに参加したら,アメリカの映画や音楽などの利益を守ることになると言います。じゃあ参加したら70年になるのかと言うと,ならないですよ。こういうことは交渉次第です。日本は交渉力が弱いという人もいますが,そうではありません。

1980年代に,日米経済摩擦というのがあって,アメリカのレーガン政権と日本の中曽根政権でやりあいまして,日本はアメリカへの輸出を抑制しろと言われたんですが,別にアメリカが嫌がっているものを押し付けたわけではない。質が良くて安いから売れただけの話ですよね。日本は,実際はあの交渉でほとんど妥協していない。内需を振興することを約束したけれど,それほど内需も増えていません。要するに何事も交渉次第で,日本の国益に沿わないものはNOでいいんです。

何よりも今,アメリカは国力が弱っています。TPPに反対する人は,TPPはアメリカのアジア戦略だと言います。中国は2020年にはGDPでアメリカを抜きますから,アメリカはこれを阻止したい。日本をTPPに入れて,中国の孤立化を図りたいということですね。これがTPPの一番の狙いだと言われていますが,これは全く外れています。タイとかマレーシア,フィリピン,こうした主だった国は全くTPPに入っていない。入っているのはオーストラリアやベトナムなどで,アメリカ以外に大国は入っていません。つまりアメリカの戦略は全然うまくいっておらず,焦りに焦っているんです。

ですから,TPPに入ることで,中国や韓国にも働きかけてTPPに入れるとか,APEC,ASEAN+3といった枠組みを活かして,アメリカと中国の橋渡しができます。こういう風にしないと日本の将来はありません。今日本も力が相対的に弱っていますので,あと2~3年すると国際的にも存在感が薄くなるかもしれない。今のうちに,中国とアメリカの中を取り持つ役割を果たすべきじゃないか。そのためにもTPPは主体的・積極的にとらえるべきだと思います。

皆さんの関心が高いのは,今の不況・円高をどうするかという問題ですね。円高は,円が,日本の経済が強いからではありません。アメリカとヨーロッパが弱すぎるから結果として円高になっています。特にヨーロッパのユーロが,がたがたになっています。ご存じのように,ギリシャの財政が悪くて,国債がとても多い。このままだと破綻します。その原因は,ギリシャやイタリアで政府が国民に対して弱すぎるということです。ギリシャでは4割が公務員と言われ,彼らをくびにできないし,給料も下げられません。だらしないことに税金も全然取れません。最近,ギリシャ政府がヘリコプターで航空写真を撮ったら,プールのある家がたくさんありました。プールがあると,本来それに税金がかかるんですが,それが全然取れていない。こんなギリシャをユーロに入れたことが,そもそも間違いなんです。フランスやドイツ,特にドイツがギリシャの救済のために資金を出すことになりますが「どうして怠け者のために自分たちの税金を使うのか」という議論が起きています。しかし,ギリシャの首相が代わり,何とか支出を抑えて,ユーロはもつ可能性が出てきました。

一方アメリカは政府の負債は大きいですが,GDPに対する率で言うと日本の半分です。それではなぜドルが暴落するのかと言うと,オバマ大統領への信頼があまりにも弱くなっています。二大政党の民主党・共和党のうちで民主党は社会民主的な政策をとっていますが,オバマは少し社民主義をやりすぎていると言って,共和党が大反対しているんですね。10%近い失業率になっているのが,オバマの政策の失敗だとして,共和党が批判している。現状のままだと,オバマの再選はないと言われています。

一方で野田首相にはもともと別に期待はないですから,期待外れということもありません。ですから欧米との比較で,相対的に円が高くなるわけです。

しかし,今後むしろ心配なのは円高ではなくて,極端な円安に振れることではないかと思われます。ユーロはこの先1年から1年半で安定すると思いますし,アメリカも来年の大統領選で共和党が勝てば安定するでしょう。だから3~5年後に,今度は円が暴落するのではないかと言われています。日本政府には1千兆円を超える借金があります。これが返せなければ信用されない。それで今,国債の価格は徐々に下がりつつあります。 

民主党は東日本大震災の復興のために所得税と法人税で10兆円の増税を計画しています。そして2015年ごろには消費税を10%に上げる計画です。民主党の政調会長や幹部は「世界に向かって,日本が増税できることを示さなければ」と言っています。そのための増税なんですね。

私もやはり増税はやむを得ないと思います。増税に反対しているのは,自民党と民主党の反主流派,いわゆる小沢グループですね。増税に反対する資格は自民党にはないと思います。景気が悪くなっても増税も歳出カットもできず,1千兆円の借金を築いた責任は自民党にあるわけですから。ただ民主党が増税を主張しているから反対しているだけです。小沢グループは主流派を揺さぶるための反対で,政治的なものです。

円高についてですが,円高を防ぐために為替介入をするといいますが,介入しても円安にはなりません。円安にする術はないんです。だからここはむしろ,円高をどう利用するか。円高のメリットをどう得るかということを追求した方がいいですね。円高で輸入品は安くなって,石油・石炭・ガスといったエネルギーを安く買うこともできる。それにM&Aで海外企業を安く買収することもできます。

一方で,大きな問題は,空洞化です。日本の法人税はもともと高い。40%ですが,中国や韓国は25%,シンガポールはたった17%ですよ。これに加えて円高でもっと高くなる。そして労働賃金も上がります。それで空洞化現象が進みます。これが最大の問題でしょう。かつては大企業が生産拠点を海外に移しましたが,今は中小企業も海外に出て行っています。中小企業がこれまで海外に出られなかったのは2つ理由があります。

1.ニーズ等の情報がない 

2.資金がない。

しかし今,経済産業省が海外進出を促進しています。今,信用金庫が資金を貸す先がなくて困っている。そこで去年から信金グループが海外の銀行と契約して,ニーズをつかみ,海外で中小企業に資金を融資しようとしています。これで中小企業の海外進出がどんどん進むでしょう。そこで空洞化問題はもっと深刻化しますが,ここで発想を転換することが重要です。

昭和の時代に3回の戦争がありました。満洲事変,日中戦争,太平洋戦争ですね。これは何なのかと言えば侵略戦争です。当時,世界の先進国はすべて侵略戦争をしていました。侵略戦争に勝った国を先進国,負けた国を植民地というわけです。日本も欧州諸国の真似をして侵略戦争をしていたわけです。太平洋戦争というのは,侵略国どうしの最終戦争だったんですね。それで日本は負けた。

先進国は侵略戦争をどうして起こしたか。マルクスの「資本論」によりますと,労働者の安い奴隷的労働を資本家が搾取する。それで労働者が革命を起こすわけです。ところが,実際には資本主義が発達した先進国ではなくて,ロシアとか中国などの農業国で革命が起きました。どうして先進国で革命が起きなかったのか。それは侵略戦争をしたからです。

先進国の資本家が,革命を起こさないために侵略をして,本国じゃなくて植民地の労働者を使ったわけです。つまり,安い労働力を得るために侵略をした。これが一つ。二つ目は,作った製品を売る市場として,植民地を利用した。三つ目に,植民地で天然資源を獲得した。日本の場合は満洲の炭鉱が欲しかった。これらによって,国際的に貧富の差が広がりました。それが第二次大戦後,植民地がどんどん独立しました。それでも植民地はすべて奪い取られていますから何もない。それで旧植民地は貧しい状況が長く続きました。

こうしたことを踏まえて,今の日本の現状をどう見るか。産業の空洞化が続いて,いちばん困るのは雇用の問題です。学校を卒業しても就職できない。雇用がない。これをどうしたらいいか。私は実はこれは大変じゃないと思っています。

経済産業省の元事務次官で資源エネルギー庁長官,中小企業庁長官などを歴任した望月晴文さんは「今ほど日本にとって経済環境のいい時期はない」と言っています。日本は太平洋戦争に負けて,そのあと侵略戦争をやっていない。にもかかわらず,今侵略戦争に勝ったも同然の状態だと言うんです。侵略戦争は,世界の安い労働力を使う,マーケットにする,それから資源。これが侵略戦争の目的ですね。ところが今,日本企業はどんどん海外に進出して,安い労働力を使っています。そして日本で作ったものを中国などアジアの国にどんどん売っている。それから,円高で資源が安くなっている。つまり,侵略戦争の目的三つを満たしている。だから侵略戦争に勝ったも同然の状態と言っているわけです。

それでは雇用をどうするのか。これも心配ありません。満洲事変を起こした後,日本政府は過密な人口を満洲へ移そうとした。その時の人口は6千万人です。今は1億2千万人。超過密なんですよ。1千万や2千万減ったって問題ありません。そして日本は技術力が世界最高なんですよ。

たとえば,中国の人たちが買い物に行く。部品がメイド・イン・ジャパンじゃないと買いません。原発の技術も日本が世界最高です。原子炉の中の圧力容器の70%は日本製です。原子炉が壊れると,修理の注文はほとんど日本に来ます。つまり,問題の原子力発電所ですら,日本の技術は非常に強い。アメリカの兵器の部品も日本製が多いです。「見えない戦闘機」の塗料も日本製ですし,ミサイルの部品も日本製が多いんです。

問題は,素晴らしい技術を持ちながら,製品にできないところです。たとえばインテルの半導体も,部品は70%は日本製なんです。それなのに,iPadやiPhoneといった製品はどうして日本から生まれないのか。ここに大きな問題があります。

一つには,日本人の民族性なんでしょうが,今まであったものにNOと言えない。先輩や上役に対してNOと言えない。これが最大のネックですね。トヨタ自動車ですらダメなんです。

たとえばトヨタ自動車の社長が,2007年まで,レクサスの大量生産を命じていました。副社長以下全員,問題があるとわかっていたんです。しかし誰も言えなかった。2008年にリーマンショックが起きましたが,アメリカが破綻することは,数年前からわかっていたんですね。それなのに社長はわかっていなくて,誰もそのことを言えなかった。創業家の豊田章一郎さんが,誰かからそのことを聞いて,社長を辞めさせて,それで生産が止まりました。こういうことはどこにでもあります。

たとえば,鳩山元首相が,普天間の基地を最低でも県外に移すと言った。移せるわけがないのに。これも,周囲が誰も進言しなかった。官房長官だった人も「首相の意見が間違っていても,その意見を実現するために動くのが官房長官の仕事だ」と言っていました。

企業でもそうですよ。部下はトップの言っていることが間違っていても,「間違っている」と言えば飛ばされますからね。反対できません。ダメだとわかっていても頑張るんです。本当に怖いことですね。日本はこの風潮がとても強いんです。

このような風潮もあって,日本は部品が強くても,製品化に失敗することが多かった。しかし最近では日本製品は,部品のまま売れるようになってきました。たとえばシャープですが,液晶の技術が世界一でした。それでかつて,自社製品のテレビに液晶を使おうとして失敗しました。一方,液晶専門の部品メーカーになって成功したのがサムスンですね。ところが最近はシャープが素晴らしい高品質の液晶を開発して,また盛り返しています。半導体も日本の東芝や日立が素晴らしい半導体を作り始めた。値段じゃなくて,また品質がものを言うような時代になってきた。品質を追究すれば,空洞化を跳ね返して日本で十分勝負していける時代になるんじゃないかと私は思っています。

高品質で勝負するというのは,付加価値の高い製品をどう作るかということですね。セブンイレブンの鈴木敏文さんと私は親しいのですが,数年前にセブンイレブンがチャーハンを発売した。これも1年半かけて,家庭の味に負けないチャーハンを作り出してヒットしました。

京都では,京セラの稲盛和夫さんは,もともと碍子の会社に勤めていました。素晴らしいセラミックを開発して独立しましたが,日本の会社はどこも相手にしなかった。日本は「顔」の社会ですから,「稲盛なんて誰も知らない」ということで,相手にされなかったんです。それでアメリカに売り込みに行きました。そうしたらテキサス・インスツルメンツが採用してくれた。それでアメリカで売れるようになって,アメリカのコンピュータに入って,日本に輸出されるようになりました。日本の企業が,「京都セラミックというのは日本の会社ではないか」ということになりました。日本で最初に買ったのが松下です。ところが松下らしく,これで作ったら赤字になるような値段を提示してきた。稲盛さんは「もう少し何とかならないか」と言ったが,松下側は「赤字になるかどうかはそちらの問題だ。こちらはこれしか払わない」という返事でした。そこで稲盛さんは合理化に合理化を重ねて,何とか赤字にならないようなコストにまで抑えたそうです。それで「松下が買った」ということで,日本中の会社が買うようになりました。

このように,日本の技術の可能性は高いものがあります。付加価値をどのように付けて世界に売っていくかが最大の課題です。そのためには,話を戻しますが,アメリカともアジアとも仲良くしていかなければなりません。

最後に,日本には世界一が三つあります。これを申し上げて,お話を終えたいと思います。

第一に,こんなに自然に恵まれた国はありません。山林が日本列島の65%を占めています。こんな国は世界の先進国にありません。非常に自然に恵まれ,さらに周囲は海に囲まれています。日本は国は狭いのですが,領海と排他的経済水域を合わせると世界6位なんです。

第二に,世界の先進国で異民族に征服されたことが一度もない国は日本だけです。唯一,太平洋戦争後の占領がありますが,これも非常に紳士的な占領でした。平和で,宗教戦争もありませんでした。安全で,女性が夜出歩くこともできます。

第三に,世界一健康な国です。高齢化が進んで困ったことのように言われていますが,高齢化はいいことに決まっています。男性が平均寿命80歳,女性が86歳ですね。

日本は世界一健康で,世界一平和で,世界一自然に恵まれています。こんな日本をもっと世界にアピールすべきだと思います。日本の将来は決して暗くはない。このことを申し上げて,私の話を終わります。