アスファルトから立ち上る蜃気楼や,額からとめどなく流れる汗が視界を遮る。車内の気温は50度を超えているだろうか。ハンドルを握りながらも次第に薄れていく意識を,エンジンの爆音が呼び戻す。「9時間耐久レース」は酷暑との戦いだった。そんな中,1972年式「アルファロメオ」は着々と周回を重ねた。教職員を中心につくる「KCGレーシングチーム」のドライバーは11人。車に刻まれた「kcg.edu」の名を誇りに,次々とたすきをつなぎ,見事,メーンポールにKCGフラッグをはためかせた。
2006年8月6日,兵庫県のセントラルサーキットで開かれた「Euro&クラシックカーによる2006 夏の9時間耐久まつり」には,全国各地から自慢の愛車を携えたドライバーが集合,15チームが,9時間に及ぶ長時間で全長2802メートル・右回りの国内公認レーシングコースを何周できるかを競う過酷なレースに挑んだ。KCGチームはA-7クラス(1975年までに製造された日本および欧州製のクラシックカー部門)に出場した。
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大会前日までのミーティングで確認した目標は「まず出場,そして完走」だった。11人のドライバーと,それを支えるスタッフは合わせて15人余。目標を成し遂げるために重要なのは何よりもドライバーと,そして車の「体調」維持。ドライバー交代や燃料補給などピットインのタイミングはもちろん,メカニック,ピットとドライバーとの連絡方法,食料や水分の十分な準備なども大切だ。
怠ることなく入念に,慎重に。ミーティングは何度も重ねられた。
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まだ日の出から間もないサーキット。太陽は分厚い光を携えながら,ようやく首をもたげてきた。朝日を受けながらの予選の成績は9位。出だしは上々だ。しかしこの後,思わぬアクシデントがKCGチームを襲った。
車が動かない。エンジンが何の反応も示さない。数人の手で押されてピットインしたアルファロメオ。はや,酷暑に敗れてしまったのだろうか。決勝のスタートまで時間はあとわずか。場数を踏み緊急時には常に冷静なメカニック担当者も,この時ばかりはこれまでのアクシデントとは様相が異なる。額に光る汗は,単に暑さのためだけではなさそうだ。
時は刻々と過ぎる。「スタート」。遠くで響く無常のコール。アルファロメオはなおピットでボンネットを大きく開いたままだ。ピット前を車が何度も爆音をとどろかせながら過ぎ去っていく。焦るメカニック担当。
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「かかった」。アルファロメオは,普段の重厚なエンジン音とはいかないまでも,ようやく息を吹き返した。スタッフからは安堵も交じった歓声。「よし。スタートだ」。KCGチームがコースにその勇姿を現したのは,他の車がスタートして1時間15分後。ライバルの中には間もなく40周に迫る車もあった。
水銀柱はぐんぐんその高さを増し,いつのまにか33度を超す。その暑さを切り裂くようにアルファロメオの快走が始まった。ライバル車を横目に,周回を重ね,2分を切るラップを次々と刻む。一方,ピット作業も快調だ。点検,ドライバー交代,給油…憎らしいほどスムーズな人の流れ。アルファロメオは時をとめることなく,すぐさまコースに舞い戻る。抜群のチームワークがなせる業だ。
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そしてついに「その時」がやってきた。スタートから間もなく7時間。記録を伝えるボードにKCGチームが「周回134」を記した瞬間,順位がひとつ突き上がった。もうこのクラスのこれより上の欄に車名はない。「トップだ」。ピット内にいるスタッフから歓声が沸き上がった。1時間を超える出遅れ。それをものともせず,一歩ずつ,一歩ずつ力を合わせながら手繰り寄せたトップの座。「いける」。確かな手ごたえを感じ取ったスタッフは,一方で「これからが本当の戦い」と言い聞かせた。
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日は徐々に傾きを増し,次第にオレンジに色づいてきた。各車はすっかり長くなった影を引きずりながら,爆音を山に響かせ過ぎ去っていく。間もなくスタートから9時間,終了の午後6時が近い。KCGチームのメンバーは疲れの色を隠せないが,アルファロメオはその後も快調に首位を突き進んでいる。
チェッカーフラッグがはためいた。クラス優勝。まさに快挙だ。悠然とピットに戻るアルファロメオ。そのまばゆい車体が姿をみせると,スタッフが総出で惜しみない拍手を送った。笑顔,笑顔。目標を成し遂げたスタッフの顔を夕日が照らす。
表彰式のメーンポール。194周をつないで走りきったスタッフたちが笑顔で台に上がり,KCGフラッグを掲げた。9時間の長きにわたる過酷なレースを戦いきったKCGチーム。その誇りと自信をしっかりと胸に刻んだ。
KCGチームがレースで使うアルファロメオにこのほど,「データロガー」が搭載された。レース時のアクセル開度,縦Gや横G,スピードなど,いろいろな情報がコンピュータに記憶され,波形にして見ることができるという優れものだ。
ドライバーが,どこでタイムロスをしているかが一目瞭然。次回のレースの参考になるばかりか,京都コンピュータ学院自動車制御学科にとっても生きた教材となるだろう。
奥が深い自動車。コンピュータを駆使して,さらに好成績を残しそうだ。