工業化社会を「専門家の時代」― イヴァン・イリイチ(*1)によれば,「産業主義的」に制度化された「専門家」が社会をリードする ―と呼ぶならば,21世紀高度情報化社会は,「非専門家の時代」となるだろう。あるいは,ならなければいけないと思う。
イリイチは,工業化社会を指して「産業主義的」といい,また「専門職帝国主義」の時代とも呼んだ。その社会では,「人々は未来を思い描く仕事を専門的エリートに譲り渡してしまいがちである」(*2)。人々は自分の人生を,「専門家」の手に完全にゆだねてしまう危険の中にいるのだ。
したがって,「専門家」ならざる民衆の一人一人の手に,自らの人生を設計する力を取り戻すこと,これが今後我々にとって最重要の課題となるだろう。そのための方策を提示したものが,イリイチの著書であり,それは,いわば「非専門職のススメ」である。
これから私は,イリイチを手引きにして,21世紀に生きる若い人たちに,「非専門家」として働く道を提案したい。
工業化社会では,専門家と専門家ならざる民衆との双方が,「専門家」の観念に縛られている。しかし,21世紀に働き始める若者は,工業化社会とは大きくその性格を変えた,新しい社会に出て行くことになる。脱工業化社会,すなわち高度情報化社会に生きる人たちは,工業化社会に働く人の理想であった「専門家」とは異なる理念の下で働くべきであろう。
まず,若い人たちが,「専門家」,すなわち「生涯ただ一つの専門職を守り通す人」,という固定観念から自由になった処で,自己の人生設計を考えるなら,もっと広く豊かな人生が期待できるのではないか。「生涯をかけたただ一つの仕事」という観念の呪縛をすりぬけ,選択肢として,年齢の進みとともに仕事も変えていき,生涯に三つ四つの仕事をする,こんな道を視野に入れて,将来の設計を立てることを考えてはどうだろう。
特に,情報技術者の場合,迅速をきわめる技術革新により,それにつれてまた技術分野の迅速な拡大発展により,同種の仕事の継続は望み難いところであろう。
もちろん,一つの仕事を続けることに比べて,経済的に大きく不利にはならないという条件は必要だろう。しかし,そもそも現在では,「専門家」として一つの仕事を続けていくこと自体が難しくなり,またもし続けたとしても,そのことが必ずしも有利とはいえない状況になりつつあるのではないか。
「専門家」も「天職」もその概念の根底に,「自分にとって唯一の仕事」という観念を宿している。この「たった一つ」の思い込みから逃れることがまずもって,必要である。(大人の目にはどう見えようと,若者たちも,たとえ無意識にであっても,「生涯続けるべき,一つの仕事」という観念に縛られていると思う)。
現在のところ,仕事の観念は,どんどん「やせほそっている」のではないか。実際,個々の仕事について,我々はどれほど生き生きとした,イメージをもっているか。「専門家」という名の下に,実際の仕事の内実に関するイメージはますます矮小化され,希薄なものとなってきているように思われる。これもひとえに,民衆からかけ離れた,「産業主義的」に制度化された「専門家」の増大によるものではないか。
こうした傾向に歯止めをかけ,仕事の観念の豊かさを回復することが求められる。それを可能にするのが,情報の力ではないか。
バブル崩壊後,振り返って90年代を指して「失われた10年」などと評論家はいう。しかし,今まさにスタート台に立った若者にとっては,彼らの人生から「将来」が失われたような,そんな印象さえ持っているのではないだろうか。おしなべて,20歳の若者にとっては,40歳の自分の姿,50歳の自分の姿を思い描くのは,一つ前の世代と比べても,難しくなってきたのではないか。しかし,いつの時代でも,人が「生きがい」をもつためには,「将来はきっと今よりも良くなる」という,確信に近い期待がどうしても必要なのである。
若者は,「自分が自分の主役になれない悩み」をかかえているといわれる。ところで「自分が自分の主役」になるためには,なによりもまず,自分の価値を自ら認める自己承認が必要であるが,そのためにはかえって,他人から承認される必要がある。山崎正和氏の言を借りれば,「本来,人間はたんに所得によってではなく,他人の承認によって生きがいを覚える動物である」(*3)。
「自分が自分の主役として」生きてゆくためには,他人との間で「相互承認」が必要であり,それも,日々の暮らしの中で,相互承認がどうしても必要なのだ。とするなら,働き方も自ずから,工業化社会とは異なるものが考えられるのは当然であろう。前記の山崎氏によれば,相互承認を求めるがゆえに,「対人職業」を希望する若者が増えているといわれる。そして,今後こうした「対人職業」の評価を上げることが大切だと主張される。
若者には,「働く人」のモデル(手本)が見つからないのではないか,自分もああいう人になりたいという理想の人物像がもてないのではないだろうか。(概して,年長者に興味関心を持たないといえるかもしれないが)。個々の仕事の内実についてのイメージが,どんどんやせ細っているのも当然の結果であろう。
それに関連して,若者たちには,働く上の「ルール」を知らないことからくる,不安も大きいのではないだろうか。そもそも,マスコミをにぎわす大会社の「事件」は,働く大人の間でも「ルール」がうまく機能していないことを示している。そうした事態を,たとえ漠然とにしても見聞きする若者たちにとって,「ルール」を知らぬことに由来した,働くこと一般に対する不安が広がってもこれも当然であろう。(時には,「ルール」について,浅薄な理解に基づく大きな誤解もあるだろう)。
現代は情報があふれている社会だとよくいわれる。ところが,以上のような「モデル」,「ルール」に関する情報は,ほとんど伝わらないのが実情である。とすればこれは,それを知らない若者に,一方的に責めを負わせる問題ではない。情報化社会そのものに課せられた問題であろう。
―「働きがい」には「公共性」が必要である。
ドイツ生まれの政治思想家ハンナ・アレント(*4)はその著『人間の条件』の中で,人間の活動力を以下のように分類している。
一 生命をつなぐための「労働」。
二 〈工作人〉(ものを作る人。職人)の「仕事」。
三 社会の中での,社会の一員としての「活動」。
「労働」は生きていくための必要に迫られたものであり,当の人間は〈労働する動物〉と呼ばれる。「仕事」はものを作る人,〈工作人〉の働きであり,それは本来的に,(目先の)目的を達成するための手段として,つまり有用性のゆえに存在するものである。これに対して,「活動」はまた「活動と言論」とも呼ばれる社会的活動であり,それが「行われるためには,その周囲に他人がいなければならない」(*5)。
「労働」も「仕事」も,「私的」な性格をもつ。ところで,「完全に私的な生活を送るということは,なによりもまず,真に人間的な生活に不可欠なものが『奪われている』deprivedということを意味する」。つまりそれは,「他人を見聞きすることを奪われ,他人から見聞きされることを奪われる」のである。したがって,「労働」と「仕事」に「欠けているのは他人である」(*6)。
これに対し,「活動と言論」によって初めて,「公的」な領域が現れる。公共領域とは「私たちを一緒に集めるけれども,同時に,私たちがいわば体をぶつけ合って競走するのを阻止」(*7)するかたちで,人と人との間に存在するものである。ここに初めて人間が,社会的動物としての人間となるのだ。この状態は神にも野獣にも不可能な,人間だけに特有なものであり,それを可能にするのが「活動」である。人間が人間としての特有の「働きがい」を得ようとすれば,「公共的」なものが必要なのである。
イヴァン・イリイチの場合,「働くこと」は次のように分類される。
一 奴隷の「労働」。
二 制度化された「操作的な働き」。
三 「自立共生的(コンヴィヴィアル)な仕事」(*8)。
「労働」については説明はいらないだろう。「操作的な働き」とはなにか。産業主義的社会にあっては,「機械を操作し,雇傭にともなう希少性のある特権を得る権利は,資格づけの処理を前もって消費することによって取得されねばならない」(*9)といわれる。学校制度の中で,時間とお金をかけて勉強することにより,特権的な(機械を操作する)資格を取得し,ここに「専門職」が誕生するのである。
それに対して,イリイチは,反産業主義的(反工業化社会的)な,したがって反専門職的な「自立共生的(コンヴィヴィアル)な仕事」,すなわち,「非専門職」の復権こそが,働く理想であると主張する。
イリイチは「専門職」の弊害の典型例として,医療を取り上げる。
「西欧の医師は原住民がそれと共生して行くことを学んでいた疾病に薬を濫用した。その結果彼らは,現代医療も生得の免疫も伝統的な文化も対抗できないような新しい系統の病気をつくりだした」(*10)。
さらにはまた,「人々は自分が病気だと言明する権利を失ってしまった」(*11)という。我々は,医者に病気だと認めてもらって,初めて病人になれる。当然のことながら,医者の「専門分野」に入ってこないものは病気ではないことになる。
総じて,「専門職」がわれわれの生活のすべてをコントロールしているのだ。彼はその事態を指して「専門職帝国主義」と呼ぶ。
「国家と多国籍企業は,拡大する国際的な専門職の帝国の手段と化している。専門職帝国主義は,政治的支配や経済的支配が打倒されたところでさえ凱歌ををあげている」(*12)。
そこでは,一般の民衆だけではなく,実は専門家さえも「専門職」の犠牲であろう。政治上の帝国主義と同じく。
イリイチはこの事態に,「非専門職」を対置し,その復権を唱える。
「非専門職化とは,天職の自由と,病人が資格を持った医師の疑似宗教的な権威から得ている時折の元気づけとを,改めて区別し直すことを意味する」(*13)
人間がそのもって生まれた,多様多面的な力の一々を,それぞれ十分に発揮するかたちで働く時に,必ず得られるであろう自己伸長の経験こそ,天職に固有のものである。そこには自由があり,よろこびにあふれたものとなる。それに対し,絶対的な権威をまとう「専門職」としての医師からさずかる元気づけは,患者にとって決して真の解放,自由ではなく,真正のよろこびとはならない。「非専門職化」とは,「専門職」を越えて,そうした真に自由な,人間的な世界を目指すものである。
「人々は生まれながらにして,治療したり,慰めたり,移動したり,学んだり,自分の家を建てたり,死者を葬ったりする能力をもっている」(*14)。
「自分が鍛冶屋にならなくても,鍛冶屋の仕事を十分に理解することはできる。食べ物の調理法を知るのにコックになる必要はない。ひろくわけもたれた知識と,それを活用する能力とのこういった結合は,自立共生的な道具が優越する社会の特徴である。」(*15)。
「自立共生的道具とは,それを用いる各人に,おのれの想像力の結果として環境をゆたかなものにする最大の機会を与える道具のことである」(*16)。
「専門職」を越えて,「非専門職」の自由さを実現するためには,「コンヴィヴィアリティのための道具」が必要である。
「人々は自分のかわりに働いてくれる道具ではなく,自分とともに働いてくれる新しい道具を必要としている」(*17)。
「自分のかわりに働いてくれる道具」を使うのが「専門職」の「操作的な働き」であり,「道具とともに働く」のが「非専門職」である。ところで,パソコンがそんな道具になる可能性はないだろうか。
初期のパソコン開発者リー・フェルゼンシュタインは「コンヴィヴィアリティの道具」というこのイリイチの思想に大きな感銘を受けて,“SOL”や“オズボーン1”を開発したという(*18)。パソコンという,けたはずれに強力かつ魅力的な機械を,「非専門職」としての働きの道具,真に「自分とともに働く道具」へ方位を定めることが求められているといえよう。実際,「専門職」としての情報技術者も現実に存在している。そして,後者の情報技術者を無視することはできない。さらにいえば,この分野では,「専門職」と「非専門職」の区分は,はるかにあいまいになってきているのではないか。他の分野に先駆けて,全体として「非専門職化」してゆくことが期待できる。それこそが脱工業化社会としての,高度情報化社会の値打ちであろう。
将来の人間は「他の諸職業のいだく関心もやしなうとともに,他の諸職業の行う活動も追求しながら,多職業的になる方向に進むであろう。一人の人間のもつ,すべての能力を発揮する方が,職業や地位を表示するバッジを手に入れるより重要になるであろう。」(L.マンフォード *19)。
「多くの職業をこなす人間」のイメージとは,「20代,30代,40代,50代と,年齢とともに職業を変えてゆく」ものではないか。(単に,管理職になってゆくだけではなく)。過去の経験をもとに,全く新しい仕事に新たに挑戦し,自己のうちに隠れていた力を発見してゆく道であろう。そんなことが考えられないか。
前に述べたように,若者が職業を選べない,なにをしたいか分からないのは,「生涯続けるべき,一つの仕事」という固定観念によるところも大きいのではないか。それが「専門職」のイメージであり,これに対し,「非専門職」のイメージはというと,素人,未熟練工になりそうだ。しかし,柳田國男にはこんな言葉が出てくる。
「家業と職業との二つの語には,前にはかなり明瞭な区別があった。職はそれぞれの技術に拠った生き方であるゆえに,多能な人ならば何度でも変えてよかった。たとえば鉦打聖の七変化などといって,七つの職業を毎日のように,ちがえてやってくるものさえあった」(*20)。
一つの仕事も完成できないのに,三つ四つとは何事かという非難もあろう。これは,一生をかけて一つの「作品」をつくり上げるのが万人の理想であるべきだという考えによる。しかし,これがいかに実際の人々のいとなみからかけ離れていることか。「自分の一生をかけた作品」の実感を持てない人がいかに多いか。「三つ四つの仕事」とは,三度四度と,人は一から始められるということなのだ。
「人間である以上止めることができないのが,この創始(イニシアティブ)であり,人間を人間たらしめるのもこの創始である。」(ハンナ・アレント *21)。これこそが人間のしるしなのだ。他の仕事を通して得た経験が役立たないはずがないだろう。仕事を通してつくり上げた人間性が役に立たないことがあろうか。(もし役に立たないとしたら,それは現在の働く環境がよくないことを示すものではないのか)。同種の仕事を続けながらスキルアップして,より給料のいいところへ移るだけが唯一の道ではないのだ。
人はいくつもの力をもっている。人の一生とは,そうした種々の力を一つ一つ発揮してゆくことではないのか。たまたま出会った,あるいはあてがわれた,たった一つの仕事で一生を終えることより他に,我々にできることはないのか。働くことが生きることの中で占める割合を考えるなら,三つ四つの仕事をすることはまさに三つ四つの人生を生きることではないのか。30代40代で新しいことにチャレンジできる若さ,精神の自由さこそが生きている証ではないだろうか。
高度情報化社会だからこそ,新しい仕事に挑戦できるといえる。働く人たちが一人一人個人的に,頭の中に情報(ノウハウ)を蓄えている時代には,新人は,ベテランのたどった道をもう一度忠実に後追いするより外に道はなかった。ベテランに追いつき追い越すことは,至難の業であった。したがって,いつでも,新たに別の仕事を始めようとする時,まず問題となるのは当の仕事に関する情報であろう。全く情報をもたないで仕事を始めることはできないし,そんな状態ではまず,始める意欲もわいてこないだろう。
ところで,高度情報化社会は,本来の傾向として,情報の私蔵を排し,情報の共有化から,さらに情報の公共化をめざすものである。(ここで取り上げている情報は,単なる「マニュアル」だけを考えているのではない。「マニュアル通り」に働くことだけでは,そもそも働く歓びが得られるか。新しい仕事にチャレンジする意欲がわいてくるだろうか)。
情報の共有化,公共化がうまく進むならば,多くの人に,新しい仕事にチャレンジする可能性が開かれてくると思われる。その意味で,情報技術者に期待されるところは大きい。
「中卒7割,高卒5割,大卒3割」といわれる。就職後3年以内に離職する割合である。自分の希望と違うといって簡単に仕事を離れる若者に対して「いまどきの若い者は」という叱責の言葉がつねに聞かれる。
しかし,この議論にはおかしいところがあると思われる。非難する大人は「明確な希望をもて」といい,離職する若者も「これは自分の希望ではないから辞める」という。大人も若者もともに,「明確な(たった一つの)希望」が可能だと考えているのではないか。その限り,ここにも「専門家」の観念が影を落としている。
実は,希望はいつでもあいまいであり,ぼんやりしているものではないか。その限り,「希望がはっきりしていないのはおかしい」という大人たちの非難はあたらない。同時に「自分の希望と違う」という若者の方にも問題がある。希望は(少なくとも)最初はぼんやりしているものだ。その時「自分の希望と違う」とはどういうことか。それは実は希望ではなくて,目先の欲望,期待というものではないのか。いくらいくらのお金が,あるいは自由になる時間がほしい,今すぐ注目されたい,もっと楽な仕事がしたい,ベンツに乗りたい・・・これらはすべて希望ではなく,目先の欲望である。たとえば,宝くじにでも当たればすぐにでも実現可能なものは欲望であって希望ではない。手にとって目の前にもちだすことができるのは欲望であって希望ではない。希望は,もっとぼんやりしているからこそ希望ではないか。目前の欲望に比べてぼんやりしているが,しかし,だからこそ生きる力になるものが希望である(*22)。
あふれる情報は欲望をかきたてはしても,希望を育てる役には立たないことも多い。しかし,希望を育てるのも情報の力ではないか。仕事の内実についてのイメージを豊かなものにすることを通して,情報の力が,希望を育てることも可能ではないだろうか。
ハンナ・アレントにこんな言葉がある。「ある人の「正体」(フー)というのは,その人がなしうることや生産しうるものよりも偉大であり重要であると信じることは,人間的自負にとって欠くべからざる要素である。『医者とか菓子屋とか名家の召使いなどは,彼らがなにをなしたかによって,さらにはなにをなそうとするつもりであったかによってさえ,判断されてしかるべきだ。しかし,偉大な人物というのは,彼らがなにであるかによって判断されるのである』。ただ野卑な人だけが,卑屈にも,自負を自分のなしたことに求めるであろう。このような人は,この卑屈さによって,自分自身の能力の『奴隷や囚人』になるのである」(*23)。
私が生きて行くのであって,仕事が起きて働いているのではない。また,私は〈労働する動物〉でもない。私はホモ・サピエンス〈智恵あるヒト〉である。仕事をしていないと人間ではなくなる? そんなことはないはずだ。なにもしていなくても私のはずだ。
これに対して,「専門職」を離れて,したがって仕事を離れては「専門家」はありえない。皮肉な見方をするなら,「専門家」とは,アレントの言葉を借りれば,自ら望んで「自分自身の能力の『奴隷や囚人』になった人」といえるかもしれない。
「専門職」を越えて,私の内にあるはずの,多様な力を十全に発揮する活動を続ける中で,「私は私だ」,といえる私になりたいものです。
*1 イヴァン・イリイチは1926年生まれ。オーストリア出身で,ラテン・アメリカで活動している社会思想家。
*2 イヴァン・イリイチ著 渡辺京二・梨佐訳『コンヴィヴィアリティのための道具』(日本エディタースクール出版部)。
*3 山崎正和。読売新聞(2000年5月29日)「平等感ある社会へ」より。
*4 ハンナ・アレント(1906~75)は政治思想家。ドイツのユダヤ人家庭に生まれ,後にアメリカに亡命。引用は志水速雄訳『人間の条件』(ちくま学芸文庫)より。
*5 同書。 P.304
*6 同書。 P.87
*7 同書。 P.79。
*8 コンヴィヴィアリティ(conviviality)を,英和辞典でひけば,「宴会」「宴会好き」「陽気さ」等の訳語がみつかる。原義からいえば,「一緒に」+「生きる」,でありそこから「みんな一緒に,陽気に騒ぐ」,「宴会」という意味になってきた。
イリイチは,「専門家」社会を越えた,理想の「新しい社会」を指してこの言葉を使う。そこでは「専門家」が消えて,みんなが「非専門職」に従事し,ともに助け合い,生き生きと楽しく暮らすのである。
こんな言葉が見つかる。現在人類が直面する最大の問題である「環境危機の唯一の解決案は,もし自分らがともに仕事をしたがいに世話しあうことができるならば,自分たちは今より幸わせになるのだという洞察を,人々がわけもつことなのである。」
「ともに仕事をしたがいに世話しあう(「専門家」ではない)人々がわけもつ」といった言葉使いにもそれがあらわれている。
*9 イヴァン・イリイチ 前掲書。 P.61
*10 同書。 P.6
*11 同書。 P.10
*12 同書。 P.80,81
*13 同書。 P.67
*14 同書。 P.102
*15 同書。 P.110
*16 同書。 P.39
*17 同書。 P.17
*18 古瀬幸広・廣瀬克哉著『インターネットが変える世界』(岩波新書)第一章
*19 L. マンフォード著 久野収訳『人間 ―過去・現在・未来』(下)(岩波新書) P.208。
*20 柳田國男『明治大正史世相編(下)』(講談社学術文庫) P.89
*21 ハンナ・アレント 前掲書 P.287
*22 三木清『人生論ノート』(新潮文庫) P.127
*23 ハンナ・アレント 前掲書 P.338