KCGはこれまでに多数の人材をゲーム業界に送り出してきた。有名なゲーム会社のほとんどにKCGの卒業生が在籍し,多くの有名なゲームソフトの開発に何らかの形でKCGの卒業生が関わっている。ゲーム業界は大きく変化を遂げようとしており,その変化に即応しながら,業界の求める人材を育成することがKCGの使命である。今回,ゲーム開発教育に携わっている教員のうち,宇田先生,小西先生,前田先生の3人に,KCGのゲーム開発教育の特色について語ってもらった。
―ゲーム業界の現状をどうご覧になりますか。
宇田 そうですね,私が業界にいた頃と比べると,かなり大きな変化がみられます。まず基本的な確認ですが,ゲーム業界には,自社ブランド名でゲームをリリースする会社ばかりではなく,他のゲーム会社からの仕事を請け負って,ゲーム制作だけを行う会社も多いです。そのような会社では,任天堂のゲームを開発している部屋の隣でソニーのゲームを開発していたりするわけです。逆にゲーム開発は行わず,プロモーション・販売だけを手がける会社もあります。このように一口にゲーム業界といっても多様です。産業界全体で,分社経営ということがよくいわれますが,ゲーム業界でも,元々は一つの会社の販売部門と製作部門が分社化される例もみられます。それから,ケータイ用ゲームやネットゲームに特化した会社なども現れています。通信ネットワーク業界など他からゲーム業界に参入する例が多いですね。
前田 ゲーム開発のスタイルも変化しています。ハード機の高性能化にあわせてゲーム制作が大規模なプロジェクトとして実施されることが多くなりました。ゲーム会社では,やはりヒット商品を出すことが大切で,いかにして売れるゲームをつくるかに必死なようですね。特に小規模な会社であれば,ヒットが出ないと会社の命運にかかわりかねません。ただ制作担当者はマニアックになる傾向がありますので,ともするとゲームの面白さということにこだわりすぎて,面白いアイデアが出ない状態になりがちです。だから,ゲーム会社によっては,制作担当者だけではなく,社員全員でアイデアを出し,採用された人にはボーナスを出すということもされているようです。
宇田 確かにどの会社も必死になって面白いゲームを創ろうとしています。ヒットを出さないと生き残れないという意味で厳しい世界だと思います。ゲーム業界ではここ数年で淘汰された会社も多く,業界全体で再編が進んでいます。世間では不安定な業界だという見方がされることもありますが,今の時代,どの業種でも厳しい競争環境にありますから,ゲーム業界だけが不安定だとはいえないです。会社が万が一倒れたとしても,よいクリエイターは別の企業で活躍できます。
小西 技術さえ持っていれば大丈夫です。ゲーム業界の動向ですが,最近はネットワークゲームなどもありますが,日本では,現状あまり流行っていないです。ネットワークゲームでは,コンピュータと対戦するのではなく,実際に人と戦うことになるわけです。人と戦って,負けるのがいやで,負けたらもうやりたくないという人が多いのではないかと思います。欧米とは異なる文化みたいですね。これに対しては,個人同士の対戦ということを打ち出すのではなく,チームを組んで戦うということを強調して,「共闘」「共有」をキーワードとしてはどうかという考え方もあります。こうしたことも含めて,ゲーム業界では,今後に対して危機感を持ちながら模索をしていると思いますね。そしてゲーム業界では,優秀な人材を常に欲しているといえます。人材不足の状況に変わりはないですね。
―ゲーム業界では,現在,どのような人材が求められていますか。
小西 高い技術が求められていることに変わりはありません。しかも広範囲な知識が求められている。業界で求められている人材となるためには,(1)いろんなことを知っている,(2)特化して一部を深く知っている,どちらかが必要です。ただ,だからといって,20歳そこそこの若い人が,高い技術を持っていないのが普通ですから,当然,ゲーム会社では,潜在的な能力を見ることになります。それでも,全般的にいえば,ゲーム業界では,即戦力・即現場という考え方が強いですから,技術は深く広く有しているに越したことはないです。
宇田 それから,最近の傾向としては,企画力が求められますね。さきほど前田先生がゲームのアイデアを出すことの難しさについておっしゃっていましたが,やはり新しいゲームを企画できる能力を持った人材が求められていますね。ゲームプランナーだけでなく,プログラマ,デザイナーでも,企画力は求められています。
前田 そうですね。お二人の言われたとおりですね。それに加えて,これはゲーム業界に限った話ではありませんが,どの業種でもコミュニケーション能力が求められています。ゲーム制作の現場でもチームで制作を行うわけですから,他のメンバーとコミュニケーションがしっかりとれないとまずいわけです。実際ゲーム会社の採用試験ではプレゼンテーションの試験が増えています。作品をつくるだけではなく,魅力を伝える能力まで必要とされているわけです。
―深くて広い技術力,企画力,コミュニケーション能力,様々な要素が必要とされるのですね。さてこの辺りで,京都コンピュータ学院のゲーム開発系カリキュラムの特色についてお話を伺いたいと思います。まずはどういった人材を育成したいとお考えですか。
小西 1997年にゲーム開発科を立ち上げたときは,ゲームプログラマの養成を主眼としていました。その後,業界からも教員を迎えたりしながら,業界の状況を分析し,ゲーム業界では,優秀なゲームプランナーが必要とされていることがわかりました。ゲーム業界には様々な職種が混在しており,明確な職種の区分があるわけでは必ずしもありません。ただ一般的な分類でいえば,ゲーム制作は,まずゲームプロデューサーといわれるような人がいます。この人は,どんなゲームを作りたいかという方向性を示し,実際にゲーム制作に必要となる資金などの調達を行ったりする役割です。プロデューサーが示した方向性に基づいて,実際にゲームの企画を立案するのが,ゲームプランナーです。ゲーム制作はプロジェクトチームを組んで,何人ものプログラマやデザイナーなどが関わって行われるわけです。ゲームプランナーは,そうしたチーム内外の調整役も務めます。ゲームプランナーには,企画力と調整力が求められます。私たちは,ゲーム業界のニーズを常に見据えながら,カリキュラムを作成しているわけですが,その意味で,今後は,プログラミング教育は基本としながら,さらにプランナーに求められる資質を有する人材も育成していきたいと思います。
宇田 私は,大阪のゲーム会社などでゲームプランナーを務めていましたが,プランナーに求められるのは技術というよりはセンスです。プログラミングは,教員や書物などから教えられながら,スキルを身につけていくことが可能です。しかし,プランナー的なセンスというのは,どうしても実地訓練のなかで身につけていく必要があると思います。
小西 プランナーは,アイデアを考えることが必要になるわけですが,その能力やセンスというのは,理系・文系は問いませんね。実際にプログラマが細かいものをつくる際には,理系的なセンスが求められる部分がありますが,企画の部分では,理系・文系の違いは問題となりません。ただプランナーを目指すにしてもプログラミングのスキルはなければならないと思います。ゲーム開発とは突き詰めていえば,プログラミングの力で不可能を可能とし,夢を具現化することですから。ゲーム開発の基本であり根幹でもあるプログラミングを,おろそかにはできません。
―企画力の養成が大きな課題となると思いますが,具体的にはどのような授業を通じて養成するのでしょうか。
前田 例えば私が担当している「ゲーム設計」などは,企画力の養成そのものを目的としています。これは,実際にゲームの企画書を制作する授業です。学生に卒業生の優秀な作品を見せたりしながら,よい企画書がどのようなものか学ばせ,先輩方にできることが,君たちにできないはずはないと励ましたりします。アイデアを出す段階では,基本的には,自由に発想させますが,市販されているゲーム機を前提にして,アイデアを出させてみたりもしています。そして書きあげた企画書をクラスでプレゼンしてその意図や魅力を伝え,第三者からの評価を受けるためにほかの人から感想や意見を言ってもらいます。そして,最終的には,企画書をゲーム会社に持ち込み,業界で活躍している現役のクリエイターの方々に見ていただいて添削をしてもらいます。これは学生にとってよい刺激になるようです。こうした授業を通じて,企画を実践的に学べるようにしています。KCGの場合は,多くの卒業生がゲーム業界で活躍していますので,その伝統と実績に基づいたノウハウの蓄積の結果,こうした授業が可能なのです。
宇田 私が担当している授業では,極力,自分のプランナーとしての実体験を話すようにしています。雑談風に授業のなかに織り交ぜて話します。授業のなかでの雑談というのは,意外と学生にとって記憶に残るものです。実体験だけではなく,学生誰もが知っているような有名ゲームソフトの現場の人の話を聞いたりしていますので,そうした話を聞かせることで,ゲームクリエイターの姿勢を伝えようとしています。 こうした話は,裏話的なものも多いので,私の授業を受けないと聞けません(笑)。
小西 大抵の学生は,入学当初は,ゲームで遊ぶことが楽しくて,漠然とゲームにかかわりたいと思っています。遊ぶ側で捉えていたゲームというものをプロフェッショナルとしての視点で捉えるようにできるようにしたいと思います。具体的には,ゲームとは何なのかという根本を学生には意識してもらいます。ゲームの面白さとは一体どのようなものなのか,常に考えさせています。例えば,ホラーものなどは人に恐怖を与えながら,最終的にはそれをエンターテインメントにするわけですが,恐怖を与えっぱなしだと忌避されます。どこかでホッとする場面を作ることで,エンターテインメントとして成立するわけです。そういう面白さの本質に立ちかえって話をするようにしています。
―企画力のほかに,調整力が求められるというお話でしたが,その養成に関してはカリキュラム上どのような工夫をされていますか。
宇田 実践を通じての養成を目指しています。ゲーム制作は,①企画②設計③開発④レビューという段階を踏んで行われるわけですが,KCGのゲーム関連学科では,いずれの学科でも,自分のゲーム作品をひとつ完成させることを目標にカリキュラムを構成しています。ゲーム制作の全過程を体験することで,初めて見えてくるものや,身につくものがあります。調整力というのも,その一つだと思います。
前田 実際に作品を作成する過程では,学生は様々な問題を解決していかなければなりません。実際のゲーム業界の現場では,納期が設定され,納期までの完成を目指してスケジュールを組んで制作するわけです。納期にあわせるために,様々な調整が必要になるわけです。学生にとっては,授業の課題の提出期限がこの納期に近いものとなります。提出期限に間に合わせるために,学生なりに様々な調整を行うわけです。わからないことが発生すれば,先生に質問するとか,友人にアドバイスをもらうとか考えながら課題制作を行うわけです。そうしながら,卒業までに自分の作品を完成させ,ゲーム制作の開発工程を学べるようになっています。プレゼンテーションの技法といった営業的な側面までカリキュラムではカバーしていますので,かなり実務に直結した学習ができるようになっています。
宇田 そうですね,ゲーム制作を通じて,実はプロジェクトマネジメントについても学んでいるわけです。実際に作品を制作することでマネジメントを実践的に学べます。
小西 KCGのゲーム開発系学科のカリキュラムは,段階的な学習で最後の作品制作まで至れるように各授業が有機的に連関しています。なかなかこうした有機的なカリキュラムを構築し実践することは難しいことです。最終学年で学習の総まとめとして,それまでに学習した知識や技術を総合する形でゲーム作品を作成します。大学などでもゲーム関連の学科を最近ではよく見かけますが,教員にゲーム開発全般の知識や経験がない場合が多いようです。
前田 ゲーム作品の完成を目標にカリキュラムを構成するのは,意外と難しいことです。特に科目と科目の連関がきちんととれていることが重要です。教員が,自分の担当科目のことだけを考えて,他の教員の担当する科目は関係ないという意識でいると成立しません。私たちの場合は,教員同士で,頻繁にディスカッションし,ミーティングをします。その過程を通じて,科目間の連関を確認し,カリキュラム全体が有機的なものとなるように心がけています。
小西 さらに,授業以外でも学生との対話を重視しています。技術的な質問に答えていると平気で1時間ぐらいたつことも多いのですが,学生の学びたいという姿勢には徹底して対応するようにしています。学生一人ひとりの個性を把握して,教員同士が,共通認識を持って指導することが大切ですね。
―卒業生の就職実績などはいかがですか。
前田 はい。順調に実績を出せています。大手有名ゲーム会社にも採用されていますし,ゲーム会社は,一般的に競争率も高く,就職が困難だと言われているのに対して,しっかりと結果を出せていると自負しますね。KCGの場合は,業界で卒業生が多く活躍していることが,就職のうえでも強みですね。先輩たちが後輩を引き上げてくれるという側面があります。卒業後も度々連絡をくれて,学生の指導に協力してくれたりするのがありがたいことですね。
宇田 そうですね,私がゲーム業界にいた頃も,KCGの卒業生とはよく会いました。私の上司がKCG卒業生だったこともあります。この人脈というのは,おそらく学生にとっても大きな武器でしょうね。もちろん,ゲーム業界で活躍するためには,本人の実力が問われることになりますが,周囲に同窓生がいるというのは心強いですね。
前田 ただ,当然のことながら,全員がゲーム業界に就職できるわけではありません。その点を捉えて,保護者の方などは,自分の子供をゲーム関連の学科に進学させることを躊躇する場合もあろうかと思います。しかし私たちは,元々,ゲーム業界への就職が全てだとは思っていません。もちろん,カリキュラム上は,ゲーム業界で活躍できる人材育成を目指していますが,個々の学生指導においては,学生の個性に応じて柔軟に対応しています。実はゲーム開発を通じて学んだことは,他分野他業種でも活かすことができます。つぶしが効くという言葉がありますが,実際に就職はよい状況です。
宇田 ゲームを入口にしてコンピュータやプログラミングに興味を持つとパターンもあります。実際にゲームからウェブ関連に興味が移る学生も最近みかけます。アミューズメント志向の学生は,ウェブを作品と考えていて,ウェブの世界で才能が開花していく例もあります。なぜそういうことが可能なのかといえば,ゲーム関連の学科では,ウェブの世界でも通用する技術を学べるからです。それから,TV局に就職した例もあります。番組制作もゲーム制作と似た面が多いようです。ゲーム制作で学んだセンスを活かせる職種も増えていますので,早い段階で,本人に進路選択の見極めをさせています。
―今後の学生指導で,先生方が心がけたいと思っている点をお願いします。
小西 私は,自分の専門分野との関係でいえば,学生にプログラミングの楽しさをわからせたいと思いますね。どうも,プログラミングを必ずしも面白いと思っていない人もいる。私たち教員の課題は,プログラミングの面白さをどうやって伝えるのか,その工夫をすることです。プログラムを書いて,コンピュータを自分の思い通りに動かせた時の喜びは,何物にも代えがたいものがあります。実はそれだけではなく,創っている最中が一番楽しいかもしれません。どうやって問題を解決したらいいか考え,試行錯誤している時間です。私たち人間は,プログラミングのときだけではなく,常に考えて生きているわけで,考えるということの楽しさを,学生に伝えたいと思います。
宇田 ゲーム業界は,前提となる技術の進歩が速い分,変化の激しい世界だと思います。いかにしてその動向を敏感にキャッチして,学生の就職に役立つ技術や知識を提供するかが勝負だと思っています。幸いKCGの教員は皆,新しい技術分野にも果敢に取り組み,研究をしています。先日も現役クリエイターの卒業生から聞いた話ですが,今でも,技術的なことでわからないことがあると,KCGの教員に質問することがあるということです。私たち教員が,ゲーム開発の現場と併走し続けることが重要だと思いますね。
前田 私は,ゲーム業界で活躍する卒業生と在校生との架け橋になりたいと思います。ゲーム業界の先輩たちは,優秀な後輩が業界にくることを切望しています。そのための後輩へのアドバイスや支援を積極的に行ってくれる卒業生がたくさんいます。これがKCGの強みです。そうした卒業生から得た様々な有益な情報を学生に還元していくことを特に心がけたいと思っています。現在,世の中に出回っている多くのゲームソフトに何らかの形で,KCGの卒業生がかかわっています。こうした実績を挙げているのが私たちの誇りです。ゲーム産業は,今後の日本の経済や文化を牽引する一つの大きな柱です。そうした広い視点に立って,意義のあることを学んでいるのだということを,学生にも伝えていき,ぜひともゲーム業界に一人でも多くの人材を送り出して行きたいです。