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Accumu Vol.11

すばるをめぐって

京都コンピュータ学院鴨川校校長 作花 一志

フェニキアの王女エウロパは父王アゲノルの自慢の美しい娘で世界中の若者の憧れの的でしたある日侍女達と一緒に海辺で遊んでいたところどこからか真白の牛が現れてきて彼女の側に座り込みましたその牛の背中に腰を下ろすといきなり牛は立ち上がりエウロパを乗せて走り出しました侍女達が追いかけるのを振り切って海に飛び込み沖に向かって泳いでいますエウロパは恐怖のあまり必死で牛の角をつかんでいましたやがてクレタ島にたどり着きそこで牛は正体を現しますそれは神々の主神でオリンポス山の神殿に住んでいるはずのゼウスでした実はゼウスは好色なことでも神々の中でも随一で正妻ヘラの目を盗み美女であれば娘であれ人妻であれ逃さず自分のものにしてしまいますエウロパはクレタ島でゼウスの何番目かの妻として暮らし彼女の名は「ヨーロッパ」の語源となりすべてのヨーロッパ人の母となったということです

上は木枯らしの吹く頃澄み切った冬空オリオンの北に輝く「おうし座」の物語であるヨーロッパ文明の始まりはギリシアであるがギリシア文明の源はクレタ島を中心とするエーゲ海文明であることを考えるとこの物語は文明の光が今のレバノン辺りにあったフェニキアからクレタ島を経てギリシアへ伝わったことを象徴しているようだおうしは荒々しく角を振りかざして突進する姿として描かれていることが多いが実はエウロパを乗せて地中海を渡っているところである

すばる

そのおうしの肩にあたる箇所に他の星とはやや違ったぼーっと光るものが見える目のいい人なら数個の星が分離して見えるだろう双眼鏡で眺めると多数の星々が視野一杯に広がっているのがわかるこれがプレアデス星団で和名を「すばる」という歌や車の名前にも付けられて私達にお馴染みの星だ

「ほしはすばる」とはいうまでもなく平安時代の才女清少納言の「枕草子」の一節だすばるとは「すまる」すなわち上代の人々が好んだ勾玉のことといわれ天の首飾りとはこの星々にこそふさわしい1999年に完成しハワイ島の山頂に設置されたわが国の天文界念願の世界最大級望遠鏡は「すばる望遠鏡」と名付けられた現代の「すばる」は宇宙の果ての珠玉を探しそれをウェブ上で公開している

中国では星は天帝に仕える役人ですばるは昴宿といわれた昴宿星官が孫悟空を助けて大蠍を退治するという場面が「西遊記」に登場するギリシア神話では巨人アトラスと海のニンフ(=妖精)プレオネの間に生まれた七人姉妹という

プレアデス星団の主なメンバー

プレアデス星団の主なメンバーは表の通りすべてB型星で400光年の彼方から青白い光を放つ全メンバーの中で最も明るいのは長姉星アルキオネで太陽の約千倍の光度で輝いている9個の星のうちマイアとメローペはブラシで掃いたように見えるがこれは星の光が周りのガスと塵によって反射しているからだガスと塵はこの二つの星の側だけでなくプレアデス全体に分布しているまた分光型の末尾にeが付いている4個はスペクトル中に輝線が見えるもので星の周囲に広がった高温ガスが付随していることを表すしかもこれらの星は一日足らずで一回転という猛スピードで自転しているので高温ガスは土星の環のようにリング状に取り巻いているだろう母星プレイオネは9個の星の中で最も暗いが時々ガスを噴出することで有名な変光星である星団の年齢はメンバーの最も明るい主系列星のスペクトル型から推定できそれによるとプレアデス星団は生まれてまだほんの数千万年()しか経っていない太陽がすでに50億歳という中年星であることと比べればまだ若くて活発な少女なのだ

最近「すばる」と「浦島太郎」について興味ある話を聞いた彼は助けた亀に連れられて龍宮へ行き鯛や平目のもてなしを受け乙姫様のお婿さんになったことになっているこの物語は室町時代頃にできたらしいが日本書紀によると彼は雄略天皇の22年(5世紀末)7月に丹波の菅川(京都府与謝郡伊根町筒川)から出発したそうだわずか数行の文章の最後の件に「蓬莱山に到りて仙衆を歴りて覩る語は別巻に在り」とある「蓬莱山」とは古来中国人が憧れた東海の彼方にある仙人の郷でこれがおとぎ話では「龍宮」に変わったものらしい「仙衆」については脚注に「昴星が七人の子になって畢星が八人の子になって浦島を見にきた」と書いてあり「別巻」からの引用らしい「別巻」とは8世紀初めにできたがその後失われてしまった「丹後風土記」のことである昴とはすばるであり畢とはおうし座のα(アルデバラン)星やε星などを含む星々を指すとなると浦島を出迎えたのは魚達ではなく星々であり龍宮は海の底や海中の島ではなくおうし座のどこかの星に在ったことになる浦島は亀に乗って海へ行ったのではなく実は宇宙船に乗ってはるか彼方の星まで旅してきたわけだ浦島は龍宮から帰って来たら知らない人ばかりで開けてしまった玉手箱からの白煙で一挙に歳をとってしまうが(この話は日本書紀にはない)これは宇宙旅行中ゆっくりと時間を過ごしたからと考えていいだろう相対性理論では時間の進み方は常に同じというわけではなく光速に近いスピードで運動する系では通常の系に比べ時間の進みが遅くなり歳をとらないだから宇宙旅行をして帰って来ると地球上では何十年も何百年も経っているということが起こり得るこれを誰がいったか「ウラシマ効果」というもっともこの言葉は日本人しか理解できないだろうが

お爺さんになった浦島太郎の最後は不明だが鶴となって大空へ飛び去ったという説もあるやはり彼は乙姫様の住む星へ帰って行ったのだろう憶測偏見に過ぎないが浦島物語は宇宙旅行異星文化ウラシマ効果の貴重な体験記なのだ

参考文献

●坂本太郎家永三郎井上光貞大野晋著 「日本書紀」 岩波文庫 1994

●作花一志中西久崇著 「天文学入門」 オーム社 2001

●佐藤省三著 「天界」2001年10月号(Vo1.917号) 東亜天文学会 2001

関連URL

すばる望遠鏡 http://subarutelescope.org/j_index.html

栗田直幸 http://www.ne.jp/asahi/stellar/scenes/


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作花 一志
Kazuyuki Sakka
  • 京都情報大学院大学教授
  • 京都大学大学院理学研究科宇宙物理学専攻博士課程修了(宇宙物理学専攻)
  • 京都大学理学博士
    専門分野は古典文学統計解析学
  • 元京都大学理学部総合人間学部講師元京都コンピュータ学院鴨川校校長元天文教育普及研究会編集委員長

上記の肩書経歴等はアキューム25号発刊当時のものです