「では,これから知的××支援システムの紹介を行います。」と,ロ火を切りますと,参加者の中から,必ずと言って良い程出てくる言葉は「AIなの?」「AIとの関係は?」「エキスパートシステムと,どこが違うの?」「どこが知的なの?」等々です。非常にストレートな質問が飛び出します。「まだ,何も話し出していないのに理解されては,私の立場が無い」と心の中で思いつつ,紹介を始めます。
ここで,考えることが2つあります。それは,まず,参加者の視点が「知的」という言葉に集中していることです。知的という言葉の響きに魅せられているように思えます。2点目は「知的」という言葉から連想されるものが「AI」であり,知識処理を前提とした「エキスパートシステム」をイメージしている向きが非常に強いということです。しかし,この2点目の理解については,少し補足を要すると思われます。
日本のAI元年と言われた1985年から7年,現在では先進企業において,すでにエキスパートシステムが実用化されている状況にあります。
AIの応用分野を大きく分類すると,エキスパートシステム・自然言語処理・画像/音声理解・知能ロボット・S/W開発支援(自然プログラミング)・知的CAIであり非常に広範囲と言えますが,実用化されているものの大半は,エキスパートシステムのようです。参加者の連想する「知的」→「AI」→「エキスパートシステム」が容易に理解できます。
ここで「知的支援」という言葉について,私なりに解釈してみたいと思います。私達が,日々業務を遂行していく中で,基礎となる情報(データ)は容易に入手でき,活用できるはずです。そうでなければ,業務改善が急務です。この基礎情報がコンピュータから提供されるものであれば,二次加工,三次加工したものも,提供されていることでしょう。非常に乱暴な言い方をすれば,この二次加工,三次加工の処理が「知的支援」と言える場合があります。それは,利用者(エンドユーザ)の目的に合致する場合です。利用者が業務遂行のための情報(データ)を前に,次に必要な情報(見たい情報)を提供してくれる仕組(システム)があるとすれば「知的支援」をしてくれる仕組(システム)と言えるでしょう。
言いかえれば,私達は日々の活動において,「知的」と呼ばれないまでも,無意識の内に,数多くの知的活動を実践していると言えます。この,知的活動を支援することにより,その企業全体のレベルを高めることが可能になります。
前述のエキスパートシステムは,特定の専門領域を対象に専門家の経験則を含む知識によって,知的支援を行うのに対し,一般的な「知的支援」とは,日常業務遂行のための知的活動(目的に沿った効率的活動)の支援を行うものと言えます。つまり,この領域は,既知の分析手法や情報によりシステム化されるテキスト・ベース・システムを含んだ知的支援システムの範疇であり,従来からエキスパートシステムとは明確に区分されてきました。
知的支援システムとは,利用者(エンドユーザ)の思考に沿って必要な情報を提供するシステムです。利用者の業務遂行(活動)そのものを支援する位置付けにあり,専門領域に限定されないということです。
そのため,そのシステムに組込まれる分析手法や情報として,教材やマニュアル化されたものを活用することにより,より現実的に,実現が可能となります。
当然のことながら,これを第一ステップとして,その企業のもつノウハウを組込むことにより,企業独自のエキスパートシステムに成長させることも可能です。組込みのパターンとして,大きくは2種類あり,AP(アプリケーションパッケージ)そのものに組込む方法と,外部のエキスパートシェル等を活用し,APと連動させる方法に分類できます。
少し話が脱線しましたが,元に戻してまとめますと,知的支援システムのアプローチは,利用者(エンドユーザ)のための知的業務支援システムであり,専門的経験則をシステム化しようとするエキスパートシステムを包含するものと言えます。
また,業務支援のために,教材やマニュアルをベースに分析手法や情報をシステムに組込むことから始めることも可能です。この場合,知的支援システムは業務用CAIが組込まれた,アプリケーション・システムという見方もできます。
「知的支援」について,私なりの解釈(偏見)を紹介致しましたが,次に話を具体化するため,参考例として,知的支援プラットホーム『TIPPLER』により作られた2つのデモシステムをご紹介致します。
どこの会社でも,売れる営業マンがいれば,売れない営業マンが必ずいると言って良いでしょう。短期的な結果評価だけでは少し淋しい気もしますが,現実はキビシイのです。もう少し軟らかく具体的に表現を改め,よく売るベテランの営業マンと,まだ売り方がよく理解できていない新人の営業マンがいるとします。会社としては,一刻も早く,新人がベテランのように販売実績を伸ばして欲しい。また,部署の異動などで,ある営業マンが持っている顧客情報が,その営業マンとともに消えてしまう。これは定着率の低い業界においては,重大な損失と言えます。この情報を,会社として保持しながら顧客情報を追跡し,マーケティング情報として活用することも,重要な課題となっています。
この2点に着目し,このシステムでは,新人営業マンに対して,明日のコンタクト候補を明示し,活動の活性化を促進する仕組と,顧客とのコンタクトにより得られた情報を,曖昧なものでも入力できるようにしておき,その情報から導き出されるベテラン営業マンのノウハウを,明示することにより,新人営業マンの提案力を強化する仕組を提供しようとするものです。
例えば,不動産販売において,だいたいの年齢(約40才ぐらい)と職業が特定できれば,ある程度の年収を導き出すことが可能となり,推薦物件を絞り込むことができます。また,新人営業マンが見落としやすい事柄(個人のライフステージ・家族構成・入学等のイベント)についても入力可能にしておき,それらの項目からベテラン営業マンが考えるセールストークを新人営業マンに示唆することにより,提案力強化が図れます。
そして,顧客とのコンタクトを通じ,曖昧な情報をより正確にし,不明な情報を追加入力することにより,より精度の高い推薦物件の抽出が可能となり,販売力向上の直接的効果が狙えるシステムと言えます。
営業マンにとっては,情報を多く,また正確に入力する程,より精度の高い提案支援が得られるわけですから,各営業マンの情報入力の意欲をうまく喚起できれば,会社としての,もう一つの課題を実現するための基礎となる顧客情報の蓄積も,同時に実現できるシステムと言えます。このシステムの利用を通して,新人営業マンが,ベテラン営業マンのノウハウを身につければ,営業マン教育が,業務を通じて実践されたことになり,真に,一石三鳥(?)を狙った,付加価値の高いシステムと言えます。
しかし,このシステムを成功に導くためには,利用者(エンドユーザ)の情報入力が不可欠であり,端末操作に馴染まない現場の営業マンに対し,いかに操作性の良い環境を提供できるかが重要な課題となります。素人でも簡単に人力できるユーザインタフェースとして,できる限りキーボード操作を少なくし,マウス等による選択方式を採り入れることや,曖昧な情報人力を可能にする配慮が,重要なポイントと言えます。
前述のシステムは,情報入力にポイントが置かれますが,これから紹介するシステムは,情報の取り出しにポイントが置かれています。
このシステムの狙いは,会社経営における問題点を明示的に表示することにより,経営層を支援するものです。経営活動における問題点は,種々雑多な資料(個々には整理されている)を前に,その資料に含まれている現状の問題点の抽出が非常に困難であるということです。
例えば,経営概況として販売・在庫・資金・人員について一覧的に見たいとします。表の中に現れた何十個という数字の中から経営として注視しなければならない数字を発見することが簡単にできれば,問題が無いわけです。しかし,通常では問題にならない数値であっても,他の状況等との絡みで見た時,問題として取り扱うべき値が含まれているかも知れません。つまり,その一覧表から問題点を見いだすことは不可能なわけです。経営における問題点の見落としが,損失を増大するとすれば,これを回避しなければなりません。そのためには,経営概況把握の中で,他のデータ(状況)との関連を踏え,経営層に対し,問題を明示することにより,問題の見落しを未然に防げる仕組を提供することが必要です。例えば,「シェアが0.2%落ちている。」「在庫が計画を上回っている。主な要因は×××である。」といった情報提供が考えられます。また,各データの関連から,地域別・価格帯別に見た販売実績により,販売における異常値の情報提供がされることにより,早期に対策を講ずることも可能になります。これらは,経営における問題点を,より明示的に表現することにより,経営支援を図ろうとするものです。
また,経営概況から,販売に着目し,詳細情報を見たい時「販売」という文字をマウスでクリックすることにより,即座に詳細情報を表示するといった仕組を提供するというような,経営者の思考を妨げない,操作性・レスポンスを保証することも重要と言えます。同様の操作により,情報の詳細化・視点を変えた情報の表示・時系例に見る情報の比較等を経営者の思いつくままに提供してくれる仕組を実現することができます。また,時系例情報については,グラフ化することにより,よりビジュアルに,変化を確認することができます。
以上,2つの知的支援システム例を紹介致しましたが,共通して言えることは,利用者(エンドユーザ)は,端末に関して素人であることを前提とし,キーボード操作を極力少なくしている点です。このことは,特に情報系システムを活用する利用者にとっての関心事となっています。そして,システムの目的がその利用者(エンドユーザ)の業務(活動)そのものを支援するために,作られているということです。知的支援システムは,これらの要求(機能)をカバーするものでなければなりません。つまり,利用者は,簡単に使えるユーザインタフェースの基で,業務遂行のための知的支援を享受できるようになります。企業として見たとき,ある会社の経営層から一般社員にいたるまで,全ての人材を利用者(エンドユーザ)と位置付け,知的支援を行うことにより,個々の活動の質的向上を図ると同時に,企業全体の質的向上を図ることが可能となります。また,これらのアプローチは,既存の情報系システムについても,有効であり,今後このような知的支援機能が要求されるものと思われます。
TIPPLERの目的は「気のきいた情報系システム」を「思い立ったら気軽に作れる」仕掛けを提供することです。「気のきいた情報系システム」とは,素人でも直観的に使え,利用者の思考を妨げない応答時間を保障し,関連情報を自由に取り出せ,且つ情報が不十分でも利用者を支援できるようなシステムを意味しています。
また,「思い立ったら気軽に作れる」とは,気のきいた情報システムを構築するための開発環境が整備されており,システムの部品化および再利用が可能で,段階的に開発が進められるような環境を言います。また,開発効率を上げるために,各種パッケージ・ソフトウェアを活用し,システムに組込めることも必要な機能です。
TIPPLERは,このような諸機能と環境を提供することにより,知的支援システムを構築するために生まれてきたと言えます。
TIPPLERの持つ諸機能として大きく3つに分類できます。
①洗練されたユーザインタフェースを構築するための機能
利用者の直感に即した操作感覚を持つインタフェースを実現するための部品群
エンドユーザが見ている状態(表示)とシステムの内部状態の整合性を保持する機構
出力された画面がそのまま入力画面(メニュー)として利用できるため,利用者は関連する情報を次々に拾い読みしていくことができる(ブラウジング)。また,アプリケーションが利用者の操作を誘導するナビゲーション機能を容易に構築することができる。
グラフ,スプレッドシート,パネル・ディスプレイなどを用いて,1つの情報に対して複数の見せ方を提供することができる。
②オブジェクト指向プログラミング
システムによって管理される識別子によって,オブジェクトを識別する。
オブジェクトの属性をスロット,操作をメソッド,表示をプレゼンテーションとしてカプセル化し,一元管理する。
オブジェクトの共通の性質をクラスとして定義し,スロット,メソッド,プレゼンテーションを継承することにより,クラス定義を再利用することができる。また,クラスの継承において,複数のクラスを親とする多重継承も可能である。
同じ名前のスロット,メソッド,プレゼンテーションをクラスごとに与えることができる。
③オープン・システム
データベースのサブセットをメモリー上にオブジェクトとして展開することにより,高速なデータ操作を行うことができる。
統計分析,推論機構とデータの交換を可能にする。
既存のソフトウェア資産の活用を可能にする。
知的支援プラットホーム『TIPPLER』は,今,産声をあげたばかりです。今後の情報系システムにおける知的支援について,このTIPPLERの活用を含め,研究を続けていきたいと考えています。