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Accumu 京都情報大学院大学 東京サテライトを開設

開設記念講演会『e-Learning の現状と将来~確かな学力の滋養と相互作用の重要性~』

岡本 敏雄 電気通信大学学術院長
同大学院情報システム学研究科長教授

2003年から2050年までのBRICs,日米のGDPを見ると,日本はずっと低落していきます。いったい我が国はどうなるのでしょうか。下手したら日本は三流の国になります。

一方で世界27か国の影響力の調査を見ると,世界的には日本はいい影響を与える国だという評価があります。こういった動きに対して,我が国の教育はどうあらねばならないのでしょうか。またどんな人材を育てていかねばならないのでしょうか。応用力,問題解決力などが重要です。一方で,日本の若い人は自己実現の気持ち,つまり野心が弱くなっています。これを育てていくにはどうしたらいいのでしょうか。

我々は一生勉強しなければなりません。物事を知る,理解する。知るということは5W1Hです。同時にIf,もしこういう条件ならどうしたらいいかという知識も必要です。

もう一つは経験則(heuristics)。これを蓄積していくような教育がなされていません。日本人は教科書的知識や手続き的知識は抜群ですが,経験的知識をどうして育てていったらいいのでしょうか。ぜひ京都コンピュータ学院,京都情報大学院大学でも育てていってほしいと思います。

eラーニングの前にCI(computer-assisted instruction)というシステムがありました。またその前に教育の方法論として「プログラム学習」というものもありました。行動主義・強化学習の一種で,アメリカ空軍などが盛んにこれに基づいた訓練をしていました。人間が頭の中で何を考えているかは関係なく,反射的に正しい行動を取れるようにするという考え方です。ある意味ではきわめて非人間的ですが,日本の学校教育の中では流行したことがありました。行動主義・強化学習の考え方に従う学習形態として, drilling practice, いわゆるドリルの勉強法もありました。しかしさすがに「人間の考える力を育てるべき」ということになって否定されました。

その後,tutorial, 個別指導的な教え込みも出てきました。5W1Hをきちっと教え込んで理解させていきます。こういう考え方は,CI,eラーニングの中でもコンテンツの作り方のスタイルとしてあります。

その後さらにやわらかい,思考力を身につけさせる「有意味受容学習」が提案されました。意味のある情報を受容して頭の中に消化させていきます。意味概念を広げていきます。いろいろなケースの中で共通するもの・違うものを整理していくのが「概念」です。だから概念学習は大事なことです。

それからその次に「発見学習」(discovery learning)です。これらは全部,フェイス・トゥ・フェイスを前提としていますが,私は発見学習のプログラムをeラーニングでやることができないかと考えてきました。発見学習を手助けする技術的な手段としてゲーミング,シミュレーションといった学習形態を組み込んで学力を身につけさせようとしてきました。

それからinquiry (Q&A) 。わざと違うことを言って揺さぶる手法です。誤り・矛盾を指摘することで,何かの能力が身についていることになります。そういう延長線上に「問題解決力」が位置づけられます。

こういう考え方の流れで多くの人々が議論してきました。

先日,秋葉原UDXで開かれた「eラーニングアワード2012フォーラム」などで各社の様々なコンテンツを見ていても,強化学習,drill & practice, tutorialなどの域を出ていないと感じました。訓練の目的によっていろいろありますが,問題解決的な学力を身につけさせる意味で先ほど二上さんがお話したモデリングの考え方は大事です。問題を発見する過程があるので,発見学習ともつながります。

学習の形態の幅は広がっています。そうした広がりを持ってどのようなスタンスで,学び手の評価をしていくのか。学校ならテストがあるが,教育の方では評価の観点で相対的評価と絶対的評価,同時に形成的評価,総括的評価という考えがあります。形成的評価はプロセスの評価です。学習活動のプロセスの中できめの細かい評価をしていく必要があります。ある段階で結果として何がわかったか,できるようになったかを評価します。

従来の対面の教育では形成的評価はなかなか難しいものがあります。eラーニングだと学習活動のログデータが取れます。学習過程のプロセスをあるフィルターを介してログデータを記録し,それに対してデータマイニング技術を用いてeカルテを作ります。それは,学習活動の本質を抽出して作ったカルテのことです。それをデータチャートとして個人個人にフィードバックします。自己評価を通して自己実現を図り,自分を振り返ります。個人レベルでの進歩,学習集団の中での自分の客観化がインターネットでできるようになっています。それはもちろん,コンテンツそのものの評価にもつながります。

教育活動のマネジメントを考えた時に,関係者として先生,事務方,システム管理者,システムのメンテナンスを行う技術者,学生,保護者などがいます。また,教育全体を見たときに経営者がいます。そうした方々にとって,新しい情報通信技術を活用した教育のあり方において何が有用な知識なのでしょうか。

先ほど経験則と言いましたが,人間が営んでいるもろもろの教育業務は,if alpha, then betaというきれいな形で知識を表せません。alpha自身,時間的な変動により,いろいろな様相を示します。経験則,勘の蓄積も必要になってきます。eラーニングの実践をしていくときに,今言ったコンテキストの中で,どういう知識を蓄えていけばいいのでしょうか。また,上記のようなステークホルダーにどういう知識を分配していけばいいのでしょうか。そういうトータルなマネジメントのありかたを最近は考えるようになりました。

コンピュータを教育の中に導入していく時に,技術基盤としては以下の4Cがあります。

  • Connectivity 様々なデバイスからのアクセスを可能にする技術
  • Capability 社会的教育基盤
  • Contents 学習資源・素材
  • Culture 社会的受容性

こういったものがきちっと認められて初めて,コンピュータ活用の教育は進められていきます。

我が国の教育文化はいい面と悪い面の両方があります。小中高大すべてにおいて,講義は個人的なもの,一種の個人芸と思われています。文科省は標準化をして質を保証してくれと一生懸命言っていますが,eラーニングの授業でも「あの先生の授業は面白かった」というのはあります。

これまで,教育活動に関する大学の評価はある意味ではご法度でした。これも最近では文科省が,資料や客観的なデータを出すようにどんどん言ってきています。多くの人たちは味のある伝統的な講義に固執しています。

また,経営のセンスとマーケティングの認識が希薄です。組織としてeラーニングをきちっと位置づけるためには経営という観点が必要です。どのような利益が上がっているのかということです。それから事務サイドと教員の連携の悪さも問題です。国立大学も独立法人になってから経営というスタンスが強くなり,トップダウンになってきています。ただ,あまり経済的な意図を強く出すと先生方の反発があります。

エクステンション(地域貢献・連携)の意識がないのも問題です。アメリカの大学は教育も研究もエクステンションと結びついて金をとってきます。最近は日本でもだいぶ言われるようになってきました。コンテンツというものの商品概念がこれまであまりありませんでした。従来の価値観から見てどうかわかりませんが,大局的には欠如していました。

総体として,教育に対する投資効果の評価関数をきっちり作り上げないといけません。特にeラーニングを使って高等教育を提供しようという場合は,これを多面的に考える必要があります。

それから,日本の学生は学ぶことに関しての自立心が欠如しています。「教えてください」「先生は教えることで給料をもらっているんでしょう」と言いますが,教育は,自ら学ぶ学力を育てることが大きな目的です。そういうところがまだまだかと思います。

日本は対称型の教育システムです。ウェル・ストラクチャードの教育体系です。eラーニングはそれに対するアンチテーゼになっています。アメリカ型の教育システムです。それが日本になかなか受け入れられないところかもしれません。

たとえば日本の国技として相撲や柔道があります。型,わざ,しきたりが重視され,ウェル・ストラクチャードなスポーツです。一方アメリカにはプロレスがあります。プロレスは,お客さんを喜ばすために何でもします。イル・ストラクチャードな非対称型のスポーツで,相撲と対照的です。

日本もこれからはもっと非対称型の,ダイナミックな教育の在り方を探ってもいいのではないでしょうか。もっとクリエイティブな能力をどう育てていったらいいのでしょうか。知価財をクリエイトできる人を生み出していかなければなりません。こういうことをKCGIでは考えていってほしいと思います。

音楽で言えば,フィルハーモニー型からジャズバンド型へということです。ウェル・ストラクチャードな型にはまった音楽で考えてきたが,ジャズバンドのような,何でもあり,臨機応変に音のハーモニーを考えていく必要があります。こういう意味で非対称型・知識創出型・知価財型,ジャズバンド型を我々は考えていかなければなりません。

長谷川慶太郎さんに言わせれば,デフレ基調がこれからは続きます。生産者は地獄,消費者は天国です。こうした大きな空気の中で,大学経営をどうしたらいいのか。先を見ながら,地球がグローバル化していく中で,様々な国の様子と時間という時間軸を見ながら詳細を設定していく必要があります。

eラーニングも今はフィルハーモニー型だが,これがジャズバンド型になっていきます。経営においてもこれをうまく取り入れてジャズバンド型の組織運営をしなくてはなりません。

学習を支援する上での最近の大きな動向は,基本的な考え方は,知識構成・知識構築という学習環境をどう用意するかということです。技術的にはワン・ストップアクセスがどんどん進んでいくでしょう。最近はプロレス的なインフォーマル・ラーニングの技術的な研究をやりたいというヨーロッパからの学生がいます。ヨーロッパそのものが統合していろいろなものが互換性を持って動いているため,国単位の考え方が弱くなっているのです。

こういった様々なことを最近は考えています。

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岡本 敏雄
Toshio Okamoto
  • 京都教育大学教育学部卒,東京学芸大学教育学研究科教育心理学専攻修士課程修了
  • 工学博士
  • 1992年4月より電気通信大学大学院教授
  • 2011年4月より電気通信大学 情報システム学研究科長,2012年4月より1年間電気通信大学学術院長を務める
  • 研究分野は人工知能と知識処理,教育工学,学習科学

上記の肩書・経歴等はアキューム21号発刊当時のものです。