21世紀まで,あと10年をきりました。いろいろな技術革新がなされていますが,中でもコンピュータ・テクノロジーは,次の世界へ向かっていく,技術革新の大きな一つのキーワードになっていると思います。私がコンピュータを始めた頃は『大きな金物の箱』,それがコンピュータと呼ばれるものでしたが,今や,ファミコン,パソコン,ワープロ等,コンピュータはいろいろな形・種類になりました。しばらく前,いわゆる贅沢品の代名詞で「3C」,クルマ,カラーテレビ,クーラーというのがありました。京都には人気企業の一つである任天堂があります。任天堂が作るファミコンは,日本では「ファミコン」と呼ばれていますが,アメリカでは「ネス」(Nintendo Entertament System)といいます。以前の「3C」に対して,「3N」というのは如何でしょうか。ファミコンは言い換えて「ネス」。頭文字がNですね。それから,パソコン…「ノート型パソコン」,Nですね。そして,「日本語ワープロ」。最近,家庭で持てる情報機器は「3N」。さてこういった,我々が「これは明らかに情報機器,コンピュータの一つである」と認識しているものもあれば,最近は冷蔵庫や掃除機に,ファジィとかニューロという機能がついて,新しい技術に知らず知らずお世話になっている,こんなことが身の回りに起こっています。コンピュータ技術は進歩し,特に,ハードウェアは,目を見張るほど変わってきています。昔の汎用大型コンピュータの能力は,今やパソコンが持つようになりました(もちろん,用途が全然違いますが)。以前のスーパーコンピュータは,今はワークステーション。このように能力が変わってきたために,コンピュータの使われ方が変化してきていると思います。一つの現象として,最近は「ダウン・サイジング」という言葉が使われてきています。コンピュータの能力,活用の仕方が変わってきたために,仕事の仕方も変われば,それにつれて人間の環境も変わったのではないでしょうか。このように,ハードウェアの能力が非常に進歩し,それを利用したさまざまな技術革新が,我々の身の回りに起こってきています。それらの事例,世の中でこんなことが起こっている,こんなことにもコンピュータが使われている,ということの例をいくつかご紹介していこうと思います。
これは東京大学生産技術研究所で行なっている「PTEROA計画」で開発されているものです。これは自分で潜って自分で戻ってくる,ある種の知能を持ったロボットです。PTEROA150といって,ナマズのような格好をしています(図1)。このロボットは「自己生成型制御システム」を活用しています。名前はSONCS(Self Organaizing Neural Net Controller System)。この海中ロボットは何かといいますと,日本では現在,深海艇を使っていますが,人が深海に潜るというのは,相当な危険を伴います。それを無人でできたらもっと有効な海底資源の探査ができるでしょう。開発中のロボットは,自ら潜って,海底面に沿って自由に遊泳し,さまざまな観測をして,あるところからバラスト(おもり)を投棄して浮いて戻ってきます(図2)。この技術はロボットが自己学習をしながら動くというものです。最初,頭の中はクリア,何も知らない,知恵も何もない,ただ運動能力だけを持っている。浮いたり沈んだり,ぶくぶくしながら動いている。それがだんだん知識を得て,フィードバック・ループにはいってくる。それで,まっすぐ泳げる,ないしは目的の深さで泳げる。ニューロというのは,無意識下のコントロール,つまり,意識しなくてもある運動系を持って,動いた結果を評価する。「評価関数」を持って,自己学習を進めていきます。評価の結果(=評価関数)がフィードバックされてくると,それをあるアルゴリズムでループさせて自己学習しながら少しずつ賢くなる,目的の行動を起こせるようになるというものです。それが,このニューラルネットワーク,自己生成型制御システムです。
「リモートーセンシング」という技術です。湾岸戦争の時にアメリカが人工衛星をたくさん飛ばして,そのカメラでイラクのスカッドミサイルの基地を探しました。ところが,基地や発射装置が地上にあればカメラでのぞいてわかるのですが,地下に隠してある,上からは見えない基地もあります。そういった隠れているものを探し出すのが,ある種のリモート・センシングという技術です。これはどんなものかといいますと,波長の異なる電磁波を対象物に発射して,返ってくる反射をみるのです。反射率は物体ごとに違います。発射した電磁波のある部分を吸収する,選択的反射を起こす。そういう現象を利用して,対象物が何かということを推定しよう,特定しようというものです。従って,土の中に少々隠れていても,反射される電磁波が変わってくるので,地下に格納されたものが何かが推定できるわけです。今,ランドサット5号(アメリカ),スポット1号(フランス),もも1号(日本)など地球の周りを飛んでいる衛星から,ある特定のデータを常時捕まえることができるようになっていますが,これらが送ってくるデータには色々なものがあります。基本的にセンサーのデータ解析システムですから,マルチスペクトル分析するためのデータが送られてきます。それを解析することによって,例えば,穀物の成長分布をみる,また鉱物の資源分布をみる等が可能となります。解析(センシング)しなければならないデータは非常に大量です。サンプリング・データと呼ばれる電波を発射して,それの反射をみるわけですが,1秒間に何百メガバイト,ものすごくハイボリュームなデータが返ってきます。その中から,必要なデータを抽出して,かつ,スペクトル分析して,対象物が何かを解析します。こういったことを行なうためには,大量にデータを扱うことができ,かつ,非常に高速のコンピュータが,当然のことながら必要になってきます。こちらは単に,技術だけでなく,スピード・量を合わせて扱えるようなものでなくてはいけません。
これもリモートーセンシングと同じような技法です。それにプラス,大がかりな画像処理を行ないます。どんなことかというと,電磁波だけじゃなくて紫外線とか,赤外線,X線,超音波,レーザー,レーダー波,これらを活用して,発掘せずに物や場所を可視化しよう,あるいはもともとどういう色で塗られていたか,どんな形をしていたかを復元,修復するための情報を得ようというものです。特に,絵画とか彫刻の復元や修復は,画像処理が非常に重要な技術になってきます。画像処理は,非常に高速のプロセッサがないとできません。最近はスーパー・ワークステーションというものが出てきて活用されています。これはおもしろい話でご紹介しますが,サイズモサウルスっていう恐竜がいたんです,数億年前ですが。日本では地震龍という名前です。これは,長さが約36mもある恐竜なんです。ニューヨークにある恐竜博物館の中で,発掘済みとして一番大きなものは全身が28mです。サイズモサウルスは,尻尾とか足,部分的には発見されていますが,それらから推定すると,全長36mくらいの大きさとされています。まだ全身は見つかっていません。部分的にはアメリカのユタ州,ちょうどカリフォルニアから山一つ越えたところの,ソルトレークで見つかっています。国有保護地域の中,しかも砂岩,いわゆる砂のようなものが固まった岩,非常に脆い,ポロポロ崩れていく,そんなところの地下3mか5mくらいに眠っているらしい。ところがどこかわからない。ブルドーザーで掘り返せば,大きな恐竜のどこかに当たるわけですが,国有保護地域というのは,日本の国立公園と同じような場所で,自然は保護したい,しかもそういった崩れ易い砂岩。どうすれば良いでしょう。この近くにロスアラモスという米国の軍事研究所があって,軍事用にある種のセンサー技術の開発を行なっています。余談ですが,ここで研究開発してできたのが広島・長崎に落ちた原子爆弾です。このセンサー技術を使って,掘らずに恐竜の骨がどこにあるかを見つけようとしています。どこにあるかを見つけたらそこだけを掘る。このサイズモサウルスは後期ジュラ紀,1億3100万年前くらいに棲息していた恐竜だと言われています。骨というのは放射能を持っているそうですが,時間が経過するといろんな雨水とか湿気を得て,含有率が変わってきます。放射能の含有率によって,X線だとかレーザー光線だとかの吸収率が変わるわけです。それを利用して,どこに埋もれているかを探すのです。ガイガーカウンタを持って歩き,得たデータをコンピュータで処理する。結果を今度はある種の画像処理にかけると,骨のあるところがわかる,こんな仕組みで今も探し続けているそうです(図3)。
人間は,一人一人,親子兄弟であろうと,双子であろうと,指紋が違うそうですが,この指紋を照合するシステムを開発しています。照合するためのデータ処理には,「マニューシャ」と「リレーション」という原理を使います。指紋の分岐と端点を「マニューシャ」,分岐点,端点の位置関係を「リレーション」と呼んでいるそうです(図4)。このマニューシャとリレーションを数値情報に換えます。アナログのこういったイメージでは,到底多くの照合はできませんから,どこに端点,どこに分岐点があって,それらの位置関係がどうなっているか,距離がどのくらいかを数値情報としてデジタル化します。それを比較して指紋照合をするというシステムです。おわかりいただけるように,人間一人の指紋,これの端点,こういったものの位置関係をすべてデジタル化したとしても,これは非常に大量のデータです。この巨大なデータベースを扱い,さらにそれらを比較するのは大変です。そのために非常に高速なコンピュータが利用されています。指紋を採って,これをマニューシャ・リレーションに分解(デジタル化)して,データベースにいれていく。人間の指紋は大きく4種に分類できるそうです。右流れ帯状紋とか,弓状紋とか,4種類に区別された指紋形状のデータを,マニューシャ・リレーションで照合システムに入力します。それに,実際の形状のままの指紋が,イメージ情報としてそのまま蓄えられています。このイメージとデジタル化されたデータがリンクされ,照合時には,まずデジタル,同じものが選ばれたら,今度はイメージ,目で見て確認もできる,こんなシステム形態になっています。
4年半くらい前になりますが,ニューヨークで10月19日に,「ブラックマンデー」暗黒の月曜日というのがあって,株価が大暴落したことがありました。日本もバブル崩壊…。不動産から何から,いろんなものがリンクして現在の経済が成り立っていますので,非常に複雑な状況ですが,それ以外に,コンピュータを使って株の取引(プログラム取引と呼んでいます)をやっていますと,それがある瞬間に逆作用する,悪い方向に転がり出す,そのためにどんどん株価を暴落させてしまう。そんなメカニズムも原因になってブラックマンデーを引き起こしてしまったのです。プログラム取引の方法としては2種類ありますが,大暴落の時はそのうち「株価指数サヤ取り売買資産構成保証」という取引形態が,その対象になりました。これは何かというと株の先物取引です。例えば,もし持ち株が将来安くなるようであれば,今売って少しでも損を少なくしておこう,将来値上がりしそうだったら今買っておく,資産構成保証と呼ばれる先物取引が行なわれます。ところが先物取引といいましても,実際,価格差はそう極端にない。すると少しの価格差,いわゆるサヤ取りを狙うために膨大な株数を動かす。いわば,取引高が非常に増えていく。それを瞬間的に判断するために,プログラムを組んでおくわけです。ですから,ある価格差が出たらそれに対してどれくらいの取引をかければ先行きどのくらい儲る,あるいは損が少なくてすむ,これをプログラム化してやって,それで一斉に取引をかけてくるわけです。そうすると,所詮人間が考えたプログラムですから,みんな同じような作り方になってしまうわけで,悪い方に転がり出すと,すべてが雪だるま式に転がり出していく。取引のコンピュータ化,言ってみれば最新技術と,株価指数オプション,つまり新しい金融取引との組合せが原因となりました。今は,すべてを自動的にプログラムで売買することは禁止されて,必ず人間の判断が入らないといけないことに変わりました。
瀬戸大橋を渡った方もいらっしやるでしょうが,日本の巨大橋はほとんど最近できあがったものです。一番古いものでもたかが6,7年前の大鳴門橋です。次が瀬戸大橋の1988年です。1984年以前には,日本には大きな橋がありませんでした。これが1985年を境にして,目大橋が急激にできあがるようになりました。どんな橋があるかというと,最初が大鳴門,これが1985年。それから,瀬戸大橋と一言でいっていますが,児島から坂出に抜けるルート。南備讃瀬戸大橋,下津井瀬戸大橋などが含まれています。尾道から今治へ抜けるルート,中でも来島第三大橋はできあがると世界第10位になる予定です。最後にできる明石大橋は1990m,支柱と支柱の間が約2km,非常に大きな吊橋です(図5)。こういった大きな橋が急に作られるようになったのは何故でしょうか。一つは,建設技術そのものの進歩です。大きな吊橋の接続部分というのは非常に脆くなるわけですが,それを柔構造にするという技術がありまして,それによって建築物そのものの強度が保証されてきています。もう一つは,コンピュータ・シミュレーション。耐震設計と耐風設計。地震に対する設計は,従来も行なわれていました。瀬戸大橋の場合ですと,マグニチュード8から8.5に耐えられる。地震に対する強さは,誰でもまず考えるわけですが,風に対する影響度というのは,実は地震より大きいんです。1940年,今やもう50年も前の話ですけど,考えてみれば50年前のアメリカというのは,853mも橋間がある橋を作っていたわけですから,やはりすごい国ですね。タコマ・ナロウズ橋というのがありまして,映画等でご覧になった方もいらっしやるかもしれませんけど,1944年に車を乗せたままバサーツとねじれて海に落ちてしまったんです。これによって,風に耐え得る設計が非常に重要であることが認識されるようになりました。たかが橋間853m,たかが風速19mで落っこちたわけです。明石海峡は1990mもあります。853mの倍以上。しかも明石海峡大橋にしても,瀬戸大橋にしても,大鳴門橋にしても,風が抜けていくところに架けられるのです。どういう設計をすればいいかは,非常に重要な技術になってきます。ここでは特に,二つの解析をしていきます。まず,橋があって,橋脚があって,ケーブルを止めています。それに対して,まず地震の場合ですと,応力が特定の部分にかかってくる。力が加わる,揺れるわけですね。その震動が橋にどういう影響を及ぼすかというのを解いていくわけです。最初の頃の解き方は線形解析というものでしたが,最近は非線形モデルによる動的解析法が用いられています。これは一度解いた答を次の方程式にはめて,また解いていく,いわゆる,時間軸に沿って解いた結果を次にはめて,時間をずらしながら解いていくわけです。そうすると,最初の震動がどういう影響を与えるか。そしてその振動が次にどういう影響を与えるかを,時間軸に沿って追いかけていく。こういう巨大橋のモデルは,非常に大きなものになります。昔のコンピュータ,汎用大型コンピュータを使って,1年かかっても解けたかどうかわからないくらいの計算なんです。今はスーパーコンピュータへもっていくと,数時間で解ける範囲になってきました。それによって,この橋がどの程度の地震に耐え得るか,そして一番危ないところにどういう補強をすればいいのかが解けるようになってきたのです。コンピュータモデル・シミュレーションで解いた結果と,橋ができて実際に地震や風の影響をどう受けたかという実際のデータ,これを突き合わせることによって次の橋を設計するときの参考データになります。それで巨大橋がどんどんできるようになってきている,というのが現在です。ちなみに,明石大橋は20数階の高さですが,30階くらいになると地震よりはるかに風の影響が大きい。ビルは風で揺れるんですね。それを止めるために上に水のタンクを積んだりしていますが,地震と風では,今や高層ビルにとって圧倒的に風の方が恐い。それを解くために役に立っているのがコンピュータです。
リニア新幹線というのは,超伝導という技術を使っています。超伝導とはマイスナー効果が現れて,電気抵抗がゼロになるというようなことです。これを使って電軍を走らせようというのがリニア新幹線です。超伝導には,高温超伝導,あるいは常温超伝導,すなわち普通の温度で超伝導現象を起こしたいというのでいろんな研究がされています(図6)。通常は今安定した技術でいくと,だいたい40ケルビンあたりですから,摂氏でいうとマイナス230度くらいですか,それくらいになると超伝導現象を起こすことができるというようになっています。先日,実験用の車両が壊れてしまいました。これはクエンチ現象が起こしたものですが,これは超低温を起こしているところに,ある種の熱が入りこむと,超伝導現象が崩れてしまう。そこで,電車でいうとある種の制御不能を起こす。そのために事故が発生したものです。リニア新幹線を実現するために,コンピュータ技術の側面からみて,特に大きな問題が二つあります。一つは,三次元流体という問題です。流体間題というのは非常に難しいんです。今天気予報でも流体を使ってやってるようですが,これもリモート・センシングなんかとタイプは違いますけど,非常にボリュームの大きなデータ,方程式を相手にします。皆さんも少しいじった人はわかるでしょうけど,二次元と三次元とは,もう,雲泥の差。とんでもないくらいに違います。流れのものというのは非常に難しいんです。ずうっと面を切っていって,縦横,あるメッシュを切っていく。そういった問題を解くために非常に大量のデータを用意しなければならないので,いわゆるスーパーコンピュータというものが必要になってきます。もう一つは衝突問題です。リニアに限らないんですが,時速500kmで突っ走るものが一番怖いのはトンネルですね。トンネルの中身は空気ですけど,もはやこのスピードになってくると,壁にぶつかるのと同じ現象になってきます。どこにどうトンネル内の空気が抜けるかで,どの程度先端に力が加わって,いわゆる先頭車両に影響を与えるかというのが非常に大きな問題になってきます。これを解くためのプログラムもあるわけですが,超伝導の物理学的な技術と,コンピュータ・シミュレーションという情報処理技術(CADCAM・CAE等の設計技術)を駆使しながらリニア新幹線等が研究開発されています。
身近に雑誌とか新聞に載るようなことで,どんなもののどんなところにコンピュータが使われているかということをご紹介しました。
参考資料…スペクトラム
(京都コンピュータ学院京都駅前校舎竣工記念フェスティバルより)