日本製ミニコンピュータの走りといえ,ずば抜けた性能を持つとともにコストパフォーマンスも高い名機として知られている「OKITAC-4300C」。KCGが導入し保存してきたこの機器は2009年,社団法人・情報処理学会から「情報処理技術遺産」の第一号「認定機器」のひとつに選ばれ,再び脚光を浴びることになった。日本の技術力を象徴するこれらの機器を永遠に残そうというKCGの「コンピュータ博物館(ミュージアム)建設構想」実現に向けた機運が高まる中,「OKITAC-4300C」の開発に携わった沖電気工業株式会社の篠塚勝正会長と,同社理事で社団法人・情報処理学会歴史特別委員会委員長の発田弘氏らがKCGを訪れた。京都駅前校に展示されている「OKITAC-4300C システム」を見た篠塚会長は大変懐かしがり,自分の署名入りの設計ドキュメントが見つかると感慨深げの様子。長谷川靖子学院長,長谷川亘統括理事に対し篠塚会長は「われわれメーカーでも新しいものに目が奪われがちだが,(KCGの)『残していこう』という情熱は素晴らしい。ぜひ実現させてほしい」とエールを送っていただいた。訪れた沖電気工業(株)の皆様と,KCGとの座談会の模様を紹介する。
長谷川靖子学院長 皆様,ようこそお越しくださいました。本日は篠塚会長が開発された「OKITAC-4300C」をご覧になっていただくのとともに,私どもが進めております「コンピュータ博物館構想」について説明し,ご賛同をいただきたいと思っています。
長谷川亘統括理事 保存しようという強い思いがないと,歴史は次々に消えてなくなっていってしまう。私どもは偽りのない,本物の教育を進めたいと思っていますので,このような貴重な歴史的価値のあるものは確実に残し,教育に反映させていくべきだと考えています。情報機器とは少し違いますが,本学には京都市電の車両も残しているのですよ。
発田弘理事 日本のコンピュータには50年の歴史がありますが,古いものはすべて無くなっていってしまうようです。メーカーとしても古い機器にこだわりはあるのですが…。それを考えるとKCGのコレクションは素晴らしい。
学院長 「価値の再発見」というのが大事だと思います。ただ,国も資金難でハコもの建設を避けたがっています。これは前の政権の話ですが,「アニメの殿堂」という存在意義について理解に苦しむ施設に巨額を投じようとするくらいなら,世界に誇る日本の技術力をアピールできる「コンピュータ博物館」建設に目を向けるべきです。アメリカ・シリコンバレーには,過去のコンピュータがずらりと並ぶ博物館がある。インテルにも同様のものがありますよね。
篠塚勝正会長 アメリカは国としての歴史は浅いですが,その歴史を大事にしようとする気持ちが深いですから。
発田理事 学院長がおっしゃったアメリカのコンピュータ歴史博物館は素晴らしいですね。無料で入れることもあり,子どもたちが楽しみながら学べるようになっている。
学院長 日本にもコンピュータ博物館が必要だと強く感じます。実現に向けて財団法人をつくって進めようと思っていたのですが,日ごろから本学の教育に深い理解と協力をしていただいている堀場製作所の堀場雅夫会長は「このような貴重なものを大事に残していくという事業は,財団法人などと言わずに国全体で取り組むべきだ」とおっしゃっています。たとえばこの京都駅前校本館は,そのままミュージアムとしても使える構造になっています。しかも京都駅に近いという好立地。京都大学と手を携えるなどして,教育に生かす方法を考えていきたいですね。ところで,篠塚会長が開発された「OKITAC-4300C」は導入した1979年当時,本学のメーンのシステムとして京都市左京区浄土寺にある白河校に置いていたのですよ。
篠塚会長 京都では島津製作所さんに以前から当社の「OKITAC-4300C」を使っていただいていました。当社では大型のコンピュータはUNIVAC社と共同で開発していて,「OKITAC 5090」という日本でのベストセラーを生み出しました。東京大学の計算センターをはじめ,全国の大規模大学にはほとんど入っていたんですよ。一方,ミニコンピュータの「4300C」は,当社独自の開発です。ちなみに「C」はコンパクトという意味です。
学院長 篠塚会長はじめ,多くの技術者がコンピュータ開発に知恵を絞り,汗を流していたのですね。でも今の学生を見ると,日本の技術力が自信を失っていると感じているようです。
篠塚会長 私は経済同友会のメンバーなのですが,同友会では「科学技術イノベーション立国」をうたい,理科系学生の育成に力を注いでいます。日本には素晴らしい技術があるので,理科系学生育成をいろいろな側面から支援していこうという取り組みです。
学院長 それは素晴らしい取り組みです。理科系の力を伸ばすには,高校一年生のころに科学に対して目を開かせることが大事だとも聞きます。京都はコンピュータの先進地でもありますので,期待が大きいですね。
統括理事 京都には任天堂という大企業があります。ご存じのように,昔はトランプや花札を作っていた会社でした。しかし日本でゲームが普及し始めて,飛躍的に業績を伸ばし,今に続いています。実は,任天堂の当初のコンピュータ部門は,すべて本学の卒業生で占められていました。
発田理事 そのような背景がある京都にコンピュータ博物館を,京都コンピュータ学院が主導してつくるというのは意義深いことですね。日本は「モノ」で発展した国。やはり「モノ」は残していかないといけません。「絵」だけでは寂しい。
統括理事 京都には着物や陶器といった伝統産業が多くありますが,残念ながら古いものを残していこうという意識は薄いのですよ。中国も新しいものを追い求めるあまり,古いものをないがしろにしてしまう傾向が見受けられます。
学院長 中国では文化大革命以降,歴史を教えなくなってしまった。それでは,国としての本当の発展は難しいのではないでしょうか。
統括理事 日本は今,教育でも大きな問題を抱えています。中・高校生の親御さんはちょうど,大学に行きたくても行けなかった世代です。なので「大学進学」を子育ての最大の目標としてしまう。一方,国は大学の,特に私立文系の新設を安易に認めてしまうので,大学の数は以前の2倍以上に膨れ上がっています。高校の教諭も,子どもの将来や,あるいは日本の未来などといったものは置き去りにして大学進学率をいかに上げるかを至上命題にしてしまっている。そうなると,定員が多い私立文系に流れるのは明らかです。このような中,「理科教育が大切ですよ」と言っても,親も高校の教諭もピンとこないのではないでしょうか。事実,京都大学でも昔は花形だった情報工学関連への志望者は低調であると聞きますし,東京大学でも然りのようです。
篠塚会長 電気工学部門が最も人気がないようですね。われわれの世代の多くは,その分野を目指していたのに,残念です。やはり「情報」関連の仕事は3Kというイメージになってしまっているのでしょうか。当社のソフト部門として埼玉県蕨市に開発センターがあるのですが,実際のところ残業が多いというわけではありませんし,なにか変な話が独り歩きしているだけのようですね。若者たちはその誤った話を真に受け,「情報」の仕事に夢を感じないようになってしまっているのではないでしょうか。
統括理事 私の世代は子どものころ,ラジオを作ったり鉄道模型で遊んだりしたものです。今はそのように「ものを作って遊ぶ」という子どもがほとんどいませんね。学校でも力を入れるのは受験指導ばかりです。
篠塚会長 小学校の先生で,算数・理科が嫌いという人は85~90%にのぼるそうですよ。子どもは何にでも興味を持ち,質問しますが,たとえば算数・理科に関することで先生が知らないことだと教えないままで済ませる。それで子どもが興味を失っていってしまう。よくないことです。
学院長 教育の面を考えても,コンピュータ博物館は是が非でも実現させなければならないと強く感じています。これは統括理事の提案なのですが,博物館とKCGIが連携して情報教育のアウトソーシングを担当することも考えています。
篠塚会長 KCGの熱い情熱は強く感じました。実現に向け,お力になれればと思っています。