地球が誕生しておよそ46億年,この間に,地球上ではさまざまな出来事がひっきりなしに起こってきた。例えば,火山性のガスが主成分で酸素を持たなかった原始地球大気中の水に太陽紫外線が作用して水素と酸素が作り出され,海洋中での生命発生の可能性をもたらし,さらに緑藻類や植物の光合成による酸素の大量補給のおかげで陸上でも生物大繁殖の時代を迎えることになった。ただし,今からおよそ百万年前の人類の誕生は,ほんの最近のことで,46億年を一年に例えると,12月31日夜10時過ぎのことに過ぎない。
いずれにせよ,この気の遠くなるような長期間にわたってほとんど変わらず大量のエネルギーを地球に降り注ぎ続けてくれ,生命の発生・進化に適するような地球環境を維持してくれたのがほかならぬ太陽である。肉眼で見る太陽は,ぎらぎら輝く円盤に過ぎず,常に変わらぬ活動を続けているように見える。しかし,望遠鏡や特殊フィルターなどを通して覗いてみると,太陽各部で,さまざまな活動が繰り広げられていることがわかる。これらを順に紹介することにしよう。
太陽の本体は,「半径70万キロメートルの高温かつ高圧の巨大なガス球」と言うことができるが,実際にわれわれが見通しているのは,表面からわずか数百キロメートルの深さまでのごく薄い表層の部分である。表面付近での密度変化が極めて大きく,それより深い部分は不透明になっていて,光が直接出て来ることができないからである。ガス球でありながら,はっきりした円盤状に見えるのもこのためで,この部分を光球(層)と呼ぶが,ここで見られる代表的な活動現象が黒点である。
第1図は,普通の望遠鏡に減光用のND(中庸性=色無し)フィルターを付けて撮った太陽像である。黒点が2列に連なっているのが目に付くが,この連なりの方向が太陽面上の緯度にほぼ平行な方向である。すなわち,黒点の出現領域は限られていて,赤道上にはほとんど現れず,南北両緯度の数度から40度位までの帯状の領域に群をなして出現する。しかも,よく知られているように,平均的には,11年の周期で増減を繰り返しているが,それに伴って,フレアに代表される多くの活動現象が誘発されるので,黒点数は,太陽活動のバロメータと言ってよい。
では,黒点の構造はどうなっているのだろうか。周囲の光球よりはるかに暗く見えることから温度が相対的に低いのは容易に推測できるが,それでも4,000度以上と相当高温である。何よりの特徴は,強い磁場をもっていることで,大きな黒点では数千ガウスに達するものもある。第2図は,水素原子の発する単色光であるHα線(波長6,563オングストローム)で撮影された大黒点の様子であるが,大小さまざまな流線模様が黒点の周りの磁場構造をダイナミックに表現している。一般に電子や陽子などの荷電粒子は,磁力線に沿う方向には比較的容易に動けるが,磁力線を横切ろうとすると強い抵抗をうけるため,結果として,周囲から高温物質の黒点への流入,つまりは熱の流入が遮られて低温になっているのであろう。なお,磁極の異なる黒点が対になって出現することや,出現領域の変化などから考えると,黒点は,相当深いところにおける対流によって形成される磁束管が浮上してできる現象だと考えられている。
太陽面上の磁場構造を観測するために開発された装置をマグネトグラフ,それによって得られる磁気図をマグネトグラムと呼ぶが,その原理は次のとおりである。第3図右は黒点の写真であるが,中央部を縦に走る暗線は分光器のスリット像である。また,同図左は,そのスリットより入射した光のスペクトルで,縦に並ぶ暗線が吸収線である。これらの吸収線をよく見ると,黒点上に相当する部分の幅が広がったり,著しい場合(中央右の太い線)は3本に分かれているのがわかる。この現象は,発見者の名前に因んでゼーマン効果と呼ばれるが,幅の広がりが磁場の強さに関係することや偏光の度合いなどを測定することによって磁場構造を示す2次元図(マグネトグラム)を得ることができる。
第4図がこうして得られたマグネトグラムの例で,磁極の違いが色で,そして磁場の強さが濃淡で表示されている。すでに述べたように,黒点が強い磁場を持つことは本図からも容易に見て取ることができる。また,個々の黒点領域が異なる磁極の対で構成されているのもわかるが,この極性の対になり方が11年周期毎に逆転し22年でもとにかえることもよく知られた事実であって,これを考慮すると太陽活動の周期は22年であると言うこともできる。
通常は空の明るさに埋没されて見ることができないが,数千キロから1万キロメートル程度の厚みの暗くて希薄な大気層である彩層が光球を取り巻いている。皆既日食の時,食の進行に伴い,光球はほとんど月に隠されたが彩層の一部は未だ隠されていないという瞬間に撮影すると第5図のような写真が得られる。黒い月の縁の周りにへばりつくように見える赤くて背の低い層が彩層である。所々に見える細長く延びた流線や背の高い部分はプロミネンスと呼ばれる現象で彩層そのものではないことに注意。また,白く輝いている部分は月のプロファイルの谷に当たる部分から漏れ出ている光球の光である。
彩層が文字どおりに赤く見えるのは,水素原子の発光する強いHα線(先述)のせいであるが,これを利用して,Hα線だけを通過する特殊な単色フィルターを通して観測すると平常時でも彩層を観測することができる。第6図がそれであるが,第1図と比べると光球との違いがよくわかる。つまり,第6図は,第1図の上空数千キロ前後の景色なのである。所々に黒点らしき部分を取り巻くように白く輝いた活動領域が見られるが,これらをプラージュと呼んでいる。一方,黒々と長く延びて見える構造は静止型プロミネンスで,本図のように太陽面上に暗く見える場合はダークフィラメントと呼ばれる。
太陽で起こる活動現象のうち最もエネルギー的に大きな現象がフレアである。第7図に,これまで観測された最大級フレアのHα単色像を示す。彩層における爆発現象と言ってよいこの現象は,極めてダイナミックで,彩層の一部が急激に明るくなり,数分から10分程度で最大に達して電子や陽子などを上空へ放出,その後は徐々に暗くなって1時間ほどでもとにかえるが,その際,第8図に示されるようなループ型のプロミネンス(ポストフレアループ)を形成したり,コロナ擾乱を誘発したりする。
大型のフレアに伴って放出された荷電粒子(電子や陽子など)は,数日後には地球軌道付近まで飛来し,地球磁気圏との相互作用によってオーロラを起こしたり磁気嵐を誘発したりと地球への影響も無視できない。
彩層からコロナにかけて見られる極めて美しい現象であるが,形や大きさ,運動状態などまさにさまざまである。大別すると,比較的安定して1ヵ月から2ヵ月以上も継続する静止型とめまぐるしい変化を見せる活動型の2種に分けることができる。第9図に静止型の,そして第10図に活動型(噴出型)の例を示す。
第9図の中央辺りに見える暗い横線は,分光器のスリット像であるが,スペクトルの時系列解析によると視線方向の振動現象が所々で観測されている。また,第10図に示した活動型プロミネンスは,スカイラブに搭載された極端紫外線(軟X線に近い短波長)分光器によって観測された活動型プロミネンスで,秒速数百キロメートルというたいへんな上昇速度で噴出していったものである。
第11図は,サージと呼ばれる噴出型プロミネンスの1こまである。第9図が水素Hα線による単色像であるのに対して,本図は,太陽観測衛星スカイラブによって撮影された紫外領域における3本の輝線による写真の合成である。すなわち,およそ1万度の温度で放出される水素の輝線で撮影したものを赤で,10万度相当の酸素輝線で撮影したものを緑で,そして100万度相当のマグネシウム輝線で撮影したものを青で表現したのち三者を合成することによって,プロミネンスおよびその周りの温度構造を一目で見えるようにした特殊な図なのである。
彩層の外側には極めて希薄だが100万度から数100万度のプラズマ(完全電離した高温ガス)からなるコロナが広がっている。彩層と同じように,通常は空の明るさに埋没されて観測できないが,皆既日食時には肉眼でもそのすばらしい姿を見ることができる。第12図に一例を示すが,形は太陽活動の周期によって大きく変化する。コロナの大きな謎は,およそ6千度の光球,数千度から1万度程度の彩層の上空にありながら,なぜ100万度以上の高温を保っているのかという問題である。通常の加熱機構である放射・伝導・対流では,低温部から高温部へ熱を運ぶことは不可能であるから,当然別の機構を考えることになるが,現在では光球から彩層下部の激しい乱流運動によって生じた振動・波動などの機械的エネルギーがコロナに伝播して熱に変わるのではないかという解釈がなされているが未解決の問題と言ってよい。
第13図は,スカイラブによって撮影された太陽のX線写真である。X線領域では,本体である光球は極めて暗く,コロナの方がうんと明るいので,黒々とした本体の周りを明るいコロナが取り囲んでいるように見える。所々に見えるより明るい領域は太陽面上の活動領域,すなわち黒点やプラージュに対応している。中央上部から下部にかけて暗い帯状の領域が見られるが,これをコロナ・ホールと呼ぶ。コロナ・ホールには,文字どおりコロナ物質が存在しないか,あるいは極めて希薄になっているように見えるが,実はこの部分からコロナ物質が太陽風として惑星間空間へ流れ出し地球近傍にまで飛んで来ていることが,人工衛星の観測から明らかにされている。
1991年8月30日に宇宙科学研究所鹿児島宇宙センターから打ち上げられた太陽観測衛星『陽光』は,予定されていた寿命を1年以上も過ぎた現在なお健在で,日々貴重なデータを送り続けて来ている。宇宙科学研究所が打ち上げの全責任を負ったが,搭載された大別四種の観測装置は,わが国の研究者だけでなく,英国および米国の研究者の共同開発による部分がかなりあって,日・英・米三国の共同事業の賜と言ってよい。
さて,この『陽光』は,フレアやコロナの物理構造に対して,かつて無い輝かしい成果をもたらしてくれているが,どのような点に特徴があるのだろうか。第14図に『陽光』がとらえた軟X線による太陽コロナの全体像を示すが,これをスカイラブによる第13図と比較すると直ぐわかるように,分解能が格段に向上していることに気付く。スカイラブが打ち上げられたのは1973年だから,20年足らずの時間差がこれだけの進歩をもたらしたと言えよう。さらに,フレアが起こった時には,時間分解能を上げる工夫も凝らされていて,硬X線観測装置やスペクトル観測装置などとの同時観測によってフレアの前後における磁場構造の変化をとらえるなど,彩層からコロナの領域で起こるさまざまな現象について臨場感あふれる観測結果を次々と送って来ているのである。第15図は,1992年1月11日に観測された巨大ジェット(噴出現象)の軟X線像であるが,この種の時系列連続観測を地上からの観測結果と総合して解析することによって,磁場構造の詳細な時間変化を明らかするなど,多くの輝かしい成果をあげたのである。
以上,まことに駆け足ながら,太陽活動の紹介を試みた。地球に比べると,大きさが110倍,質量が33万倍もある太陽は,われわれ人間にとってあまりにも巨大な存在であるため,そこで起こっている活動の規模を実感することは容易ではないが,1995年1月17日に阪神大震災をもたらしたマグニチュード7.2の地震のエネルギーが比較的大型フレアのわずか10億分の1にも達しない事実から類推してほしい。
最後に,日々の太陽活動の様子をインターネットでも見ることができることを紹介しておこう。実験段階の場合も少なくないが,通信総合研究所の平磯太陽地球研究センターのホームページ(http://hiraiso.crl.go.jp/)を開くと,自らのサービスだけでなく米国ビッグベア太陽天文台など世界の研究所の一覧が掲載されているので,好きなところへ飛んで行って楽しむことができる。