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Accumu Vol.12

携帯アプリ黎明期のゲームデザイン

株式会社ゲームスタジオ代表取締役 遠藤 雅伸

携帯電話は現在最も進歩が速く,機械の寿命を待たずに買い換えられる身近な電気製品となっている。これは1999年2月にNTT DoCoMo(以下ドコモ)がiモードを始め,それ以来音声での通信だけでなく,メールやインターネットが使える端末として進化したからだ。

この携帯電話に2001年1月,端末単体でJavaアプリケーションが実行できる機能が搭載され,ポケットPCとしても使うことができるようになった。これを利用して,既にたくさんのゲームが作られ,携帯アプリ=ゲームという図式ができつつあるが,携帯電話と家庭用ゲーム機や携帯ゲーム機の間では,そのゲームの作り方自体もやや異なる。

図1 一般的なハードウェアのスペック
図1 一般的なハードウェアのスペック

まずはハードウェアのスペックを比較してみよう(図1)。現在Javaアプリケーションが実行できる端末(電話機本体)は,携帯電話会社(キャリア)別,シリーズ規格別に,大きく五つの分類がある。初のアプリ機である,ドコモの,503(503i,503iSシリーズ)と,2002年5月に発売された504(504i,504iSシリーズ)。J-Phone(Jフォン)の,2001年6月発売の2.1G(0Xシリーズ)と,2002年3月の2.5G(5Xシリーズ),KDDI(au)のezplus機の五つ。いずれもCPUは,現行のWindowsPCと同じ32ビットのものが使われ,プレイステーションと比較しても速度以外は大きくは劣らない。しかしメモリ容量に関しては,ゲーム専用機が数MB以上の容量を持っていることに較べると,かなりお寒い。

端末がメモリとして使える領域はすべてRAMだが,503では10KBのプログラム領域に対し,スクラッチパッドと呼ばれるワークRAM領域が5KB,これがドコモ規格による最低条件で,初期の503用ゲームはグラフィックなどの点で容量不足が否めなかった。現実にはスクラッチパッドが5KBしか実装されていないモデルの発売はなく,すべてが10KB実装だったので,現在の503アプリは1年前のものと較べて5KB分グラフィックが良くなっている。

後発のJフォン,KDDIを含め,キャリアの枠を超えて,新たに発表される規格ではメモリ容量が増えている。さらにJフォンの2.5Gでは「SDカード」という外部記憶デバイスが使用可能のモデルもあるのだが,2.5G端末自体の値段が高いことが原因で,先発の2.1G機にも新型が投入され主流となっている。同様のことはドコモのFOMAの苦戦にも言えるようだ。また,カメラが付いていないという理由で504iの売れ行きが芳しくなく,今さらアプリの走らないカメラ搭載型の251シリーズが発売されたのは,いかにも場当たり的で残念だ。携帯アプリゲームのクリエイターとしては,2002年に発売されたカメラ付きの504iSに期待したい。

逆に携帯アプリの最大の利点は,電話機に番号が振られている時点で,使用者が意識することなくプロバイダー契約が完了している点である。課金も毎月の電話料金に付加される形で,カードやウェブマネーなどの小口課金方式に較べて,遥かにその敷居が低い。従ってソフトを供給するのも,ディスクやチップなどを使わず,回線からメモリに直接ダウンロードする。このソフト供給システムは,PCや家庭用ゲーム機でも常に「次世代」という言葉で語られているが,携帯アプリの成功には程遠い。

通信環境が必然ならば,ハードウェア的にプアな部分をサーバに肩代りさせる案は誰でも考えつく。複雑な計算や大量の画像データはサーバに置き,端末のアプリはそれを表示していく機能に特化していく方向だ。これなら大規模で綺麗なグラフィックを大量に使ったゲームも制作可能になる。

だが,その代償は「ゲームクリアに必要なパケット料金が数十万円」という本末転倒なユーザーへのツケ。折角,端末単体で動作するように設計されたアプリ機なのに,これでは意味がない。携帯電話の料金体系を考えると,通信を最低限に抑えるか,アプリケーションのダウンロード以外には通信をしないのが作り手の良心だろう。

次にグラフィック能力だが,最新の大画面のものであれば画素数は携帯ゲーム機に匹敵する。現在アプリからコントロールできる画面の最大サイズはNEC製端末の160×180ピクセル。ゲームボーイアドバンスは240×160だが,503が120×130だったことを考えると,いずれこの順位は入れ替わるかもしれない。さらにバックライトも付いているので,最大の欠点である電池の消耗が激しいことを除くと,表示デバイスとしては申し分がない。描画方式もグラフィック画面に,ライブラリで書き込んでいくプレイステーションなどと同様の方法で「ライン」や「ボックス」などの描画コマンド以外に,GIFやPNGなどの画像を貼り付けることができる。問題はキャリア別,機種別にその仕様が異なっていることで,ソフトウェア開発の際には,膨大な機種対応が必要ということだ。

背景があるところに,前景としてキャラクタを画像で貼り付ける場合について説明しよう。

ドコモでは初期の503からパレットに透過色を持った「透過GIF」をデータとして使用していたので,背景を描画した後に画像を貼り付ければよい。ただし,キャラクタが画面中を移動する場合,移動した位置に新たな画像を貼り付けると,今まで貼り付けられていた画像が残ったままになってしまう。それを避けるために,前の位置の画像部分に背景を上書きして消す処理が必要になる。また504ではイメージクリエイトといって,仮想画面上に画像を展開し,その一部を切り出して実画面に描画することが可能で,プログラマさんの想像力次第で色々な技が使える余地があっておもしろい。

Jフォンの2.1Gでは「非透過PNG」をデータ形式として使用しているので,前景として使う場合はスプライトというライブラリを使って,透過色を含んだ画像に変換して表示する。こちらはキャラクタの位置と画像の種類を指定する方式なので,位置が変わっても前フレームの画像が残ることはなく,ファミコンのキャラクタのように動かすことができる。さらに2.5Gでは「透過PNG」もサポートしており,スーパーファミコン時代からのプログラマさんには「Jが作りやすい」という人も多い。

KDDIも状況はJフォンと変わらないが,こちらはスプライトをサポートしていないので,初期型の「非透過PNG」のみをサポートした機種では,画像を分割して持ったり,画像を持たずに描画コマンドを利用してキャラクタを描いたりする技が必要で,プログラマさんの評判が悪かった。最新型では「透過PNG」もサポートされているので,503と同様の手法で処理できる。

音もゲームには必須の要素になっているが,携帯アプリのゲームに関しては,その前提となる聴取環境の問題があって一概に論ずることができない。プレイされているのが電車の中であったりすると,周りの迷惑を考えて音自体をオフにするからだ。さらに不謹慎にも,学校の授業中にプレイするだろうことも容易に想像が付くが,そうなると外部用のスピーカ自体をキャンセルするだろう。

そういったネガティブな部分を抜きにしてゲームにおける音を考えてみよう。通常のゲームで使われる音は,大別して三つに分かれる。

サウンドエフェクト(SE)は,インタラクティブに何かが起こった時に鳴らす効果音。端末にはデータを節約するために,あらかじめ各種の効果音が内蔵されていて,その中から適当に選んで使うこともできる。ただし,用意された音は規格に従って「叫び声」などと名前が付いているのだが,各機種によってその音はまるで異なり,別の用途に流用すると的外れになってしまう。

ミュージック(BGM)はインタラクティブではなく,一つの曲として用意され,メインタイトルやエンディングなどにも使われる。BGMの質は音源に左右されてしまうが,アプリ機ではデータ容量が少なくて音質が確保できるFM音源を採用している機種が多く,MIDIなどの汎用データからのコンバートによって簡単に音楽を実装することができる。

ジングルはクリア音やミス音など,SE的に使われる短い音楽のことで,広義にはSEに分類されるが,制作上は,BGMのように繰り返さずインタラクティブに一回だけ演奏するだけの音楽として作られる。ゲームの進行を演出するには欠かせないギミックだ。

携帯アプリのサウンドで最大の問題は,同時演奏曲数が限定されるということ。Jフォンが2.1Gから4曲をサポートしていたのと較べると,503とKDDIの初期型では1曲しか演奏することができなかった。そのJフォンも曲のシーケンスの最初から発音することができず,データに冗長な休符を持たなければならない不具合があったりと,着メロの機能拡張に過ぎない感覚は拭えない。結果として開発当初は,BGMかSEのいずれかを選んで実装し,BGMなしのゲームやSEのないゲームなど,サウンド的に非常にプアな物を作っていたが,前述のようにサウンドが重視されない傾向が強いのが幸いしている。

実際のゲームデザインを考える場合,その与えられた条件によってデザインの方向性が変わる場合が少なくない。特に描画能力とインターフェイスによって,ゲームのコンセプト自体が決まってしまうことが,携帯アプリ専用に考案したゲームではよくある。低い描画能力を補いつつ,高いクォリティのゲームを作る工夫を紹介しよう。

「書き換え量自体を抑える」方法は,最もマージンが見込める。この方法を使う場合は,画面を大幅に動かすことができなくなるので,アクションゲームには向かない。パズルとかの画面の一部を,操作に従って書き換えていくような物に適しているが,強引にアクションゲームを作るならば,書き換えポイント自体が移動して軌跡を残していくようなものがいいだろう。

「表示データを軽くする」方法は,移動するキャラクタなど,データを背景データとキャラクタデータに分けずに一緒に持ったりすることで可能になる。あらゆるポジションで背景との整合性が取れないとダメなので,必然として背景がベタ一色であることが必要だ。キャラの視認性を確保するのに,最も効果的なベタは黒だから,宇宙などを題材に取って作っていくと自由度が高くなる。もちろん,キャラクタが通る道筋以外はベタである必要はないので,全面をベタにする必要はない。

「処理の軽い描画コマンドを使う」方法は,データとして画像を持たずに,線を引いたり,四角く塗り潰したりという描画コマンドを利用して画面を作る。画像データは大きければ大きいほどメモリも消費するので,単純な描画コマンドを利用すると画面上に広く画像を構成することができる。枠線で形を作ってその中を単色で塗り潰す,アニメのような絵は,この方法で描画することが可能だ。またポリゴンなどが使用できる機種では,それを利用してアニメーションすることもできる。ただし画面は単調になってしまうので,内蔵の文字を演出に利用するなどの補完をしたい。

「書き換え量を均一化する」方法は,既に処理の重さが分かっていたり,処理が間に合わなくなった時の対処として使う。例えば4フレームごとに8の描画が必要なゲームがあり,ハードの能力的に1フレームでは3の描画しかできないのなら,2ビットのカウンターで処理を分岐して,毎フレーム2ずつ描画すれば良いことになる。アクションゲームだと応答性が下がってしまうので,応答性が要求されるところだけ毎フレーム描画し,必要のない部分を時分割して描画するなどの応用もある。いずれにせよ,画面に激しい動きのあるものには使えない。

インターフェイスというのは,実は携帯アプリを制作する上で最もゲームデザインに影響を与えるファクターである。その利点と問題点は多岐に渡ってしまう。絶対に忘れてならないのが,携帯電話はゲーム専用機ではなく,電話を掛けることに最もプライオリティの高い性能を与えられていることだ。元々ゲームには不向きな操作系をどう使うかが,腕の見せ所だったりする。


図2 P503i
図2 P503i

カーソルをコントロールするためのボタンは,各社各様でそれぞれ異なる。P503i(図2)はゲーム機のジョイスティックに似たボタンを採用していて,抜群の操作性を持っている。パナソニックはストレートタイプの端末に定評があり,このボタンは使い心地も良かったのだが,デバイスとしての厚みが相当あるため,折りたたみタイプのみのラインナップになった504では姿を消している。また残念ながら,503では同時に二つまでキー入力ができるのだが,カーソルボタンの斜め入力だけは許されておらず,折角のジョイスティックも「グリグリ動かす」ことには使用できなかった。ちなみに2.5Gと504ではカーソルボタンの斜め方向への入力を受け付けているのだが,パナソニックのジョイスティック型ボタンを搭載しているのは,JフォンのストレートタイプP-51だけになっている。


図3 SO503i
図3 SO503i

カーソルデバイスの中でも異端なのはソニーの端末(図3)。上下方向がジョグダイヤルというクルクル回す仕組みになっていて,上下方向のレベル入力を受け付けない。従って上を押し続ける操作にしてしまうと,上に回し続けなければならないことになり,指を持ち替えたりすると入力が途切れてしまう。このデバイスはインターネットブラウザとして使う時には,画面をスクロールさせるのに優れた性能を発揮するのだが,ことゲームに使うとなると難しい。実際の作例としては,釣りゲームを作った際にリールの巻き上げにジョグダイヤルを割り振った。これは大成功で,一所懸命巻き上げるといったリールの持つ雰囲気があり,他の機種にはない魅力を出している。


図4 N503i
図4 N503i

ドコモ最大シェアのNEC系の端末(図4)では,カーソルボタンの直下にクリアボタンがあり,間違えて押してしまうことが頻繁に起こる。テトリスでブロックをドロップしようとすると,クリアボタンも一緒に押してしまって,ゲームが終了してしまうような不具合だ。こんなソニーとNECのユーザーのことを考えて,カーソルボタンの上下は極力使わないようにしている。


図5 JD-05
図5 JD-05

他にもボタンの配列は,決定ボタンがカーソルの上についていたり,カーソルボタンが四方向のコントロールボタンではなく,四つのボタンに分かれていたりなどバリエーションが多い。しかしどの機種にも例外がないのが,0~9と#*のボタンがついていることである。この12個のボタンだけは,メーカーや機種に関わりなく配列も同じ,ボタンの数も家庭用ゲーム機より多く,ボタンの名称も間違えることがない。画面を3×4に分割してマス目に現れたモグラを,それに相当するボタンで叩くゲームなどは,携帯にアプリが搭載される前から端末についていたりしたが,電話としての操作系を利用するなら良い例と言えよう。ただし三菱端末に多いフリップタイプ(図5)では,ダイヤルキーにカバーが付いているので,これも万能ではないのだが…。

今後の携帯アプリの主力も,やはりゲームソフトになると予想されるが,それは家庭用ゲーム機と競合するような方向には決して進まないだろう。誰しも自宅のソファでくつろいでいるなら,携帯アプリより家庭用ゲーム機で遊ぶし,携帯電話を持つ年齢なら通勤電車にゲームボーイを持ち込んだりはしない。そんなわけで,ボクの携帯アプリにおけるゲームデザインポリシーは,吊り革を持っていない方の手だけで快適にプレイできる操作性の追求に置いている。

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遠藤 雅伸
Masanobu Endo
  • 1981年千葉大学工学部画像工学(写真工学)科卒業
  • 同年(株)ナムコに入社
  • 同社にて「ゼビウス」('83年),「ドルアーガの塔」('84年)などのアーケードゲームを数多く手がける
  • '85年に(株)ゲームスタジオを設立
  • 現在は家庭用ゲーム機のみならず,携帯ゲーム,カードゲームなど,様々なゲーム開発を行う

上記の肩書・経歴等はアキューム13号発刊当時のものです。