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Accumu Vol.2

グリーンハウスエフェクト

NASA宇宙科学ゴダート研究所長 Dr. James E. Hansen ●ジェームス・E・ハンセン

寺下 陽一 訳

気候における温室効果の影響は,たとえ地球規模の温暖化が現在のところ小さいものであるにせよ,また,その存在に対する強い反論があるにせよ,緊急に対処すべき問題であります。何故なら,第一に温室効果気体(訳注。排気ガスなど)の寿命が長いこと,第二にそれに対する気候システムの反応時間が遅いからです。寿命が長いということは,かりに我々がその排出を止めたとしても,すでに蓄積してしまっているそれらの気体がすぐにはなくならないことを意味します。また,気候システムの反応が遅いということは,その気体の蓄積量がある危険レベルに達しても,気候への影響が現れるのはそれよりずっと後になるということを意味します。すなわち,何らかの影響が現れた後に,我々がその種の気体の排出を止めようとしても,もうすでに種々の変化が進行しつつあることになります。このような理由で,温室効果気体の蓄積は,我々および我々の子供達を大規模な気候変動 にさらすことになるわけですが,そのような気候変動が如何なる性格のものか,また日常生活に如何なる影響を及ぼすものかは,未だに分かっていないのが現状であります。

科学者達は1990年代に起こるであろう気候変動が如何なるものか説明し,それを正確に予測するよう,求められることになるでしょう。また,気候変動の影響を最小限にくい止める方法についての助言を求められるでしょう。私は,日本が“温室問題”の科学的・技術的な分野で指導的な役割を果たすことが出来るし,また,そうするべきであると,信じています。また,温室効果気体の排出量を制御する上で日本は大きな影響力を持ち,した がってこの惑星の将来を決定する重要な立場にあります。何故そうなのかという理由は,これからの話の中で説明して行きます。

以下ではまず,温室効果による気候変動の兆候,そしてそれに対する批判意見について,今までの情況をまとめてみたいと思います。

次に地球規模温暖化の現れであろうと思われる,地球的気候変動のいくつかの例についてお話します。また,温室効果を軽減するために如何なる惜置が可能か,その結果どのような効果が期待できるかについて述べます。最後に,温室効果というものをさらに深く解明するための世界規模の観測システムの可能性について論じてみたいと思います。

私は1988年にアメリカ合衆国上院で証言をおこなったのですが,まずそれについてお話致します。その証言の内容は以下の3点です。

(1)地球は暖かくなりつつある。そして,その事情の確からしさは99%である。

(2)地球規模の温暖化の原因はおそらく温室効果によるものである。原因と結果の関連性について“高い信頼度”がある,というのが私が実際に使った言葉です。

(3)ゴダード宇宙科学研究所で我々が用いている気候モデルによれば,1980年代の初めには,異常に暑い夏とかんばつの起こる頻度が増加し始める,という計算結果が得られている。

図1

地球は温暖化しつつあるという第一の主張は,観測所の観測記録に基づくもので,それは第1図に示すようなものです。これらのデータについては種々の問題点があります。まず,観測地点が充分な区域をカバーしていないことによる不確実性があり,それは誤差マークで示されています。また,このデータは0.1℃位の都市温暖化を含むと考えられます。つい最近ネイチャー誌に発表されたKuoらの論文では,これらのデータが今までよりもっと強力な統計手法を用いて処理されています。その結果,表面的なデータ値が,統計的偶然でなく真の温暖化を示す確率が99.99%であること,ただし,その確立は都市効果を考慮すると若干小さくなること,が結論として出されています。しかし,その確立が99.99%であるか,99%であるか,それとも95%であるかは重要でありません。要は,地球が殆ど間違いなく暖かくなっている点であります。

私の第2の主張は,地球規模の温暖化はおそらく温室効果によるというものであります。この結論に対して客観的な数値を示すことは困難です。私は強い確信をもっていますが,それは温室効果に関する我々の研究結果に基づくものであり,これらの研究は種々の惑星や地球に関する,多様なケースについて実証されているものであります。我々は温暖効果気体の正確な測定データを持っており,またそれが過去100年間の気候を変化させた主要な要因であることの根拠を持っています。また,1958年以降の二酸化炭素の測定結果と,予測される地球温暖化との間に強い一致がみられます。過去100年間の温暖化は,気候変動要因の測定値とよくつじつまが合っています。さらに有史前からのデータや気象モデル研究により,気候というものの脆弱性についての知識を我々は持っています。

図2

古気候データをお見せしましょう(第2図)。これは過去16万年の大気の二酸化炭素と気温の記録であり,南極において毎年の降雪によって作られる氷板に記録されているものです。二酸化炭素量は,氷河期の最も寒い時期には190p pmと変化しています。温暖気候から寒冷気候へのこのような転換は過去数百万年の間に何回となく起こっているもので,地球軌道は,“氷河期のペースメーカー”と言われているもので,地球の受ける太陽光の季節的・地理的分布の変化の原因となるものです。二酸化炭素の変化は温度変化より少し遅れて起っています。したがって,予想されるように二酸化炭素はフィードバックの働きをしています。すなわち,海洋また地表が温められると二酸化炭素の放出量が増え,増えた二酸化炭素が再び気温を上昇させるというわけです。

図3

古気候データは,気候というものの脆弱性に関して経験的な情報を与えてくれる点で重要な意味を持ちます。数百年単位の間に輻射平衝を保っていなければなりません。氷河期の温度が低く保たれるのは,雪と氷の増加(太陽光を宇宙に反射する),温室効果を起こす気体の減少,といった現象が要因であります。第3図に示すように,これらの気候促進要因(短期の気候を決定する境界条件)の大きさは1平方メートルあたり約7ワットとなります。これは約5℃の温度変化に対応することになり,気候の脆弱度は4ワットあたり3℃となります。ここで4ワットという量は二酸化炭素の量が2倍になったために生成されるものです。気候変動要因の大きさも温度変化も不正確さが伴うので,気候の脆弱度は2倍の二酸化炭素に対して2~5℃と考えればよいでしょう。純理論的な推定値あるいはモデル計算による値は大ざっぱに1.5~5℃をとなっていますから,上との値と大体合っています。かりに下限値(1.5℃,2℃)をとってみても,これは数10万年来の温度上昇を意味することになります。

図4

ここで私がおこなった上院での証言に話しを戻します。私の証明の第3点は,異常高温とかんばつの発生する確率についてのものです。証言当時,合衆国は猛暑とかんばつのさ中にあったせいか,私の話は最初誤解されていることに気付いたので,第4図を見せることにしました。これらの分布図は,示された年の7月における温室効果気温上昇をシミュレートしたものです。1950年から1980年の平均温度を“正常値”とすると,赤は正常値より高い,青は正常値より低いことを示しています。大気も海水もとびちる非線形の流体ですから,各分布図の細かいパターンには特に意味はありません。しかし,この図から我々が言えるのは,1990年代には,温度が正常値以上の部分の面積を超えるようになる,という点です。

ところが,公聴会において言い足りなかった点がもう一つあるのに気が付きました。それは,温室効果の影響が地域的規模では,今のところまだ自然的な気候変動より小さいという点です。私は「温室効果は既に始まっており,気候に影響を与えている」と述べたのですが,これを,どの季節においても温度が正常値より高くなると解釈した人々が居たわけです。そこで公聴会の後,このような色付きのサイコロを作りました。温室効果がまだ自然的な気候変動より小さいこと,しかし温室効果が現われる確率が大きくなる可能性が充分あることが,これらのサイコロで説明できます。米国の気象庁では,1950~1980年の期間を通じて1/3の日数を高温日であったとしています。したがって,サイコロの2面を赤(高温),2面を青(低音),2面を白(ふつう)とします。我々のモデル計算によると,1990年代を平均すると,異常高温の夏が現われる確率は60~70%となり,したがって,サイコロの6面のうち4面が赤となります。これは統計的にはかなり大きな値でありますが,それにも係わらず温室効果の影響は自然的な気候変動より小さく抑えられるのです。

図5

残念ながらこのサイコロを以ってしても自然的気候変動に関する私の趣旨を理解して貰うことは出来ませんでした。去年の12月,米国では全国的に非常に寒かったのです。(第5図)-実際には地球規模では1950年~1980年平均より0.5°F(0.3℃)暖かかったのですが,ヨーロッパからアジアにわたって暖冬でありましたし,正常より暖かかった地域が,寒かった地域を上回っています。しかし,大規模・長期的な立場から気候を考えるのは難しいことのようです。そういうわけで,多くの人々,特にワシントンの人々は,12月が寒かったという理由で,温室効果の心配をする必要なしと判断したわけです。

温室効果というものの重要性に対して,そして特に私の証言に対する批判があるということは別に重要なことではなく,ふつうは無視することにしています。私が困惑するのは,私が政策決定者の注目を引くために,事実を誇張しているのだとか,変な理由で人々の関心を喚起する手助けをしているのだとか言う人達が居ることです。このような批判は全く心外なことでありますし,重要なことではありません。

重要なことは,否定論の中のあるものが,温室効果を食い止めるための行動にブレーキをかける意図でなされている点です。そして不幸なことに,これらの否定論が米国の政策決定者に重要な影響を与え始めているようです。しかし,これらの否定論の科学的根拠はどう控え目に言ってもお粗末そのものです。

例えば,マーシャル研究所は大統領の首席補佐官にレポートを提出しましたが,その中で,「温室効果気体放出の増加がもしかすると良いことかも知れぬ」と言っています。その理由は,マーシャル研究所の予測による21世紀には太陽輻射の減少が起るが,そのために生ずる冷却効果を温室効果が差し引いてくれる,というものです。しかしながら,大気二酸化炭素の倍増に対抗するためには,太陽エネルギーが2%減少せねばならないことが簡単に示せます。過去二世紀間の観測データによると,太陽エネルギーの変動幅はせいぜいが1%の20~30分の1程度でありまして,2%もの減少という話は,太陽物理学者達がまともに取り合うものではありません。太陽エネルギーの減少といった希望的観測に基づいて政策決定をおこなうということになれば,これはとてつもなく馬鹿げた話です。

図6

上のレポートよりも更に大きな関心を呼んだのは,「水蒸気によるマイナスのフィードバックのため温室効果は無視できる程度のものになるかも知れない」という(リチャード・リンゼン)Richard Lindzenの意見です。詳しく言うと,温室効果によって水蒸気の対流が強くなると予想されるが,その結果,対流圏上層が乾燥する,というのが彼の根拠です。しかしリンゼン(Lindzen)による水蒸気対流の扱い方は極めて単純化されたものです。彼は大規模環境沈下現象(すなわち水蒸気対流雲をとりまく空気の沈下)を考慮していますが,吐出効果(すなわち対流圏上層への水蒸気の注入)を無視しています。さらに,降下中の雨滴の蒸発現象,大気の大規模運動も無視しています。彼が考えているメカニズムは,実際には地球気候モデルでもっと現実的な方法で考慮されています。そして,このモデルによれば水蒸気はプラスのフィードバックとなることが確認されています。さらに,リンゼン(Lindzen)の予想を否定する多くの経験的事実も存在します。例えば,もし水蒸気対流の強化により対流圏上層が乾燥するのであれば,その地域での夏は,冬より水蒸気が少ないはずです。しかし,観測事実は逆です。国立科学学士院の会議の席で私がこの点を指摘したところ,リンゼン(Lindzen)は,ラジオゾンデのデータは信頼できないと反論しました。しかし,この他にもSAGE衛星のデータがあります。第6図に見るように,季節変化による気温上昇の結果,対流圏上部も湿度が増加していることを,このデータは示しています。

この種の“科学的”批判が,一部の政治家と一部のマスコミ(特に企業寄りのマスコミ,ウォールストリート・ジャーナル,バロンズ,フォーブスなど)から盛大な応援を得ているのは驚くべきことです。「温室効果というものはまだ全然解明されていないし,多分心配することないだろう」という雰囲気が作られています。一般大衆は良いニュースを聴きたがるものですから,この種の報道が歓迎されるのは当然でしょう。しかし,残念ながら,希望的にものを考えても温室効果はなくなりません。如何なる大企業といえども,あるいは政治家といえども物理法則を変えることは出来ないのです。

最新の“良いニュース”は,「1980年代には地球温暖化はなかったことが衛星データにより示された」という報道です。この報道におけるマスコミの表現は極めて誤解を招き易いようになっており,それはペテンすれすれと言うべきものです。大抵の読者は,1980年代は観測史上もっとも熱い10年であった,あるいは,最高値の年が何回か1980年代に現われた,とする以前の報道との間に矛盾があると解釈しました。ところが現実にはどうかというと,そのような矛盾はないのです。最初の図で示したように,1980年代の温暖化傾向を示唆するような気象データはないのです。さらに,報道された観測誤差,すなわち2年間で0.01℃(衛星観測の専門家はこの数値を甘過ぎるとしてします)というのは,100年あたり0.5℃となります。地表近くの気温上昇傾向について以前報道されましたが,人工衛星がこのような傾向を測定するのは不可能だという事実をマスコミははっきりと述べておりません。

しかしながら,もっとも誤った印象を与える反論は,「気候予測のためのシミュレーション・モデルが全然信頼できないものであるから温室効果による気候変動を心配する根拠は何もない」とする説です。しかし実際にはそうでなく,温室効果の物理学に関して我々のおこなった基礎研究,種々の惑星に関するデータ,地球の温室効果の地理的分布に関する衛星観測データ,有史前からの気候変動過去100年間の温暖化,そして気候モデルの研究とさまざまな根拠に基づいた結論なのです。したがって,気候モデルがまだ不充分であるからといって,気候変動の予測自体が信頼できない,とするのは間違っています。

さて,ここで地球的な気候変動に関する話をしましょう。批評家達は,「東京での降雨量に関して気候モデルから予測出来るか?」と聞きます。「出来ない?それじゃモデルは役に立たないじゃないか」ということになります。本当は,「予想される温室効果に関してモデルはどのような手掛かりを与えてくれるか?」という質問をすべきなのです。そして,このような手掛かりはかなりある,と私は思います。

その一つは気温です。殆どの地域で温度上昇があろうという点では,すべての気候モデルは一致しています。気候の脆弱度として現実性のある値を仮定すると,気体排出が今のままの割合で増大するかぎり,気候帯の位置が異常な速さで移動するであろうことは,どのようなモデルからも結論されています。ただし,森林その他の生物相がモデル計算値のとおりの速さで移動するかどうかは全然分かりません。人工の構造物が,予想される経路をふさぐからです。もちろん,人類は強い適応性を持っています。しかし,気候の脆弱度が倍増二酸化炭素に対して4℃としますといかに人類といえども強烈な気候変動を感じるでしょう。例えばワシントンの場合では,気温が90°F(38℃)以上になる日数が年間35日から85日に増えるものと推定されます。もし気候の脆弱性としてその下限,倍増二酸化炭素に対して2℃をとりますと,90°Fを越える日数は年間35日から55~60日と増えますが,これでも大変な気候変動です。ある種の生物はもっと小さな変化に対しても敏感に反応します。例えばサンゴは年間の温度変動幅が小さな地域に生息しています。1℃以下の平均温度上昇に対してもサンゴはその共生藻類を吐き出して死んでしまいます。最近カリブ海で起ったこの種の現象は単に偶然の一致かも知れませんが,もしかすると“カナリヤの死が始まった”(警告)のかも知れません。いずれにせよ,これは微小な温度変化にもろい生物相を示す一例です。

次に,水循環について考えてみましょう。どのような気候モデルを用いても,温室効果が強くなると地球規模での水蒸気が増加し,降雨量も増大することが導かれます。具体的に,何時,何処で降雨量が増えるかは,はっきり言えませんが,水循環の勢いが激しくなると,洪水の激しさが増すであろうことはまず間違いありません。さらに,暴風雨の様子を調べるためのモデル計算によると,潜熱のために暴風雨の激しさが一層強くなる傾向が見られます。雷雨に関して言いますと,下層の水分による静電エネルギーが増加し,より強力な対流が発生するという結果がモデルから導かれます。また,海面温度の上昇により,より強烈な熱帯性暴風雨(台風,ハリケーン)の発生する可能性が強くなることが示されています。

図7

水循環のもう一つの側面であるかんばつについても,温暖化によって増加すると考えられる明確な根拠があります。温室効果気体放出がこのまま急激に増加して行くというシナリオに基づいたGISS(ゴダード宇宙科学研究所)気候モデルによると,かんばつ指数の計算結果は第7図のようになります。茶色の部分はその地域の正常な気候状態に比べ乾燥度が増大する傾向を示します(乾燥度の増大は蒸発量の増加が降雨量の増加を上回る場合に起ります)。乾燥度の増大は中・低緯度地帯で起る傾向がありますが,これはGISSモデルに限らず,すべてのモデルについて言えることです。かんばつの結果として森林火災なども増加するものと予想されます。しかし,かんばつについても気温と同じように,温室効果から予想される影響の大きさが自然変動に比べて小さいということが出来ます。

これらの影響が現われることはモデル計算よりはっきりと示されるものです。モデルが正しいかどうかについては確証はありません。しかし,上で述べたような影響が現われない,あるいは現われても無視出来る程度に小さいような(充分根拠のある)メカニズムは否定論者のだれからもまだ提唱されていないのです。

重要な課題は,温室効果が強化されるとそれが天候・気候の変動度に如何なる影響を及ばすかという点です。モデル計算によれば水循環の変動度は明らかに増強され,洪水やかんばつはその激しさを増します。しかし,気温の変動度についてははっきりしていません。平衡状態で二酸化炭素を倍増した場合の実験では気温変動率は幾分小さくなるという結果になります。これは赤道付近よりも極地部分の方が温度上昇が大きいためです。しかし,より現実的に過渡現象を考慮し,気体排出量が時間的に一定であるとした場合には様子が異なってくるものと思われます。その理由として,まず海洋よりも大陸部の方が早く暖められ,したがって季節によっては温度勾配が大きくなります。第2に,温室効果による温度上昇が,経年変動の最大要因である太平洋エルニーニョ気候変動の振幅を増大させるという暫定結果が出ています。第3に,過渡型気候においては,高緯度帯での温度上昇を遅らせる要因が存在します。すなわち,海水の混合がずっと深くまで達するという現象,そして対流圏におけるオゾン損失という現象などがそうです。これらは高緯度・低緯度間の温度差を大きくする方向に働き,したがって冬の暴風雨を発生し易くします。このような要因により,気体排出が急激に増えるにつれ温度変動幅も大きくなるであろうと私は考えています。ただし,この課題に対してはっきり答えるためには,より現実的な,大気-海洋連携型のモデルを作る必要があります。

科学の立場から表明できる基本線は以下のようになります・・温室効果気体放出の増加は,今後数10年において大規模な気候変動を起す原因になります。その結果,気温上昇,降雨量の増大,激しい暴風雨や洪水,かんばつや森林火災の増加,海水面の上昇,などの気候現象が予想され,どれをとっても温室効果論争で “勝者”が出てくる材料はありません。ただし,気候変動の規模や地域的分布はどうか,そしてこのような気候変動が目に見えるように何時か,という点については明らかではありません。そして予期しなかったことも必ず起るでしょう。我々の気候システムに関する理解はまだ不充分で確実な予測はできないのです。

さて,科学的にもこのように不透明な現状で,我々は何をなすべきなのでしょうか?私の意見としては,温室効果をやわらげるための種々の施策を強力に推進すべきです。そしてこれらの施策はいずれにせよ本来的に必要なことです。我々はエネルギー使用効率を改良し,廃棄物リサイクリングを促進し,塩化弗化炭素類の使用を中止し,森林伐採にブレーキをかけ,また,適切な植林事業を進める必要があります。これらの施策が,温室効果を考えなくとも他の側面で如何に有益なもであるか,私が詳しく述べる必要はないでしょう。長期的に考えると,これらの施策は多大な利益を人類にもたらしてくれるのです。

図8

私はまた,クリーンな代替エネルギーの開発と実用化にもっと力を入れるべきであると考えます。第8図に示すように,かりに我々が採掘可能な石油を天然ガスをすべて使い切ったとしても,炭酸ガスの量は倍増しません。石油,天然ガスを使い切った後,続けて全世界の石炭を掘りつくし,山をくだいて頁岩オイルを抽出し,またその他の炭素系“合成燃料”を開発すべきなのでしょうか?我々は,温室効果気体放出の低減のための施策に加えて,今後10年間にクリーン・エネルギー開発を進めねばなりません。温室効果が目に見えるような段階に至り,「いざ鎌倉」となってもあわてふためくことのないよう準備しておかねばなりません。

これらの行動は10年前から起すべきであったと私は考えます。ところが,我々はこの10年間を“いつものとおり”ムードで無駄にしてしまったのです。しかし,1990年代を無駄に過ごしてしまうわけには行きません。温室効果気体の排出速度は急激に増加しているからです。産業革命が始まって以来地球大気に加えられた排出気体の50%以上が国際地球観測年以降(すなわち過去30年間)のものです。しかし,海洋の熱慣性が大きいため,それによって引き起こされた気候変動のほんの一部しか見えていないのです。すなわち,我々はその働きも,破壊力の大きさも分からないままで一種の時限爆弾を構築しつつあるのです。

この時限爆弾の起爆装置を取りはずすため,人類は行動を起すことができるのでしょうか?

昨年私はコネティカット州に住む13才の少女から手紙を受け取りました。実は,以前に彼女の期末課題の題材として温室効果の資料を送って上げたことがあるのです。その後,彼女は地元紙に投書をしたりして運動を起しました。植林事業を始めるよう学校側に働きかけ,自動車のエアコンを使わないよう両親に働きかけ,フロン・スプレーや発砲スチロールを使わないよう友達に働きかけたのです。ところが,その手紙を読んで私はがく然としました。彼女は次のように言っています。「ブッシュ大統領は環境保護のための事業を始めると言っていますが,実際には何も起らないと思います。大統領は単に,心配しているアメリカ市民や,貴方のような欲求不満の科学者達をなだめようとしているだけに違いありません。」これが13才の子供の言葉です。子供達をこうまでしらけさせるような行動を大人達はとって来たのです。個人的には,環境保護が必要だとするブッシュ大統領の気持ちは真剣なものだと私は確信しています。しかし問題は,彼の助言者には多種多様の人々が含まれているのです。“今までどおり”にやって行きたいとするグループは大きな影響力を持っています。しかし,90年代も80年代と同様に“今までどおり”やって行くと,大規模な気候変動から逃れられなくなり,21世紀の初めには強烈な環境的・社会的な変化が現われ,我々も子供達の世代をもおびやかすことになるのです。

そこで,政界・実業界の反応はどう出るか問題です。環境問題への関心の高まりを抑えるようなことはしないでしょうか?悪い報らせを持った使者を殺してしまう,というと冗談になりますが,学問的な内容はどうであれ,温室効果の反対論であれば派手にもてはやされる現状を見ていると,これが冗談では済まされないようです。

昨年,我々の研究グループの1人が自動車工業会の会合で温室効果について講演をしました。彼の次の講演はホンダの技術者がおこないましたが,この内容は効率を上げ,排気ガスを抑えるためのエンジン設計に関するものでした。次に現われたのは米国の自動車メーカーの技術者ですが,彼は,温室理論が間違っていると考えられるいくつかの理由を説明しました。

図9

第9図に示す記事は私を非常に元気づけてくれるものです。最近のネイチャー誌に掲載されたこの記事によると,予想される環境危機に対する日本の政財界の反応は非常に意欲的と見受けられます。記事には“環境調和型”の技術開発のための研究センターに触れていますが,このようなものはビジネスとしても成り立ち,またこの惑星にとっても素晴らしいものです。

本当のところ,予想される気候変動を抑える上で日本は大きな影響力を持っているものと,私は確信しています。環境調和型でエネルギー効率の良い技術を日本で開発し,それを中国などの発展途上国に売れば,温室型排出気体の増加を抑えるのに役立ちます。発展途上国は現在のところ温室効果に関心を持っていません。しかし,気候変動が始まるとその影響をもっとも強く受けるのは低・中緯度ですから,これらの国々も気候変動への対応策を強く支持するようになると信じています。そして言うまでもありませんが,クリーンなエネルギー,効率的なエネルギーはそれ自体重要なことです。

表1

最後に,今後数年間において必要と考えられる国際観測体制について述べます。これは,現時点での気候変動に関する我々の知識を増すため,そのような変動の因果関係を明らかにするため,そして将来の気候変化に関する予測能力を強化するために必要です。第10図は,気候変動要因,気候フィードバック,気候診断項目について種々の観測用件をまとめたものです。

温室効果に関する不確定要因の主要なものは,上層対流圏のオゾン層の不確定性に由来します。これは温室型変動要因全体の20%にあたると思われます。次に,成層圏水蒸気量に関する不確定性が問題になります。この水蒸気量はメタンガスの酸化によって増加しているものと思われますが,実際の観測データはありません。一般に気候決定の不確定要因の最大のものは対流圏のエアロゾル量ですが,これは温室型気候決定要因と同程度である可能性があります。

フィードバック機構に関する最大の不確定要素は雲の状態に関するものです。我々は,雲の拡がり,高さ,光学的厚さのみでなく,雲粒子の位相も観測する必要があります。水蒸気,特に上層対流圏・下層成層圏におけるその変化の状態も重要なフィードバックを与えます。

気候決定要因,フィードバック,診断に関する多種の観測が人工衛星や地上観測所でなされていますが,いくつかの重要パラメータが落ちています。しかし,その気になればこれらのパラメータも小型衛星に3種の小型機器(周辺スキャナ,輻射収支測定器,エアロゾル雲実験装置)を装置すれば測定可能なはずです。これら測定は傾斜角50~60度の軌道と,極軌道でおこなう必要があります。したがって,このためには2台の小型衛星か,あるいは1台の小型衛生と EOS(Earth observing System)極プラットフォーム上の設置スペースがあればよいことになります。しかし現時点ではこの種の観測は計画されておりません。したがって気候研究に必要なデータは得られないままになるかもしれません。観測の問題に関しては,このあと更に詳しい議論ができればと思います。

※本講演は東海大学海洋技術研究所の主催で,1990年4月12日に行われた”世界的温暖化”ゼミナールで話されたものであり,ここに同大学和田教授に謝意を表します。

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寺下 陽一
Yoichi Terashita
  • 京都大学理学部宇宙物理学科卒業
  • 米国アイオワ大学大学院に留学,Ph.D.取得
  • アイオワ大学講師,ペンシルバニア州立大学講師を経て,帰国後,KCG創立グループの一員として日本初の情報処理技術教育カリキュラムを作成
  • その後,金沢工業大学に赴任,同大学情報処理工学科の創設に携わり,主任教授,同大学情報処理サービスセンター長を務める
  • 金沢工業大学名誉教授
  • 永らく私立大学情報系教育の振興に貢献
  • 元社団法人私立大学情報教育協会理事
  • JICA(旧国際協力事業団)専門家(情報工学)としてタイ国に3回派遣される
  • 1995年4月本学院に再就任
  • 京都コンピュータ学院洛北校校長,京都コンピュータ学院国際業務部長を経て,2004年4月の京都情報大学院大学の開学に伴い,京都情報大学院大学応用情報技術研究科ウェブビジネス技術専攻主任に就任
  • 現在,京都情報大学院大学副学長

上記の肩書・経歴等はアキューム15号発刊当時のものです。