トップ » バックナンバー » Vol.1 » 京都コンピュータ学院は文化を創造する 創立25周年記念式典祝辞

Accumu Vol.1

京都コンピュータ学院は文化を創造する 創立25周年記念式典祝辞

京都大学 理学部宇宙物理学教室 小暮 智一教授

小暮 智一教授

ただ今ご紹介にあずかりました,京都大学の小暮でございます。本日は京都コンピュータ学院創立25周年の記念式典にあたりまして,京都大学理学部宇宙物理学教室を代表いたしまして,一言お祝いの言葉を申し上げたいと思います。

京都コンピュータ学院と宇宙物理学教室とは,学院の創立以来大変深い関係にございます。先程,学院長,上野先生からのお話にあった通りです。学院の創立者である長谷川靖子さんは宇宙物理学科の卒業であり,昭和41年に大学院理学研究科博士課程を優秀な成績で修了しておられます。また,本学院の名誉学院長である宮本正太郎先生,本学院の附属情報科学研究所長の上野季夫先生はともに宇宙物理学教室出身の京都大学名誉教授であります。また,本学院の教授陣には沢山の本教室出身者がおりますが,この25年間に何人になったのか一寸数えることが出来ない程であります。

しかし,このような深い結び付きも決して偶然ではありません。宇宙物理学は精密な数理科学の一つとして計算機や計算技術の発展を背景に持っております。私が大学を卒業した昭和20年代,その頃は丁度手回しの計算機から電動計算機への移り変わりの時代でありまして,私も20行×20行の行列式を解くのにタイガーの手回しでやって非常に悪戦苦闘した経験もございます。昭和30年代の中頃から,ようやく京都大学に大型計算機が導入され,長谷川さんが大学院を出られた昭和40年代の初め頃,丁度現在のコンピュータ時代の幕が開けたと言ってよいと思います。宇宙物理学の研究におきましても理論計算だとか観測データの解析,あるいは望遠鏡の自動制御等におきましてコンピュータが自由自在に活用される時代になりました。このような背景の下で宇宙物理学教室の中にも大変計算機に強い学生も出てまいりまして,その人達が京都コンピュータ学院の教育をお手伝いするというようなことで結び付きがあり,また,学院からは宇宙物理学発展のためにも数多くの協力をいただいております。

中でも私の記憶に新しいのは,昭和59年,1984年に私ども宇宙物理学教室が中心となりまして,国際天文学連合の協力の下に天文学アジア太平洋地域を,この会館で開催いたしました。この会議には百数十名に及ぶ外国からの参加者を加え,天文学としては日本で初めての規模の大きな会議であったわけでございますが,この京都コンピュータ学院はこの会議にいろいろご協力していただきました。特にアジア諸国からの参加者の方々にコンピュータ教育の現状だとか,あるいはコンピュータ教育のあり方等について理解を深めていただくために特別の展示コーナーを設けていただくというようなことで,いろいろと協力していただいたわけです。これは一例でございまして,このような密接な関係がありますので,私ども宇宙物理学教室としましては,本学院の25周年記念にあたりまして是非ともお祝いの言葉を申し上げたいと思うわけであります。

25年と申しますと随分長い年月でありますが,京都コンピュータ学院は,先程学院長の話もありましたように,着実な発展を遂げてまいりました。これはひとえに長谷川靖子学院長,それから惜しくも夭逝されましたご夫君の長谷川先生との強力なコンビによる指導・運営体制にあるというのは明らかであります。しかしながら,今日の京都コンピュータ学院を魅力あるものにしているのは,やはり長谷川靖子さんの持つ人柄ではないでしょうか。

申し上げるまでもなく,長谷川さんは大変優れた事業家であります。事業家として必要な卓見と包容力,そして着実な実行力を備えて,着実に学院の経営とコンピュータ教育を進めておられるということで大変魅力的な方であります。

しかしながら,同時に長谷川靖子さんは事業家を超えた,何か,コンピュータ教育への夢,先程もだいぶ熱っぽく言っておられましたが,コンピュータ教育を単に技術としてではなくて,一つの文化現象として捉える。それを通して人類の文化的発展に繋ごうという大きな夢を感じることが出来ます。

この点は私としても非常に大事なことであると思います。高度情報社会への道は今後ますます加速され,社会の中で占めるコンピュータの役割というものはその比重をますます大きくなっていくと予測されます。コンピュータの持つ文化史的な意義というのは決して過小評価出来ません。このことに関連して,私は優れた一人の思想家を思い出します。

その名前はティヤール・ド・シャルダン。20世紀の前半を生きて,1955年に亡くなったフランスのカトリックの聖職者,古生物学者,且つ人類学者であります。ティヤールは「現象としての人間」,「自然の中における人間の位置」等々の著書を著しておりますが,その中でいくつかの卓抜した発想を見せております。

その一つは,知的人類の発生の必然性とその将来への見通しであります。ティヤールは宇宙の進化には二つの座標軸があると考えました。一つは地球が誕生したり,太陽がやがて死滅したり,そういった物理的な進化の軸であります。もう一つの軸は単純な分子から複雑な分子を創り,やがてアミノ酸から高度の生命物質を合成していくという化学進化の軸であります。ティヤールはこの化学進化の軸のある段階で生命が発生し,生物の進化もこの軸の上に沿っていると考えています。そして知的生命体である人間もこの軸上での必然的な進化過程の一つの段階であると見なしました。このような考え方に立つと人間の未来はどうなるのでしょうか。

それについてティヤール・ド・シャルダンは人間の複雑な脳細胞の機能を超えるものは個体としての人間が,情報網によって高度に組織された社会的有機体であろうと予測しております。ある段階で,人間は集団的自己意識という新しい精神圏を形成して一つの地球的文明を創造するのだと考えております。

これは真に大胆な発想でありますが,この大胆な発想をティヤールは1940年代において既に発表し,今日の高度情報化社会の必然性を予測しております。私の印象では,今日の社会はますます情報化が進み,ティヤールの言う新しい精神圏の形成に向かっているように思われます。それを担うのはコンピュータであり,コンピュータによる思考能力の開発であります。そのように考えることが出来るならば,将来のコンピュータは単なる技術ではなく,人類文化の骨格を形成するメディアになるということが言えると思います。

このようなコンピュータの持つ文化史的意義を考えるとき,これからのコンピュータ教育は決して技術の段階に終わってはならないことが理解出来ます。

その意味で,京都コンピュータ学院の教育が,先程学院長が申されますように,大きな夢を持って,ということは,単なるコンピュータ技術でなくて,その裏にある文化的素養,全文化的なものを創り上げていくというような観点に対して,私は深く敬意を表するものであります。本学院が25年の実績を踏まえ,コンピュータの持つ文化史的意義を深めながら,京都におけるコンピュータ教育のパイオニアとしてますます発展されることを期待しまして,簡単ですが私の挨拶といたします。