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Accumu Vol.5

ソフトウェア教育の改善を目指して

京都コンピュータ学院学院長 長谷川 靖子

優秀な情報処理技術者の不足が嘆かれて久しい。種々,改善が考慮されているが,遅々として進まずという現状である。一般的に言って,ある事象の発展,改善を阻害する足かせになっているのが,意外と社会に流布されている既成概念や固定観念であることが多い。情報処理教育に関してその辺を探ってみる。

足かせの一つは「情報処理技術はスペシャルだ」と考える固定観念である。情報処理技術者の不足が叫ばれると,直ちに大学の情報系の学部増,定員増の対応を求める声が続く。理科系のみならず,大学全学の学生を対象にスペシャル教育を拡張しようと考える(一般情報教育と呼ばれている)。高校・中学校に大量のパソコンを設置して,スペシャル教育の早期実施を実現しようと考える等々。すべてコンピュータをスペシャルととらえる固定観念のエクステンション方策である。そろそろこの辺で発想の転換をしないと,ソフトウェア教育の抱えるジレンマの解決は難しい。

まず専門技術領域にコンピュータを位置づけるのではなく,読み書きそろばんという日常性の次元にコンピュータを位置づける。読むこと・書くことを学ぶ時期にコンピュータを学ぶのである。従って小学校から中学初学年にかけて,学校生活の中で,コンピュータを使う習慣を全員に植えつけてしまう。これがどんなに社会を変えるか,計り知れないはずだ。恐らくアメリカでのソフトウェア成功のキーは,コンピュータを日常性の枠でとらえた国民的素地にあると思う。

すでに10年近く前,アメリカでパソコンが開発されるや否や,小学校・中学校(全部ではない)に取り入れられたが,その自然な取り入れ方,自然な浸透に,私は目を見張ったものであった。さすがプラグマティズムの本場である。日本流に考えれば,全員が情報処理技術者予備群である。コンピュータアレルギーなど皆無であった。

まさにこの土壌において情報化社会が成熟するのである。コンピュータをスペシャルと考えるところでは,情報化社会の成熟にはまだ遠い。

足かせの二つめは,学問と技術を二元論的にとらえ,「大学は学問を研究し教授するところ」,「専修学校は職業技術を訓練するところ」という二つのカテゴリーに教育界を二分する既成概念である。この既成概念が大学,専修学校,文部行政の当事者の頭の中で固定化されているため,企業から要求されるソフトウェア教育の改善も,各カテゴリーの枠内での部分改良の域を出ず,抜本的な改革へ進まない。

そもそも情報処理技術は,単なるテクニックでなくテクノロジーとしての内容をもつため,情報処理教育の場は,従来の二つのカテゴリーの境界領域に,相互統一の場として位置づけられねばならない。その領域は,学問の実用化,実生活への応用の領域であり,教育哲学としてはプラグマティズムに立脚すべき領域である。

そこでこの領域を第三カテゴリーとして教育界に定着させ,業界で働く人材育成を教育目的にした学校群を位置づけさせる。第三カテゴリー学校群では,ことコンピュータに限らず,プラグマティズムの立場を徹底させて教育カリキュラムを考え,実験実習設備環境を整える。企業の要望を積極的に取り入れ,実用学問が研究され,学問の応用化が推進される。開発は産業合同の形態においてなされてよい。

そこで現存する大学を整理して,真理探究を目的とするアカデミズム学校群,実用と実践を目的とするプラグマティズム学校群に分類し,後者を第三カテゴリーに入れる。コンピュータ専修学校は同じくここに所属し,他の職業技術訓練校と一線を画す。明確なプラグマティズム教育思想を掌中にすれば,理論と技術の統合としてのカリキュラム,学生自身を主体とする問題解決実習等々,その具体的展開の解答は自ずと出てくるはずである。

第三カテゴリーの学校群を業界と共に育てていけば,企業が満足する優秀な人材が,少なくとも,今よりは質的向上された形で次々と誕生するに違いない。第三カテゴリー学校群に関して,大学,企業,行政関係者の早期ご検討を期待したい。

秀潤社刊 コンピュータ科学 Vol.2 No.5 1992より転載

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長谷川 靖子
Yasuko Hasegawa
  • 京都大学理学部宇宙物理学科卒業(女性第1号)
  • 京都大学大学院理学研究科博士課程所定単位修得
  • 宇宙物理学研究におけるコンピュータ利用の第一人者
  • 東京大学大型計算機センター設立時に,テストランに参加
  • 東京大学大型計算機センタープログラム指導員
  • 京都大学工学部計算機センタープログラム指導員
  • 京都ソフトウェア研究会会長
  • 京都学園大学助教授
  • 米国ペンシルバニア州立大学客員科学者
  • タイ・ガーナ・スリランカ・ペルー各国教育省より表彰
  • 2006年,財団法人日本ITU協会より国際協力特別賞受賞
  • 2011年 一般社団法人情報処理学会より感謝状受領。
  • 京都コンピュータ学院学院長

上記の肩書・経歴等はアキューム22-23号発刊当時のものです。