Accumu 京都コンピュータ学院創立50周年京都情報大学院大学創立10周年記念式典

記念講演会サイバーフィジカル世界でつくる「京都」

トップレベルドメイン.kyoto(ドット京都)活用の提案

京都大学 情報環境機構長学術情報メディアセンター教授
美濃 導彦 氏

本日は「サイバー世界」「フィジカル世界」「京都」それに「トップレベルドメイン」の4つのキーワードでお話ししたいと思います最近サイバーフィジカル世界という言葉がしきりに使われていますこれをどうつくり上げていくかそして「.kyoto」(ドット京都)をどのように活用していくかについて論じます

まず背景について触れます情報社会の進展ですインターネットには膨大な知識が集積していますね最近はビッグデータと呼びこの量が極端に大きくなっているのが特徴ですさらに電子メール携帯端末スマホなどが発展し人間がいつでもどこでもコミュニケーションをとれるようになりました情報革命という言葉が使われますがこの本質はコミュニケーションの方法が変わったというところにありそれは社会の仕組みそのものを変えつつあると言えます最近の話題を取り上げるだけでも選挙運動のネット解禁や共通番号制度の導入が決まったことなどが挙げられます共通番号制度はサイバー世界の中で人を区別するためにIDをつけなければ管理できないため採用されたということですついに人間に番号をつけてそれをサイバー世界で管理しようという時代になりました

キーワードに掲げたフィジカル世界とは我々が通常暮らしている世界サイバー世界とは情報が集まった世界というふうにとらえていただきたいと思います

まずフィジカル世界(実世界)について説明します我々が暮らしている普段の世界のことですねこの世界には物理的な時空間があり3次元世界の中に時間が一方向に流れているという制約を受けていますこの世界では人間同士が時間と空間を共有し同じ場所に集まって同じ時間に存在するというのがコミュニケーションの大前提でした

京都は千年の都と言われ世界に誇れる文化と伝統があります一方で京都は新しいもの好きという側面がある最近ではiPS細胞の山中先生に代表されるように新しいものが好きというだけでなく新しいものを生み出そうという文化があると感じます疏水整備や路面電車それに計算機情報教育も京都大学京都コンピュータ学院京都情報大学院大学などが日本で先駆けて手掛けています

伝統を守るということは事業が継続されるということですが決して同じことを続けるという意味ではありません捨てるものは捨て新たなことを始める京都にはこのような精神があるため千年の都が続いてきているのだと思います考えてみますと今我々が持っている資産は過去の遺産これから次の世代に何を残し何を京都の伝統としていくのかを考えていかねばならないと思っています

京都大学は世界でトップレベルの研究大学です世界中から人材が集まってきます昨今はグローバル人材を育成しようと松本紘総長が中心となって改革を進めているところですただ残念なのは育った人材がなかなか京都に残ってくれないこと育成するのは「グローバル人材」ですので文字通り世界で活躍してくれればいいのではないかというとらえ方もありますがやはり少しは残って京都のために頑張っていただきたいと思いますスタンフォード大学はシリコンバレーに卒業生が残るような下地を作ったそのようにするとさらに世界から人材が集まってくる京都もそのようなことを考えていったらどうだろうと思います

サイバー世界の出現について触れます人は端末を持っていればサイバー世界にアクセスできますこの世界には大きく2つの特徴がありますひとつは情報の共有や流通でつくられる世界であること膨大な量の情報が蓄積されGooɡleなどが検索エンジンを提供しユーザはそれを使って得たい情報がいつでもどこでも手に入りますここで言われているのは膨大な情報があるので人間は知識を持たなくていいのか分からないことがあればサイバー空間にアクセスすればそれで済むのかということエンプティーブレインという言葉があります知識はサイバー世界の中にあるので脳の中がどんどん空っぽになってもいいのではないかというようなことまで議論されています

もうひとつの特徴はサイバー世界は人間同士のコミュニケーションツールであることFacebookやTwitterなどが出現しそこに情報を流すことによって同時コミュニケーション非同期コミュニケーションがサイバー世界を介してできるようになりました

このサイバー世界には構造があって利用するにはIDが必要ですまずサーバにつけるIDはURLと言われているものこれはサイバー世界における住所にあたるものですこれは最近どんどん長くなっていく傾向にありますねただしこれにはルールがありいくら長くなっても分かるようになっていますいわば機械の方につけたIDと言えます

一方人間の方につけたIDは電子メールアドレスがそれにあたりますこの2つのIDによってサイバー世界が出来上がっていると言えます

このURLの構造は皆さんご存知とは思いますがその最後は一般的に国名がつきます国名より前はその国によって勝手に決めることができますただしアメリカは「usa」はつけないことになっているので「edu」などいろいろなドメインが使われていますURLの構造はアメリカの住所表記にならった形で我々が紙の手紙を海外に出すときに書く住所と同じような構造をしています狭いところからだんだん大きいところへという形ですね

トップレベルドメインというのはURLや電子メールアドレスの最後の部分の表記のことを言います「jp」などがこれに当たりますその前につく例えば「ac」これはアカデミックの意味ですがこれをセカンドレベルドメインその前はサードレベルドメインと言いますトップレベルドメインを押さえる(管理する)とセカンドサードなどその前のドメインは自由に設計することができます権限が与えられるということです

それではサイバー世界にはどのような特徴があるのでしょうかまずデータ情報が主役であることデータはコピーが簡単ですフィジカル世界で皆さんが持っている「モノ」とは本質的に違いますねモノは他人にあげると自分の手元から無くなってしまいますところがデータは他人にあげても自分の手元にそのまま残りますなのでデータは他人にあげてどんどん有効的に使ってもらった方が良いというのが本質のはずです従ってデータを持っているということよりもそのデータをどのように使うのかということの方が重要と言えますそれがサイバー世界の特徴です

同時にこのサイバー世界では誰でも情報を発信できます蓄積されたものにどんどん加えていけるわけですそのため情報量は増える一方です専門調査会社IDCによりますとサイバー世界に蓄積されている情報量の単位はエグザバイトちょっと想像できませんがビットから始まってバイトキロバイトメガバイトギガバイトテラバイトそしてペタエグザゼッタまでいくわけですがエグザバイトのレベルの情報量が世界には蓄えられているのです人類の長い歴史においてほんのここ数十年で指数関数的にデータが蓄積されました

情報社会というのはフィジカル世界に加えてサイバー世界が出現した社会ですそこには膨大な情報の蓄積いつでもどこでもコミュニケーションがとれるという以外に新たな方法論が生まれていますひとつは集合知とかクラウドソーシングクラウドファンディングと言われているものですクラウドソーシングとは全然知らない人にネットを介して仕事を頼んで報酬を払いビジネスを成立させてしまうことですあるいは私はお金を持っていないけれどこんなことをしたいのだとネットで発言すると「それは良いアイデア私が投資しましょう」という人が出現して希望が実現するといったようなことがいろいろなところで試みられ始めていますこれは経済の仕組みを変えていくことになるかもしれませんこのような方法論は夢がありますが同時に問題点も抱えています

人々の行動を見ると社会は2つの大きな方向に分かれていっている気がしますひとつはそのような方法論を有効活用しようという比較的若い世代すなわちサイバー世界を重視する人々このような人の中には同じ時間に同じ場所で集まっているのにもかかわらず端末を使ってサイバー世界でコミュニケーションをとろうとする姿を見かけます近くに人がいるのにその人としゃべらず機械を操作している事実私の研究室でも集まって話をしようとしているのに端末を使って他の人としゃべっている学生がいますこのような傾向が広がってしまうと人間のリアルなコミュニケーション能力が極端に落ちてくるこれは地域社会が崩壊していることにもつながります目の前の人としゃべらない隣の人がどのような人か知らないそれでもサイバー世界でコミュニケーションできるからよいということが起こり都会の中の孤独死などはまさにそれを象徴する事象だと言えます目の前にいる人に助けを求められないのです

もう一方のフィジカル世界を重視するという人たちはデータをモノと考え自分でデータを得たら絶対に他人に見せず囲い込んでしまうという傾向があります京都大学内でもデータの共有化を進めようとしていますが抵抗される方がいらっしゃいます先ほども言いましたようにデータはコピーができて無くならないのにそれでも出していただけない場合があります新たな方法論は受け入れないという方々ですね

このような問題はサイバー世界とフィジカル世界がかけ離れてしまっているから起こるのだろうと思いますこれからはこの2つの世界を融合させ「サイバーフィジカル世界」をつくり上げていくことが大事になるでしょう2006年にアメリカのHelen Gillが「フィジカル世界の情報をサイバー世界で処理しフィジカル世界に還元するフィードバック系が重要」と話していますそれ以来サイバーフィジカル世界は議論の種になっていますところが実はそれ以前の1999年に京都大学の石田亨先生がデジタルシティ京都というプロジェクトデジタルシティのユニバーサルデザインという取り組みを始められた際「人々の住む物理空間とインターネット内の情報空間の連動の仕組みをデジタルシティと呼ぶ」という文章を書かれていますたいへん先見の明があった素晴らしい言葉だと思いますが世界的にはあまり知られていないのが残念でなりませんフィジカル世界とサイバー世界を融合させることによって社会を強化しよう世界的な競争力をつけようという戦略が求められます

近年フィジカル世界の情報がサイバー世界に大量に入ってくるようになりましたまずは携帯端末の位置情報の取得と蓄積他に自動車を運転すると走った場所の情報(プローブデータ)が自動的にサイバー世界に提供されるスマホなどで写真を撮ったら画像データが自動的にサイバー世界に取り込まれていくなどですね時空間の情報も加わって入ってくるようになりますそうなると離れていた2つの世界の空間を近づけることができますフィジカル世界に重点を置く人サイバー世界に重点を置く人これまで分断されていたこの2つのグループを融合させるためにはビッグデータ処理技術の研究開発が重要になりますこの研究開発においてトップレベルドメインの「.kyoto」が活用できるのではないかと思いますそれが本日の講演における私からの提案です

「.kyoto」に関しては世界中のURLを管理する団体ICANNがトップレベルドメインとして地理的名称を認める決定をしましたこれには地理的名称に対応する自治体の裏書が必要です「.kyoto」の場合は京都府が裏書(エンドーズメント)を出すことになります京都府が申請を受け付け審査したところその中から京都情報大学院大学が申請した提案が採択されましたこの提案の骨子は京都府内に立地する関係する公共団体企業それに府民に利用してもらうというものでした私も審査にかかわっていましたが「.kyoto」を世界中の人々に使ってもらおうという提案もあったのは事実です委員会で議論したところそもそも「.kyoto」の価値をどういう点で見出すかということになりやはり京都に限定したローカルドメインという形にした方が特色が出るのではないかとの結論に達しました現在審査は認可プロセスの段階に入っていて書類に問題が無ければおそらく認可は今年秋以降利用は来年春ごろからになりそうだということです

この「.kyoto」の活用方法なのですが先ほど長谷川亘統括理事長の話にもありましたようにまずサイバーフィジカル世界に「京都」をつくりましょうと提案しますこれは京都全体で議論していかなければなりません先行研究として先ほど触れました1999年から5年間京都大学の石田亨先生が取り組まれたプロジェクト「サイバー世界でのデジタルシティ京都」がありますこの時の基礎研究課題には社会的エージェントをつくろうとか近く情報基盤を構築しようとか情報提示においてメディアの適応的選択をしよう--などがありました実証研究は高齢者ナビゲーション仮想避難訓練環境体験学習の実施などです私もメンバーの一人として多少は貢献させていただきましたそのような中で京都の情報を地図に関連させて蓄積し京都の3次元世界をつくることも一部手掛けました

さて「.kyoto」ですがフィジカル世界をサイバー世界に取り込むにあたりフィジカル世界の住所と連動したURLを考えてはいかがでしょうかこれはフィジカル世界を重視する人たちにとっては分かりやすいことになりますサイバー世界には距離の概念がありません住所と連動したURLにより距離感がつかめることになりますフィジカル世界の位置依存時間依存情報などをどんどん取り込んでサイバー世界で状況を把握しそれをベースにフィジカル世界へフィードバックすればよいのです

地域限定ドメイン「.kyoto」を活用しての取り組みはまさに街づくりであると言えますこのドメインを使うのは京都の公的機関や立地関連企業に限られます現在のように「.jp」のURLではいったいこの会社がどこにあるのかが分かりにくいケースが多い例えばモノを買うとき注文してみて初めて「北海道の会社だったのか」と分かるのではなく最初から「京都の会社に発注しよう」といったことがしやすくなるわけです

さらにインターネットの大きな問題として誰でもURLが簡単に取得できていろいろなサイトが作れてしまうということがありますそのような中経験も知識も少ない子どもたちが現在のインターネットの世界に足を踏み入れるのは危険な側面があると言えます誰でも安心して活用できるサイバー世界を「.kyoto」がつくったらどうかと思いますこれは教育訓練用のサイバー世界にもなるし高齢者障がい者に配慮したユニバーサルデザインも可能となります

「.kyoto」によって築き上げられたサイバー世界はフィジカル世界におけるあらゆる活動の基盤となります土地を造成するとか電気や水道といった公共サービス整備などと同じレベルと言えます従ってこのサイバー世界は行政が積極的に利活用していくべきでしょう産業振興経済の活性化につなげるほかICTによる街づくり推進のために活用するべきです京都の大きな産業のひとつである観光ですがサイバー世界における京都を観光客にとって魅力的なものにすればよい例えば秋の清水寺などは人が多すぎて訪れても十分に見られないといった事態が発生するそういった混雑状況などをいち早く提供し京都観光を楽しんでもらえるような情報提供をサイバー世界で行うそれはフィジカル世界の実時間情報をサイバー世界に集めることで可能になります

門川市長が言われましたようにクールジャパンのコンテンツの集積あるいは高齢者障がい者支援などもこのような場所でやっていこうということが可能になるインターネットの中にちょっと変わったサイトドメインを作りましょうそれが「.kyoto」そのものであり地域サイトとしての存在感をつくっていこうそれが提案です

京都には多数の大学が集積していますたくさんいる学生のパワーを生かしたいと常々考えます京都大学などでは多くの研究成果が出ていますがそれを実践して産業を育てていこうじゃないかクラウドソーシングやクラウドファンディングなどもクリーンドメインならもっと実践しやすいのではないでしょうか

「.kyoto」を使って最先端技術の街京都をつくっていけばよい質の高いコンテンツはここに来ればあるというようなサイバー世界を築き上げていきましょう伝統芸術を徹底的に集めていきましょう学生の若い新しいアイデアを試せる環境をつくりましょう

既に新たな試みと言われているバーチャルラボの京都研究所やリーディング大学院(京都大学が4つ他の大学で2つ申請)オープンエデュケーションなどが京都で始まっていますこれらを「.kyoto」に集め独自性のあるドメインにしていくことが重要でしょう

これからの街は優秀な人材をいかに集めるかがカギを握ります世界のどこで天才が現れているかこれは人口に比例してではありません良い環境の場所で天才は生まれますまたこれら天才はある時期にある場所に集まっていることが歴史的に言われています計算機関係で言うと1940年代ごろアメリカのプリンストンの高等研究所にユダヤ人ハンガリー人などの優秀な数学者が集まった彼らが計算機の基礎をつくりその後の開発につながっていきました19世紀のパリカルチェラタンに文化人の天才が集まったことなどいずれもイノベーションを起こす源になった例ですぜひ京都がそのような街になるよう願っています京都は物理的に良い環境だと思っています「.kyoto」を使って情報的にも良い環境をつくりましょう若者が持つ未来へのエネルギーを活用できる街そこに卒業生が残って活動し産業を盛んにしていくこれが次世代に京都の伝統を伝えることになるでしょう