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Accumu KCG「コンピュータ博物館」構想

博物館めぐり 鉄道博物館と計算機博物館

IIJイノベーションインスティテュート
和田 英一 東京大学名誉教授

1940年頃小学校高学年になり一人で電車に乗れるようになった私が何回も訪れたのは万世橋の「鉄道博物館」と有楽町の「毎日プラネタリウム」であったその「鉄道博物館」は戦後「交通博物館」に変わり飛行機自動車船舶も展示されたが2006年に閉館になりそれに代わって2007年 大宮にJR東日本の肝いりの「鉄道博物館」が開館し賑わっている(拙宅からは自転車で15分のところだ

国内に鉄道関係の博物館やテーマパークは少なくない

2011年 名古屋のあおなみ線の先に「リニア鉄道館」がオープンした2012年3月の情報処理学会の大会が名古屋であったのでその機会に見学してきたJR東海の博物館だから東北新幹線の「はやぶさ」はまったく無視されている

信越線の横川には碓氷峠の区間が廃線になった1997年に「碓氷峠鉄道文化むら」が出来いろいろな車両の1号が集っている電気機関車の運転体験も出来る

「青梅鉄道公園」はかなり前(1962年)からある飯田線中部天竜の「佐久間レールパーク」は行き難いところだった2009年に閉鎖になり「リニア鉄道館」に引き継がれた

まだ訪れたことはないが大阪には「交通科学博物館」が北九州には「九州鉄道記念館」があるこの他私鉄の博物館も各地にある

京都コンピュータ学院から少し西寄りの線路の向かい側には「梅小路蒸気機関車館」があり一部の機関車は動態保存されている

こういう一カ所の施設だけでなく山口線や大井川鉄道秩父鉄道では蒸気機関車が定期的に客車列車を牽引していて人気だ

一方プラネタリウムは私が子供の頃カールツアイス製のものが東京と大阪にあったがその後五藤光学で作ったのが渋谷に出来最近は大平貴之君の開発した高精度のものなどが各地に設置されている

結局のところ私は運転士にも天文学者にもならず計算機屋になったがその計算機も誕生後既に50年を閲みしそろそろ博物館が出来ても良さそうなのだがまだ日本には本格的なものがない

▼ 計算機博物館

計算機博物館については情報処理学会の歴史特別委員会が実現に向けて検討を重ねている同委員会は元々は我が国の計算機の歴史書を編纂すべく組織された歴史書はこれまで20年毎にまとめて3冊刊行された歴史書の編纂の合い間に計算機の写真や説明を集めたウェブサイト「バーチャルコンピュータ博物館」を運営しているが実物博物館も作りたいとこの数年努力を続けているその一環として2007年に「コンピュータ博物館設立の提言」をまとめた(その草稿は私が書いた

同委員会は2008年度から「情報処理技術遺産」と「分散コンピュータ博物館」の認定を始めた遺産の方は貴重な古い計算機を末長く保存して貰うためである古い計算機は動かなくなると「ただの箱」どころか産業廃棄物なみのじゃまもの扱いになる場所ふさぎだし最後は廃棄されることになる特に大型のものほどじゃまになる

そういうことで過去に活躍してくれた計算機たちはよほどの思い入れがない限り消えていく

1958年に東大物理教室の高橋研究室で作られたパラメトロン計算機PC-1は私がプログラミングを始めた思い出の計算機だが1964年に運転を中止するとさっそくばらばらにして廃棄されてしまった研究室は狭いので新しい実験や研究の場所を作らなければならなかったからだ

しかしそれでも少しずつだが各地に古い計算機を大切にして収集し分散博物館として認定された施設が出来つつあるのは貴重だ

提言にも述べた通りアメリカではカリフォルニアのマウンテンビューにあるComputer History Museumがずば抜けているイギリスではバッキンガムシャイアのブレッチェリーにあるBletchley Parkが有名である

私はComputer History Museumには2008年Bletchley Parkには 2004年に行ってきたその時に撮影した写真の一部をお目にかける

それらに比べると国内の分散博物館はものたりない現在認定されているのは次の6カ所である(かっこ内は認定年度)

  • 京都コンピュータ学院KCG資料館(2008)
  • 東京農工大学情報工学科西村コンピュータコレクション(2008)
  • 東京理科大学近代科学資料館(2009)
  • 東北大学サイバーサイエンスセンター展示室(2009)
  • 北陸先端科学技術大学院大学 JAIST 記号処理計算機コレクション(2010)
  • NTT技術史料館(NTTの歴史的なコンピュータの展示エリア)(2011)

このうち東北大学の展示室は見ていない一番整っているのは東京理科大学である矢頭良一の計算機を発見した内山昭氏の貴重なコレクションが中心の古い計算用具昔の計算器や手回し計算器があり大きいものではパラメトロン計算機FACOM 201や大阪大学で使われていた微分解析機が置いてある「機械式計算機の会」の渡邉祐三氏がバックアップされているので机上には保守状態のよいタイガー計算器が数台あって使ってみることが出来るタイガー計算の歯車の説明も展示されている

こうして較べてみると(海外の鉄道博物館はロンドンのTransportation Museumしか知らないが)圧倒的に面白いのは鉄道関係の博物館であり次は英米のコンピュータ博物館で残念ながら国内のは理科大の資料館でさえ断然見劣りがする

▼ 鉄道博物館は面白いか

鉄道の博物館が楽しいのはなぜか一番の理由は誰も乗り物が大好きだからで子供の絵本に「きかんしゃトーマス」はあっても「そろばんで遊ぼう」は見ない言うまでもないが鉄道は計算機よりずっと身近で較べるのがそもそも間違いかも

博物館に展示されるとさすがの機関車も動けず「鉄道博物館」ではせいぜい転車台が回転するだけだしかし「鉄道博物館」は子供の乗り物が戸外にあるほか運転シミュレータが何台もありとくに蒸気機関車D51の運転シミュレータは実物の機関車の運転台を利用したもので走行中は運転台もがたがた揺れるほどの凝り方である窓外には走行に従って移動する風景が映写され踏切を通過すると警報機の音のDoppler効果も感じる

ヒストリーゾーンの展示車両ではボランティアが説明を担当し表示もいちおう詳しい食堂ありミュージアムショップありだが私には土日に開室される図書室が魅力である何本もの模型の列車が同時に走行する広大なジオラマには大人でも夢中になる

そういう「鉄道博物館」ではあるが鉄道マニアの私からみると結構不満がある実物の車両の説明はもっとマニアックな方がいいたとえば蒸気機関車の動輪のカウンターウエイトの理由クランクシャフトが左右で90度ずれている理由や逆転機で回転方向が反対になる理由などなど説くべきだ3階の展示室には3シリンダ機関車の模型があり中央のシリンダの滑り弁を動かす弁棒の駆動法が示してある非常に巧妙な機構なのでその説明もあればいいのに

ついでだがヒストリーゾーンには2008年度「情報処理技術遺産」に認定された座席予約機MARS-1が遺産を示す盾とともに展示されている

聞くところによると説明のボランティアの殆どはJRのOBだというからマニア的に面白い説明が出来ないのも当然だ説明ボランティアは鉄道マニアから選ぶべし

▼ 計算機博物館は面白いか

ところで計算機博物館は鉄道博物館に匹敵するほど面白いかアメリカのComputer History Museumは私が4年前に訪れた後模様替えをしたようで最近の事情は知らないがここはものは多いがやはり静的な展示が中心である一方Turingがドイツ軍の暗号解読をしていたというBletchley ParkはColossusやBombeのレプリカがあり暗号機ENIGMAを操作する軍服姿のドイツ兵がいたり広い庭もあって楽しい公園だ観光バスが何台も来ていたケンブリッジ大学で1949年に作られた計算機EDSACも目下レプリカ作成中であり2015年にはBletchley Parkに展示されると聞くマンチェスター大学の微分解析機も復刻の計画があるらしいからそれもここに展示されるのかな

海外の計算機博物館はここではおくとして国内のこの種の博物館は上野の「科学博物館」と東京理科大の「近代科学資料館」が両雄だロンドンのScience Museumが他の多くの展示の一部としてBabbageの階差機関No.2やAce Pilotを展示しているように科学博物館でも展示品のほんの一部としてETLマーク4や座席予約機MARS-101を置いているのでこれもしばらくおくと理科大の資料館を論うことになる

「近代科学資料館」は計算機博物館としては科学博物館から借用の展示物もあったりするがここはやはり一流である算木を始めとして昔からの計算器具がよく揃っており近世の計算機器の知識があると見ていて飽きず親しめる博物館である2年ほど前に展示室を倍増し展示がさらに充実した計算機ではないが菱田為吉の木製多面体模型もあって多面体描画趣味の私はそこから立ち去り難い

タイガー計算器について言えば高校生のような入館者がハンドルをただぐるぐる回しているだけなのはどうにももったいない「12345679×27を計算してみよう」などと手引きする人がほしい

そのように展示分野をほぼ網羅する資料館も説明不足の感は否めない職員が最低限しかいないせいもあるが学生もいるのだからもっと内容の濃い丁寧な説明をすべきである

▼ 計算機博物館はいかにあるべきか

私の考える計算機博物館は次のようだ場所があれば理科大のように中大型計算機や微分解析機を置くのはもちろん理想的であるそれらが動けば文句ない(理科大 微分解析機の復元計画が期待される

代表的なミニコンやパソコンはあるにこしたことはないが使用経験のない見学者の興味はわかない

計算機博物館で重要な使命は計算機の構造機能の解説の他計算が規則的にすなわち機械的にできる仕掛けを平易に説明することであるそれには加減算しかできなかった昔の計算器の説明特に繰り上げ機構の解説が基本となる

乗除算を可能にしたのは積を置く結果レジスタに対して加算機構が左右に移動でき各桁の加算回数の表示器がついたからでタイガー計算器がそういう機械であるとの説明もいる

そしてタイガー計算器を使って加減乗除算を実行しディジタル計算が理解し納得できるのが望ましい昔の人はタイガー計算器で開平まで出来たから物好きな見学者には開平の原理と手順も説明したい(開平といえば電動計算機の開平法や塵劫記の開平法もユニークだった

計算機構の理解に欠かせないのが二進法の扱いである十進二進の相互変換法や二進法による加減乗除などの説明も不可避だ

二進法の論理がよくわかるのはリレーによる電気回路であるトランジスタ回路も説明できるとよいがトランジスタは小型になり集積度が増した結果説明には適さなくなった

プログラミングを理解するには昔あったTK80のようなトレーニングキットを開発する必要があろうあるいはシミュレータでよいかもしれない簡単なプログラムを逐次実行してみせたい

シミュレータでよければTuring機械の説明もできるのではないかさらにEuclidの互除法やEratosthenesの篩のアルゴリズムに関連した話題も計算機への興味を深めるであろう

最近はすっかり忘れられたアナログ計算機のコーナーもあると嬉しい計算尺はいうまでもなく面積計の使い方計算図表の作り方も勉強になる最初の頃の電子計算機ENIACはその “Electronic Numerical Integrator…”の名称が示すごとくルーツはアナログの微分解析機であったアナログ計算機は精度を気にしなければ模型を作るのは簡単なはずアメリカにはMeccanoという組み立てキットで微分解析機を作った人もいる微分解析機の基本原理を理解するのは容易なのでそういうものも用意したい

計算機への好奇心を来館者の胸に刻むには適切な展示と解説キュレーターやボランティアによる丁寧な説明が必須であるそういう計算機博物館はどこかにできないだろうか

この後にあるのは2011年4月に広島で開催された「コンピュータ歴史展」のために私が書いた「クルタ計算機」と「リレー加算回路」の説明用ポスターである計算機博物館の展示は最低でもこの程度の説明が欲しいという見本である


クルタ計算機

オーストリア人クルツ ヘルツシュタルク(1902〜1988)が設計した小型の機械式計算機.ヘルツシュタルクはユダヤ人の子としてドイツの収容所に入れられ勾留中に設計したといわれる.出所後1946年にリヒテンシュタインで起業しCURTA計算機を製造販売した.

  • 置数レジスタ最上段が0最下段が9でノブを上下して固定する.
  • 操作ハンドル常に定位置まで右回転する.置数レジスタの値が結果レジスタに足される.上に引き上げて回転すると減算.
  • キャリージ引き上げると回わり加算位置が変えられる.
  • 結果レジスタ加算の和減算の差乗算の積が入る.また被除数を置く.余剰が残る.
  • 回転レジスタ加算減算の回数を記録する.
  • クリアレバー結果レジスタ回転レジスタをリセットする.
  • ゼロストップ操作ハンドルを止める位置.
  • 逆転レバー回転レジスタの増減の向きを決める.

クルタの加算機構はステップドラムで下から歯数9枚8枚...1枚0枚を重ねたドラムがあり加数に応じた高さに設定されている各桁の加算歯車はドラムの1回転でその歯数だけ足され回転レジスタも1進む.

減算はハンドルでドラムを引き上げ各段を加算ドラムと入れ子の9の補数にし加算で実現する.減算ドラムは最上段に10枚の歯が別にある.1の桁の加算歯車には通常の歯車の上にで示すもう1枚の歯車が1段上にあり1だけ多く足して10の補数を実現する.123−45は右のように45の9の補数...99954と1を足して計算する.クルタの減算は繰上げが多く発生するので力がいるし音もうるさいが巧妙な設計だ.

クルタの繰上げ機構は加算だけなので簡単だ.下の桁の結果レジスタが9から0に変ると繰上げピン繰上げレバーを押し次の桁が繰上げ歯車を押し下げ繰上げを記憶する.そこへスキャナが回ってきて繰上げ歯車を1だけ進める.繰上げ歯車は戻し爪で戻される.十進法に限らず繰上げは桁ごとの加算と繰上げ処理の両方で生じる場合はないことに注意しよう.

キャリージを回わそうとして持ち上げると結果レジスタ側のピニオンの上歯車繰上げピンなどがともに外れ新しい位置で下ろすとピニオンの下歯車や繰上げレバーなどと再結合する.

クルタ計算機は1970年までにTYPEⅠとTYPEⅡを合わせて14万台が製造された.


リレー加算回路

リレーは電磁石で電気接点を駆動するもので電流が流れる状態を1流れない状態を0とする.コイルが1のとき回路が1になるaをメイク接点0になるbをブレイク接点両方を合わせたcをトランスファ接点という.

電気接点の組合せで論理回路が作れる.接点xとyが直列の回路aは両接点がともに1のときだけ1になるからx and y である.接点xとyが並列の回路bは一方の接点が1なら1になるからx or y である.一番下のcはxとyの一方が1で他方が0のときだけ1になるからx xor y である.この回路は階段の下と上で点滅できる電灯スイッチで使う.not x はブレイク接点で実現する.

二進法1桁xとyの和は半加算器で作る.半加算器で桁の和はx xor y繰上げはx and y である.

下からの繰上げも入れた全加算器には1940年頃コンラッド ツーゼがZ3リレー計算機のために考えた回路がある.このdual rail full adderでは繰上げを正信号Cと補信号not(C)の2本で表わす.繰上げありはC(in)=1not(C(in))=0繰上げなしはC(in)=0not(C(in))=1とし出力側のC(out)not(C(out))も同様にする.

C(in)not(C(in))回路の左から入る.xとyでトランスファリレーが動作するとこの桁の和は左のOutに現れ次の桁への繰上げは右のC(out)not(C(out))に現れる.V+は電源である.

この全加算器の真理値表変数xyC(in)に対し出力OutC(out)を記述したものは右のようである.

この回路の特徴は各桁のxとyと最下桁の繰上げ入力が決ると最上桁までの和と最後の繰上げが瞬時に決ることである.何桁の加算でも1桁の加算時間しか要しない.この回路は4回路トランスファリレー2個で実装できる.

展示のリレー加算機はツーゼの全加算器4段を構成してみたものでA3A2A1A0の4ビットとB3B2B1B0の4ビットと下からの繰上げC(in)を足し4ビットの和S3S2S1S0と上への繰上げC(out)を計算する.図は(0011)2+(0110)2+(0)2=(01001)2を示す.スイッチは上が1ダイオードは点灯が1である.

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和田 英一
Eiiti Wada
  • 東京大学理学部物理学科卒東京大学大学院数物系研究科物理学専門課程修士課程修了
  • 工学博士
  • 小野田セメント株式会社調査部計数課勤務後東京大学工学部計数工学科助教授マサチューセッツ工科大学電気工学科准教授
  • 東京大学工学部計数工学科教授などを歴任
  • 1992年から株式会社富士通研究所
  • 現在株式会社インターネットイニシアティブ技術研究所東京大学名誉教授
  • 一般社団法人 情報処理学会では理事情報規格調査会JTC1/SC2国内委員会主査プログラミングシンポジウム運営委員長会誌編集長などを務める
  • 1995年には一般社団法人 情報処理学会より功績賞受賞1999年から名誉会員

上記の肩書経歴等はアキューム21号発刊当時のものです