X線…今からちょうど100年前,レントゲンによって発見された未知の放射線は,科学技術の発展に支えられ,今や,我々が宇宙を見る新しい目となった。
1993年2月,文部省宇宙科学研究所が中心になって打ち上げた,日本第四のX線天文衛星「あすか」による最新観測結果を含め,X線で見た宇宙の姿を紹介しよう。
毎年,4月や5月になると,多くの学校や職場では年に一度の健康診断が行われる。身長や体重の測定,視力検査などと並んで,エックス線撮影(レントゲン撮影)による胸部の検査が行われる(これが結構いちばん面倒だったりする)。筆者は,最近,健康診断で撮った自分のエックス線写真を見せてもらう機会があったのだが,自分の肋骨や肺なるものが写っている写真を見るのは,なんとなく不気味なものであった。ところで,その時感じたのだが,自分の体の内部まで見ることができてしまうというのはやはり不思議なものである。我々は,レントゲン撮影なんて最近では当たり前のように思ってしまうけれども,「『エックス線(X線)』って一体何ですか?」と誰かに尋ねられると,「はて?」と思ってしまう人も,実は,結構いるに違いない。
X線を発見したのは,ドイツの物理学者,レントゲン博士である。1895年,50歳の時であった。当時,陰極線の実験をしていたレントゲン博士は,真空にした管の中で,高いエネルギーを持つ電子を金属板にぶつけると,非常に透過力の強い「未知の」放射線が発生することに気がついた。よく数学で出てくる方程式の未知数を表すのに「x」という記号を使うが,同じように,彼はこの未知の放射線を「X線」と名付けたのである。この研究で,彼は57歳の時,なんと第1回のノーベル物理学賞を授与されている。
「『未知の』X線」と書いたが,むろん現在ではX線の正体も,その性質や発生機構もよくわかっている。X線は,ちょうど我々が見ることのできる「光」と,全く同じ電磁波の一種である。ただ,その波長(波の山から山までの間隔)が,目で見える光(可視光線)に比べて,1000分の1から10000分の1と,非常に短い。我々の目は,可視光線にも色々な色を感じるが,これは光の波長の違いによるものである。
虹の7色を思い浮かべてもらいたい。人間の目に見える最も波長が長いのが,赤い色の光,最も波長が短いのは紫である。赤い光より波長が長くなると,もはや人間の目は感じなくなる。これを「赤外線」という。さらに波長が長くなると「遠赤外線」,もっとずっと長くなると,電子レンジや無線,ラジオ,テレビで使われる「電波」と呼ばれるようになる。それでは紫より波長が短くなるとどうなるかというと,日焼けのもと,「紫外線」となる。そして,さらにどんどん波長を短くしてゆくと,「X線」と呼ばれるようになるわけである。X線よりもずっと波長を短くしてゆくと,今度は「ガンマ線」と呼ばれるようになる。電波からガンマ線まで波長は様々であるが,これらは全て「電磁波」と呼ばれる光子の波である。
短い波長の電磁波は,非常に強い透過性を持っていることが知られている。このようなわけで,X線を使うと,我々の体でさえも突き通して見ることができるというわけである。
さて,このX線で宇宙を見ると,一体どんなものが見えるのだろうか? 我々に最も近いX線天体は,やはり太陽である。我々が空を仰いだときに見える太陽の光は,大部分が光球と呼ばれる,ちょうど太陽の表面に相当するところから発生している(もっとも,太陽はガスの塊なので,地面のようにはっきりとした表面があるわけではないのだが)。普通,熱平衡にある物体から放射される電磁波の波長がどのようなものになるのかということは,その物体の温度によって決まっており,温度が高いほど短い波長の電磁波が出ることが知られている。
太陽の光球面上での,ガスの温度は約6000度である。ここから放出される電磁波は,この温度に対応して,ちょうど黄色から緑色くらいの光に相当する波長を持っている。ちなみに,人間の体温は約摂氏36度程度であるが,このように低い温度の物体はずっと波長の長い赤外線の電磁波を出している(これをトイレの前のセンサーが感じて水を流してくれるわけである…これは男性しかわからないのかな?)。
X線の波長は非常に短い,ということは,非常に温度が高い物体がX線を放射するのだということがわかる。太陽からのX線は,光球からではなく,太陽をとりまく非常に薄い大気であるコロナから発生する。このコロナの温度は約100万度にも達するのである。太陽からのX線は非常に温度が高いガスなどから放射されるのである。
実際には,宇宙には色々な種類のX線源があり,X線の発生機構にはいくつか異なったものがあるのだが,共通して言えることは,X線は非常に高エネルギーの現象に伴って発生するということである。宇宙には,我々の日常生活では想像がつかないような激しい高エネルギー現象が起こっている。そのような現象を捉え,より詳しく調べるために,我々は,X線の目を宇宙へ向けるのである。
いかにX線の透過力が強いとはいえ,(X線で最も明るく見える太陽でさえ)地球の分厚い大気を通して地上にまで達するほどの強さではない。そこで,宇宙からのX線を観測するためには,この分厚い大気の外へ出る,すなわち,ロケットや人工衛星による観測が必要である。このため,X線による宇宙の観測は第二次世界大戦後のロケット技術の進歩に伴って発展してきた。
初めて太陽以外のX線天体が発見されたのは,1962年のことである。もともと月で反射された太陽のX線を捉えるために打ち上げられた,アメリカの物理学者たちによるエアロビーロケットに搭載されたガイガー計数管が,銀河中心から少し離れた方向にX線源を検出した。これこそが,X線天文学の夜明けであった。この天体は,現在では「さそり座X-1」という名前で知られる低質量X線連星系という種類の天体であることが知られている。
その後,アメリカはロケット技術を生かして,次々と衛星を打ち上げ,1970年代のX線天文学をリードした。なかでも,1971年に打ち上げられた世界初の本格的なX線天文衛星「ウフル」によって次々と新しいX線天体が発見され,X線天文学は第1期黄金時代を迎えたのであった(ちなみに,「ウフル」とは,スワヒリ語の「自由」という意味である)。勢いづくアメリカのX線天文・物理学者は,「Ariel V」「SAS-3」「HEAO-1(高エネルギー天文観測衛星)」などの衛星を次々と打ち上げた。
そして,1978年に打ち上げられた「HEAO-2」,別名「アインシュタイン」衛星によって,X線天文学はその第2期黄金時代を迎える。「ウフル」による成果が,主にX線天体の検出であったのに対し,初めてX線反射鏡を搭載した「アインシュタイン」は ,X線での画像を取得することができ,さらに詳しい研究が行えるようになったのである。また,X線天体検出の感度も飛躍的に進歩し,検出されたX線天体の数は一気に数千個以上にのぼったのである。
1980年代にはいると,アメリカは巨大X線天文台「AXAF」計画に乗り出すのだが,予算規模が巨大になりすぎて,なかなか思うに任せない。その間,日本のX線天文・物理学者たちは,世界のX線天文学に追いつけ追い越せと努力を積み重ねていた。圧倒的な量的優位を誇ってきたアメリカに対して,日本の人々がとったのは,一点豪華主義であった。例えば,日本最初のX線天文衛星「はくちょう」に続いて打ち上げられた第二号天文衛星「てんま」は,「アインシュタイン」のようにX線で画像をとることはできなかったけれども,新しく開発されたガス蛍光比例計数管と呼ばれる検出器を搭載し,これまでに例のない高分解能で,天体からのX線スペクトルをとることができた。X線スペクトルの研究は,高エネルギー天体の物理状態を調べ,X線の輻射機構を調べるために不可欠のものである(実際には,この間,太陽からのX線・ガンマ線を観測するための「ひのとり」が打ち上げられている。また,次の「ぎんが」と「あすか」の間には,やはり太陽軟X線観測衛星「ようこう」が打ち上げられている)。
そして,80年代末から90年代初めにかけて,日本第三のX線天文衛星「ぎんが」の登場とともに,日本のX線天文学は,世界中の天文学者たちの注目を集めることになった。大面積比例計数管を搭載した「ぎんが」は,X線パルサー,超新星残骸,ブラックホール候補,系外銀河,セイファート銀河やクェーサーなどの活動銀河中心核,銀河団,そして謎の宇宙X線背景輻射などを次々と観測し,非常に大きな成果を残すことができた。
そして,1993年2月に,最新のX線天文衛星「あすか」が打ち上げられた(図1は「あすか」の雄姿)。「あすか」は,これまでの日本の衛星と異なり,X線の画像を撮ることができる。しかも,X線天体のスペクトルも同時に撮ることができる。また,硬X線と呼ばれるより短い波長のX線での撮像は,世界で初めての試みである。この「あすか」,そして現在計画中の次期衛星「アストロ-E」によって,日本のX線天文学は,名実ともに世界をリードしてゆくこととなるだろう。
ここでは,「あすか」による最新のデータなどを紹介しながら,X線で宇宙を見ると,どんなことがわかるのかを見ていくことにしよう。
太陽の数倍の質量を持つ星は,その一生を終える時に超新星爆発を起こすが,その後には星の芯にあたるものが残されている。これが中性子星である。中性子星が,他の星と連星系になっていると,相手の星から流入してくるガスが,中性子星の非常に強い重力場で加熱され,高温のプラズマとなり,X線を放出する。これらのうち,X線強度が一定の周期で時間変化を示すものはX線パルサーと呼ばれる。X線パルサーは,中性子星と大質量星からなる連星系であると考えられている。連星系の相手の星が太陽質量かそれ以下程度の低質量星の場合には,X線パルスは観測されない。これらは低質量X線連星と呼ばれている。
爆発した超新星の残骸である。爆発の時に吹き飛んだ物質が,周囲の物質に超音速で衝突し,加熱されることによりX線を出す。図2は「あすか」が捉えた超新星残骸W49BからのX線スペクトル(各波長に分解したもの)が示してある。シリコン,硫黄,鉄など,種々の元素の輝線が見られるが,このように輝線スペクトルを分解して見ることは「あすか」によって初めて可能になったのである。この超新星残骸でまき散らされた元素が,やがて次の世代の星,惑星のなかにとりこまれてゆく。人間の体を作っている炭素や窒素だって,元は星の中でできたものである。「あすか」の観測は,星からどのように元素が生まれてくるのかを我々に語るだろう。
残骸でなく,超新星そのものが観測されることもある。我々の銀河系ではもう400年の間超新星は出現していないが,近くの銀河には現れることがある。図3は1400万光年の距離にある銀河M81に出現した超新星を「あすか」が捉えたもので,左上はこの銀河の中心核,右下が超新星1993Jである。
ブラックホールの近くでは光さえもが逃げ出せないほど重力が強いので,ブラックホール自体はまったく見ることができない。しかし,周囲にガスがあれば,そのガスが飲み込まれる時,強いX線を出すであろうことが予想される。「ぎんが」によって,我々の銀河系内にある,いくつかのブラックホール候補X線源が新たに発見された。
ここからは,我々の銀河系の外にある天体である。銀河の中には,その中心に「モンスター」と呼ばれる,非常に大きなエネルギーを出している活動的中心核を持つものがある。その正体は巨大ブラックホールではないかと言われているが,その証拠のひとつは,我々の銀河系内のブラックホール同様,強いX線を出していることである。これらの天体では銀河の真ん中にある,わずか太陽系1個分くらいの大きさのところから,太陽1兆個分くらいのエネルギーを出している。比較的規模が小さいものはセイファート銀河,ずっと明るいものはクェーサーと呼ばれ,非常に明るいので,ずっと遠くの宇宙にあるものまで見ることができる。図4は「あすか」で見たセイファート銀河NGC4051のX線画像である。
X線はほとんど一点から出てくるのであるが,「あすか」の鏡の特性により図のような形に見える。これまでのX線衛星より高いエネルギーのX線でより暗いものまで観測できる「あすか」は,これまで明るい中心核を持っていないと思われていた銀河の分厚い塵やガスの向こうに,巨大ブラックホールが潜んでいたことを明らかにした。言ってみれば,銀河のレントゲン撮影である!
我々の銀河系のような銀河がお互いの重力により群れ集い,集団となったものを銀河団という。この重力の汐だまりには,銀河だけでなく銀河の間に漂うガスも集まってくる。物を落とすと勢いがつくように,重力により落下したガスは運動のエネルギーを増し,結果的に数百万度から数千万度にまで加熱されることになる。この「熱い」ガスはX線を放出する。「あすか」はこれら銀河団ガスのX線スペクトルを観測することにより,その温度を正確に知ることができる。一体どれくらいの量のガスがどのように加熱されたのか,それを知ることによって,我々は,宇宙が始まって以来,150億年の間に物質が重力によって,いつ,どのように集まり,大規模な構造を形成したのかという,まさに宇宙の歴史に迫ることができるのである。
以上,X線天文学の発展と,「あすか」を始めとするX線天文衛星によって明らかにされた,X線で見た宇宙の姿をやや駆け足で見てきたわけだが,X線天文学はまだまだ未開拓な分野も多く残されており,さらなる発展が期待される分野である。また,「あすか」の活躍も,実はまだ始まったばかりである。今後,次々と新しい発見がもたらされるかもしれない。宇宙に向けられたX線の眼は,我々に何を教えてくれるのであろうか。