2010年2月,印刷や制作業者,デザイナーらが集まる専門展示会の一角に置かれたDTPソフトの周りに大きな人の輪ができた。それは株式会社N.ジェンの,チラシやカタログ制作における校正作業を強化し簡略化させるソフト「組技 」。日々の新聞に挟み込まれる食品スーパーのチラシは,商品や価格の差し替えが頻繁なためミスが発生しやすく,「出稿事故」が起こりやすい「制作関係者泣かせの商品」とも表現される。N.ジェンは,この展示会に満を持して発表。その後,問い合わせが相次ぎ,同年8月の発売と同時に,業界の注目ソフトとして脚光を浴びている。このソフトの開発に大きな手腕を発揮したのは,KCG卒業生の西角光人さん(34)と岡本匡史さん(32)の同級生コンビだった。
東京・青山通りの地下鉄表参道駅から程近いビル内にあるN.ジェンは,2003年5月に設立された〝若い"会社だ。金融機関向けソフトの開発やネットワーク構築からスタートし,企業・事業所の情報システム部門を一括で請け負う事業にも拡大。今では従業員が50人を数えるまでになった。
同社の代表取締役・中山竜さんは,日本ユニシスグループのICTサポート企業・ユニアデックス社の出身。起業するに当たり有力なパートナーを得たいと,「的確なモノを作り出すことができ,最も信頼している(ユニアデックスの)同期」だった西角さんに声を掛けた。「何でも分かり合っている仲だった」と西角さんは迷うことなく入社。会社の基礎固めと事業拡大に力を注いだ。西角さんは今,システム一括請負のためエンジニアとして広告代理店に籍を置く。広告代理店では「システム開発」という枠にとらわれず,コンサルティングなどにも着手,そのうちに「新しい市場の開拓」という新たな分野の魅力に遭遇することになる。「組技」開発のタネをつかんだのもその出会いの中のひとつだ。
当初はその広告代理店が商品化を目指していたが技術的な壁にぶち当たり,N.ジェンが開発を引き継ぐことに。そのためN.ジェンでは開発のリーダー的人材が必要となり,西角さんは迷わずKCG時代の同級生,岡本さんに白羽の矢を立てた。岡本さんは「KCGの同学年の中で,プログラミングに関しては右に出る者がいなかった」と西角さんが評価する技術と知識の持ち主。当時勤めていた会社では金融関係のソフトウェア開発や,大手家電量販店のeコマースサイト開発に実績もある。それまでに金融関係の仕事では西角さんと席を同じくしたこともあった。
当時,岡本さんの勤務先は東京にある1500人の社員を抱える大規模な企業だった。KCG卒業直後の入社当初は,希望する開発業務ではなくオペレーターの仕事を任され,我慢の日々が続いたが,開発を担当するようになってからは自らの力を存分に発揮していたという。ただ同時に「これからもずっと,大規模な会社の歯車のひとつという存在でいいのだろうか」と自問自答することも多かった。西角さんから声が掛かったのは入社して5年を過ぎたころ。「気心の知れた人がいるからやりやすいかも」という思い,そして「自分の力を試したい」という意欲。さらには中山さん,西角さんから言われた「一緒に会社をつくり上げていこう」という力強い言葉が決め手になり,N.ジェン社への入社を決めた。
入社後はもちろん「組技」の開発を任せられることは知らされてはいた。デザインソフト「イラストレーター」のプラグイン(機能追加)ソフトとすることで方向性は固まっていたが,岡本さんにとってDTPというのは全く「未知の分野」。イラストレーターを使った経験はなく,さらにはデザイナーが一般的に使うOS「Mac」の知識も薄かった。「右も左も分からない。本当にできるのだろうかと不安だらけでした」と当時を振り返る。
まずMac,イラストレーターの基本勉強から始め,手探り状態ともいえる試行錯誤を続けた。「デザイナーたちの要望を満たしたい」。岡本さんを中心とするスタッフの強い思いが開発成功へと導き,「組技」はチラシやカタログなどのレイアウトに合わせて商品データを流し込む組版作業から校正・修正まで一貫対応するソフトとして完成した。2010年2月の専門展示会では「制作現場の負担軽減を可能にした」とPR,ライセンス契約を一般的な制作ソフトの半分程度に抑えた導入のしやすさも付加し,拡販に乗り出した。スタッフがこれまでに培ってきた「金融機関向けで求められる正確な開発力」も,ソフトに対する信頼性を下支えしている。今後は掲載データを一元管理するデータベース「紙技」と組み合わせて販売することも計画,岡本さんは「組技」を,インターネットなど電子媒体にも活用できるソフトの開発に取り掛かる。「ベストセラー」を目指して会社ぐるみでの取り組みが続く。
西角さんは短大で日本史を専攻。卒業後は教員の道に進むことも考えたが「好きだったコンピュータを本格的に学びたい」との思いが勝り,短大と同じ京都近辺にある専門学校を探した。「歴史があり,設備が他と比べものにならないほど整っている」との理由で,KCGへ。「やりたいと言えば,何でもやらせてもらえる」という雰囲気も気に入り,「夏休みでも学校へ行ってパソコンを触っていた」というほどコンピュータの虜に。一方では学校の仲間たちと軽音楽部でバンド活動を楽しんだり,学校のパソコン入れ替えや体験入学のTA(ティーチング アシスタント)などにも精を出したりと,充実した毎日を過ごしたという。
一方,岡本さんは子どものころ親類の人が持っていたパソコンを触らせてもらってから魅了された。「その後中学3年生の時に選択授業でパソコンの授業を受け,非常に楽しかったのですが,高校では全く触れる機会が無かった。フラストレーションが溜まりましたね」と笑う。高校卒業後は「大学に行ってもコンピュータは深く学ぶことはできない」という理由で,「大学へ」と言う親の反対を押し切りKCGを進路に選択。「一般的な専門学校のイメージとして従来から抱いていた『缶詰め状態で勉強』というイメージとは違い,KCGには自由な空気がありました。プログラムを書くのが楽しくて楽しくて,しようがなかった。たぶん人生の中で一番勉強したころだと思います」と振り返る。
2人は学生時代,プログラミングのサークル「Club-SP」を立ち上げた。岡本さんが部長に。プログラミングの研究や後輩への指導が主な活動で,メンバー7~8人が放課後に集まった。「SPは今でも存続している。うれしいことです」と2人は声をそろえる。
2人が卒業を迎えた2000年当時は今と同様,就職難の時代。西角さんはユニアデックス社に入社したころのエピソードをこう明かしてくれた。「ネットワークの知識だけは,他の就職希望者と比べて飛び抜けて持っているとの自信を持っていた。でも筆記試験では叩きのめされました」と言い,「就職した後に当時のシステム部長,人事部長と飲みに行って聞かされた話」として「私の履歴書はゴミ箱行きだったそうですが,面接の前,システム部長に会社のネットワークやシステムについて質問攻めしたのです。それが印象に残ったとして,システム部長は人事部長のゴミ箱の中から,私の履歴書を机の上に戻してくれたそうです」と笑う。そのころの話を肴にシステム部長とは飲みに行く機会もたびたびあり,「KCGの優秀な後輩を(社に)連れて来い,と言われていました」と話す。それらの経験をもとに西角さんは現在のKCGの学生に対し「あれだけの設備を使わない手はない。就職を目指すなら,自分でやりたいことをしっかり見つけ,自信を付けたうえで企業に積極的に自己アピールする。そ うすれば必ず何かを感じてもらえるはずです」とメッセージを送る。 「就職をゴールと考えてはダメ。社会に出たら新しく学ばなければならないことが山ほどある」と言うのは岡本さん。「いま勉強するに当たり,調べる努力を惜しんでほしくない。どのように調べるか,それをどう活用するのか,ということも含め,前向きに取り組んでいってほしい」と熱く語る。
独身で休みの日はゴルフを楽しむという西角さん。2009年11月に結婚した岡本さんは翌年,長男を授かり「四六時中,パソコンをいじっていたほどなのに今はすっかり,子守りで休みの日は埋まっています」と目じりを下げる。N.ジェン社には同級生の玉木一成さんに加え,2010年,2011年にもKCG卒業生が入社し,合わせて5人になる。「KCG魂で,切磋琢磨しながら前進していきますよ」。2人は力強く抱負を語った。
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設立:2003年5月
代表取締役:中山 竜 氏
URL:https://www.ngen.jp/