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Accumu Vol.3

ファジィ理論と応用

大阪府立大学名誉教授

大阪工業大学教授

日本ファジィ学会長

浅居 喜代治

最近ファジィ理論が大へん有名になりいろいろの分野で応用されそれぞれかなりの成果をあげているファジィ理論はまず集合についての新しい考え方が1965年にカリフォルニア大学のザデー教授によって提案されこれを受けて論理や推論あるいは測度へと発展してきたものである現在家電製品カメラ自動車などに実用化されているものは推論を用いた自動制御である

ここでは初めにファジィ理論の考え方を述べ次に応用について概説しよう

ファジィ理論の考え方

ファジィ理論はヒトのあいまいな思考判断のプロセスの模擬という目的を持っておりその実現には電子計算機が用いられるこの目的では従来のディジタル計算機を用いることもできるが高速化のためにファジィ推論やファジィ演算を行うための専用の素子もいくつか作られている

ファジィ理論はヒトのあいまいさの取扱いに重点を置き経営者管理者ビジネスマン技能者専門家の主観的判断を活用しようとしているここではこの意味でヒトのあいまいさについて考えてみよう

ヒトの思考判断について考えてみると種々の状況や情報を必要な程度に検知してあらかじめ蓄えられている知識経験と組み合わされてある結論を出していることが分かる必要な程度に検知するとはヒトが知覚判断するのに適当な程度ということでこれはかなり「あいまい」なものである例えば道路上を自動車-Aに続いて自動車-Bが走行しているものとするBのドライバーはAとの車間距離を安全の立場から適当に保っている自分の基準よりも「少し長くなる」ことを視覚によって知ると今までよりもアクセルを「少し踏み込む」し逆に「少し短くなる」ことを視覚によって知ると今までよりもアクセルを「少しゆるめる」ようにして車間距離を保つ車間距離が「かなり開く」と制限速度内でアクセルを「かなり踏み」前の車に近づくしまた車間距離が「かなり接近する」とブレーキを「やや強く踏む」このように車間距離についての状況を「少し」や「かなり」という言葉で示されているようにあいまいに検知して自動車を同様にあいまいに制御しているここで「あいまい」という言葉を使っているが日本では古くから「あやふや」とか「でたらめな」などの良くないイメージで用いられてきたがここではそのような意味ではなく必要な程度の正確さということであるヒトはきわめて多くの現象や問題の認識判断を次々と行うために柔軟に対応し限られた感覚能力や知能を用いて限られた時間内に思考判断し限られた言語によってその結果を表現しなければならないこのために現象や問題をあいまいな形で把握しかつあいまいな形で表現せざるを得ないと考えられるこの場合ヒトはすぐれた感覚器官を備えていて正確ではない動作をしてもその良否を検知してフィードバックを行い動作の修正ができるから最終的には所期の目的を達成することができ問題になることは少ない別の例としてヒトとヒトとの対話があるヒトの言葉にはあいまいさがあり不明確という欠点はあるが反面この言葉を受け取る側の自由度が尊重され自主性を伸ばしたり対人関係を好ましい状態にするなどの利点も多い私どもがかなり正確に把握できる現象や問題は簡単小規模なものだけであってこの場合一般には限られた知識経験や情報データを用いて現象や問題を表現できるがこれが複雑大規模になると情報などが不十分であいまいさを伴うようになるこのとき無理に正確に表現しようとすることはかえって不正確になりむしろヒトのようにあいまいに捉えあいまいに表現することがかえって正しいといえる

以上のヒトのあいまいさの数量化にファジィ集合論が用いられるあいまいさの数量化とその演算について次に述べる

あいまいさの数量化と演算

ヒトの自然言語として用いられる「大変美しい」「やや大きい」「よい商品」などや「美人」「老人」「優等生」などの概念は明確に規定できず個人的な主観でその認識に若干の差がありあいまいであるこのような表現を数学的に表わし演算するためにファジィ集合論が体系化されたこの集合論は従来の集合論の拡張と考えられるものでメンバシップ関数(Membership Function 略称-MF)を用いて集合への要素の含まれる程度を表わす

このように私どもが日常用いている言葉が数量化されてコンピュータに入力されるとこれについてファジィの論理演算が行われるこの場合従来のディジタル型コンピュータのように正確な演算を行うのではなく人間の言葉のもつ正確さに見合う程度のおおまかさでファジィ独得の論理演算を行わせるここではおおまかに演算するためにソフトウェアの量が節約できまた演算時間も短縮できるこの論理演算にはMFについての論理和論理積補集合や関係推論拡張原理などの方法が用いられるファジィのソフトウェアを作るときには具体的に演算法を理解する必要があるがここでは省略してその概要を図1に示しておこう

これらの演算をいくらかでも理解して頂くために後で応用例を挙げてそこで触れることにする

図1

ファジィ理論の応用と概況

表

ファジィ理論はヒトのあいまいな知的情報活動の過程をモデル化することを出発点としているのでこの立場から応用分野を分類すると次のようになる

1ヒトの知的情報活動のモデルを作ってヒト個人や社会組織の特性を調べたり社会組織機器などの最適設計を行う

2ヒトのすぐれた能力(情報検索処理)の模擬専門家達の豊富な知識経験(計画評価判断決定制御など)を活用する

表はこの立場から分類して応用の現状を示したものである

応用のうち制御は早くから実用化されコントローラの製品も発売されているこれは制御対象が複雑でその数学モデルが作りにくいとか非線形になるような場合に従来は熟練作業者に依存していた分野に応用が進められている簡単なコントローラを用いて対象の特性の変化にも順応して人間らしい柔軟な制御を実現している産業社会交通などの分野に広がりつつある

次に応用の盛んなのはエキスパートシステムであるこの場合もあいまいさに対してプログラムを複雑にせず即座に与えられた情報のあいまいさに見合う程度の正確さの答えを出すことができ信頼できる点が好評である産業社会医療教育などの分野に広がりつつある

以上の応用のうちから制御分野については洗濯機医学分野については医療診断支援システムの例をとりあげて簡単に説明しよう

洗濯機への応用

現在多くの家電製品にファジィ理論が応用されているがそのほとんどがファジィ推論を用いる制御の応用である現在のところファジィ推論のプログラムを既設のマイクロプロセッサに入れそれぞれ適当なセンサーが用いられているいずれ高速を要する応用には専用のファジィ推論素子が用いられるようになるだろう以上の家電製品のうちで洗濯機は早く実用化が図られたものでM社とH社などから昨年発売され好評を得ている

ここではこれらの製品について概説をしよう

図2図3

いずれも全自動洗濯機であってそれぞれのセンシング情報(センサーで計測する量や質)と制御量(制御される量)とを図示すると図2のようになる

すなわちM社の場合は洗濯機の汚れの質(脂汚れ泥汚れの程度)や汚れの量(軽い汚れひどい汚れなど)をセンサーで検知しこれらの概括的なデータから洗い時間をファジィ推論で推定して時間の無駄を省くと共に洗濯物のいたみを防いでいるまたH社の場合は布量(多い普通少ないなど)布質(ゴワゴワ普通しなやかなど)をセンサーで検知して水流の強さや洗い時間をファジィ推論で推定して時間の無駄を省くと共に洗濯物をいためずきれいに洗うことを目指している

両社共効率化経済性ヒューマンファクタの3目標の実現にファジィ理論が活かされている

医療診断支援システム

ここではファジィの論理演算についても少し味わって頂くためにまず演算の例題から入ろう

2つのファジィ関係を1つにまとめたり1つのファジィ集合と1つのファジィ関係とを1つにまとめる演算をファジィ合成と呼んでいる

図4

例えば図3に示すような入出力を持つシステムにおいて入力(ファジィ集合)Uと入出力間のファジィ関係Rとを与えて出力(ファジィ集合)Vを図4のようにして演算する

この例の意味を医療診断の場合で説明しよう図3においてUは病因または病名Vは病状でありこれら両者の関係Rは医師の知識経験によってあらかじめ与えられる上例はV患者の訴えとして「少し熱があり(MF0.6)頭の後頭部がやや痛み(MF0.6)肩がかなり凝る(MF0.8)」となりこれに対して医師が「あなたは普通の風邪と思われる(MF0.8)がいま流行の流感の疑い(MF0.3)もある」と答える場合に相当するこの場合は関係RとVとを与えて病因か病名を探すことを目的としておりこれはファジィ合成の逆演算の方法によって行われるがここでは省略するまた多くの病例についての入出力UVから関係Rをあらかじめ求めておくことを同定(Identification)といい医学に限らず多くの分野での知識経験の整理保存として大切でありこのようなデータベースを持つエキスパートシステム(Expert System)は機器や設備の故障診断や経営における意思決定制御などに用いられている

以上においてはファジィ推論を用いることにより入出力の少しのずれに対応できるようにしている

以上のようにして与えられた病因や病名は複数個ありそれぞれに確信の度合いがMFで付けられているこのデータを参考にして最終的には人間である医師が診断を下すこととなるこの意味から「支援」という言葉が付けられている

おわりに

写真

以上ファジィの考え方と応用について概説し特に応用例も挙げて具体的な説明も行った

ファジィ理論は以上で分かるように人間の概括的な知的思考活動のモデルを作ろうとするものでこれによって専門家や熟練技能者の経験知識をコンピュータにとり入れAI化を図るここで人間の知的情報活動が概括的となるのは与えられている知能容量や時間の制限によるものでミクロ(木の小枝)を切り捨てマクロ(木の大技幹)に注目することによって方向性を見失わないようにしている

一方このファジィのモデルを用いて逆に人間の知的行動や人間の集まりである社会の状況あるいは自然や植物の特性などを調べようとする研究も科学技術庁を中心として進められている

ファジィの研究が制御やエキスパートシステムのみならず人文社会自然科学の広い分野で活用されることを期待してやまない

参考書の紹介

これからファジィの勉強をされる方のためにファジィ関係の参考書として邦書の一部を紹介しよう

理論的基礎的なもの

●浅居ネゴイタ(編著)『ファジィシステム理論入門』オーム社(1978年)

●西田竹田『ファジィ集合とその応用』森北出版(1978年)

●水本雅晴『ファジィ理論とその応用』サイエンス社(1988年)

●本田大里『ファジィ工学入門』海文堂(1989年)

●坂和正敏『ファジィ理論の基礎と応用』森北出版(1988年)

●西田俊夫『おはなしファジィ』日本規格協会(1990年)

●廣田薫(編著)『ファジィシステム』計測自動制御学会(1990年)

●田中英夫『ファジィモデリングとその応用』システム制御情報学会(1990年)

応用に重点のあるもの

●寺野浅居菅野『ファジィシステム入門』オーム社(1987年)

●菅野道夫『ファジィ制御』日刊工業新聞社(1988年)

●寺野浅居菅野『応用ファジィシステム入門』オーム社(1989年)

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浅居 喜代治
Kiyoji Asai
  • 大阪府立大学名誉教授
  • 大阪工業大学教授
  • 日本ファジィ学会長

上記の肩書経歴等はアキューム3号発刊当時のものです