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Accumu Vol.20

カワサキZ1開発責任者・大槻 幸雄氏特別講演会

大槻幸雄氏特別講演会

“打倒ホンダ”のスローガンを掲げて,名車「500SS machⅢ(マッハスリー)」,「Z1(ゼットワン)」を開発。オートバイメーカーとしては後発の川崎重工業を一躍世界ブランド「KAWASAKI」として確立する足がかりを築いた元川崎重工業常務取締役・元日本ガスタービン学会会長で工学博士の大槻幸雄氏を迎えた特別講演会「世界一のオートバイとガスタービン開発及び開発技術者の使命」が2012年1月21日,KCG京都駅前校6階ホールで開かれた。大槻氏はガスタービン開発においても,ゼロからスタートしたオートバイ用エンジン開発の経験を生かし20,000kW級の世界最高熱効率の純国産ガスタービン開発を成功させ,川崎重工業の新たな事業を創造したことでも知られる。会場を埋め尽くした一般の方や学生ら大勢の聴講者を前に,大槻氏は「開発技術者は,“目標を必ず達成する”という強い意志と情熱をもって当たれば,どのように高い目標でも達成できる」と強調した。講演の要旨を紹介する。

大槻幸雄氏特別講演会

1.はじめに

2008年9月にアメリカの大手投資銀行および証券会社であるリーマン・ブラザーズが破綻,それは世界的金融危機,世界同時不況の引き金となった。日本においても世界ナンバーワンを誇ったトヨタをはじめ,パナソニック,ソニーなど世界に冠たるほとんどあらゆる分野の企業が大幅赤字,もしくは減益を強いられたのはご存じのとおり。続いて2011年3月11日に発生した千年に一度といわれる東日本大震災や,タイの大洪水,さらにギリシャから始まり2011年11月に顕著になったヨーロッパの財政危機,および異常な円高の影響で,日本は未曾有の危機に陥っている。

20世紀から21世紀にかけての100年は,まことに激動の時代であったと痛感する。第2次世界大戦以前は「舶来上等」といわれ,わが国には残念ながら世界に誇るに足る製品がほとんど無く,さらに国防のため軍事費に多くを費やし,まことに貧しい耐乏生活の時代だった。そしてそのような状況の中で大戦に突入する。

第2次世界大戦で敗れはしたが,当時の技術者たちが不眠不休の涙ぐましい努力をすることによって,大戦緒戦で世界最強を誇った戦闘機「零戦」や,惜しくも無用の長物になったが,世界を震撼させた超弩級戦艦「大和」を建造し,圧倒的な技術力を誇った。

第2次世界大戦敗戦の結果,住む家が無く,食料が無く,衣類が無く,薬など多くの生活必需品が欠乏した。そして戦災孤児や浮浪者が巷にあふれる想像を絶した惨たんたる壊滅的な状態からわずか三十数年にしてGNP世界第2位,しかも自動車・単車,鉄道車両,家電製品,カメラ,化学繊維など多くの分野で世界一の製品を開発し,世界市場で大いに販売するなど,工業界においては世界をリードする国になったと思う。

開発技術者は「ピンチはチャンス」,この大不況をチャンスととらえ,先輩方たちの業績を誇りに思い,彼らの努力を鑑として,自主技術による世界一の製品をどしどし開発して全世界に販売し,特に開発途上国へは技術輸出・支援を含めて,彼らの生活向上に貢献することが,日本の今後の繁栄に寄与すると確信する。こういった意味で,開発技術者の使命は極めて重要だ。

以下,オートバイおよび純国産ガスタービンの開発で経験した苦労などを基にして,開発技術者が使命を果たすために,製品開発に関して心得るべきことと,心構えについて述べたいと思う。

2.製品開発に留意するべきこと

新製品の開発に当たって最も肝要なことは,独自技術で世界の競合製品に比して「技術的優位性・斬新性」と「信頼性」を確保することである。そのためには次のことが肝要となる。

2.1 技術的優位性・斬新性

(1)リスクを冒し開発目標を明確にできるだけ高く掲げ,「世界一」を目指す  —リスクとアドベンチャーとは全く異なる—

開発目標が高く難しいといって,性能,コストなど商品価値の劣る製品を開発しても売れない。各企業の有する技術者の人数,経験,能力および研究設備などを勘案した総合的な技術力には無関係に,開発製品の目標を「世界一」と高く掲げなければならない。

当然ながら,「リスクを冒す」必要が生じる。しかし「リスクを冒す」と「アドベンチャーをする」とは本質的に異なる。前者は,技術的なそれ相当の裏付けによる可能性があり,これに向かって挑戦することであり,後者は,好奇心が主になるもので,技術的な裏付けによる可能性を検討することもなく,盲目的に「徒労」するだけである。系統的な研究の方法を頭に描いて,鋭い洞察力で,どの程度のリスクを冒しているかを冷静に認識し,勇敢に高い目標を設定して必死になって努力することが肝要である。技術的な洞察力が全くなく,根拠も無しにとんでもない目標を設定するのは,「リスク」ではなく「アドベンチャー」であり,まことに無責任であり許されない。以下,具体例を挙げる。

1937(昭和12)年10月5日に海軍航空本部から,三菱,中島航空機に交付された新戦闘機の計画要求書は,速度,上昇力,旋回性能,航続距離,視界,離着陸性能および兵装などあらゆる要素において,当時の日本の航空技術では想像を絶する過酷なもので,世界の当時の技術水準をも大幅に上回った,まさに世界一のものであった。中島は社内検討の結果,要求仕様があまりにも高く,満足させることができないと競争試作に参加することを断念した。三菱は堀越技師以下,昼夜を分たぬ必死の努力により,設計説明書を提出してからわずか15ヵ月の1939年3月16日に1号機を完成した。引き続いてただちに初試験飛行が行われ,試作機としては上々の成績であった。三菱が正式に海軍の計画要求書を受けてからわずか約2年である。そして昭和15年7月末に,紀元2600年を記念して,「零式艦上戦闘機11型」と命名し,晴れて海軍制式機として採用された。その後,改良のための飛行試験で,急降下中に空中分解し,熟年のテストパイロットが殉死する大事故などを起こしたが,よく耐え忍んで的確迅速に改良を加え,不具合を克服し,世界最強の戦闘機に仕上げ,第2次世界大戦の緒戦で圧倒的な勝利を収めることができた。

川崎航空機が1960年に,将来の飛躍発展のためには,新しく民需産業を手がける必要ありと,単車事業を本格的に始めることに決し,明石工場の全精鋭を投入し乾坤一擲の勝負をかけた。その当時,先行していたホンダ,ヤマハ,スズキより,設計技術員は比較にならないほど少なく,研究設備もほとんど無く,とてもではないがホンダに勝つことは考えられなかった。しかし「打倒ホンダ,Copy of Hondaを排せ」をスローガンとして,先行するホンダの製品を凌駕する設計目標を設定して必死に頑張った。おかげで当時,量産車として世界で初めての4気筒DOHC900CC「Z1」の開発が成功し,ベストセラーとなり,ホンダを戦々恐々とさせた。

「目標を必ず達成する」という強い意志と情熱をもって当たれば,どのように高い目標でも達成できるものである。まさしく「為せば成る」の諺を痛感する。この種の例は枚挙に暇がない。

(2)研究部品の計画的準備と短期間の精力的実験

世界一の製品を開発するためには,従来の経験値から外れたリスクを冒す設計が必要となる。即ち,世界のどこでも採用していない,また理論的に新しく進んだ方法を採用しなければならない。したがって,開発段階では必ずと言っても過言ではないが,何らかの技術的トラブルが起こるものである。そのため,設計時にリスクを冒した部分に対して,必ず研究部品を系統的に周到に用意し,これら研究部品を用いて効率よいテストを行い,早期に所期の目標を達成することが肝要である。トラブルが起こってから対策を立てているようでは,開発期間が長くなり,製品を市場が強く要求する時期に供給することができなく,勝機を逸することになる。

(3)的を絞る

すべての要素に対して競合製品より技術的優位性・斬新性を確保することは,一般的には不可能である(零戦は例外)。したがって,開発しようとする製品の特徴をよく判断し,最も強調すべき要素(セールスポイント)を何に置くべきかを明確にし,全力をその要素の開発に集中することが肝要である。

(4)新機構の採用

新機構の採用は商品価値を上げる点で,極めて重要なことである。特に優れた新機構は,これを採用することによって,商品の価値を決定的にすることさえある。このような新機構を採用することは簡単にできるものではなく,日ごろより着実に基礎的な開発研究を行っておいて,新製品の開発時に採用できるように用意していくことが肝要である。

(5)電算機の活用~定性的な解析にこそ有用

実験データや実績のある商品の設計・解析資料をもとにして整備されたソフト,CAD/CAM/CAEが有用であることは論ずるまでもない。しかし,その基になる計算式,およびその式の各項の物理的意味を知って使用することが肝要である。電算機の発達によって,現象の本質を見極める思考力,直観力や解析能力が欠け,かつ電算機のプログラムを用いさえすれば優れた製品が設計開発できると安易に考えている若い技術者が多く見られる。

優れた製品は「零戦」のように,見た目で非常に格好が良く,バランスが取れている。このような感覚的な審美眼も重要である。

電算機を用いると,膨大な資料を統合整理でき,定性的な解析に威力を発揮する。

(6)開発期間は最大3年

零式戦闘機,グラマンヘルキャット,自動車・単車,カメラ,電化製品などの新製品,そして原子爆弾(マンハッタン計画発表後)など異質の高度の製品でも,開発期間はだいたい2~3年であり,開発期間は約3年間が一つのプロジェクトの区切りである。開発製品の「生まれの良否」は運転を開始してから2~3ヵ月で判断がつくものである。

精力的に実験を続けても,なかなか所期の目標を達成できず,焦れば焦るほど悪い結果に陥ることがある。こういう「泥沼に入った状況」になった場合には,設計方針が誤っていたとただちに見限って,大きく発想を転換し,設計方針から見直す勇気が必要である。このような「生まれの悪い製品」にいつまでもこだわっていると,販売時期を失い,取り返しのつかない事態を招くことになる。

2~3年間の研究開発で,商品と為しうる可能性が見いだされない場合は,思い切りよく開発を中断し,発想を変えて,改めて開発計画を立て直すことが必要である。開発責任者の責任は極めて重く,このような失敗が2度も続くようでは,責任をとって辞表を出すのは当然である。

2.2 信頼性

新製品の開発において最も重要なことのもう一つは,均衡のとれた設計を行い,事故,故障のない信頼性のある製品を,できるだけ早く市場に投入することである。

(1)自社の設計資料を忠実に守ること(企業独自の設計法)

学校で習ったことや専門書の数値を,無思考に採用してはならない。各企業において,実績に基づいて作成された計算式,設計法や実験法を忠実に守ることが肝要である。

(2)無次元化した主要諸元の活用

市販されている類似製品の主要諸元を無次元化した資料と,設計で採用しようとしている値を,無次元化した値と比較して,設計の妥当性を検討する。同等の範囲にあれば,まず無難な信頼性のある設計と判断される。大幅に狂っている場合は,修正を加えるか,その原因をしっかりわきまえて採用する必要がある。

(3)相似設計の活用

性能,信頼性が実績として確認されている製品を基に,熱力学的,材料力学的,流体力学的に相似法則を適用して諸元を決定すると信頼性が確保される。また,相似条件が満足されないところを信頼性確認の要点とすれば,より合理的な信頼性検討が可能となる。性能,信頼性が実績として確認されている製品を基に,熱力学的,材料力学的,流体力学的に相似法則を適用して諸元を決定すると信頼性が確保される。また,相似条件が満足されないところを信頼性確認の要点とすれば,より合理的な信頼性検討が可能となる。

(4)競合製品の徹底的研究

好評を博している世界一流の製品は,各企業がかなりの開発費を使って研究してきた成果であって,性能的,構造的,強度的にも学ぶところが多い。これらを十分研究し,優れた設計法を謙虚に参考にすべきである。

(5)流体力学的考え方

流れを伴う部分のみならず,強度部材に対しても形状の無理な変化は極力避け,滑らかな形状変化にすること。このようにすると,流体力学的にはもちろん,応力集中の除去,熱分布の均一化など強度的にも熱的にも無理がなく,素直な均衡のとれた形状となって信頼性が確保され,同時に性能を大きく向上することにもなる。

(6)設計変更を安易にしてはならぬ

量産製品は,最終的な鋳型やジグを用いて製作したものを,十分な品質保証テストを経て市販するのが一般的である。同じ図面でも,砂型だけで作った製品と金型で作った製品とでは強度的には全く違うし,メーカーを変えるだけでも品質が保証されず,クレームを生ずることさえある。この程度の変更は大丈夫と安易に考えて設計変更すると,それが原因でトラブルを起こすこともしばしばである。設計変更する時は,必ず最小限の確認テストを行う必要がある。設計変更の「コワサ」をよく確認し,慎重を期して断行すること。

3.新製品の開発と商品

3.1 開発された製品は商品とならなければならぬ

新製品の開発には,最新の技術を追求する必要があり,技術者にとって甚だ魅力がある。しかし,単なる技術者の好奇心で,研究や開発をすることは許されない。研究・開発が実を結び,商品として売れ,企業の利益,ひいては国家の繁栄につながらなくてはならない。商品化を考えない製品の研究・開発は「遊び」である。

3.2 製品価値と商品価値

「製品価値」とは,販売の成否には無関係に,技術的に設計仕様に対してどれほどの完成度にあるかを示す定量的なもので,一方「商品価値」とは,技術的完成度とは異なり,顧客をどの程度魅了し,売れ行きがどうであるかといった定性的,感覚的なものである。

開発期間を長くかければかけるほど製品価値は上がるが,いざ販売の時には機会を失し,商品としての魅力がなく売れないことがある。即ち,商品価値が低いということである。セールスポイントは時々刻々変わり,開発期間を長くかけている間に,競合製品が同じようなセールスポイントを持って出現したら,その時点で開発製品の商品価値はガタ落ちになる。

3.3 商品の寿命

あらゆる製品には寿命があり,ベストセラーとして好評を持続して売れる期間は,製品の種類によるが限られている。製品の寿命が切れるまでに,さらに強力なセールスポイントを持った製品の開発を終えておいて,販売が途切れないようにすることが肝要である。

需要が切れて売れなくなってから,慌てて製品を開発するようでは,この販売競争の激烈な時代に販売競争から撤退せざるを得ず,ひいては企業の崩壊を招くことにさえなる。

3.4 製品企画~製品の最終仕様は技術者が決める

優れた製品を世に出すためにはNeedsをよく把握するのみならず先取りし,顧客から喜んで受け入れられるようにしなければならない。そのためには,技術者は次の点に留意する必要がある。

(1)市場の声をよく聞く

世の中の情報・動向をよく把握し,さらに営業部員,代理店や顧客の声に耳を傾ける。

(2)ファッション性重視

世の中の動向や人の嗜好は時代とともに変わるものであり,ファッション性を無視した製品を開発してはならない。特に大衆製品においては,外観のデザインが重要である。

(3)技術的可能性の判断

他の追随を許さぬ技術的優位性を備えた商品は大きな魅力があり,営業部門は強く無理な要求をするものである。しかし,その時点で企業の有する技術力ではとても達成し得ないことがある。夢と現実とは厳に異なるものであり,その判断は技術者しかできない。製品の最終仕様は,技術の最高責任者が毅然とした姿勢で責任をもって決定すべきである。

3.5 小形製品から段階的に大型製品を開発すること

小型製品の開発経験もなく,いきなり世界市場で競合できる大型製品を開発することは,「アドベンチャー」であり,必ずと言ってもよいが製品化は失敗する。小型製品では開発費も少なく,失敗を恐れずに積極的に新しく難しい技術に挑戦することができ,徹底的な実験研究を行うことにより,大型製品開発のための貴重な技術を把握することができる。小型製品を着実に商品化して,逐次,大型製品を開発していくことが,最も堅実な,しかも結果的には早い方法である。

小型製品でも新しく始めて開発する時は思わぬトラブルが起こり,信頼性のある製品として安定するまでには相当な時間がかかるものである。今は2000CCのオートバイでさえ商品化されており,4馬力程度の50CCのオートバイ開発といえば,玩具のように簡単に開発できると思っている人が多いかもしれないが,最初に開発した時は経験不足のため,いろいろとトラブルが発生し,何とか商品として世に出せるようになるには,相当な時間がかかったものである。

ホンダが50CCのスーパーカブから始まって逐次大型化し,遂には自動車メーカーとして堂々たる会社になったのはよき例である。

4.開発者に要求される資質

製品開発は,技術的資料に裏付けされた理論的手法によるものと思われがちであるが,むしろ開発責任技術者の学識と経験に基づく判断力,洞察力などを総合した人間性によるところが大きい。

(1)信念,情熱,意欲,執念

これからは,ライセンスによって企業の発展を考えることは不可能である。ライセンスに頼らず,独自の技術で,汗水を流し苦労して「世界一の製品を必ず開発してみせる」という強い信念,情熱と意欲をもって,不撓不屈の精神で執念をもって頑張る技術者でないと役に立たない。

(2)責任感

開発の成否に対して,職を賭するほどの責任感が必要である。人間が為すことであり,十分なテストを行い,品質保証を確認したと思っていても,何年かに一度は大きな技術的トラブルが起こり,ピンチに陥り難航することが普通である。このような場合には,そのトラブルを過大評価するとともに,逃げることなく真っ向から立ち向かい,冷静に的確な判断を下し,早急にトラブルを克服するファイトと責任感を持つことが肝要である。

(3)卓越した洞察力,直観力

開発製品の成否は企画で決まることは既に述べたが,これには,深い学識と経験を基にして,物事の真髄,将来性を対局的に見極める卓越した洞察力が必要である。さらに鋭い直観力を有することも重要な要素である。

(4)謙虚

日ごろより,よく勉強,研究して技術力を向上し,内に強い自信を持つように心掛けねばならない。しかし,個人の知識は知れたものである。したがって,専門家,経験者のみならず現場の工員に至るまで他人の意見を謙虚に聞き,できるだけ多くの意見・資料を吸収し,参考にして設計しなければならない。

(5)危機意識を強く常に持つこと

世界はボーダレス,メガコンペティションの時代で,製品開発競争は激しく,かつ,甚だしくスピードを必要とし,ちょっと油断していると,業界の発展からたちまち取り残されるまことに厳しい環境である。危機意識を強く持つことが肝要である。

(6)多くの失敗の経験を持つこと

トラブルを起こすと,顧客および会社に対して大きな迷惑,損害を与えることになり,真剣になって原因究明,対策立案を迫られ,何としても早急に解決しなければならず,貴重な経験を積むことになる。このクレーム対策の嵐の中では,社内外から批判が渦巻くが,これを耐え忍んで冷静に対処し,解決するといった点で,人間形成にも大いに役立つ。失敗,挫折の経験は多く持てれば持てるほど技術者は育つものである。

(7)明朗闊達,円満な人格

いかなる苦しい局面に遭遇しても明朗闊達に振る舞い,頭脳明晰にして厳しい中にも幅の広い円満な人格が必要である。「製品の出来栄えは開発技術者の全人格を表す」と言っても過言ではない。設計図を見ると,設計者の知識,教養や人格が彷彿としてくる。

5.ガスタービンの将来

人類が豊かで幸福な楽しい生活を送ることが最も大事なことである。開発する製品はこの願いにかない,かつ国家の繁栄に寄与するものであり,また,将来,進展の期待できるものであることが不可欠である。ガスタービンはこういう観点にかなった製品であると確信する。

(1)航空用

航空用ガスタービンが今後とも発展することは論ずるまでもない。

(2)産業用

原動機の中で,ガスタービンの排気ガスは最もクリーンな一つであり,また,排気エネルギーを利用すると総合熱効率が非常に高いので,地球環境問題上,省エネルギーの観点から,コンバインドサイクル発電,コージェネレーション・システム,蒸気噴射(チェンサイクル)ガスタービンなど産業用として応用範囲は広い。

(3)船舶用

艦艇用の主機関,発電機駆動用原動機として定着しているが,一般商船用としてもガスタービン搭載の可能性は大きい。特に環境問題の点から,自動車と同じように排気ガス規制が施行されると,大いに脚光を浴びると思う。蒸気噴射による高効率のガスタービンが特に有望と思っている。

(4)レジャー用

軽量,小型,高出力の特長を生かしたレジャー製品も今後開発される可能性が大きいと思う。

6.おわりに

天然資源の乏しい日本が,今後ますます発展するためには,世界一の優れた純国産の工業製品をどしどし開発して,世界市場に逞しく進出することが肝要である。

世界はボーダレス,メガコンペティションの時代となり,戦後50年続いた右肩上がりの成功体験はもはや通じなく,日本人自らの技術により,鋭い洞察力をもって先見性のある「世界一の強い製品」を開発して,逞しく海外で事業展開できる企業のみが,今後発展できるのではないかと思う。

自分で考え開発し,汗を流し,体を動かし,泥まみれになって,自分で確かめ実証することによってのみ得られる,自主技術蓄積の重要さを痛感する。

製品開発に携わる技術者は,戦前の技術者が,食糧事情,環境衛生が悪く,生活レベルの極めて低い耐乏生活の中で,血と汗の出る努力で築いた日本人の優秀性に誇りを持ち,彼らの残した「不撓不屈の開発魂」を鑑として,世界市場において誇るに足る世界一の優れた製品をどしどし開発して,世界の工業界をリードし,国家の繁栄に貢献する心構えを忘れてはならない。

世界一の工業力を基盤にした経済大国となることが,今後の日本の発展につながると確信している。

<経歴>
大槻幸雄 - Ohtsuki Yukio -
京都府生まれ。
京都大学工学部機械工学科大学院修士一年修了後,川崎航空機工業(株)入社。
日本ジェットエンジン(株)に出向し,同社単車事業部設計部で,カワサキ500CC,マッハⅢ,Z1,KZ1300などの設計開発に携わる。
1971年から川崎重工業(株)単車事業部設計部長 兼ジェットエンジン事業部長付として純国産ガスタービンの設計開発に従事。
1978年には「ガスタービンの性能に関する研究」で京都大学工学博士号取得。
同社ジェットエンジン事業部産業ガスタービン統括部長,汎用ガスタービン事業部長,常務取締役などを歴任。
1996年から日本ガスタービン学会会長,2001年からは名誉会員。
【大槻氏が携わった主な製品・商品】
◆オートバイ
90CC GA
1967年6月設計開始,1968年10月販売開始
10.5馬力/8000rpm(47×51.8) 0~200m加速11.3秒 最高速100km/h以上
500CC MachⅢ
1967年7月設計開始,1969年4月販売開始
60馬力/7500rpm(60×58.8) 0~400m加速12.4秒 最高速190~200km/h
903CC Z1
1970年3月設計開始,1972年10月販売開始
82馬力/8500rpm(66×66)0~400加速12.0秒 最高速200km/h以上
1300CC KZ1300
1975年3月設計開始,1978年9月ケルンモーターショーにデビュー,1979年より販売開始
120馬力/8000rpm(62×71) 最高速240km/h以上
◆ガスタービン
KG72ガスタービン
1971年10月設計開始,1972年研究完了
300馬力 熱量消費率460g/hp・p
SIAガスタービン
1973年12月設計開始,1975年12月目標達成
300馬力 熱量消費率340g/hp・h(世界最小)
MIAガスタービン
1973年設計仕様決定,1975年運転試験開始
※SIAガスタービンの相似設計
M7Aガスタービン「妾の子」
1983年開発検討開始,1988年4月最終仕様決定,1990年1月設計開始,1993年7月工場テスト完了
出力6150KW 熱効率30.5%
L20Aガスタービン「難産の子」
1994年開発検討開始,2000年10月運転開始,2003年3月開発完了
出力18000KW 熱効率35%以上(世界最高級)
セラミックガスタービン
1988~1999年 出力322KW 熱効率42.1%(世界最高)
船用ガスタービン
1997~2002年 熱効率39.1% (世界最高)