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Accumu Vol.5

地球に近づく小天体

神戸大学理学部地球惑星科学教室教授

元京都コンピュータ学院講師

向井 正

地球には様々な固体物質が宇宙から降ってくる

危険な巨大小惑星から役に立ついん石ダストに至るまでひっきりなしに降ってくる

小惑星が地球に衝突する

図1

昨年の9月末頃フランスの天文学者が『2000年に小惑星が地球に衝突する可能性がある』と発表して新聞紙上を賑わしたことがあった―覚えていますか―熱しやすいがまた冷めやすい新聞紙面の扱いでこの話題もいつしか消えてしまったがもし本当に小惑星が地球に衝突してくればこれは大変なことになるそこでこの話題を振り出しに我々の地球の存続を脅かす太陽系内の小天体についてお話ししてみよう

『小惑星が衝突する』という話を聞いて不思議に思った人がいるに違いない習った理科の教科書には太陽系内の惑星はスイキンチカモクドッテンカイメイ(水星金星地球火星木星土星天王星海王星冥王星)の順に並んでいて火星と木星との間に小惑星帯というのがあると書いてあったもし小惑星が小惑星帯にあるのならどうして地球と衝突するのだろうか―これは大変よい質問ですねでは図1を見てください―これは1988年3月8日に5059個の小惑星がいた位置を惑星群が移動する平面に投影したものである円は水星から木星までの惑星軌道を示し円周上のチックでその時の惑星の位置を表しているほとんどの小惑星が火星と木星の軌道の間にいることがわかるが一部の小惑星は地球軌道の内側に侵入しているこれらは円軌道とは異なる歪んだ楕円軌道上を動くのでその軌道は地球の円軌道と交わるこの地点で両者が衝突を起こす可能性が生まれる

図2

このように地球軌道を横切ったりまた地球軌道に近づいたりする小惑星を地球近傍小惑星群(Near-Earth Asteroids 略してNEAs)という一般にNEAsは小さいために暗いからその発見は難しいしかし最近の観測機器の性能の向上(特にCCDと略される検知器)によって発見数は急速に増加してきた1988年までに見つかっていたNEAsは全部で120個だったのが1992年11月現在その数は250個となっている図2はその中の107個の軌道を描いたものでちょっと見にくいけれども地球軌道がこれらの小惑星軌道と頻繁に交わっていることがわかるこれならいつかは衝突が起こるかもしれない

NEAsとは

表1

表1に9つの惑星の軌道長半径a(大ざっぱに言えば太陽からの距離)を太陽と地球との距離(大体1億5000万キロメートル)を単位(1天文単位1AU)として測ったものが与えられているこれを基に有名なボーデの法則(正確にはTitius-Bode則)a=0.4+0.3x2nが得られたそれぞれの惑星に対するnの値が表1にある海王星に相当するnの値がないことや外にいくほど誤差が大きくなることなど不首尾な点もあるけれども単純で美しい式で惑星の並びが再現できることは驚きであるどうしてこのような法則が成り立っているのかは未だ謎のままであるさて表1を見てすぐに気づくことはn=3に対応する惑星がないことである人々はn=3となるa=2.8AU付近に未知の惑星を探したそしてみつかったのが多数の小さな惑星であったこのためこれらは惑星になろうとした原始惑星が壊れてしまった破片であると考えられたこれが小惑星帯の誕生についての一つのシナリオになっている


図3

惑星になりかけの天体を壊す作用として木星の潮汐力が挙げられる潮汐力というのは地球の海面が上下する潮の満ち干を引き起こす月及び太陽からの力であるこれは天体間の距離が天体表面の場所によって少し異なることによる引力の強さの違いで起こる1978年3月木星に接近したヴォイジャー1号が木星の第1衛星イオに発見した巨大火山(図3)の熱源も潮汐力だと考えられている100キロメートルを越す高さにまで噴煙を上げるイオの火山のエネルギーを地球の月とほぼ同じ大きさの小天体イオが自前で作り出すことはできない木星はイオに潮汐力を及ぼすイオの赤道に立つと1.7日の周期で約4メートル程の上下運動が起こっていると見積もられているこの大きな歪みのエネルギーがイオの内部を溶かし火山を作る仮想の惑星に木星からのこのように強い潮汐力が働くとできかけで柔らかい惑星が歪み運動によって分裂するこの時できた無数の破片が飛び散ったのが現在我々が見ている小惑星である

こうして生まれた小惑星はお互いに衝突をしたり木星に近づいて軌道を曲げられたりしながら現在のような空間分布になっていったNEAsはこの途上で大きく軌道を曲げられた仲間で地球軌道付近までやってきたのだと思われるただNEAsの中には小惑星だけではなく燃え尽きた彗星の中心核が含まれるようだこれは周期が200年より短い短期彗星の軌道がNEAsの軌道分布と似ていることから類推されているが確からしく思われる

NEAsには小惑星帯からやってきた比較的小さい小惑星とガスや塵をほとんど出し尽くして抜け殻となった彗星が混じっている

4179Toutatis(トータティス)

1993年1月4日日本経済新聞(夕刊)の記事の概略を少し長くなるが引用する「『パサデナ(米カリフォルニア州)3日DPA=時事』米ジェット推進研究所(JPL)は地球に接近した小惑星の鮮明な画像の撮影に成功し3日公表した同研究所のスティーブンオストロ氏によると撮影には大型レーダーアンテナが使用された小惑星は不規則な形の二つから成り直径の平均はそれぞれ約4キロと1.6キロこの小惑星は昨年12月8日地球から約350万キロのところを通過した際に撮影されたこれは月と地球の距離の約10倍に相当するが天文学的見地からすれば『目と鼻の先』」記事はもう少し続いて「米航空宇宙局は昨年このような小惑星が『我々の生存中に』地球に衝突する確率を1万分の1と発表しているその場合地球文明が滅びる恐れがあるという」で終わっている怖い話だ

図4

図4がその時発表されたレーダー写真である脇道にそれるが読者の中にはコンピュータ通信に達者な方もおられるから参考までに記しておくとこの画像はJPLから直接ファイルとしてもってこれる

 ftp: ames.arc.nasa.gov(128.102.18.3)

 user: anonymous

 cd: pub/SPACE/GIF

 files: toutatis.gif-Four views of asteroid 4179 Toutatis

    toutatis.txt-Caption file

アメリカが休日の日本の月曜日に入りやすい

さてToutatis は先の新聞表記に従って「トータティス」と書いたが本来は「two-ta-tis」と発音する1989年1月に発見されたNEAsでほぼ2年の周期で近日点距離0.9AU軌道離心率0.64という歪んだ楕円軌道上を動く冒頭で引用したフランスの天文学者が2000年に地球と衝突すると警告したのはこの小惑星であるより詳しい軌道計算では2000年の10月には月と地球の距離のおよそ30倍のところを通るので衝突の心配はないもっと地球に近づくのは2004年の9月でこの時は4倍付近を通過するというただしこれだけ地球に近づく軌道にいると地球の重力で軌道が曲げられるので遠い将来におけるNEAsの軌道を正確に予測することは難しいそんな不確かさを勘定に入れてもこの小惑星が地球に衝突する恐れはないだろう

トータティスは現在のフランスベルギーにいた古代ケルト族(ゴールGaul)の守護神の名前からきているこの神がよく知られるようになった物語の中に恐れを知らぬ豪傑が唯一恐れているものがあったそれが「いつか天が頭上に落ちてくる」ということであったという直径10キロはある小惑星が落ちてくれば確かに天が降ってきたように思えるだろう6500万年前メキシコのユカタン半島に小惑星が衝突して舞い上がった塵が太陽光をさえぎり恐竜などが絶滅したとされているまた1908年6月30日にシベリアのツングースカを襲った爆風は直径およそ50メートルの小天体(いん石)だと推定されるこの大きさでも広島規模の核兵器の約100倍の威力をもっていたという近くでは1991年1月に大きさ10メートルの小惑星が月と地球との距離の半分程度の近地点を通過したこれが偶然見つけられたのが最接近のわずか12時間前だったこうした危機を事前に知るために全天をカバーする監視カメラの必要性が真剣に議論されている

こうした怖い話は新聞に取り上げられることが多い昨年10月28日の朝日新聞夕刊には「巨大彗星 2116年に衝突」というタイトルが見られる中身を読むと「2116年8月14日に巨大な彗星が地球に近づき原爆160万個より大きなエネルギーの衝突を起こす可能性があるこの彗星は1862年に発見され今年『再発見』されたスウィフトタットル彗星幅5キロ程の大きさで秒速60キロで太陽の周りを回っているただし軌道は少しずつ変化するためあと数年観測し続けないと確かなことは言えないという(ロイター)」となっているタイトルが強調するような恐れはどこにもない一般にこうした記事の扱いは読者の眼を引くために強められることが多いこうした記事が「おおかみ少年」になっていくことが心配である

宇宙からの便り

宇宙から地球にやってくる固体物質は怖いものばかりではない「雪は天からの手紙である」という有名な言葉があるが宇宙から地球に降り注ぐ有益な固体物質も多い昨年12月1日に島根県美保関町の民家に落ちた「美保関いん石」も有益な天からの贈り物である直撃されるという恐れはあるけれども今のところ人にいん石が当たったという記録は乏しいこのいん石は重さが6.385キロで日本で落下が確認されているものの中では5番目に重いというこのいん石は小惑星帯からやってきた小惑星の破片だと思われる小惑星に行かなくても小惑星の試料が手に入ったと考えるとこれは貴重なものである今回はこのいん石を町おこしに使うという話を聞くがそういう方面にも役立つとすれば宇宙からの落下物も歓迎されよう

図5

我々はもっと小さな宇宙からの落下物に関心をもっている大きさにして数百ミクロン(10分の数ミリ)の固体微粒子(ダスト)が地球に年間1000トン降ってくるというアメリカ航空宇宙局は航空機にダスト回収器を付けて高度30キロの上層大気中に漂っているダストを採集している(図5)このダストは小惑星の細片と彗星から放出されたダストの混じり合ったものであろう太陽系内の広い空間にはこのようなダストが薄く広がっている太陽系だけでなく生まれつつある星の周りにもダストが見つかっている星の周りのダストの集積から惑星が生まれてくると考えられる我々の地球にやってくるダストの中には他の星の周りで生まれたものが混じっているだろうこのようなダストを調べることによって我々は小惑星や彗星や他の星についての知識を得ることができるこれはこうした天体について電磁波の観測で得られる情報とはまた違った側面からの貴重なデータになる

天が降ってくることは確かに怖い話であるしかし理論家の計算では小惑星が地球と衝突する確率は40万年に1回というここ100年のスケールでみると破滅的な衝突が起こることはないそれよりもずっと短い時間のスケールで我々は地球を住めない星にしてしまうかもしれないそうならないように現在の我々がやるべきことを考えることが大切であろう

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向井 正
Tadashi Mukai
  • 京都情報大学院大学 京都コンピュータ学院 教授
  • 神戸大学名誉教授
  • 京都大学理学士同大学院博士課程修了理学博士
  • 金沢工業大学教授神戸大学教授などを歴任
  • 日本惑星科学会 元会長

上記の肩書経歴等はアキューム18号発刊当時のものです