地球には,様々な固体物質が宇宙から降ってくる。
危険な巨大小惑星から,役に立ついん石,ダストに至るまで,ひっきりなしに降ってくる。
昨年の9月末頃,フランスの天文学者が,『2000年に,小惑星が地球に衝突する可能性がある』と発表して,新聞紙上を賑わしたことがあった。―覚えていますか?―熱しやすいが,また冷めやすい新聞紙面の扱いで,この話題もいつしか消えてしまったが,もし本当に小惑星が地球に衝突してくれば,これは大変なことになる。そこでこの話題を振り出しに,我々の地球の存続を脅かす,太陽系内の小天体についてお話ししてみよう。
『小惑星が衝突する!』という話を聞いて,不思議に思った人がいるに違いない。昔,習った理科の教科書には,太陽系内の惑星は,スイキンチカモクドッテンカイメイ(水星,金星,地球,火星,木星,土星,天王星,海王星,冥王星)の順に並んでいて,火星と木星との間に,小惑星帯というのがあると書いてあった。もし,小惑星が,小惑星帯にあるのなら,どうして地球と衝突するのだろうか?―これは,大変よい質問ですね。では,図1を見てください。―これは,1988年3月8日に,5059個の小惑星がいた位置を,惑星群が移動する平面に投影したものである。円は水星から木星までの惑星軌道を示し,円周上のチックでその時の惑星の位置を表している。ほとんどの小惑星が,火星と木星の軌道の間にいることがわかるが,一部の小惑星は,地球軌道の内側に侵入している。これらは,円軌道とは異なる歪んだ楕円軌道上を動くので,その軌道は,地球の円軌道と交わる。この地点で,両者が衝突を起こす可能性が生まれる。
このように,地球軌道を横切ったり,また地球軌道に近づいたりする小惑星を,地球近傍小惑星群(Near-Earth Asteroids 略してNEAs)という。一般に,NEAsは小さいために暗いから,その発見は難しい。しかし,最近の観測機器の性能の向上(特にCCDと略される検知器)によって,発見数は急速に増加してきた。1988年までに見つかっていたNEAsは,全部で120個だったのが,1992年11月現在その数は250個となっている。図2は,その中の107個の軌道を描いたもので,ちょっと見にくいけれども,地球軌道がこれらの小惑星軌道と頻繁に交わっていることがわかる。これならいつかは衝突が起こるかもしれない!
表1に,9つの惑星の軌道長半径a(大ざっぱに言えば,太陽からの距離)を,太陽と地球との距離(大体1億5000万キロメートル)を単位(1天文単位,1AU)として測ったものが,与えられている。これを基に,有名なボーデの法則(正確にはTitius-Bode則):a=0.4+0.3x2nが得られた。それぞれの惑星に対するnの値が,表1にある。海王星に相当するnの値がないことや,外にいくほど誤差が大きくなることなど,不首尾な点もあるけれども,単純で美しい式で,惑星の並びが再現できることは驚きである。どうしてこのような法則が成り立っているのかは,未だ謎のままである。さて,表1を見て,すぐに気づくことは,n=3に対応する惑星がないことである。人々は,n=3となるa=2.8AU付近に未知の惑星を探した。そしてみつかったのが多数の小さな惑星であった。このため,これらは,惑星になろうとした原始惑星が壊れてしまった破片であると考えられた。これが小惑星帯の誕生についての一つのシナリオになっている。
惑星になりかけの天体を壊す作用として,木星の潮汐力が挙げられる。潮汐力というのは,地球の海面が上下する潮の満ち干を引き起こす月及び太陽からの力である。これは,天体間の距離が天体表面の場所によって,少し異なることによる引力の強さの違いで起こる。1978年3月,木星に接近したヴォイジャー1号が,木星の第1衛星イオに発見した巨大火山(図3)の熱源も潮汐力だと考えられている。100キロメートルを越す高さにまで噴煙を上げるイオの火山のエネルギーを,地球の月とほぼ同じ大きさの小天体イオが,自前で作り出すことはできない。木星は,イオに潮汐力を及ぼす。イオの赤道に立つと,1.7日の周期で,約4メートル程の上下運動が起こっていると見積もられている。この大きな歪みのエネルギーがイオの内部を溶かし,火山を作る。仮想の惑星に,木星からのこのように強い潮汐力が働くと,できかけで柔らかい惑星が歪み運動によって分裂する。この時できた無数の破片が飛び散ったのが,現在我々が見ている小惑星である。
こうして生まれた小惑星は,お互いに衝突をしたり,木星に近づいて,軌道を曲げられたりしながら現在のような空間分布になっていった。NEAsは,この途上で大きく軌道を曲げられた仲間で,地球軌道付近までやってきたのだと思われる。ただ,NEAsの中には,小惑星だけではなく,燃え尽きた彗星の中心核が含まれるようだ。これは,周期が200年より短い,短期彗星の軌道が,NEAsの軌道分布と似ていることから類推されているが,確からしく思われる。
NEAsには,小惑星帯からやってきた比較的小さい小惑星と,ガスや塵をほとんど出し尽くして,抜け殻となった彗星が混じっている。
1993年1月4日,日本経済新聞(夕刊)の記事の概略を少し長くなるが,引用する。「『パサデナ(米カリフォルニア州)3日DPA=時事』米ジェット推進研究所(JPL)は,地球に接近した小惑星の鮮明な画像の撮影に成功し,3日公表した。同研究所のスティーブン・オストロ氏によると,撮影には大型レーダーアンテナが使用された。小惑星は不規則な形の二つから成り,直径の平均はそれぞれ約4キロと1.6キロ。この小惑星は昨年12月8日,地球から約350万キロのところを通過した際に撮影された。これは月と地球の距離の約10倍に相当するが,天文学的見地からすれば『目と鼻の先』。」記事はもう少し続いて,「米航空宇宙局は昨年,このような小惑星が『我々の生存中に』地球に衝突する確率を1万分の1と発表している。その場合,地球文明が滅びる恐れがあるという。」で終わっている。怖い話だ。
図4がその時発表されたレーダー写真である。脇道にそれるが,読者の中にはコンピュータ通信に達者な方もおられるから,参考までに記しておくと,この画像は,JPLから直接ファイルとしてもってこれる。
ftp: ames.arc.nasa.gov(128.102.18.3)
user: anonymous
cd: pub/SPACE/GIF
files: toutatis.gif-Four views of asteroid 4179 Toutatis
toutatis.txt-Caption file
アメリカが休日の,日本の月曜日に入りやすい。
さて,Toutatis は,先の新聞表記に従って,「トータティス」と書いたが,本来は,「two-ta-tis」と発音する。1989年1月に発見されたNEAsで,ほぼ2年の周期で近日点距離0.9AU,軌道離心率0.64という歪んだ楕円軌道上を動く。冒頭で引用したフランスの天文学者が2000年に地球と衝突すると警告したのは,この小惑星である。より詳しい軌道計算では,2000年の10月には,月と地球の距離のおよそ30倍のところを通るので,衝突の心配はない。もっと地球に近づくのは,2004年の9月で,この時は4倍付近を通過するという。ただし,これだけ地球に近づく軌道にいると,地球の重力で軌道が曲げられるので,遠い将来における,NEAsの軌道を正確に予測することは難しい。そんな不確かさを勘定に入れても,この小惑星が地球に衝突する恐れはないだろう。
トータティスは,現在のフランス,ベルギーにいた,古代ケルト族(ゴール,Gaul)の守護神の名前からきている。この神がよく知られるようになった物語の中に,恐れを知らぬ豪傑が,唯一恐れているものがあった。それが,「いつか天が頭上に落ちてくる」ということであったという。直径10キロはある小惑星が落ちてくれば,確かに天が降ってきたように思えるだろう。6500万年前,メキシコのユカタン半島に小惑星が衝突して,舞い上がった塵が太陽光をさえぎり恐竜などが絶滅したとされている。また,1908年6月30日に,シベリアのツングースカを襲った爆風は,直径およそ50メートルの小天体(いん石)だと推定される。この大きさでも,広島規模の核兵器の約100倍の威力をもっていたという。近くでは,1991年1月に,大きさ10メートルの小惑星が,月と地球との距離の半分程度の近地点を通過した。これが偶然見つけられたのが,最接近のわずか12時間前だった。こうした危機を事前に知るために,全天をカバーする監視カメラの必要性が真剣に議論されている。
こうした怖い話は,新聞に取り上げられることが多い。昨年10月28日の朝日新聞夕刊には「巨大彗星 2116年に衝突?」というタイトルが見られる。中身を読むと,「2116年8月14日に巨大な彗星が地球に近づき,原爆160万個より大きなエネルギーの衝突を起こす可能性がある。この彗星は,1862年に発見され,今年『再発見』されたスウィフト・タットル彗星。幅5キロ程の大きさで,秒速60キロで太陽の周りを回っている。ただし,軌道は少しずつ変化するため,あと数年観測し続けないと確かなことは言えないという(ロイター)」となっている。タイトルが強調するような恐れはどこにもない。一般に,こうした記事の扱いは,読者の眼を引くために,強められることが多い。こうした記事が,「おおかみ少年」になっていくことが心配である。
宇宙から地球にやってくる固体物質は,怖いものばかりではない。「雪は天からの手紙である」という有名な言葉があるが,宇宙から地球に降り注ぐ,有益な固体物質も多い。昨年12月1日に,島根県美保関町の民家に落ちた「美保関いん石」も有益な天からの贈り物である。直撃されるという恐れはあるけれども,今のところ人にいん石が当たったという記録は乏しい。このいん石は重さが6.385キロで,日本で落下が確認されているものの中では,5番目に重いという。このいん石は,小惑星帯からやってきた,小惑星の破片だと思われる。小惑星に行かなくても,小惑星の試料が手に入ったと考えると,これは貴重なものである。今回は,このいん石を町おこしに使うという話を聞くが,そういう方面にも役立つとすれば,宇宙からの落下物も歓迎されよう。
我々は,もっと小さな宇宙からの落下物に関心をもっている。大きさにして数百ミクロン(10分の数ミリ)の固体微粒子(ダスト)が,地球に年間1000トン降ってくるという。アメリカ航空宇宙局は,航空機にダスト回収器を付けて,高度30キロの上層大気中に漂っているダストを採集している(図5)。このダストは,小惑星の細片と彗星から放出されたダストの混じり合ったものであろう。太陽系内の広い空間には,このようなダストが薄く広がっている。太陽系だけでなく,生まれつつある星の周りにも,ダストが見つかっている。星の周りのダストの集積から,惑星が生まれてくると考えられる。我々の,地球にやってくるダストの中には,他の星の周りで生まれたものが混じっているだろう。このようなダストを調べることによって,我々は小惑星や彗星や,他の星についての知識を得ることができる。これは,こうした天体について,電磁波の観測で得られる情報とはまた違った側面からの貴重なデータになる。
天が降ってくることは,確かに怖い話である。しかし,理論家の計算では,小惑星が地球と衝突する確率は40万年に1回という。ここ100年のスケールでみると,破滅的な衝突が起こることはない。それよりもずっと短い時間のスケールで,我々は地球を住めない星にしてしまうかもしれない。そうならないように,現在の我々がやるべきことを考えることが大切であろう。