周知の如く情報化社会においては,工業化社会を特徴づけたサプライヤーからカスタマーへの流れが逆転し,カスタマーからサプライヤーへの流れに急変した。即ち商品を単に販売するのでなく,IT技術を駆使し,独自のアイデア・知恵による付加価値をつけ,カスタマーの満足度によりお金を受け取るというソリューションビジネスが台頭,企業はこぞってこのビジネスに挑戦した。ソリューションビジネスはニューエコノミー論に支えられ,1990年代のアメリカの好況を牽引したのであった。その影響を受けて,各国はIT教育振興に過熱した。
元来ITは,ソフトウェア・ハードウェア・ネットワークの総合技術として定義されてきたが,日本の高等教育における縦割りシステムではこれら技術の融合領域の教育がスムーズにいかず,日本のIT教育は他の先進諸国に比べて著しく遅れた。日本の大学が情報化時代に適合した教育機関として変貌するためには,部分改革でなく,抜本的な構造改革が必要であろう。大学が構造改革の遅れと少子化現象で大揺れに揺れ,IT教育が後手にまわされている間,一方,時代のデジタル社会への推移は加速度的で,現在はすでにIT黎明期からIT成熟期といえるユビキタス・コンピュータ社会へ入り始めた。2001年1月に,e-JAPAN構想が発表されたが,これには,2005年までに日本を最先端のIT国家にするというブロード・バンドITインフラ構想が示されている。”だれでも,いつでも,どこでも情報入手“のユビキタス時代では,我々の生活空間のあらゆるところにコンピュータが入り,これらはネットワークで結ばれ,我々人間生活の社会的基盤として機能する。”情報“というものがすべての社会活動の基礎にあり,”情報“という切り口において,政治,経済,産業,科学技術,ヒューマンライフ等すべてが連携するのである。
このような時代,単純に個別の先端技術でなく,社会的な側面,人間的な側面をも考慮して,学際的知識において思考し,総合的に対応していかなければ,新規ビジネスは展開しにくい。IT初期時代のソリューションビジネスより,もっと高度なコンセプトが必要となるであろう。
来るべきユビキタス時代の新しい潮流に呼応して「情報学」という学問の分野が誕生した。従来の「情報科学」を拡大し,人間社会や自然社会の各分野に関係する情報の性質と構造の研究,異なる分野の情報間の相互関連性の究明を網羅する。
このコンセプトに従って,1998年,全国で初めて京都大学大学院情報学研究科が設立された。今般,本学院は,同じフィールドを志向する「情報学科」を新設した。より実践面を重視し,ユビキタス社会の新規ビジネスに対応する高度なソリューションエンジニアを育成することが目的である。
IT黎明期,本学院はいち早くロチェスター工科大学大学院IT学科と姉妹校提携し,IT教育に着手,日本におけるIT教育のパイオニアとなった。
”情報“が社会や経済の仕組み,ライフスタイルすべてを巻き込むIT成熟期を迎え,本学院はこの新学科により,ブロードバンド・ユビキタス社会を担う数多くの総合技術者を育成し,”技術立国日本“再生の一翼となることを念願する次第である。
上記の肩書・経歴等はアキューム22-23号発刊当時のものです。