長引く景気低迷の中,就職難が続いている。希望の会社に就職するのは大変な狭き門だ。このような時代を反映して,起業を試みる若者も見受けられる。就職せずに,自らの可能性に挑戦する若者たち。これは,かっこいい。そして,若者を対象とした起業ベンチャー,いわゆる「学生ベンチャー」を奨励するような意見を目にすることもあるが,これには首をかしげざるを得ない。
情報産業界に長く身を置いている私は,多くの起業ベンチャーを見てきた。その経験から,あえて意見を言わせていただく。
「学生諸君,慌てないで,実力をつけてから,勝負しなさい。」
もし,学校を卒業したばかりで会社を起こせる力があるのなら,もうひとふんばりして企業に入ったほうがいい。大学院に進んで,実力を蓄えるという選択もあるだろう。その中でアイデアを蓄積し,あわせて,大切な人脈を作るべきだろう。大学院や企業に入れば,そこには,必然的に優秀な人材が集まってくるから素晴らしいネットワークができるはずだ。この期間のアイデアと人脈,それに数々の経験を資本にして三十歳くらいになってから独立したほうがいい。そのほうが何倍も成功を収める確率が高いし,もっと可能性も広がっていくだろう。実際,二十代の前半で素晴らしいアイデアを生み出せる能力のある人だったら,三十歳になっても必ず生み出せるはずである。経験と実力を磨くことによって,もっと実用的で有益な事業に発展できるものになっている場合もある。
もう一つ大事な点は,日本の社会は「失敗の経験」の重要性を口では言うが,実際は二度目のチャンスを与える社会ではないということを理解することである。だから,一度つまずくと失敗者という社会的な烙印を押されて脱落してしまう。仮に,金融機関などからお金を借りることができても,基本的には日本の社会は個人保証の世界だから,二十代で失敗して多額の借金を背負ったら眼も当てられない。アメリカのように,それもまた財産だというシステムに日本はなっていないから,もし仮に自分の息子が手を出そうとしたら「やめておけ,三十になるまで我慢しろ」というほかない。それこそ青田買いではないが,学生ベンチャーを奨励している人たちは「ニワトリに早くタマゴを産め」とせかしたあげく,結局は我慢できなくてその首を締めあげているようなものだ。
だいたい二十代で得た成功など,たいしたものではない。それどころか,そのような人を見ると,学生が,そのままネクタイを締め,ビジネスマナーとやらを身につけて,いかにも事業家然としたスタイルになっているだけである。戦いがはじまったばかりだというのに,もうゴールのテープを切ったつもりだ。こんな人間を量産していては,やがて国も亡ぶだろう。
会社とは,個人では達成するのが難しい目的を,複数の個人によって,達成するために作った組織のことである。だから構成する一人ひとりがきちんと機能すれば会社も立派になっていく。つまり,はじめに「会社ありき」ではなく,あくまで「個人ありき」なのだ。
いま求められるのは,最初の着想をぐっと自分の胸のなかに抑え込む忍耐力とか,それを持ち続けていく持久力である。事実,アイデアを醸成させ,最後に花開かせるには時間がかかるので,持ちこたえられないで駄目になっていく人も多い。生半可な感性よりも,鍛えられた技術や未来に対する明確なビジョンが必要とされている時代だと思う。
上記の肩書・経歴等はアキューム17号発刊当時のものです。