京都コンピュータ学院は,自動車のコンピュータ化が進むCar IT時代の到来を見据え,産業界で現在大量に不足している自動車関連の組込みシステムエンジニアを育成する日本最初の自動車制御学科を2005年4月に開設しました。今回,自動車制御学科の企画に携わった2名の教員に学科のコンセプトやカリキュラム等についてインタビューを行いました。
KCGは,自動車制御学科の開設に際し,同じ京都に拠点を置くレーシングチームと提携し,レースに参戦しています。KCGが参戦するレースは,参加車両を「ホンダインテグラTYPE R」に限定して行う「ベルノエキサイティングカップ・インテグラワンメイクレース」。「kcgedu 京都コンピュータ学院」と記された青の「インテグラTYPE R」でサーキットを疾走するドライバーは伊藤裕士氏。 2003年に中嶋悟賞を受けた実力派です。
自動車制御学科では,レースに参戦するレーシングカーから各種データのログを採取し,電子制御されるマシンと,そのマシンを制御する人間の動きを分析し,レースに活かします。
「国内最速のワンメイクレース」と評される「インテグラワンメイクレース」は日本各地のサーキットで行われるインターシリーズと,年に一度の特別戦である「F1日本グランプリ記念インテグラチャレンジカップレース」から構成されています。 2005年の特別戦は,鈴鹿サーキットで開催される「F1世界選手権日本グランプリレース大会」の記念レースとしてF1決勝の前に行われました。
各地を転戦し,徐々に調子を上げるKCGの青いインテグラは,2005年10月9日(日),「F1日本グランプリ記念インテグラチャレンジカップレース」の決勝戦,何万にも及ぶ大観衆が見つめる中,鈴鹿サーキットで見事に2位を獲得しました。この日は,自動車制御学科の学生をはじめ,多くのKCG学生と教職員が鈴鹿のスタンドから声援を送りました。
その後,10月23日(インターシリーズ第5戦:ツインリンクもてぎ),11月27日(インターシリーズ最終戦:鈴鹿サーキット)と連続で1位を獲得。伊藤裕士ドライバーは,2005インターシリーズで合計79ポイントを獲得し,総合第2位となりました。これはレーシングチームをサポートするKCGにとっても大きな喜びです。
KCGは,今後さらにコンピュータを駆使し,サーキットの風を創ります。
なぜ「自動車制御学科」の開設に至ったのですか。
長谷川: 一部の方には自動車整備の学校を開校したと思われているようですが,決してそうではないんです。我々はあくまでコンピュータの教育機関ですから。いまや自動車の生産コストの3 割がコンピュータ関連と言われています。エンジンやサスペンション,エアバッグなど,そのすべてがコンピュータによって制御されているのはご存じの通りです。いま自動車は,昔の自動車の機能をその一部に持つコンピュータそのものと言っても過言ではないのです。ところが一般の自動車整備学校はもとより,多くの大学の自動車工学科でも,その進化に追いついていません。日本は企業内教育が優れているので,自動車メーカーに優秀な人材が育っていますが,本来はクルマのコンピュータ化にきちんと対応した教育機関があるべきではと考えたのです。
自動車の進化に合わせ新しい人材を育成する必要性があるということですね。
渡辺: 1970年代にエンジンの燃費向上のためにマイクロプロセッサが使われて以来,「走る・止まる・曲がる」というクルマの基本機能のすべてにおいてコンピュータが使われています。 EFI※1, ABS※2, ECS※3などの言葉をカタログなどでごく普通に見かけるほどになってきました。先ほど「今の車は昔の自動車の機能を持つコンピュータである」と言われましたが,現在の車は車内外の状況をいかに分析・処理するかという情報処理機器そのものと言えます。カーナビやETCなどおなじみのものを想像すれば,すぐにご理解いただけるかと思います。自動車は「馬がない馬車」というのがもともとの意味だったのですが,「運転に関するさまざまな情報を自動的に処理する車」と言ってもよいと思います。その意味では,従来の職人的な自動車整備の知識だけでは,今の車を理解することは難しいでしょうね。
長谷川: メンテナンス上でもECUはブラックボックスと化していますよね。よくディーラーなどで「コンピュータの故障です」と言われ,その箇所をそっくり交換しなければならないことがありますが,実は,ちょっとしたチップの交換や,熱で切れた部分をハンダ付けするだけで直るような不具合も多いのです。ディーラーの現場にもコンピュータを理解している人が少ないから,アセンブリの交換で対応してしまうんですね。これではコスト的にも,環境のことを考えても,まったく非合理的です。メーカー以外の一般レベルの人たちが理解を深め,クルマやバイクを通して組込みシステムを学んでいただきたいと思います。
なるほど。自動車制御とは,コンピュータ制御の一形態と考えればよいのですね。ところで組込みシステムとはどのようなものですか。
長谷川: 組込みシステムはパソコンの形をしていないコンピュータと考えていただければいいと思います。家電をはじめ,あらゆる場所で使用されており,そういったプロセッサの開発者をKCGではこれまでも育成してきました。クルマやバイクの組込みシステムも根本的には同じと考えてください。
渡辺: 最近の家電はよほど単純なものでない限りマイコンが使われているものがほとんどです。「ご飯をおいしく炊く」とか,「服を傷めずに洗濯する」とか随分と賢くなってきていますよね。温度や汚れなどの,センサからの情報を処理してヒータやモータの動きを変えるのが組込みソフトで,センサやモータなど全体が組込みシステムです。たまたまセンサが空気の量を測りモータの代わりに燃料の噴射弁になったのが,自動車の電子制御燃料噴射システムということになります。見かけはかなり違いますが,基本的な考え方は全く変わりません。
さまざまな製品に組込みシステムが使われているなかで特に自動車を選んだのはなぜですか。
長谷川: これから特に成長が見込まれる分野であることが一番ですね。それと実は私自身,二輪も四輪も大好きなんです。バイクもクルマもいろいろ乗り継いできました。いまは長距離の移動もあるので,仕事ではジャガーXJに乗っています。またヒストリックカーレースにも'72年式のアルファ1750で参戦しています。勝敗を気にせず,自分のペースで走っているだけですが(笑)。 KCGには,他にもクルマやバイクが好きな教員がいて,そういった教員も加わって企画を立てました。
なるほど。それでは自動車制御学科のカリキュラムについて教えてもらえますか。
渡辺: 自動車制御学科は全日制の2年課程です。基本的に1年次にコンピュータの基礎を学び,2年次に実践面を学習します。
まずは,なぜコンピュータが動くのかという基礎をしっかり学ぶ必要があります。C言語やアセンブリ言語,電気・電子回路などを学んで,「組込みシステム」の学習に入ります。こう言うと難しく聞こえるかもしれませんが,全くの初心者でも理解しやすいように配慮して基礎から授業を行いますので安心してください。学ぶ科目は大学の工学部の電気電子系に近いですね。
2年次の前期に自動車やバイクの制御の基礎を学び,後期に総まとめとして実車を使ったセッティングを行います。今年新設した学科ですから,まだゼミというものは存在しませんが,学生の要望にできるだけ応えられるように設備を整えていきます。
長谷川: 学生の実習用にスポーツカーを用意しています。また,正規のカリキュラムのほか,レースやツーリングなどの活動も積極的に行い,講師も学生と一緒に楽しみながら勉強していきたいと考えています。
クルマやバイクが好きな人にはたまりませんね。
長谷川: 「勉強」には「嫌なことをしなければいけない」というイメージがあると思いますが,嫌なことを勉強して,嫌な仕事をして,嫌な人生を送るのではなくて,楽しいことをやって楽しい人生を送れよと若い人たちに言いたい。もちろん好きなことをするにしても,最低限の知識は勉強しなければなりません。我々はそのサポートができればと考えています。
自動車関連ということで講師陣にも特色があるのでしょうか。
渡辺: ええ。コンピュータ関連の教員はもちろん充実しています。加えて,整備士を育てるのが主目的ではないとはいえ,実際に自動車を扱うためには職人的な技能も大いに必要となりますので,自動車の整備面はメカニック専門の方が授業を担当します。また,レースに参戦しているチームの監督も教員としてお迎えしました。
卒業後の進路はどのように想定されていますか。
渡辺: 自動車の組込みシステム関連の企業はもちろん,メカトロニクスとの関係が深いコンピュータソフトウェア開発の組込みシステムエンジニアとしても活躍が期待されます。
長谷川: 今,自動車関連産業ではIT技術者の求人が増加しています。ショップでも回路を理解できる人が求められています。より技術力を高めるために,現在整備工場のメカニックとして働いている人にもぜひ学んでほしいですね。また,日本のクルマやバイクの中古車は世界中に輸出されています。特に発展途上国では整備工場が車両のIT化に追いついていない側面があり,海外でビジネスをするチャンスもあると思います。
渡辺: そうですね。さらに,自動車業界は近い将来,ITソフトウェア市場で最大のマーケットになると言われており,近頃は京セラをはじめ多くのソフトウェア関連産業が自動車産業に参入し始めています。また国際標準の規格が策定されるなど,より多くの企業がこの分野に参入することが予想されます。
では最後に,進学を考えている方にメッセージをお願いします。
渡辺: 組込みシステムは「縁の下の力持ち」です。姿は見えないけれど,いろんな製品を支え,生活と社会を支えています。責任とやりがいのあるこの仕事をぜひ目指していただきたいですね。
長谷川: 高校を卒業した方はもちろん,転職を考えている人,定年退職された趣味人などにも入学してほしいと思っています。他の学科では大卒者や社会人経験のある人が2~3割で,老若男女誰もが自由に勉強できる雰囲気があるので,オヤジにも来てもらいたい(笑)。もっとも,若い人に比べ,年をとってある程度モノをよくわかっている人のほうが,熱心に勉強するものなんですよ。
(インタビュー:アキューム編集部)
※1 EFI (電子制御燃料噴射装置)
※2 ABS(アンチロック・ブレーキ・システム)
※3 ECS(電子制御サスペンション)