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Accumu Vol.10

アートスペース紹介 ICC NTTインターコミュニケーションセンター

京都コンピュータ学院 芸術情報学科2年 竹馬 靖明

現在,日本には規模の大小を問わなければ,美術品を展示しているところが数百あると言われている。1917年(大正6年)に日本初の美術館が東京・港区に誕生し,戦後から高度経済成長期そしてバブル時代にかけて増え続けてきた美術館数がしかしここ数年は減少傾向にある。例えば,大手鉄道会社が有する美術館が立て続けに閉館されることになったというニュースが,連日のようにテレビや新聞などを賑わしていたのは記憶に新しいところだろう。閉館の間接的な原因となった入場者数不足は,これらの美術館に限ったことではなく,大半のところで抱えている問題のようだ。単に各美術館の催し内容が魅力的なものではないのか,それとも日本という国自体が美術作品を鑑賞するという文化をあまり持っていないのか。恐らく,両者とも少なからずその問題に影響を与えていることは間違いないであろう。

しかし最近,その美術作品の展示場における作品内容や展示形態において,従来の枠組みに当てはまらないものが登場しつつある。今までのように絵画や彫刻などに限らず,石やファッションの作品を展示してあったり,「美術館」という一つの大きな建物内に収まらず屋外に整然と展示されていたり。その一例として今回は,東京・新宿にあるICC(NTTインターコミュニケーション・センター)を紹介しようと思う。

筆者としては,「細々とこの先の紹介文を読んでいる暇があれば,本を捨てて(本当にゴミ箱に捨ててはいけない。机の上にでも置いて),実際にその場を目で,体で,見ていただきたい」と言いたいほどの価値のあるところなのだが,そうするとこの投稿文の意味が無くなるので,続けようと思う。ICCは,「電話100周年」(1990年)記念事業の一つとしてプロジェクトされた。筆者が初めてここを訪れたときの印象は,「デジタル美術館」と「デジタル遊園地」を加えて半分に割った「デジタル美術園」,端的に言えば「マルチメディアを用いたコミュニケーション発信基地」のようであった。「いったい作者は,この作品で何を表現しようとしているのか」と考え込む必要性もなく,はたまた高額な入場料を払って長蛇の列に並び疲れ,一定の動きしかない大きな機械に楽しませてもらうようなところでもない。大きく分けて常設展示が3カ所,そして年に4回程度開催される企画展示が3カ所(シアターを含む)あるが,絵画作品や彫刻作品が展示されているわけではない。また,映像作品や立体作品でもない。ここには,分野の壁を乗り越えそれぞれの手法を融合させて作られ,時には鑑賞者をも作品の一要素として必要とする「メディア・アート」作品が展示されている。そう,ここはデジタルアートをただ展示・保管してある空間ではなく,鑑賞者もそこに参加した,まさに「インタラクティブ・ワールド」なのである。

このインタラクティブ・ワールドは,一つの建築物としてあるのではなく,「東京オペラシティタワー」という地上54階地下4階建てという超高層タワーの4階から6階部分にある。このビルは,郵便局や銀行をはじめ,クリニック,書店,服飾雑貨,飲食店街などの商業ゾーンや,アップルコンピュータの日本本社をはじめとするビジネスゾーンなどから成り,隣接するコンサートホールなどとも繋がっている。地下鉄の駅を降り地上に出ると,そこはもうビルの中庭になっており,そこから建物の中に入って吹き抜け沿いのエスカレータを昇ると,ICCの広いエントランス・ロビーにたどり着く。まるで百貨店の屋上遊園地のごとく,気軽でかつ少し心を弾ませながら訪れられるようにたたずんでいる。

岩井俊雄 メディアテクノロジー~7つの記憶No.6:コンピュータ

ロビーに入ると,右手にはアートショップとカフェがあり,正面にインフォメーションがある。そのインフォでチケットを購入して広いロビーを奥へと進めば,壁際に並べられた7つの常設の作品たちが早速,我々を驚きと感動の渦に迎え入れてくれる。筆者はICCに3度訪れたことがあるが,初めて訪れた時,ここの常設の作品群に与えられたインパクトがあまりにも大きくて,同時に開催された企画展の印象がほとんど無かったりするのだ。これらは岩井俊雄氏の作品だが例えば,普段見慣れたキーボードが置かれており,指でガラス越しにキータッチしてみると,タッチしたキーから上側に置かれたフロッピーディスクに向かって文字たちが飛んでいくのである。これは,ハーフミラーを利用した作品になっている。だが,キーボードやフロッピーディスクという3次元の物体とその間を飛んでいく2次元の文字の映像,この次元の異なる物質を組み合わせたものを自分の手で作品として完成させたとき,筆者に限らずメディア・アートの素晴らしさを体感できるに違いない。まだ入口の段階で,この驚きを7連続で味わされるのだ。

「夢のリアリティ グレゴリー・パーサミアン展」のチラシ

さらに奥に向かうと,企画展において上映が行われるシアター(37席+車椅子1席)と企画展示室(ギャラリーD)がある。今夏に訪れたときは,「夢のリアリティ グレゴリー・バーサミアン展」が開催されていた。作品内容は「彫刻アニメーション」である。彫刻作品に映像技術を加えたアート作品で,仕掛け(映像技術)が分かる人もそうでない人も,楽しめる作品である。彫刻作品に映像技術を加えるなんて想像も出来ないかも知れないが,後述のギャラリーBに常設として彼の作品がひとつ展示されているので,興味を持った読者は是非とも訪れて見ていただきたい。ちなみにこの作品は,ストロボライトの点滅を利用しているので,光過敏などの経験を持っておられる方は,鑑賞をご遠慮いただきたい。

カール・シムズ ガラパゴス

次は,上のフロアへ移動してみる。階段あるいはエレベータで昇っていくと,常設のギャラリーCのスペースが広がっている。足下には強化ガラス越しに,ICCのテーマである芸術文化と科学技術の関わりが,1900年代から現在に至るまで時代を追って示されている。壁際には,カール・シムズ氏の作品が展示されている。12台のモニターおよびそれぞれの前にステップが並べられており,モニターの中には仮想生命体が映し出されている。観客が任意のステップを踏むことで,選択したモニター内の生命体を基にして他のモニター内のそれが突然変異を起こし,子孫が生み出される。このようにランダムな突然変異によって生み出される子孫達は,まさにインタラクティブなダーウィン進化を起こしており,それは観客が参加することで初めて実現することなのである。

三上晴子 World, Membrane and the Dismembered Body

この階には他に,企画展示室のギャラリーAと常設展示室のギャラリーBと小さなラウンジがある。ギャラリーBの中は9つのスペースに分かれていて,それぞれのスペースで作品が展示されている。その中の1つである,三上晴子氏の作品を紹介したい。この部屋は無響音室になっており,部屋の中央に設置されたソファー座ることになる。無響音室に入った経験のある方はほとんどおられないと思うが,初めてこの部屋に入った時はあまりの違和感から恐ろしいほどの圧迫感に包まれるのである。ICCのスタッフに聴診器を手渡され,ひとり残されたあと部屋の照明は消される。スタッフの指示通り,聴診器を自分の胸に当てていると,自分の体内音が周りに設置された複数のスピーカーから立体的に鳴り始めると同時に,目の前の壁に画像化された体内音が映し出される。自分の体内によって作り出されたこの音と画像は,また自分の耳と目を通じて体内へと取り込まれることになるのだが…。その後は実際に自分の体で試していただきたい。ちなみに,この作品名は“World, Membrane and the Dismembered Body”(存在,皮膜,分断された身体)である。

これらの他には,ギャラリーCの上階に電子図書館があり,15台のコンピュータ・ブースと2台のビデオ・ブースが配置されている。コンピュータ・ブースではICCが制作するデータベースやVOD(ビデオ・オン・デマンド)による映像データベースを操ることが出来る。ビデオ・ブースではICCが収蔵する映像ライブラリーを鑑賞することが出来る。また,展示品等だけではなく,各空間内に設置されている照明の演出に様々な工夫が凝らされているし,また手洗い場のデザインなども大変楽しいものになっている。

ここまでICCを全体的に見てきたが,大きな美術館のように歩き疲れるようなことは全くない程度の広さであり,しかしそのスペースの中に展示されている内容はあふれるほどの驚きと満足感を与えてくれる充実ぶりであることには間違いない。筆者は,京都住まいなので東京に行く機会はなかなか無いが,東京に寄ることがある際は時間の許す限り,このICCに立ち寄ることにしている。ICCのような「インタラクティブ・ワールド」に限らず,新たな形態のすばらしい「美術館」が,今後とも増えていくことを切に願って止まない。

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竹馬 靖明
Yasuaki Chikuma
  • 京都コンピュータ学院 芸術情報学科2年

上記の肩書・経歴等はアキューム10号発刊当時のものです。