三十数年ぶりにアブラムソン博士(元ハワイ大学教授)と再会した。昨年2009 年9月ハワイで開催された国際会議でのことである。私が博士論文(東北大学大泉研究室)のテーマとしてコンピュータネットワークを選択したきっかけは,アブラムソン博士が提唱し実証したアロハ方式(無線通信方式)に興味を持ち,本人と会って話をしたことにある。1972 年から東北大学とハワイ大学でコンピュータネットワークの共同研究が開始され,アブラムソン博士はたびたび仙台を訪問した。私は,当時大学院生で共同研究の打ち合わせに同席し,さらに博士の講演を聞く機会があった。
先述の国際会議でハワイ大学を訪問した折に,アブラムソン博士の弟子のクロスビー教授と歓談した。当時の実験装置が残っていないかと尋ねたところ,しばし黙考の後,研究室の物置のような薄暗い小さな部屋に連れていかれた。そこに,埃まみれの大きな円盤が2つ放置されていた。聞けば,これは当時,実験で使われたアロハシステムにおけるホストコンピュータBCC-500 の磁気ディスク装置の一部とのことであった。共同研究の証にと寄贈をお願いしたところ,即座に快諾を得た。記憶容量で比較すると,直径100cm のこの円盤ディスク(写真)は1.4 メガバイト。一方,今や小指ほどのUSBメモリの容量は,メガバイトを超えてギガバイトのオーダである。三十数年間における技術の進歩は著しく,一目瞭然。これぞ,磁気ディスク円盤の「実物」が語る技術の進歩であり,まさに百聞は一見に如かず。「実物」を中学生,高校生にもぜひ見せたいものである。
私が生まれ育ったのは20世紀後半である。当時,小学校や中学校では,より良く生きるためには,「読み書き(国語)・そろばん(算数)」がとても大切であると教わった。一方,21世紀の今,コンピュータを中心としたIT(情報技術)の進展によりユビキタス情報社会を迎えつつある。携帯電話,パソコンやインターネットなどのIT機器が身近になり,誰もがIT機器がもたらす「情報」といかに向き合うかが生きる上で鍵となっている。ところが「情報」には光と影がある。そのため,「読み書き・そろばん」に加えて,小学校の時から「情報」を学ぶ必要がある。具体的には「情報」との向き合い方を学ぶ,すなわち利活用,支援,倫理,コミュニケーション,メディア,行政,政治,音楽,文学など情報と関係する領域といかに関わるかである。
向き合い方の教養の基本は,コンピュータを学び歴史を知ることが起点となる。「実コンピュータ博物館」がぜひとも必要なゆえんである。
この十年来,高校生や中学生の理数系離れや学力低下が著しく,科学技術立国日本の将来が危ぶまれている。大学生に限ると,理工系の中でも特に情報系離れが目立っている。いくつかの理由があるが,本質的には「情報」の基本となるコンピュータとの向き合い方に問題があったと私は考えている。
われわれは,これまでコンピュータを単なる「道具」と考えてきたのではないだろうか。ところが今や,コンピュータは道具を越えて,文化となり,さらに2.で述べたように21 世紀をより良く生きるための基本的教養の一つになろうとしている。「情報」の教養を身につけるための第一歩は,実物のコンピュータにふれることである。「実コンピュータ博物館」において,「実物」を見た高校生,中学生は,先達の創造した技術の成果を目のあたりにし,その情熱に想いを馳せ,自らを奮い立たせるのではないだろうか。
上記の肩書・経歴等はアキューム19号発刊当時のものです。